あの男が機体の前に居る。
そして何かを話している。
機械である雪風相手に、楽しそうに……
Wind Faily on talk
戻ってくるという報告を受けたときから、忙しい整備員たちは更に慌しく動く。
機体が戻ってきた頃には、全ての準備を終えて待っておかなければならない。
やがてその機体が戻ってきたとき、整備員の一人であるは、その機体が奏でるエンジン音にいつもにはない妙な印象をもった。
「じゃ、行ってくるよ」
この雪風は重整備までまだ規定の飛行時間を飛んでいないので、いつもの軽整備を済ませて仲間の一人が報告に向かい、残った整備員は片付けの準備を開始する。
そんな中、一人動かないに仲間の一人が声をかけた。
「どうした? 」
「いや、ちょっとな」
内容を濁した言い方に、声をかけた仲間の顔に疑念が宿る。
少しの不備も許されない仕事だ。
機体に懸念があるならば、早めにそれに対処しなければ、という整備士としての意識がそうさせるのだろう。
だから
「どうした。何かあるのか」
と相手の男は声を少し低くして更に聞いてくる。
「いや、なんでもない。もしかしたら何かあるかもしれないけどな。まぁ今は何でもないってことにしておいてくれ」
やはり言葉を濁し、仲間を先に行かせるに渋々
「わかったよ。今度一杯おごれよ?」
と、ちゃっかり約束を取り付ける事は忘れずに、手を振る彼に
「わかったわかった」
と口約束だけで約束を交わし、は周りに誰もいないことを確認して搭乗用梯子に手をかけた。
キュイ……
雪風がを『見る』
感情がこもっていないはずのそのディスプレイ兼カメラセンサーに、わずかに落胆の色が浮かんだのをは感じ取る。
いつからだろう。
この機体の『感情』を読み取れるようになったのは。
いや、違うな。
このタイプそれぞれが、それぞれの感情を持っているような感覚を持つようになったのは。
特にこの雪風は、少々、いやかなり特異だ。
「なんだ。深井少尉じゃなくて残念か?」
と言いながら、梯子の先にある足場から腕をコックピットの座席で突っ張った体勢でカメラの前に覗き込んでいるが答える。
いや、周りから見れば完全なる独り言なのだが。
ちなみに深井少尉というのはこの機体のパイロットの名前。
特殊な任務のため、いわゆる『特殊な人間』らしいというのがもっぱらの噂だが、直接会ったことがないから詳しくは知らない。
だがこの機体が万全じゃなければ、彼に危険が及ぶのだからそこは整備士の仕事としてやらなければならないと、はそう考えている。
「さてと。軽整備じゃ見つからなかったけれど、お前エンジン系統にちょっと異常があるだろう」
そう言ってパソコンをコックピットのシートに置き、再び自己診断プログラムを作動させ流してみる。
が、結果は『異常なし』
さっきと変わらなかった。
それを見て、の頭がうなだれる。
コイツ!
がコックピットに上がって直接確認したのは、雪風に対して『お前の嘘はお見通しだ』という表明に他ならなかった。
そしてそれは、雪風も分かっているはずだった。
最初に言ったのだから。
何より雪風のつく嘘やゴマカシを、はこうしてカメラセンサーを覗き込んで過去何度も見破ってきたのだから。
同僚に「腰が痛くならないか? シートに座ったらどうだ」と言われたこともあったが、はこの覗き込むスタンスを、整備士になったときから変えていない。
「テメェ。ふざけてんのか? 自己診断プログラムと表面検査だけの軽整備だからって俺の耳を馬鹿にするなこのタコ。隠してないでさっさと出せ」
機械相手に『ふざけてる』とはなんとも言い難いが、はっきり言ってコイツは人間をナメテイルと直感的には感じ取る。
――その根性、たたきなおしてやらねば
本日三度目になる自己診断プログラムで、やっとのこと雪風が結果を出してきた。
その結果を見ては大きくため息をついた。
「高速タービンブレードに若干の金属疲労の傾向あり、か。お前、そういうことは早めに出してくれ。重整備だって時間取るの大変なんだからよぉ」
と頭をガシガシと掻きながら嘆く。
ジャムの侵略を食い止めている状況で、しかもこう着状態が続いているこのフェアリィ星で、整備されなければならない機体は地球よりも多い。
使用機首がほぼ統一されているため整備地獄はないし、おまけに整備しても戻ってこない場合がホトンドだが、それでも整備ドッグはいつも満杯だ。
すると、雪風のディスプレイが揺らめき動いた。
『NO EHM』
その瞬間は、自分の顔が思いっきり引きつるのを自覚した。
「てめぇがそうやって傷隠すと、パイロットが危険にさらされるんだってんの」
呆れたようにそう呟き、思いっきりカメラディスプレイを睨みつける。
それに何より、例え小さな傷でも整備員にそれらを隠すことは、ここに座るパイロットが一番危険に晒されることを一番良く知っているのは雪風本人だろう。
やがて、の言葉に呼応するようにその画面が慌しく動いたかと思うと、画面が真っ黒になった。
「雪風?」
は驚いて、ついそのパーソナルネームを呼んでしまう。
普段は滅多にその名を呼ぶことはない。整備する側としてのには、パイロットが感じるという機体の個性というものを、そこまで強く感じないからだ。
そして、雪風が云ってきた。
『You have Control』
アトガキ