桜の咲く頃
「お前か、遼」
受け付けに呼び出され、ロビーに下りたを待っていたのは、何かにつけて頼ってくる、いわば都合のいい「友人」だった。
その「友人」は、悪びれた様子もなく
「よ、。元気そうだな」
などと言ってくる。
「この前会ったばっかりだと俺は記憶してるがね。それとも講師生活でもうボケが始まったのか?」
唇の端を少し上げて笑うに、その言葉が本気じゃないとわかる。
「移動しよう。ここじゃなんだ」
猿渡がそう言うと、小さく頷いて了解の意を示した。
「今度はなんだ」
大体猿渡がを頼るときは、最初に来る言葉が決まっている。
だったらサッサと用件だけを聞いたほうが早い。
「頼む、発掘の許可、下ろしてくれ」
やはり予想通りだとは軽く天井を見上げる。
「だめだ」
がそう言うと、猿渡は顔をしかめて
「どうしてもか?」
と聞いた。
「どうしてもだ」
「即答だな」
「当たり前だ。大体都合よすぎるんだよ、お前は」
そう言って姿勢を直すに、猿渡は軽く息を吐くと
「赤城山麓 本陣の八代目 笛木四郎ヱ門の物件だ」
それを聞いたの顔が変わる。
伝説色の強いものだ。
調べるには資料の確実性の有無・広範囲の中から発掘ポイントの絞込みと、難題も多い。
普通に考えれば許可など下ろせはしない。
だが猿渡は、それらを踏まえて場所を指定してきた。
本気か?
しばらく彼の顔をじっと見ていたは軽く一息つくと
「お前が本気になるなんて滅多にないことなのにな。なんかあったのか?」
と、テーブルにある珈琲に手を伸ばしながら聞いた。
国有地のど真ん中に許可を求めてきたんだ。それなりの理由と事情はあるはずだろう。
それを話せとはそう言っているのだ。
軽く息を吐いた後、猿渡は事情を話し始めた。
その話の途中で、なんとなく『内容』を察しただったが、あえて話を最後まで聞いてから呆れた表情でソファにもたれ
「……借金ねぇ。その親子に同情でもしたか?」
と無関心に言う。
「同情なんかしねぇよ」
吐き捨てるように言った猿渡に「だろうと思ったよ」と平然と返す。
「で、場所は確かなんだろうな?」
「あぁ。資料は徹底的に調べた。あとは許可だけだ」
「分かったよ。二日待て。下ろしてやる」
「助かるよ」
「ホントのこと言え。借金だけじゃないんだろう?」
珈琲をテーブルに戻し、猿渡の顔を真っ直ぐ見て聞いた。
猿渡が借金だけで本気になった訳じゃないことくらい、には検討がついていた。
その問に、猿渡はゆっくりと持っていた煙草を吸い、それをゆっくりと吐き出した後
「娘を売るなんて言われちまってな。ついカッとなっちまった。それで仕方なく、さ」
「なるほどな。だが、あまり無茶を言ってくれるなよ? お前の頼みを一々聞いていたら、日本中を掘り返さなくちゃならなくなるからな」
同級生で、羽佐間とはまた違った意味での『親友』
「桜の咲く頃、帝大にまた一緒に通えるといいな」
白い息を吐きながらそう言うと
「冗談言うな。誰がお前のようなトラブルメーカーと一緒に通わなければならないだ?」
と、かなりの失礼さで言い返してきた当時の。
「な?! だッ誰がトラブルメーカーだって?」
「お前だ、お・ま・え。他に誰がいるんだよ」
「酷いぞ? それ」
などと言い合っていた冬の日。
だけど、帝大の入学式にヤツの姿はどこにもなかった。
後から知ったことだけど、には欧州留学の話が前々から上がっていて、それを承知の上で帝大を受けたらしい。
知ったときは随分悔しい思いをしたと同時に、帝大を受けるまで断りつづけたのは、なりの優しさなんだろうと後々気付いた。
考古学を欧州で学び、日本に帰ってきたが入ったところ。
「国土管理局なんて大それたところに入っちまうんだもんな」
見上げたビルの、なんと堂々としたものよ。
それに比べて、俺なんてただの講師なんだもんな。
あの頃から、随分遠い位置にきてしまったけれど、本質的な部分は何ら変わってないに思わず笑ってしまう。
でもな。
それでも俺は、お前と桜の咲く下で一緒に帝大に向かう道を歩きたかったんだぜ?
桜の咲く頃になると思い出す、それは淡い思い出
アトガキ