並盛中の校舎の屋上。
さっきまで瞼が日よけになっていた心地よい太陽の光は消えて、目を瞑っていても分かる位に急に目の前が真っ暗になった。
――誰?
そう思って目を開けると、視界が真っ黒になっていた。
どうやら自分の前に誰かがいて、その髪の毛で視界が埋まっているらしい。
「え、っと……誰?」
自分でも間抜けだと思うような声が出た。
「、寝ぼけすぎだよ」
耳に入ってきたその呆れた声の主は、この学校で最も恐れられているという噂のある風紀委員長だった。
そんな彼が目の前にいる。
だが、どうして彼がこんなところに居るのかは、まだ半分くらいしか働いていないの頭では分からなかった。
そして彼は、呆然と彼を眺めているに要求してきた。
帝王然とした態度で。
「ねぇ。何か弾いてよ」
と。
デジタルカメラ
休日の静かな午後の学校にいるのは、多分ここにいる二人だけだろう。
それにしても、この並盛中最強という噂が絶えない風紀委員長は、どうして俺が『何か』を弾けるということを知っているのだろうか? という疑問が頭をよぎったが、それは口には出さなかった。
いや、口に出せないと言った方が、多分、正しい。
「い、いけどさ。何を、弾いいたらいいの?」
おずおずと言った具合で聞いてみる。
ただしこの『怯え』は、半分演技も入ってるんだけど。
そして多分、この風紀委員長には見抜かれているんだろうけれど。
それでも、目の前の風紀委員長は満足気に笑った、ように俺には見えた。
「なんでもいいよ。僕が気に入る音楽で、僕が煩くないと感じられればそれで」
とだけ言うと、彼はさっさと俺の横に寝転がって目を閉じてしまった。
――なんだよ、その超絶自己中な答え!
呆れと怒り混じりで震えるも、それを寸でで抑えてみる。
どうせこの風紀委員長は俺が何かを弾くまでここを動く気はないのだ。
それが解るだけにどこか悔しい。
が、いつまで意地を張っていても仕方がないのでやがて一息つくと、
「ちょっと待ってて」
と言ってその場を立ち、下へ降りる階段へと足を向けたその時、後ろから声が掛かった。
「、待ってるよ」
と。
それは、逃げたらどうなるか分かってるんだろうね? という合図なんだろう。
逃がさないためのセリフ。
その言葉に小さく息を吐いて了解の意を示すと、彼は満足したように再び眠ってしまったようだ。
指板の上を指が走る。
彼の言う『彼が気に入り、煩くない音』というのは、果たしてどの程度の音量でどんな音楽なのか皆目見当もつかなかった。
だから適当に、音楽の教科書もギターと一緒に持ってきて一通り弾いてみることにしたわけで。
けれど、そのどれもがどうやら『気に入らず、煩かった』らしく、もう止めろという合図には彼は言葉で言わず、不機嫌そうに手を伸ばして俺の前髪をその右手で掴んで睨みつけてきた。
「なぁ。雲雀風紀委員長さん。いい加減リクエスト言ってくれないと……ってそんな睨むなよ」
言葉の途中で風紀委員長さんが俺を更に睨んできたから、一体何を言われるのかと思わず身構えてしまった。
「恭弥」
一瞬、風紀委員長が何を言ったのか俺には分からなかった。
「は?」
だから、相当間抜けな声が出てしまった。
「僕のこと、恭弥って呼ばないと噛み殺すってこの前言ったでしょ」
その時の俺の顔は多分、驚きすぎていて自分でも『ヘン』だと分かる顔になってることは把握した。
そして思い出す。
この風紀委員長に、初めて出会った日のことを。
だけどあの時
「だ、だけどさ。あんたはそう言えって言ったけど、実際そう言ったら、思いっきり睨みつけてきたのはどこの誰だよ」
そうだ。あの時、実際遠慮がちにそう言ったら思いっきり睨まれたんだ。
それ以来、この風紀委員長とは関わってこなかったからすっかり忘れてた。
だけど相手は『そんな言い訳』を黙って聞くような人間じゃない。
なんせ、あの『雲雀恭弥』なんだから。
「うるさい」
そう言うと、またゴロンと横になってそしてまた音を要求してくる。
「、続き」
その帝王然とした姿に、流石に何も言えなくなって黙って続きを弾く。
だけどもう持ちネタがなくて、仕方がないから校歌のコードを弾いてやった。
半分自棄のような気持ちだった。
だけど、隣で目を閉じている雲雀の表情が、なんだか……柔らかくなった?
気のせいだ。気のせい。
だけど雲雀は、俺の手を止めることはなかった。
これじゃまるで子守唄みたいだ。
延々と誰に聞かせるまでもなく、校歌をエンドレスで弾いている。
いい加減疲れてきて一休みしようとしたとき、隣で横になっていた雲雀は完全に眠っていた。
「あの、雲……きょ、恭弥。俺、ちょっと、休憩」
名前の部分でどう呼ぼうか相当迷ったが、彼が『恭弥と言え』と言ってきた限りは、そう呼んだが方が得策だと判断して彼の名前を呼ぶと、夢うつつの中雲雀が返事を返してくる。
「……ん。、いよ。……るす」
その寝顔は滅多に見られない顔で。
普段からは考えられないほどに年相応な表情だったから。
だから、制服のポケットから携帯を出すとカメラを起動させて一枚、カシャリと撮った。
だが……
「何してんの? 」
彼は既に起きていたらしく、とてつもなく不機嫌な顔で睨まれた。
――あ、起きてたのね。ってか、これ物凄くヤバイくないか?
逃げようとするも、既に彼の手は俺の携帯電話を俺の手ごと握っていた。
「何って、その……」
握られている手が痛くてしどろもどろになっていると、急にその手が退いた。
「ま、だし。僕の邪魔にならないし、すぐに噛み殺せるからいいか」
そう言ってまた寝転がりながら、まるで無関心な声音で言った。
それって、俺が『人畜無害』ってことぉぉ?!
アトガキ