「レオ君、生きてる? 死んでる?」
 いきなり失礼な言葉で少しその顔に笑顔のようなものを貼り付けて挨拶したその男は、金髪で青い目のとても失礼なヨーロッパ人に見えた。
the returner
 確かにまだ体中の包帯は取れていないし、目もほとんど見えていないからと言っていきなり『死んでる?』と尋ねるとは随分失礼な奴だなとレオは思う。
 いや、失礼な言葉と態度はこの街に来て十分慣れている。
 主にその相手は粗野で横暴でさらにその上に乱暴なが付くザップ・レンフロという男に集約されるのだが、一見優しげに見えたチェインさんがその実毒舌を通り越した何かで性格が苛烈だったように、この男も優男に見えるが結局はこの街の住人でしかない、ということなのだろう。
 おまけにこの異様な街で変に抵抗しようものなら途端にヤバイを通り越した目に合うことも、レオと呼ばれた青年は十二分に心の底から知っていた。
 だから多少は警戒しつつも
「あなたは?」
 と問いかける。
 すると彼は二コリと笑って
「そう警戒すんな。アヤシイ者じゃないよ。クラウスの部下って言っていいのかどうかは分からないけれど。ま、彼の知り合いさ」
 と軽く答え、思い出したように「、日本人だ。よろしく」と言ってきたから
「はぁ……」
 と、納得いったようないかない様な気のない返事を返してレオはその男の言葉を待った。
 気のない返事をしたのは、その男がどこからどう見てもヨーロッパ人しかも北欧系の人間にしか見えなかったからで、単純に男の自己紹介を信じていなかったせいもある。
 すると男は
「あ、俺が日本人だって信じてないだろう! うわぁ、いけないなぁそういう態度。折角君の怪我、治しにきたのに」
 と、酷く傷ついた顔を作ってそう言った。
 最初と最後の言葉が全くかみ合っていないように思えたが、レオは最後の言葉に反応することにした。
「治しに……って?」
 この男を一見しただけではとても医者には見えない、シャツにジーンズといったラフな格好だが、もしかして本当に医者か何かなのだろうか。
 といった疑問の表情を貼り付けて質問し返すと、と名乗った男は
「だから。そろそろ行動してほしいっていうことさ。君が街を見回るだけで随分違うらしいからね」
 と一人で納得し、すでにそれが結論かのように答えるから、レオとしては
「はぁ……」
 と再び生返事をするくらいしか出来なかった。
 それにしても、一見するとヨーロッパ系に見えるこの男が実は東洋の人間だなんて何かの冗談だろ。
 そう思いつつも、レオは男が病室にあった椅子に座って何かをやるのを、半ばボーッと眺めていた。
 レオがこの街に来ることになったきっかけの『目』は、本当に色んなものを映し出す。
 例えば見た目は何の変哲のない人間に見える存在が、その実とても変な生物が擬態していることを見抜く。
 例えば、ライブラの諜報や索敵・追跡を主として行っている不可視の人狼と呼ばれるチェインすら見抜けない強力な幻術に掛かっている建物や物、様相の真の姿を捉えることができる。
 例えば人や物といった、この街に生きる者たちが放つエネルギーのようなものを見ることができる。
 そして最大の特徴は、いや、これこそがこの目唯一の『武器』なのだろう。
――視界のシャッフル能力
 相手の視界を支配して乗っ取り、別の者が見ている視界に移すことができる。
 そしてこの目の通称が『神々の義眼』であることを考えると、その能力も納得がいく。
 その力のお陰でとある事件は解決し、結果レオはこうして病院に入院するはめになったのだが、どうやらこの目を使ってこの街を周り、不審なものがないか見ろということを暗にこのと名乗った男が言っているのだと今更ながらにレオは気づいた。
 そして普段はあまり考えないようにしてはいるが、この目のことを思うと少しだけ心の底が痛くなるのは否めない。
 レオはこの目を無償で手に入れたわけではない。
 それは半年ほど前に、この街を覆っている結界のすぐ近くの境界都市に来たのが原因だった。
 ソレは、いきなり自分たちの目の前に現れた。
『見届けるのはどちらだ』
 そう言って現れた異形の者は、動けなかったレオの代わりに応えた妹ミシェーラの視力を奪ってこの目を彼に与えた。
 元々足が悪く歩けなかった彼女から視界までも奪ってしまったことを、レオは悔やまなかった日はない。
 そして、それをどうにかしてほしくて彼はこの街、元ニューヨーク現在はヘルサレムズ・ロットと名前を変えた異形の街へとやってきた。
 この目をどうにかして欲しいがために、ある組織に接触を図ることを目的に。
 やがてその目的は少し前に達成され、接触目的だったライブラという秘密結社の見習い的な位置づけの一員としてレオはこの街で暮らしている。
 と言っても今は入院中で、病院で暮らしていると言ったほうがいいかもしれない。
 何せ骨折やら打撲やらで全身包帯グルグル巻きで、ここ二週間くらいこの病院のベッドから起き上がって外に出たことがないのだから。
 最初の頃に比べれば随分包帯の量は減ったが、腕や足はまだまだ掛かるらしく一向に取れる気配がない。
 そんな中現れたと名乗る、見た目ヨーロッパ系の自称日本人が味方かどうかという証明は、ライブラのボスであるクラウス・V・ラインヘルツの名前を出して知り合いだと語った、ということでしかない。
 それでは何の証明にもならない。
 そこまで疑ったとき、と名乗った男が窓の方を見て
「なんだ、来てたんだ」
 と言った。


――え?
 と思ってレオが視線を動かすと、窓枠に背中を預けてその人が立っていた。
「ボスが、がここに来てるからって」
 と、ベッドに横たわっているレオをチラリとも見ずにその人は、と名乗った男を真っ直ぐに見て答えた。
「ザップじゃ素直に来ない、か……」
 と肩を竦め、苦笑を浮かべてが応じると途端その人は「あの猿が簡単に来るはずないですから」と、少し顔に呆れの色を滲ませて答える。
 そんな二人の応酬を、レオはベッドに横たわったままただポカンと眺めているしかなかった。
「まぁそうだけど。それにしても酷いよね。いくら早くったって、日本からこっち直行でこの仕事だもん。チェイン。俺がぶっ倒れたら後よろしくね?」
 と、最初レオが見たときより少し顔色を悪くさせながら、と名乗った男がチェインと呼ばれた女性に話しかけている。 
「その時は猿にやらせますから。ご安心を」
「不安だなぁ」
 しかし、これで男に対する疑念は払拭された、とレオは思った。
 部屋に現われたチェインは、彼がライブラの本部に連れて来られて以来の顔見知り、というほどではないしあまり相手にされていない感があるが、よく顔を見る女性だ。見間違えるわけがない。
 不可視の人狼と呼ばれ、ライブラの諜報・潜入追跡担当で、レオがこんなに大怪我を負うハメになったのも、この人が対象を見失ったからで……というのは仕方ないにしても、ザップ・レンフロやレオに対しては情けも容赦もなく更にその上に無礼千万の対応する彼女が、若干丁寧に応じている姿を見てレオは男に対する警戒心を解いた。
 この男も、ライブラの関係者なのだ。と。
 ということはこの男も血を操るなにか異形の力でも持っているのだろうか?
 そんな疑問を抱きつつ、レオは男の行動を見るともなしに見ている。
 すると 
「腕も足も複雑か。まぁ大きいところだけで十分でしょ。若いんだし」
 という言葉と共に、その手から血が……
 その男が病室に現れるのと同時に、レオの目の前に立っていた男がドサリという音を立てて倒れた。
 慌てたレオがベッドから飛び起きて声をかける。その時、不思議な感じをレオは受けた。
「大丈夫ですか?!」
 までは良かったのだが、その次の名前が出てこなかったのだ。
「ッ……!?」
――え?!
 唐突に思考に引っ掛かった自分に戸惑っていると、病室にやってきたザップ・レンフロという銀髪の男が
「おーおーヘバッテルヘバッテル。ダーイジョブかよ、の旦那」
 という減らず口と共に男を支えてベッドに腰掛けさせると、男は少し苦しそうな顔で「旦、那言うな……。俺、これでも20代」と取り消しを要求した。
 それを適当に「ヘイヘイ」と答えて軽くあしらうザップを、レオは呆然とした表情で見つめている。 
――何で俺ここに居るんだろう。たしか、そう……異界の車両の中にいて……って、アレ?
 自分が認識している場所と状況が全くかみ合わない不思議に戸惑っていると、ザップがそれを見て簡単な説明をした。
「あぁ。重傷者が出るとな。こうやっての旦那に治してもらうのさ。とは言え、旦那の治療は滅多に……アデデデデデ!」
 最後の叫びは言葉の途中で『現われた』チェインが、ベッドに置かれたザップのその手を踏んでいたからで、だがチェインは平然とに向き直ると
「治療は終わりましたか?」
 と問いかけた。
 その際、グリッ! とザップの手の甲から変な音がしたような気がしたが、誰も気には留めなかった。
「あぁ。この程度なら30分もあれば俺も元に戻るだろう。ところでレオ君、体は大丈夫かな?」
 チェインに答えたと呼ばれた男が、レオに話を振った。
 レオは、自分に起こっていることがまだ把握しきれていなかったが、それでも今は大丈夫なようだと確認すると
「あ、はい。ですが。あの……」
「あぁ、大丈夫。記憶は時間と共に戻ってくるから。とは言え最初は戸惑うかもしれないね」
 そう言って少し笑みを浮かべる男の顔は、先ほどよりも血の気が戻っているように見えた。
 と同時に、レオの方でも少しずつ記憶が今に追いついてくる。
 異界の車両の件はすでに片付いていること。その際に大怪我を負って入院し、横になるだけの退屈な毎日を過ごしていたこと。そして……
「あ、ありがとうございます。さん」
 ようやく、先ほど目の前でぶっ倒れた彼の名前をレオは思い出す。
 病室に入ってきたときの失礼な言葉や自己紹介された名前、そして北欧系にしか見えないが日本人だと名乗った彼を疑ったこと。
――そりゃぁ見えないよなぁ。だって目青いし……
 そんなことを考えているレオに
「いやいや。それもこれもクラウスの依頼だから断るわけにはいかないし、何より治療かけた囲碁の勝負で負けちゃったらかね」
 と答える。それに反応したのがチェインだった。
「あれ、勝ってたんじゃなかったんですか?」
 どうやらその辺りの事情を彼女は知っているらしい。
「あぁ。あの後頼み込まれて三戦して、結局1-2で負けちゃったんだよね。それになるべくならやりたくないじゃん? 俺だって疲れてるし。直行だよ? 直行」
 この、治療対象を前にしても繰り出される毒舌さ加減を聞いて、レオは再び確信した。
 彼もまた、やはりこの街の住人らしいことを。
 そんな毒舌を織り交ぜた談笑が、の体調が戻るまで続けられた。


 だが一人だけ、その中に加われないモノがいたのだが、そんなザップの抗議は、もはや誰も聞いていなかった。

アトガキ
ザップ……
2012/07/24
管理人 芥屋 芥