a meter man him
「で、神々の義眼の子を拾ったわけね」
男が子供を拾った理由を説明するのはこれで二度目。
この前はスティーブンという優男。そして今はという名を持つ日系人の男。
そして盤上には、パチという音を立てて置かれた黒と白の碁石がある。
「そうだ。しかし囲碁というのはこう、イササカに難しいものだな」
そう言って考え込んでしまったのは、ここヘルサレムズ・ロットにおいて世界の均衡を保つという名目で暗躍する超人秘密結社のボス、クラウス・V・ラインヘルツその人である。
全ては三年前に起こった。
一夜にして全てが始まり、そして終ったと言っても過言ではない。
一夜にして異世界からの侵食が始まり、一夜にしてニューヨークが崩壊し、一夜にして大戦が勃発・終結し、一夜にしてヘルサレムズ・ロットが構築され、一夜にして結界が張られた。
アメリカの第二艦隊が事態を把握し部隊の展開を完了させた頃には、既に全ては霧の中へと隠されてしまい手出しが出来ない状態になっていた。
そして、その一夜にして始まった混乱から世界は現在進行系で抜け出せずにいる。
だが人間の適応力は素晴らしい。
ここ数年でこの街にいる人間や動物は粗方異形なるものへと変化していったが、それに見事に適応していったのもまた、人間だった。
そんなヘルサレムズ・ロットの中において、日々暗躍している『ライブラ』という名の秘密結社のボスがこうしてと名乗る男相手に囲碁を嗜むというのもまた、変な話なのだが。
「ところで、打たないのかい?」
がクラウスに再度意思を尋ねるが彼は答えない。
だが、厳しい顔つきから彼が石をどこに置こうかと思案しているのだろうと察してしまう。
――全く。顔が怖いからよく勘違いされるけど、本当は気の小さな男なんだよね。君は。
と、半ば呆れたときテラスの窓が開いてそこから黒い何かが入ってきたのが見えて、そこに視線を移すと立っていたのは黒のスーツを着た女性だった。
「久しぶりだね。チェイン」
と、白の石を指で挟んだまま手持ち無沙汰になっていた手を軽く振ると彼女がを見て意外そうな表情をした。
「あら。いらしてたんですか」
「うん。ちょっと軽い用事でね」
何の気なしに『軽い用事』とは答えたが、実際は全くもって軽くなどない。
何せここは超常現象世界なのだ。
百戦錬磨の軍人とて軽く命を落す。しかもヒトタビ魔術を使った騒ぎやら何やらが起きればそれこそダース単位で命が消えていく。そんな世界なのだから。
「で、何か掴んだ?」
ボスではないが彼女に尋ねた。
何故ならクラウスは既に思考を彼方へと飛ばしていたから。
「う〜ん。特には何も。今レオが街中を走ってますが、あのレベルの幻術が白日の下に晒されて以降、特に目立った動きもないみたいです。今のところは。ですケドね」
と、また直ぐに騒ぎが起きることを予想しての彼女の言葉には苦笑いをして
「まぁね」
と答え、その視線をどこかに向けて未だ悩みつづける彼にこう言った。
「クラウス。悪いけど、タイムオーバーで君の負けだ」
アトガキ
2011/12/21 書式修正
2010/01/14
管理人 芥屋 芥