「。少尉は居るか」
新城中尉がを探して、ノックの後に部屋に入ってきた。
ガラッ
扉を開けた新城中尉は、固まってしまった俺を一瞥し
「の行き先を知らないか?」
と問うた。
「ハッ。ヤツなら、只今資料室にいるかと思います」
立ち上がって俺は答えた。
恐らく、今アイツが居そうな場所はそこくらいしかないだろうから。
そして『ソレ』を知っているのは、俺くらいしかいないだろうから。
その言葉を聞くと中尉は
「そうか。では失礼する」
と言って踵を返し、今アイツがいるであろう資料室へと向かっていった。
歪み者の表現
「それにしても、新城中尉がになんの用事があるんかねぇ」
と言うのは、囲碁をうつ仲間の声。
「さぁな。あの人の考えてることは、俺等凡人には分からんよっと」
パチッと音を響かせて和気は碁を打った。
「気にならんか?」
と問うた相手に対し
「勝ったな。この勝負」
と答えて、白を切った。
カサ……
という紙の音だけが響く。
ここは、紙の匂いが充満する図書室兼資料室。
そこで独り椅子に座り、はただ本を読んでいた。
ただし、本を読みながらもこんなことは無意味だと自嘲する自分が居る。
こんなことは、実戦ではほとんど何の役にも立たないことは分かっている。だがそれでも、いつかくるかもしれない『戦争』でいかに不自然ではない形で『戦死』できるか。
そればかりが頭をよぎり、結局非番の日はこうしてここに来てしまう。
いつからだろう。
自分が『死』について考え出したのは。
戦争の勝ち負けなど端から興味はない。
ただ、こうして自分が生きている『意味』を、答えをくれぬ数多の自然に、戦いに、問うている。
カサリ
何項目まで進んだだろうか。
今読んでいる本が終わりの項目に差し掛かって、そろそろ次の本をと思っていたときだ。
ガラリッ
という音をさせて、その人が入ってきた。
誰だ?
一瞬誰か分からなかった。
「、いるか?」
その声は、新城直衛中尉の声だった。
非番の日、自分が何をしているかなど知っているのは極僅か。
当然中尉が知っているはずもない。
そこまで考えて、彼に喋ったヤツが誰なのか見当をつけた。
和気か。
あいつなら、自分が非番の日はここに居ることを知っている。
だが、本棚と衝立が邪魔をして姿が見えなかったのが幸いしたのか、しばらくすると中尉は出て行った。
ホッ
と一息つくのを待っていたように、
「、居るな?」
とドア越しに確認され、観念して腰を浮かした。
「何の御用でしょうか。中尉殿」
そして入ってきた彼は、机を挟んだ俺の真正面にあった椅子を選び、腰を落とした。
正直に言うと、俺はあまりこの人のことが好きではない。
それに特別親しいという間柄ではない。
親しいといえば西田の方だというのに……
それに、確か今日はその西田を連れて色街に出るとかという話ではなかったか?
なのに何故こうして彼は自分の目の前にいるのだろうか。
そればかりが気になって、は本をただ見ているだけで、内容が頭に入る余地をなくしてしまった。
まるで牢獄のようだ。
そんな沈黙の空間がしばらく続いた後、中尉が動いた。
グイッ
腕を伸ばし、下を向いていたの顎を持ち上げて顔を上向けさせてこう言った。
「やはり、お前は似ているな」
と。
そう言われてドキリとなった。
『似ている』というその元の顔は、自分の頭の中では顔も浮かばない実姉のことだ。
「誰と重ねているかは知りませんが、手を離してください」
今、目の前にいる中尉は俺を見てはいない。
俺を通して、『姉』を見ている。
あの東州の内乱の時、自分を置き去りにした姉を。
いや、姉を責めるのは恐らく間違いだ。
あの時は誰も彼もが生きるのに精一杯だったのだから。
そして、離れ離れになった自分達は、それぞれの道を歩みながら、今こうして軍でこの資料室で『新城直衛』という人物を通して出会っている。
直接会うには、姉の身分は高すぎる。
そんなことを考えていたら、顎を掴んでいた指がゆっくりと首に絡まってくるのを、は感触で知った。
「グ……ッ」
いきなり絞めてきたその指に対応するのが遅れる。
ギリッ
首が、絞まる。
「中……尉……」
苦しい。
なんで、こんな……
クソッ。頭が、ガンガンする。息が、誰か……
ドサリと音を立てて本が床に落ちるのを、耳の端が捉えた。
が、そんなことに構ってはいられない。
徐々に頭に回る空気が減っていく。
新城が、机越しにの首を絞めているからだ。
やがて、急に解放された気道が大量の空気を吸ったために今度は思いっきり咽る。
机に突っ伏し、息を整えていくの様子を、新城は冷静な目で見つめていた。
やがて落ち着いた頃、
「どうして、首を……」
何故やったのかなど、理由は知らない。
ただ、何故いきなり首を絞めたのか、それを純粋に聞きたかった。
むせ返る本の匂いが充満するこの資料室で、殺される。
それも悪くは無い。
そう思った。
でも、その淵に立たされたとき、無意識に助けを呼んでいたこともは冷静に受け止めていた。
やはり、まだ死ねないらしい。
と。
そして、落ち着いたの様子を見計らって新城が言った。
「貴様は『代わり』だ」
と。
それには、何も答えなかった。
ただ似ているだけだ、ということを貫き通すために。
グイッ
引っ張られる顎。
あの後、結局非番のたびにここで会うようになった。
流石に絞首はしてこないが、それでも首に中尉の指が掛ることは当然のようになってしまった。
戦争になればこの人に命を預けることになるのだ。
今からそれに慣れておくのも、悪くは無い。
アトガキ