この吹雪が止むのは何時なのか。
それは誰にも分からない。
『ねぇ。ってさ、中尉が好きなあの人にどことなく似てるよね』
死んだ西田の声が蘇る。
この吹雪の中、死んだはずのアイツの声をハッキリと聞いた。
残酷なる自然
「あの人?」
これは夢だ。
分かっている。
だが目が覚めずに、俺はまどろみの夢の中から這い上がれない。
「そう。あの人。たしか、駒城家って言ったっけ。先輩を育てた家。そこの……」
「西田。この世界には、顔が似てるという人間の三人いるっていう噂を知ってるか?」
西田の話を遮り俺は言う。
駒城の家のことは知っている。
相当な名家だということも。
だがそれ以上のことは何も知らない。
だから『あの人』のことはあまり言いたくないし、言われたくない。
「知ってるよ」
「つまりそれなんじゃないの? 第一俺は、そんな名家とはコレッポッチも縁がない。そんな人間がそこの家の人と似てるなんて言われても、俺には関係ない」
西田が、駒城にいる『誰』のことを言ってきたというのは直ぐに分かった。
蓮乃姉さんのことだ。
確かに似てる、かもしれない。
だが、俺の記憶は本当におぼろげで、曖昧で、今の彼女の顔すら知らない俺自身は、彼女の顔を想像することができない。
それに、これまでそれを指摘してきた人間は皆無。
当たり前といえば、当たり前なのだが。
「西田、何故そんなことを聞く?」
問うと
「何故って。先輩がなんとなく気にしてるのが気になるから、かな」
と悪びれる様子もなく、答えた。
「ふーん」
その答えを聞き、俺は何時もの無関心を取り戻した。
中尉が気にしているなど、ハッキリ言って『どこにも無い』からだ。
何故なら中尉は分け隔てなどしない。
というよりむしろ西田の方が、俺から見たらよく一緒に居ることが多いように思うからだ。
「それは西田。お前の……」
思い違いだ。
そう言おうとした。
だが、その声は途中で遮られた。
「……っん」
かすれるだけの物だったと思う。
だが、長く冷めた体の中で火が灯るにはそれは十分すぎた。
「お前っ!」
「へぇ。もやっぱり男だったんだね」
意味の分からない言葉を吐いて西田が笑う。
これは夢だ。
分かっている。
テントの外ではゴウゴウと吹雪きが……
その吹雪の中に、西田の声を聞いた。
なんという残酷なことをしてくれるのだろう。
自然は優しく、穏やかで、時に冷酷で、残酷だ。
特に、こんな敗走の時に限って真綿でくるむような残酷なことをしなくても良いものを!
「おはよう」
その声で目が覚めると、中尉がテントをめくってこちらをジッと観察するような目で見ていた。
「おはようございます中尉。ところで、俺の顔に何か付いてますか?」
テントの向こうはまだ薄暗い闇が広がっていて、恐らく日の出前なのだろうことが伺える。
彼はの問には答えず、首を振ることでテントから出るようにと命じた。
その意思を受け、が立ち上がるとテントの外へと足を向けて中尉を追う。
彼は黙って歩いていく。
どこともなく、を連れ立って。
「中尉?」
しばらくして、不審に思い声をかけた。
ザッ
いきなり振り向いて腕を伸ばしてきた彼に対応できなかった。
「中……尉?」
首に手が絡まった途端に意識が朦朧とし、ともすれば意識を失いそうになりながら必死に考える。
周りが寒くないことに。
何より、雪がないのはおかしい!
「お前……!に、し……」
自分の首をしめているのが中尉ではなく、良く見ると西田であることをが意識の端で確認するのを待っていたように、途端周りの温度が下がり始めた。
「お前が言われれば良かったのに」
同じ少尉。
だがあの時、若菜から上がった名前は西田の方だった。
――そう……だな。お前のほうが……
そうだ。
俺よりも、お前の方が……
「いつまで寝ているのだ。少尉」
ガバッ!
そんな音をさせて布団から飛び起きる。
「とは言っても、起床まであと半刻はあるんだが……な」
そういう新城に、が顔を引きつらせた。
未だに心臓はドクドクと鳴って落ち着かない。
そしてこの寒さ。どうやら現実に戻ってきたようだ。
外の吹雪の中に聞こえていた西田の声は、もう聞こえない。
「随分うなされていた。寝汗が凍り、凍死されては元も子もない」
というと、恐らく外の火種で暖めたのだろうタオルを渡してくれた。
「中尉。俺は何か言ってませんでしたか?」
ガサゴソと乾いた少し熱いタオルを服の中へと入れてそう聞いてみた。
「いいや。僕は何も聞かなかった」
シレッとした顔でそう答える中尉に
「そうですか」
とが呟く。
その様子を見て
「体を拭いたなら、少し出よう」
と、を誘った。
パチパチと、絶えることが許されない火種の囲って二人で座る。
どうやら吹雪は、昨日の夜に収まったようだった。
「自然は時に残酷で、冷酷……か。確かにその通りだな」
僅かに燃える焚き火を見ながら、新城が言った。
「ならば。僕はそれを逆手に取ってやればいい」
「中尉?」
「いい作戦を思いついたぞ。だが、これはあまり人道的ではない。しかし今僕たちは何をしている? 答えろ少尉」
「戦争、ですか?」
「そうだ。北領の雪。これは時に凶器になる。そして、それを受けるのは我々であり、帝国側もそれは同様だ。僕たちは南に向けて逃げている。追いかけてくるのは向こうだ。ならば、こちらがそれ(自然)を逆手に取り、僅かでも味方につけることができたなら、それはそれで多少は有利に動ける。違うか?」
「そうですね」
一体どんな作戦がひらめいたのか。
それはこの時にはわからなかった。
この残酷なまでの自然の猛威を、僅かでも味方につけること。
それが、次か次の作戦か分からないが、それが決行されるだろうということ。
そして最後に
「西田少尉のことは、もう君には関係のない話だ。君がそれに捕われるのは間違っている」
とポツリと言ってそこから立ち上がり、中尉が自分のテントへと足を向けた時、がその後姿に口を開いた。
やはり聞かれていたか。
ならば話は早いというもの。
「西田は。西田は、恨んでるんでしょうか」
「君は直ぐに命を投げ出すくせに、そういうところは捕われるのだな。じゃ聞くが、あの時もし西田ではなく、貴様の名前が呼ばれ捨て駒にされたとして、果たして貴様は恨んだか?」
「いいえ」
即答で返した。
「それが答えだ」
全く、いらぬ心配をかけさせるものだ。
あの人に似ているから、そうさせるのだろうか?
それとも……?
ま、似ている人間は世界には三人はいると言うし、ヤツの寝言からヒントをもらった。
今度村についたら、作戦決行だ。
この自然を逆手に取った、残酷だが、確実に足止めは食らわせられる作戦を……
アトガキ