「へぇ。敵さん、そこまで来てるってわけですか」
 昨日の晩遅く、北領での天狼平原にて迎撃せよとの通達が入った。
 その日、俺たちは眠れない夜を過ごした。
 といっても、相変わらず規律は厳しいので明日に備えて寝るが一計。
 体は十分休めておいた方がいい。
 なんせ戦いになれば休めないからなぁと思って、俺は仲間が何やら話しているのを誘導代わりに、眠りについた。
「家柄、なんだよ」
だから何なんだ
「今日こそは……である!」
 どっか遠くの方で大将の声が響いてる。
 ま、縦列やってるのは最初の方だけで。俺たちがいるところにまで目が届くものかとばかりに、俺たちは思い思いの場所に立っていた。
 流石に座るわけにはいかないが。
 そして、どうせ命令が下っても、後方というか、予備だろう?
 前線なんぞに出させてはもらえないさ。
 兵力が未知数だから、それもあるが新顔なんだ。俺たちは。
 だから嫌われてる。
 だからと言って、陛下の部隊も前線に出すわけにはいかないようだから、俺たちは言わば、ついでの厄介払いといったところか。
「なぜ我々も総予備なのだ?」
 という若菜中隊長の苛ついた声が届いた。
 ほらな。思ったとおりだ。
 一里後方に待機の命令。
 しかし、それなら兵も猫も死なない。いいじゃないか。別に。
 そう思ったとき、新城中尉と一瞬だけ視線が合った。
 ハイハイ。分かってますよ。
 『上』がボンボン坊ちゃんだとお互い苦労しますなぁ
「こちらは三万。対して帝国側は二万二千」
 という西田の言葉。
 ほぉ。ま、数だけならこちらが上というわけだ。
 しかし向こうは宣戦布告すらしてこなかった、つまりその数字で勝つ自信があるから攻めてきた。ということになる。
 こいつぁ、どう考えても『まとも』な相手じゃねぇなぁ。
 しかし今それに気付いても、大将の命令の方が上だ。つまり今俺が思ったことは、『思うだけにしとけ』っつうことだ。
 例え『前』が死のうともこちらは総予備。
 来たら来た時、だ。
 大将の出した命令は横一列にならんで、止めろか。
 大軍の指揮なんぞしたことないからよくワカランが、要は攻めてくる敵を皆で押せば勝てるだろうってところか?
 しかし相手はもしかしたら『まとも』な相手じゃないかもしれないってのに?
 そんな中、新城中尉が雪の上に何か書いていた。
 それを見て、俺は相手が何を考えているかわかったような気がした。
「まともな相手じゃなかったら?」
 と中尉が言う。
 それを書いた、ということは中尉も気付いたか。
 視線が一瞬だけ合う。
 その時、俺を見て中尉が笑った、ような気がした。
 そんな視線を返すと、スッと視線を逸らして手を温めて始める。
 しかし、その頭で考えていることは恐らく同じなんだろうな。
 大体俺とあんたは、意見がいつも何故か一致する。
 そして、そんなときは大方外れない。

 つまり、横一列の物に縦の強烈な力を一部でも加えてやればそこから潰れる、ってことだ。
 そして一度開いた穴は、攻め込んでくる以上広がる一方で、一番端に展開された砲の部隊の援護は射程外になって当然届かない。
 しかし、そうなれば前線には指揮官の声は届かないから、指揮官の指揮なしに展開させるにはよっぽど訓練を積んできてるってことなんだが……
 まさかな。
 杞憂で終われ。
 しかし勝つ自信がある相手が、こちらの展開(横展開)に果たして合わせてくれるだろうか?
 前で砲の音が響く。
 やつ等、本当に縦列で突っ込んできやがった。
「まともな相手じゃない、みたいですね」
 そう西田が言う。
 しかし俺たちは総予備の命令を受けている以上出られはしない。
 だが、こんなところ(一里後方)まで突撃を掛けてきたなら話は別だ!
 情報が混乱する。
 こちらの隊長である若菜に前方の大隊から逃げてきたやつ等が聞いている。
「中隊長どの! どうしたら、迎撃ですか? 後退ですか!?」
「聞くな! 大隊の。大隊長の命(めい)なく独断できるか!」
 おいおいおい勘弁してくれ。
 今はあんたが一番上なんだ!
「この混乱です。今は中隊長に指揮していただかなくては」
 と西田が一言言って前に出る。
「西田、お前言うねぇ」
 と若菜には聞こえないように俺が言うと
「ま。言うところは言わないと」
 何食わぬ顔でそう言った。
 お前、その爽やかな顔で存外黒いヤツだな。
 そう思ったが口から出たのは別のことだった。
「上が『あぁ』な以上、中尉が動くかもな」
 と。
 退いて来る味方のやつ等の後ろから少数ではあるが、敵も来た。
 そうか。俺は今戦争の中に居るんだなぁ。
 まぁ確かに軍相手にはやったことないけど、でも……
 あの内乱となんら変わらないのなら、やることは同じだ。
「全員着剣!」
 響いた中尉の声。
 このまま若菜の命令なんぞ待ってられるか、ってか?
 というよりかは、自然と出たって感じだなぁ。
 ま、俺はあんたの命令の方が聞きなれますからね。
 そんなことを思いながら、銃に剣を着ける。
 一瞬だけ心が静かになる、この感覚。
 今から迎撃する。
 目の前の敵を、殺す。それだけ。
 その時、グルル……と喉を鳴らしてきた猫の頭に手を当てて、
「独楽、出るぞ。やつ等の喉を食いちぎって来い」
 その言葉を分かっているのか、猫が少しだけ擦り寄ってきた。
「来ます!」
 その言葉に中尉が叫んだ。
「突撃!!」
 騎馬か……ならば!
 と、剣を持っていない弱手から銃剣を突き立てる。
 相手の装甲が弱い腕、首、足。
 そして、馬は猫が押さえ込む。
「独楽!」
 俺を囮にして猫を呼ぶ。
 猫が飛んで、上から首を引きちぎる。
 もう自分が何をやったのかも覚えていない。
 ただ、敵を殺す。
 それだけだった。
 そして響いた若菜の声。
 一瞬だけ視線をそちらに向けると、相手は子供。
 対するは中尉。
 だが、そんなこと中尉にとっては関係ないだろう。
 ドサ……
 そんな音がして『敵』が倒れた。
 そして俺たちは大隊からはぐれてしまった。
 まぁ、あの混乱じゃ仕方が無いか。
「無事か?」
 との言葉に
「僕? うん。は?」
「あぁ。この通り生きてるよ」
 こうしてお互いの無事を確認する。
 死んでいれば、返事ができないからな。
 それにしても若菜のヤツ。
 少年兵だから何だと言うんだ?
 子供だからなんだと言うんだろう。
 『兵』として軍隊に加わっている以上、こちらからしたら子供だろうと大人だろうと『敵』は敵だ。
 そこに容赦など要らないだろうに。
 もしかして、子供だから改心するかもしれないとでも?
 違うな。
 子供だから……だから……
 一体なんだ?
 何を思って若菜は止めようとしたんだ?
 クソ。
 やっぱり、ぼんぼんの考えることは俺には理解できん!
アトガキ
皇国の守護者、プロローグ……?
2011/12/28 加筆書式修正
管理人 芥屋 芥