Über dieLinse
Zu kleine Kleidung
急にテーブルへと突っ伏したに対し、男はしばらくオロオロするだけだった。
「あの……さん?」
揺すってみても声をかけてみても彼は一向に頭を上げない。それどころか目を瞑ったまま一定の呼吸をしたまま動かない。
対処に困ってしまいしばらく様子を見ていたのだが、そんなさんの様子にオーランドは一つの可能性を考えた。
もしかして、眠ってるのか?
そう思い至った彼は、さすっていたの肩からゆっくり手を離すと寄り添ってきた子猫が「みゃお?」と鳴いた。


それにしても、得体の知れない自分の前でこんなに堂々と眠りこけるこの神経の図太さに、どこか懐かしい誰かを思い出させるのはどうしてだろう。
そんな、どこかに置き忘れた懐かしいものを感じて自然に顔がほころんでいると今度は自分が構ってもらえると思ったらしい子猫がそのままコタツの天板にヒョイと飛び乗って男に向かって前足を差し出し、遊んでくれとアピールする。
そんな子猫の相手をしながらも、彼の視線は天板に突っ伏すの頭の横に置かれた小さなモノから離れずに、じっとソレを見つめたままだ。
こんなモノが電話だなんて信じられない。こんな小さなモノが電話だなんて。
電話というものは、もっと大きいモノのはずだ。自分は見たことないが、それでも、こう、使うにはそれ相応の許可が要ると聞いたことがある。
それに、それ相応の高い地位の人間じゃないと使えないとも。
それがこんな、小さなモノになる……物なのか?
と、自分が想像できる電話と今目の前にある物が同じだなんて、自分の想像力では結びつかない。結び付けられない。
信じられないものを見るようにジッとソレを見ていると、それが再び光って音楽を鳴らだした。
「ッ?!」
その音に驚いて、出かかった声を寸でで止めて心臓が煩いほどに鳴って驚いているのを自覚しつつも、その光りながら音を出す物体をマジマジを見つめて男は考える。
これは本当に電話なのだろうかと、もしかしたら帝国の新しい技術なのではと、ここがもし本当に帝国内だとするならそう考えたかもしれない。
しかしこの目の前で眠りこけているさんのさっきの話では、ここはそんな帝国などではなく、日本国という聞き慣れないというか初めて聞く国で。
おまけにフロスト共和国は、国自体が存在しないという。
そんな、信じられない状況で、目の前のさっきから光ながら音を出している小さなモノが電話だという。やがてプツリと、光と音が止まった。
それにもまた、オーランドは驚いた。
勝手に鳴って、勝手に止まるのか?!
そんな、現代から見ればただ単に留守電に切り替わっただけとも言える携帯のそのシステムがオーランドにとっては驚きに値する物だ。
こ、こんな物は初めて見る。こんな凄いものがあるなんて。
驚きのあまり,猫が構ってくれと手の辺りの布の部分を引っ掻いているのも忘れて天板に置かれた物から視線を外さずにいると、さっきまで隣で突っ伏していた少年が起きていることに気がついた。
「……あ」
「ったく。後にしろって言ったのに、全然後じゃねぇし。おまけに十分経ってないじゃねぇかよ」
と、体を起こしながら携帯に表示されていた時計を見やって手に持ち、悪態をつくその表情はまるで不機嫌さをそのまま絵に描いたような表情だった。
オーランドは、そんな彼を刺激しないように控え目な声で「あ、あの。さっき、光ってましたよ」と告げると
「知ってる」
と、ガシガシと頭を掻いてが答え、今度は真っ直ぐに男を見て切り出した。
「さてと。この状況のこと、脳を冷やしてる間に頭ん中で整理してみたんだけど、やっぱ分からないことだらけなんだよね。後、さっきは病気だーみたいなこと言って悪かった。ごめん」
謝ったのは、証拠として出されたランタンと銃が真実を物語っていたから。
それ以前、混乱していたとは言え相手を一方的に決め付けるのは駄目だと、頭を冷やしたから。
確かに不法侵入には変わりない。だが、あのランタンは兎も角として、銃には驚いた。あんな十三ミリの大口径の、しかも一発一発撃つタイプの銃なんて少なくとも自分の記憶にはないから。
元々銃機関係はそれほど強くないだったが、後からこの世界に嵌った友人の竹中は模型だけではなくそっち関係にも強くなった。
お陰で今じゃヤツが置いてったその手の雑誌が本棚の下に転がっている。
最初の絶交寸前まで行った大喧嘩を考えたら、あの当時の竹中が今の奴を見たらどう言うだろななんて、そんなことを想像してしまえる程に今の彼は変わりすぎた。
「いいえ、こちらこそその、勝手に上がりこんでしまったわけですから……あの」
「なに」
顔を上げて、オーランドがの顔をマジマジと見つめるその表情は、とても真剣なものといよりも困っているといった雰囲気の方が強い真顔で聞いた。
「もし、ここが本当に帝国じゃなかったら俺、どうやって帰ったらいいんでしょう」


――知らねぇよ。
そう言えたらどんなに良かっただろう。しかし言えなかった。言えなかったら言えないで問題が山積みなんだけれどな。
なんて考えたが、やはり言えなかった。
お金も、コイツが入る部屋の空間も時間も金もない自分にとってこの男はあらゆる意味で大きすぎる。
そして基本的なものが足らなさ過ぎる。
まず衣。
入らん。
いや、そういう問題じゃなくて。というか、うん。やっぱりそういう問題だな。入らない。
したがってコイツの着替えはこの家にはない。
そして食。
一人でもカツカツだってんのに、二人?
無理。
最後に住。
住める訳ない。
ただでさえ本やら雑誌やらカメラ機材やらオーディオ機材やらで圧迫しているこの部屋で二人?
……立って寝るか、それともこのクソ寒い中外で寝るか選んでみるか。
それは流石に後味が悪い。というか、寒い中放り出すってことは、いくらなんでも良心に反する。
そこまで考えて、さっきの質問の答えをまだ聞いてなかったことを思い出す。
天板に置いた携帯をコートのポケットに入れると、男に聞いた。
「さっきの質問なんだけどさ」
と切り出すと男が一瞬何を言われたのか分からない表情をしたが、すぐに思い出したようだった。
「改めて聞くけど、所属と階級を教えてくれないか。そっち方面に出来るだけ当たってみるから」
そう言いながらもの頭は別のことを考えている。
もしかしたら、この男の所属する部隊なんていうものは、この世界には存在しないのかもしれない。と。
「俺の部隊は、901-ATT。階級は、伍長」
「それだけ?」
「……はい」
の追求の声はどこか拍子抜けした声だったが、それ以上に自信なさそうな表情と声でオーランドが肯定すると、言葉を受けたが下を向いてなにやら考えている。
しばらくそんな無言が部屋に落ちたのだが、カリカリカリ……という何かがガラスを引っ掻く音で二人共その音の方へと顔を向けるとそこに白い子猫のミーが外に出たそうにしているのが感じ取れ、それを見た
「あぁ、はいはい」
どこか猫の行動について納得した口調で言いながら立ち上がってカーテンを動かし窓に手伸ばしてカラリと開けると猫は勢いよく外に飛び出て行ったかと思うと、すぐに姿が見えなくなってしまった、と同時に外の冷たい風が室内に吹き込んできては慌てて窓とカーテンを閉めた。
「うぅ、寒い」
エアコンがないこの部屋は、温まるのには時間が掛かるそのくせに冷えるのは早い。そして夏はクソ暑い。
仕方がないといえば仕方がないのだが、暑さは耐えられるとしても寒いのだけは苦手なは早く働いてこの部屋から出たいとずっと思っている。
少なくとも次は冷暖房エアコンがある部屋に住む。
それが彼の些細な夢だ。



猫がいなくなった部屋で二人きり。
一息大きな息を吐くと、は移動して再びコタツの中へ足を入れる。
とりあえずあの子猫がこの部屋を出て行った理由としてまず考えられることは、にはもうこの男を追い出すという気がなくなったと判断したからなのだろう。
じゃなかったら多分出て行かないつもりだったのかもしれない。と、『たられば』範囲の勝手な予想をしてみる。
まぁ、それで合ってるとは思うけど。とこれまた勝手な結論を出しては口を開いた。
「全く。猫にしてやられたな。あのミーが懐くなんて本当に珍しいんだぞ」
ドカリと座って、コタツの中に手を入れて暖を取るから自然と背は丸くなって猫背の体勢だ。おまけにアゴを天板に乗せその体勢のまま男を見上げる。
下から見上げられた男はただただ焦った表情をしており、やはり悪い人間には見えない。銃を持っていたのは、きっとこの男のいう戦後半年と言う言葉から、混乱期だからなんだろうなということは簡単に想像できた。
そして、頭の中では別の対策を考えながらは、質問を変えた。とりあえず、やっぱり意味が分からないこの状況にケリを付けたい。そう思って。
「なんでこの家に入ったんだ」
コタツから暖まった手を出して伍長に問う。
「わからないんです。俺にも」
と、まだ『分からない』という彼に対しは不機嫌さを隠さずに言葉を述べる。
「わからない、じゃねぇよ。大体昨日の晩まで少なくとも深夜三時頃までは俺一人だった。で、今朝起きたらお前が居た。ってことはだ。伍長は今日の深夜から明け方辺りにこの家に入ってきたってことだろうが。違うのか?」
時系列並べて述べてみた。
――大体間違ってないと思う。少なくとも今日の深夜三時まではコイツは居なかった。
の記憶が曖昧になったのは深夜の三時過ぎた頃からだから、最低限そこから今までの間にオーランド伍長はこの家に入り込んできたということになる。
「はぁ」
なんとも心許ない返事に続いた言葉は、更に心許ない言葉だった。
「確かにそうなんですけれど、でも俺も、その……寝て起きたら、その、ここに」
と、いかにも自信なさそうな表情と声と言葉が部屋に響く。
「まぁいいや。とりあえず今後の対策、今晩かけて練れればいい」
そう言ってコタツから出、部屋の外に向かって歩き出すとがどこかに行くと思ったのだろうか、不安そうな声が届く。
「あ、あの。何処へ」
その声に、顔だけそちらに向けたが素っ気無く
「便所」
と言って襖を開けた。



一人になった部屋で、再び男は部屋を見渡して首を動かしている。
自分が判るもの、判らないもの、見慣れているもの、見慣れていないもの、初めて見るものと、一つ一つこの部屋にあるものを分けるためだ。
その上で、ここは確かに捕虜を捕らえるような部屋じゃないことが理解できた。もし捕虜を捕らえるような部屋ならば、こんなに明るくはないし物も多くないだろうから。
おまけに猫が出入りできるようじゃ全然違うじゃないか。
苦笑いにも似た思いが浮かぶが、すぐにそれを押し退けてオーランドは判断を続けていく。
机や本棚は分かる。その中に入っている本や雑誌も、何となく分かる。そんな本棚や机が置いてある反対側に吊り下げられたりしている生活衣類も。
その辺りは問題ない。
問題なのは、その机にある見慣れない箱のような物と、よく分からない物体二つ。その他細々としたものは初めて見る。
次に視線を上に向けて考えた。
この照明、もしかして帝国でも一部しか通っていないという電気で動く物ではないのだろうか。
ということは、ここは、相当身分の高い人たちが住む場所なのかもしれない。その割には少し雑多な印象を受けるけれど、それでも電気がこんなにも潤沢に通っているということは、それ相当のものなのだろう。
――それにしても照明って、こんなに明るかったっけ?
疑問に思ったが、それ以上に不思議な物は自分の視線より下にあった。そう。この暖かいテーブルが一番この部屋で不思議に思えて仕方が無い。
どうして暖かいのだろうか。誰かが下で薪でも焚いて、その熱風を送っているのだろうかと。
だとしたら相当裕福な人間ということになるのだが、失礼ながら彼という少年の第一印象はとても高貴そうには見えなかった。
途端、どこからから水の流れる音がしてビクリと体が跳ねてしまい、そんな自分にまた驚いた。
まさか、この家のトイレは水洗なのか?
裕福な家か、もしくは自分が想像できる貴族の生活なるものの生活用品がそこかしこに転がっているくせに、その割には住んでいる人は失礼ながらそうには見えない。
そう言ったギャップにもまた、オーランドは混乱する。
それに、銃を持てば法律違反だとさんは言った。
ということは、自分は法律違反者だ。
没収されても、そのまま警察に突き出されても仕方が無い。おまけに不法侵入ときている。
これでは、何をされても仕方が無い。
「伍長」
「は、ハイ!」
突然名を、階級名を呼ばれて思わず大声で返事をしてしまい気まずい空気が部屋に流れる。と同時に顔を向けた先に伍長が見たのは、とても驚いた表情のが襖を閉めているところだった。

コタツの中に再再度足を突っ込みながらが言葉を切り出す。
「考えたんだけど」
「はい」
「やっぱりあんた米軍の人なんじゃねぇの?」
真っ直ぐにが伍長の顔を見て真剣な表情で言葉を言い、そして続ける。
「ですが、俺はそんな部隊じゃ……」
「あぁ、言葉が悪かった。ごめん。さっき見せてもらった銃のこと考えたんだけどさ。あんなの持てるとなると、それなりのデカイ組織じゃないと駄目だと思って。しかもアレ、かなり特殊な戦闘の時に使うものじゃないのっていう話。そんでもって、そんな物を使って……?」
のそんな洞察を兼ねた予測の言葉を聞いた途端焦った表情を伍長が見せ、そんな彼の変わりように自然との言葉が止まる。
「駄目だ」
「?」
「あ……」
一瞬、何を言われてるのか分からずが不思議そうな表情をする間にも伍長の表情は確実に変化していくのがはっきりと分かった。
「ランデルさん?!」
慌てたが彼の名前を呼ぶ。
彼にとって、戦争が終って半年しか経ってないのなら、その傷が残っていたって不思議じゃない。
なんだって俺はッ!
そうは思えど、後の祭りでしかなかった。
いつも一本道しか見えなくて、いつも後になって気付く。
そんでもって、取り返しが付かなくなってる。
これで何度失敗した?
何度……クソ!
瞳孔が開き、明らかにここではないどこかに視線を飛ばして何かを見ている彼の手をが名前を呼ぶと共に思い切り掴む。
「ランデルさん!?」
ガシッという音を立てて掴むと、彼の視線がゆっくりと戻ってきたように思え、一気に引き戻す。
「ランデルさん、これを見て!」
言いつつポケットから携帯電話を取り出すと、彼の前で音を鳴らした。
流れる軽快な音楽にビクリと彼の体が揺れ、視線の先が少しずつ目の前にある携帯に集まってくるのを見ては、安堵の表情を浮かべた。
良かった。戻ってきた。
「……ッは」
「落ち着いた」
「……は……はい。なんとか」
「良かった」
息が荒いのをなんとか整えて彼の質問に答えると、安堵の表情を浮かべたまま立ち上がって襖の奥へと消えていく。
その様子を、まだ自分のことで手一杯なオーランドが見るともなしに見て視線を下にやってしばらくすると、襖が動く音が聞こえたかと思った次に目の前にあったのは透明の液体が入った何だかとてもカラフルな陶器のカップだった。
「……?」
意図が掴めず、オーランドが不思議そうに差し出されたそれを眺めていると
「レモン水。冷蔵庫にあったやつ。作り置きで悪いけど、昨日の晩に造ったヤツだからまだ大丈夫だと思う」
そう言ってもう一方の手にあったもう一つの、これまたカラフルな陶器のカップを持ち、それを飲んだ。
先に飲んだのは、恐らく毒が入っていないことを証明するためのなのかもしれない。
オーランドはそう思って、差し出されているカップを受け取るとそれを飲むと同時にあることに気がついた。
そう言えば、この家に来てから一滴の水も飲んでいない、ということに。
空腹は何とか耐えられる。あの戦争の時だって、何日も食べなかったことなんてザラにあったから。
でも、水だけは別だ。
空腹には耐えられても、乾きだけは我慢できなかった。
暗い思いを隠して、オーランドが感想を言う。
「おいしいです」
こんなにも冷たくて美味しいものがあるなんて。
「自家製レモン水だからな。足らないなら、もう一杯飲む?」
そんな言葉を言う前から手を伸ばし、置かれた天板に置かれたコップを持っている辺り、最初から足らないと踏んでいたのだろうか。




「ま。とりあえず昼飯作るけど、選択の余地なくラーメンな」
そう言って、はコタツから出ると襖を閉めてその向こうの恐らく、台所がある場所へと消えていく。
ラーメンというモノがどんな食べ物か見当もつかなかったが、あのレモン水でさえあれだけ美味しいのだ。きっとそのラーメンというものもとても美味しいのだろうとオーランドは思う。
しかし、このコタツというものが電気で動いていることに、彼はとても驚いた。
「すまんがコタツの電気消してくれると嬉しい」
ガラリと襖を開けてそう頼んできたに、オーランドは一瞬何を言われているのか分からない表情で返した。
「だから、今から電気を使うからコタツの電気消してって……」
「コタツ?」
訳がわからない表情のオーランドと、襖のところに立ったままのとの間に微妙な空気が再度流れる。
この男、もしかしてコタツを知らないのか?
いや、恐らく彼がさっき立てた仮説に基づくならオーランド伍長がソレを知らないで正解なのかもしれないが、今のはそこまで気を回せない。
何故ならお腹が減っているからだが、それを表に出すほどは……
「いや、ごめん。自分でやる」
元はと言えば、消して出なかった自分が悪い。
そう思い直して、が腕を伸ばしてコードを持つとパチリという音がして、何かが消されたのは分かった。
分かったけれど、一体何が止まったんだ?
その質問をしようとして、オーランドの口は開きかけたところで何処からか水が沸騰する音が聞こえてきて止まってしまった。
「ガス!」
襖も閉めずに慌てた様子のがバタバタとその短い距離を走ったかと思うと、次に聞こえてきたのはガチリという何かの音だった。
「あーあ、勿体無い」
嘆きの声がして、顔を少しだけ移動させて台所の方を見て見るとこれまた見慣れない台所で更にオーランドは驚いた。
見慣れない箱の上にこれまた見慣れない箱があり、食器棚は分かるけれど、水の通っているとこから見慣れない多分、あそこが火を熾すところなのだろう台に。
とにかく、自分では想像できないほどの何か不思議なものが、今自分が居る部屋以上の不思議な台所だった。
そしてまたもや音が鳴ったかと思うと、見慣れない箱の上の箱に手を伸ばして何かを取り出し、そこから出てきた物を見て更にオーランドは混乱する。
暖かそうな、湯気の湧いた皿だったから。
そんな摩訶不思議な現象に驚いて声も出ない間にも、の料理は進んでいく。
「よし。ちょっと失敗したけど、その分少しだけ豪勢にしてみた」
と言って、さっきのコップほどではないがそれなりにカラフルな陶器の碗を二つ持って天板の上に置いたそれを見てオーランドは再び固まり、助けを求めるようにを見るが当のは既にオーランド、いやこの部屋から台所に移動していて、さき程の見慣れない箱から取り出した皿とその下の少し大きな箱から瓶を取り出してさっきレモン水を入れて出してくれたカラフルカップにその中身を注いでいる。
「ほい。付け合せ。あとお茶」
全てを出し終えると、はコタツに入ってスイッチを入れる、顔の前で手を合わせて「頂きます」と言ってラーメンを食べ始める。
しかしオーランドはそれに手をつけなかった。というより、手をつけられない。
確かに、この食べ物の匂いはとても美味しそうだし、お腹も空いてるようでさっきから音が鳴るのを堪えているのだけれども、それでも食べ方が分からないから食べようが無い。
一体何で食べればいいのか。
そこが問題だった。
だからジッとそれを見たまま、固まっているオーランドにやっと異変に気付いたらしいが声をかける。
「あれ。食べないの?」
ラーメン延びるぞ。
そうは思ったが、もしかしたら延びたラーメンが好きなのかもしれない。
勝手にそう思って、はそれだけを言葉にした。
食べ物の好みは人それぞれだ。それだけに、強制すればドエライことになる。
しかし、真剣に何かを見やっているオーランドの様子にその視線の先にが顔を向けるとそこにあったのは器の上に置かれた滅多に使わない割り箸があった。
袋に埃は被っていたものの、食器棚の中に入っていたモノだし袋の口もちゃんと閉めていたから多分大丈夫だろうと判断して使ったそれ。
大体買ったのだって一ヶ月前だし、大丈夫だろ。
と、最早自分基準の勝手な判断で、その前の割り箸袋を買ったのは更に一年前なのだが、それが一ヶ月前に無くなった……使用頻度は推して知るべしである。
そんな、滅多に使わない割り箸がもしかして気に入らないのだろうか。そう勝手に判断していたのだが。
「あの……さん」
と、意を決したようなオーランドの声と表情にが先に事態を察した。
「もしかして箸、初めて見る?」
「はい。これ、どうやって使えばいいんですか?」
やっぱり。
そう納得するに値する答えではあった。
何故なら何とか共和国という外国らしき国の名前をオーランドが挙げたときから、そんな予感はあったから。
「えっと、フォークの方が使い慣れてるか」
そう言って立ち上がると、後ろから「す……すみません」と謝ってきたから、「なんで謝るんだよ」とは返した。
箸を使えない伍長が悪いわけでも何でもない。何の配慮もなくラーメンを出したのは自分なのだから、謝る必要なんてないのに、と。
とは言え、ラーメンしかなかったと言えば、確かにそうなのだが。
ならば食べられるように対策を立てればいい。
それだけの話だ。

カチャリと、滅多に出さないフォークをスプーンなんかをまとめて入れている瓶の中から取り出して洗う。
使用頻度の少ないものにはことごとく埃が被っているが、一人暮らしな上にほとんど家に居ないのだからそれはそれで仕方がない。
使うべきときに使えるようにすればいい。
そう思って、水を出してそれを洗うとそのまま簡単に水を切った状態でオーランドに差し出した。
「あ、ありがとうございます」
礼を言って食事を再開したに習い、伍長がフォークでラーメンを食べた。
「初めて、食べる味です。熱い」
食べるのはいいのだが、なんだかフォークで食べている図というものは見慣れない分とても新鮮な光景だった。
――中々面白いな
と、写す人間としての考えでチラリと伍長を見ると眼が合い、照れを隠すかのように二コリと笑った伍長が再び真剣な表情で食べるのを再開したのに対しは、ちぢれ麺でよかった。などとそんな下らないことを考えている。
何故ならストレートの麺だったら、ツルツルすべって掬いづらいはずだろうから。


さてと、ここからが大問題なんだ。
は、コタツから出て椅子に座って考えている。
使った食器はとっくに片付け、伍長がコタツの中にいるだけなのだがそれに電気は通っていない。
何故なら二人分の熱量があるせいか、閉めきった部屋は中々に暖かいからこうしてはコタツから出て椅子にも座れるのだが、そこで困ってしまった。
対策としては、まず
その一
警察もしくは病院に電話して、引き取ってもらう。
しっかし飯を作った上に一緒に食べたとなればそれは出来ない。
それにそんなことをやったらこの先ミーとの信頼関係が崩れてしまう。
それだけは避けたい。

その二
このままこの家で引き取ってみる。というか、面倒を見てみる。
無理っぽいなぁ。
部屋は狭い、背の高さが違うから服は貸せない。そして重要な問題がある。今の自分には金がない。

その三
多分これが一番現実的……そして最も嫌な方法。
跡部に頼る。というか、事情を話す。

その四
もう、問答無用でコイツを追い出し、何事も無かったようにして暮らす。
しかしこれもミーは気付くのだろう。
そして信頼関係が崩れる。避けたいなぁ。

その五
自主的に出て行ってもらう。
……行く当てないぞ。きっと。
ここは伍長の住む世界じゃない。多分、そんな気がする。


思い切ったはポケットの中から携帯を取り出し、恐らく昼休みの最中であろう一人の男に電話を掛けてみた。
こんな時に頼れるのがあんな男だとは、本当は心底腹立たしいのだが。
しかも戸籍上はまだ身内じゃない。
それでも、こんな時に頼れるのはあの男くらいしかない。
それがどうしようもなく悔しくて、しかもあの男。が頼ってくることが当然だと思っている節が見え隠れしてそれが彼を苛立たせる。
嫌な話だけどな。
そして、相手はワンコール置かずに直ぐに出た。
『何の用だ』
ほら。すぐこれだ。
最初の『もしもし』すらない。
「あのさ、あんたに頼みたいことがあるんだ」
イライラを隠しながら、多分隠し切れてないんだろうなと自覚しながら、それでも十二分に自分を抑えてが話を切り出した。
こんなこと、できるなら余り頼みたくない。
そう思いながら。
アトガキ
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服の話がラーメンになった
2023/08/01 CSS書式
re;2009/06/11
2006/11/27
管理人 芥屋 芥