Über dieLinse
Sieg einer Katze
戦車に銃を向けたとき、声が聞こえた。
お前は誰だ。
どうして止める。
この目の前の戦車は壊さなければならないんだ。

――やめろって

少しオドケタ声に驚いて顔を上げると、彼方向こうに光が見えた。
そう。
その青い光の向こうは、死の淵だ。
俺たちは、自分の魂を『くべる』炉を持たされている。
だから、それが灯っている限り俺は……
ち……がう?
あの光は……青く……ない?




昨日は色々と仕事が重なってしまい、疲れた体を引きずって何とかあの橋の下まで戻るとそこから先の記憶がない。
そして、いつも通りの日雇いの仕事が始まる朝を向かえるはずだった。
戦争で疲弊した帝国には、まだまだ戦災が残っていて仕事もない。
だから日雇いでお金を稼ぐしかなくて、戦争が終ったその日からずっとそうやって生きてきた。
家もなく路上での生活だったハズなのに、何かが変、だ。

ん?
少しずつ頭が冴えてくると同時に、どうして足が暖かいのかが気になった。
足というより、下半身全体が温かい?
ということは、誰かが毛布でも掛けてくれたんだろうか。
などと、のん気なことを考えながら未だ覚めていない頭で周りを見渡すと、見慣れない人が目の前で気持ちよさそうに眠っていた。
?!
驚いて、思わず体を仰け反らせてしまった反動でカランというランタンの音が盛大に響くの慌てて手で抑えこんで阻止するとホッと一息を付く。
煩くしなくて良かった。
って、それにしてもこの子は一体誰なんだろう。

見覚えのない少年だった。
帝国で黒髪は珍しくないから多分帝国の少年だとは思うのだけれども、それにしても、こんな子供、寝るときにいたっけ?
と、自分があの場所で眠ったときの状況を思い出して、確かにその時は居なかったことを確認する。
と同時に、完全に冴えた頭で周囲を見渡すと見慣れない物がぶら下がっている見慣れない屋根が視界に入ってきた。
何故屋根があるんだ。
自分がいるのは、いつも寝る場所で見えるのは河を渡る橋の架橋の部分であって、目が覚めると薄暗い石でできた橋の下の光景が広がっているというのに。
おまけにすぐ近くに河が流れててって……河の音がしない?
……ここはどこだ。
そこまで考えて、男は固まった。

あー……多分室内だ。屋根がある。
そして屋根からは、多分部屋を照らすものなのだろう不思議な形をした円筒状の照明灯が二つ、ぶら下がってるーふしぎだなー

なんて現実逃避している場合じゃない。
この子供は一体誰だ。
ここはどこだ?
そして自分に掛っているこの不思議な暖かい布団を被って、テーブルか何かの家具に足を突っ込んで眠っている自分と黒髪の少年。
少年はそのテーブルらしき物に自分と同じように足を突っ込んで体を九の字に曲げて、自分の方に頭を向けて眠っていてる。
あぁ、だからこんなにもほぼ目の前といってもいい程の距離に彼の頭があったのかと、男は体を起こしながら周囲を見渡して考えた。
不思議なものは、このテーブルだけではなかった。
机と椅子は分かる。だけれども、その下にある箱のようなものは何だろうと不思議に思い、次に視線をその隣の本棚に向けるとそこにはギッシリと本が入っていて、入りきらないものは棚と天井の隙間にそして床にと乱雑に並べられている。
そんな本棚と小さな机のある反対側の壁に視線を向けると、こっちはこっちでなんだか余りにも生活感漂う、決して綺麗な部屋とは言えな…・・・って、自分にはこんな家すらないことを思い出して男は自重気味に笑う。そして思い出した。
こんな立派な家に住める人の家に、自分はもしかして、いや、もしかしなくても無意識に入り込んでしまったのか?
と。
だとしたらど、ど、どうしよう。
いくら狭くても、帝国で家を持つことはそれなりの仕事をもたないと持てないことだ。ましてや自分のような者が入り込んだらとんでもないことになる。
早く元いた場所に帰らないと。でも、どうやって。第一、何をどうしてここに来たのかもわからないのに?
状況に困っていると、目の前の人がパチリと目を覚ました。



「ふわぁぁぁぁ……ん?」
コタツでまたもや寝てしまったは目が覚めると同時に伸びをした時、コタツの中に何か別のものが入ってることに違和感を感じて足を少し動かし確認してみる。
何かがいる。というよりか、コレは……もしや誰かが居るのか?!
そう確信して恐る恐る体を起こすと、見知らぬ男が自分と共にコタツに入っているのが見え一瞬での頭は覚醒する。
「お前誰だ!!?」
今が朝だろうと、昨日徹夜しようとして途中で眠ってしまったんだろうなぁなどという悠長な後悔は速攻で頭の中から消え去り、今は相手に対する不信感だけがの頭の中を支配している。
一杯で問い詰めると、男は
「あの、すみません。勝手に上がりこんでしまったようで……ッ?!」
ガバッというコタツ布団の音がして、お互いに身を乗り出して途端響くゴツンッ!という盛大な音。
「ッテェェェ!」
お互いの頭に頭を思いっきりぶつけてしまい、そのままコタツの天板の上に先に撃沈したのはの方でその直後一拍遅れて男の方も天板に沈む。
……朝から二人、九十度で向かい合って天板に頭を打ちつけているの図の出来上がり……
じゃなくて!
コイツ誰?!
「あ、あの。大丈夫……ですか?」
「あ……あぁ」
心配そうに声を掛けてくるその男は、今のにとっては『不審人物』以外何者でもない。
強盗か、それとも押し入りか。

――オイオイ。こんな貧乏学生のアパートに取る物なんて何もな……あ、カメラ!

この家で唯一高価なものであるカメラとレンズ。
あれだけは何がなんでも盗まれたり傷つけられるわけにはいかない。
なんせ考えに考え抜いてあのレンズを買おうと、一生物にしていこうと心に誓って買ったのだから。
それが狙われているとしたら、どんなことでもするつもりなは勢いよくコタツから飛び出すと、一目散にカメラを置いてある押入れの前に立つ。
「く、来るなら来い。この不審人物め!」
そうは言ったものの、朝から何やってんだろうと心のどこかが思うが今はそんなこと関係なかった。
今はとにかくこの不審人物のことをどうにかしないと!
だが目の前の不審人物は辺りをキョロキョロ見渡すだけで、コタツの中から出ようともしない。それどころか、
「あの、俺もよく分からなくて、その。……ごめんなさい」
なんて言ってくるから、は最初男の言葉を理解できなかった。
「……?」
妙な沈黙が部屋を覆う。
お互い、どうやら理解できない状況に置かれているらしい。
男が、この家に勝手に入ってきたくせに良く分からないなどと言いおまけに謝ってきたから、いきなり現れたその男を不審者扱いしてよいのかどうか、分からなくなってくる。
もしかして、寝ているときにフラフラと無意識のままここまで来たのだろうか。
そうだとしたら帰ってもらうか、または病院にでも行ってもらうしかないだろう。それくらいしか、にできることはない。
迷っている間にも、妙な沈黙から進化した不思議な空気が部屋の中を覆いだす。
としては目の前の男を出来ればここからたたき出したいし、不法侵入にあたるのだから警察を呼んでもいいけれども、もしこの男が病気か何かで不可抗力でこの家に入り込んだのだったならば搬送先は病院になる。
しかも目の前の男をどうしてもは悪い人間には見えなかった。むしろ心底困ってるような、そんな印象すらこの男から受けて仕方が無い。
それは、男がいつまで経っても立ち上がろうともせず、未だコタツに足を突っ込んで座ったままただただオロオロしているだけだったからなのだが。
もしカメラを盗るつもりなのだったら、今すぐにでも……っていうより強盗目的だったならば、いくらコタツが人間ホイホイだったとしても絶対に入らないだろうし、おまけにそこで眠らない。
そこまで気付いたは、身動きが取れなくなり困っていた。
そしてコタツに座ったままの男は、困った様子を益々深めていく。

――ど……どうしよう……




首に赤い首輪を付けた真っ白い子猫が、身軽に壁から壁へと渡っていく。
目的があるのか、他の猫たちがその子猫にちょっかいを掛けてみるが白い子猫は一向に反応しない。
それどころか、他の猫の相手なぞしないとばかりにその足を速めてどこかへと消えていってしまう。
やがて、目的の屋根の上によじ登ると、トットとその屋根からベランダの欄干へと猫特有の身軽さで飛び降りると、その窓をまるでその向こうに何かがあるかのようにカリカリとその窓ガラスを引っ掻いた。


何かがガラスを引っ掻くような小さな音が部屋に響いたのは丁度その時だった。
「?」
男がその音の出所を探そうとして首を左右に動かしキョロキョロすると同時に、はその音が何なんのか察していた。
……よりによってこんな時に。
とは思ったものの、開けないわけにはいかなかった。
あの子猫のメインの飼い主は自分なのだから。
一応『地域猫』ってことで色々な人にお世話になっているみたいだけど、でも基本的な飼い主は自分になっている。
というかこのアパート、動物飼うことは厳禁だし。だからと言って、俺以外の人間に懐きゃしなかったのがそもそも悪いんだ。
そんなんだから、気がつけば勝手に決められていた約束。
あの白い子猫は確かに地域猫は地域猫だけれども一応さんが責任もって週に三日はこの猫にエサを与えて下さいね。
なんて、外の階段のところで大家に掴まりその後地域猫のことを聞かされた後に有無を言わさないような、文句あるなら家(実家)で飼えそんな無言の圧力を貼り付けたおばちゃんの迫力ある笑顔でいつの間にか決まってしまっていたその約束。
そりゃ大家さんは、事情はどうであれ俺があの財閥のガキだってことを知ってると言えば知ってるからな。
そして、飼うのは厳禁なくせにエサを与えるのは許可されるって、その辺りの矛盾を指摘すると地域猫は地域猫だから良い、なんてそんな呆れる返答が返ってきたんだけどな。
しっかし、アレを懐いたって言えるのかどうか判断するのは難しい。まぁ、何となく他の人よりはマシってだけのような、そんな気がする。
大体今でも俺の機嫌が悪かったりすると遠巻きに見たり、その上で触れようとすると引っ掻いてきたり未だにするんだからと、悪気のない子猫に半ば八つ当たりしそうになる自分を戒めるとは男に言葉を投げかける。
「いいか、そこから動くなよ」
男が動かないのを確認して、今でもカリカリと鳴っている窓の方へとソーッと近づきガラリとその窓を開けると、途端その向こうから部屋に入ってきたのは一匹の赤い首輪を付けた白い子猫だった。
そして、いつもは用意してあるミルク入れに一目散に飛んでいきエサを催促するのに、その日だけは違った。
小さな子猫はの足元に擦り寄って、しかし顔は彼の目の前に居るコタツに座ったまま困った顔をしている男の方に向いたままだ。
「ミー?」
不思議に思って子猫の名前をが呼ぶ。
一体どうしたというのだろう。もしかしてお前……まさか……
嫌な予感がを襲い、その最悪な事態を予想した時だった。
ミーと呼ばれた子猫は、コタツに入ったまま動かない男の方へと興味深そうに歩いていきその体を男に、まるで甘えるように擦り寄らせたのだ。いや、正確には飛びついて腕の中に納まりに行ったと言った方がいい。
「ッうわ」
「……マジで?」
別な意味で驚く男が、二人同時に驚きの声を上げる。
あー……後ろでカラスが鳴いているー
なーんて現実逃避している場合じゃない。こんなことは前代未聞だ。
あの警戒心の強いミーが、初対面の男に自分から寄り添った?
未だ飼い主以外では、恐らく接触する回数が次に多い親友の竹中にさえ懐かないあのミーが?
驚いていると、同じように驚いているのだろう男の声がの耳に届いた。
「あの、この猫もしかして飼ってるんですか?随分懐いてますけど……」
男が困ったようにそう言って顔をに向けながらもじゃれ付いてくる猫を構っている。
その様子から男の、猫との付き合いというものの手馴れた物を感じ取っただが、一度湧き出た警戒心は中々抑えられるものではない。だが、コタツ布団と男の手の中とを行ったり来たりしているミーが可愛らしく「ミャォ?」と鳴くその声に、はなんだか一方的に勝利宣言されたような気がした。
なんでだ……なんで俺が猫に妥協しなきゃならねぇんだよ。
と、心で嘆くものの肝心の子猫は男に自分から(嘘だろオイ)頭を擦り寄らせたり喉を鳴らしたりしている。
そんな信じられない光景に、少しずつの警戒心は薄れていくっていうより、こうなったら悔しいけれど負けを認めるしかないだろうが!

第一、こんなことは初めてだなんだぞ?
あのミーが、自分からなんて!!

驚きで窓を閉めた体勢のまま動けないにミーが男の手の中に納まりながら「ミーミー」と泣く。
あぁ、飯ね。
なんて、この一ヶ月の付き合いで分かった子猫の飯を催促する声に渋々はそこから体を動かすと、体は台所へ顔だけを男に向けて告げた。
「飯、用意してくる」
と。


まぁ。なんていうかな。もし、もし仮定に仮定を重ねて、あの男に何か邪まな思いが一欠けらでもあったならミーは懐かなかったハズ……だ。
と、台所に皿を簡単に水で洗ってそこにミルクを入れながらは考える。
というより飼い主のに対してでさえも気分がギスギスしているときあの子猫は遠巻きに彼を見るだけで近づいてはこない。あれには正直堪える。
だからなるべく気分を落ち着けてあの猫と対するようにしてはいるのだが、正直見抜かれなかったことはない。
――あの子猫は、ひょっとして人間の心読めるんじゃないか。
という程に見事に見抜かれ、遠巻きに眺められた上に近づいてこない。
それにしたって、なんだかあの子猫に『あの男は怪しい人間ではないから何もするな』と言われたようで何処となく癪な感じが拭えないが、それでも子猫にエサを与えなければ話は進まない。
それにしても、ミーがねぇ。
と、半ば感心しながらミルクを入れた皿を持ってコタツがある部屋、と言っても六畳一間の狭いアパートだ部屋は一つしかない。とは言え小さいながらも自分の家だ。例え本と雑誌とアルバムに占有されていようとも。そして、それが原因で生活必需品を圧迫していようとも……だ。
そんな一つしかない部屋にあるコタツには、不審人物が一人白い子猫の相手をして座っている。
――変な感じだぜ。
「全く。猫にしてやられたな。あんた、一体何者だ。このミーが懐くなんて、本当に珍しいんだぞ」
そう言いながら、持っていた皿をコタツの空いてるところに置くと次に昨日そのままになっていたレポートや書類その他参考書の全てを適当にまとめてコタツの下に置くと子猫は男の手からコタツの天板の上に移動し、ミルクを飲んだ。



「こらこら」
と言いながら、近くにあったティッシュを持って子猫の周りに飛び散ったミルクをふき取る。
ったく、もう少し綺麗に飲め。
そうは思えど、かわいいから許す。
なんて、口では文句を言いながら心では許してることくらいこの子猫は見抜いてるんだろうなぁと思いつつ、満腹になったのか男の手の中へと戻ったミーがまだ子猫よろしく眠そうにしている。
そんな様子をいつもは自分の役目なんだがなぁと名残惜しそうに見ながらは皿を持ち台所へと再度消えていった。
それにしても、そんなに男の手が気に入ったか。そうかそうか。だからと言ってこの男が俺にとっては不審人物以外何者でもないんだかんな。
と、皿を洗って戻ってきた際にそんな決意を持って本棚に置いてあった携帯に手を伸ばすと男の焦った声が聞こえたと同時に、の言葉にならない驚きの声が同時に響く。
「うわっ」
「?!」
何時の間に上ってきたのか棚からガシャンッと言う音を立ててミーがの手に飛びつき、そのストラップを咥えての手から携帯を落した。
――はぁ?!
まさかここまで実力行使で猫に反撃を食らうとは思っていなかったは、驚いて声も出ない。
一瞬我を忘れそうになったが直ぐに自分を取り戻すと、猫を追いかけた。
「ちょ、コラ。ミー携帯返せ!」
アトガキ
趣味全開です。あしからず。
2023/08/01 CSS書式
re;2009/05/28
2006/11/22
管理人 芥屋 芥