Über dieLinse
Wahnvorstellung?
大学の休みは早い。すでに大半の学生は冬休みに入っており大学はいつもよりも閑散としている。
歩く人もまばらで、冬の曇天とも相まってどこか物悲しく寂しい光景が広がっている。
そんな中、は研究室に閉じこもったまま昼から出てこない。
理由は、今やってる実験レポートがいまだ終らないからなのだが。
「ちょっと気分転換してくる」
と一緒に机に向かっている研究仲間にそう告げると彼は席を立ち入り口付近の自分のコートを持って部屋を出たところの廊下で背をおもいきり伸ばしたり体を捻ったといった簡単なストレッチを行うと、そのまま階段を降りて下にある自販機へと向かっていった。
 
 
ガコンという音を立てて自販機から取り出した缶珈琲をその場で開けて飲んでいると電話が鳴り、取り出したそれが表示した番号を見て彼は顔をしかめる。
だが出ないわけにはいかなった。そういう約束だから、自分からそれを翻すことは却って自分に不利な形となって返ってくる。
それを重々承知しているは、イヤイヤながらも通話ボタンを押して受話器を耳に充てた。
『よぉ、。お前今年の正月は帰ってくるのか?』
「……」
耳に充てるだけで彼は答えずに無言を通す。が、相手はそれを対して気にもとめずに話を続ける。
だがの耳からすでに受話器は外れており、電話に出ていることは出ているのだが、通話状態のまま電話機はポケットの中へと仕舞われた。
『てめぇ、オイ聞いてんのかよアァン?』
とポケットの中の携帯の向こうから怒鳴る跡部の声が微かに聞こえたがそれでも受話器に耳を持っていかない辺り、相当電話の相手を嫌っていることが伺えるのだが。
『話を聞けよコラ!』
電話の向こうで怒鳴る男に、ヤレヤレといった表情を一瞬見せたはやがてゆっくりとポケットから携帯を取り出すと一言、言った。
「電話に出るとは約束したが、話すとまでは、ましてやあんたの話を聞くことまでは約束してないから」
と無情にそして一方的に告げると、言葉も出なくなった相手が再度怒鳴る前に電話を切った。
 
関わるとロクなことにならない。
いつもいつも嫌な思いをする。
それは多分お互い様なんだろうが、それでもやっぱり分が悪いのはいつも俺の方だ。
特に、そう。
あの家に行ったときは特にそう感じる。それは、どうしても抗うことのできないから仕方が無いんだろうけれど。それでもいつも以上のイヤな気分にさせられることに変わりは無い。
ま、と向こうだって俺がいることでイヤな気分になっているんだろうけれど。
それでも嫌われていることは、十分すぎる程分かってるから。
嫌われている原因はただ一つ。
向こうの母親が俺を生んでない、つまり跡部の母親と俺とは血が繋がってないってことだ。
いわば俺は……妾腹の……まぁ、なんつうか。
跡部の親父が『間違った』結果の子供ってことだ。
俺はそのことをずっと知らなかったんだけど、一年前いきなり向こうが、そう。
あれは『押し寄せてきた』っていう表現がピッタリだ。
あの野郎はイキナリ俺の前に現れて攫った挙句に軟禁までしようとしたんだ。
あんな状況をどう表現したらいいかって。
やっぱり『押し寄せてきた』っていう表現以外に俺は思いつかなかった。
そして、強引に押し寄せてきたその波は未だに俺を翻弄する。
クソ。
「おーい、ちょっと来てくれ。問題が起きた」
と研究室の廊下の窓から掛った声にはさっきまでの暗い思考を断ち切って顔を上げ
「わかった。すぐそっち行くから」
と答えると彼は階段を上がっていき研究室へと戻っていった。
 
 
「ふぁ!」
と、大きな欠伸と共に体を伸ばしながら大学から駅に向かう道を歩く。
今日は多分徹夜だろうな。今日の検証で理論がうまくいかなかったし……などと研究室の続きを考えながら既に真っ暗になった道を歩いていると、どこか近くで車の止まる音が聞こえた。
まさか自分目当てじゃないだろう。
そう思って大して気に留めず薄暗くて寒い中、手袋を外した手でレポートに目を通しているといきなりそれが取り上げられて驚いた。
「何しやがる!?」
今日徹夜が確実だってんのにそれをジャマするたぁ一体どういう了見だ!
そんな意味を込めて顔を上げるとそこに立っていたのは取り上げたレポートを右手にひらひらさせている……あ……と部?
「威勢がいいなぁ、えぇ?」
薄暗い冬の夜でもはっきりと分かる、まるで勝ち誇ったかのようなその表情に一歩も二歩も身を引いたが心底嫌そうに
「何しに来やがった」
と聞くと、目の前の男は悠然とした態度で答える。
「お前が夕方の電話の話をマトモに聞かねぇからこうして直接話をしにきたんだ」
確かに話を聞かなかったことは確かだが、それは俺の出した条件に入ってなかったはずだ。
ましてや直接会いにくるなんて、そんなこと決めてない。
そう言うと跡部は平然とした表情、余裕ある王者の顔でこう答えた。
「何言ってやがる。話を聞いてない相手には、それ相応の応酬が必要だ」
と。
 
 
もういい。
はいはい俺の負け。
そう自覚して脱力したが足を動かしながら、すれ違いざまに跡部に用件を聞いた。
「何の用だ」
その時点で既に跡部の意識下に置かれたようなものだが、もう抵抗する気も起きない。
だが話を聞くつもりはない。
ったく。
いい加減俺を追いかけるのはヤメロ、そして見るなってんだ。鬱陶しい。
そうは思えど言葉には出さない。そして視線は、さっきすれ違ったときに取り返したレポートの上を走っている。
横を歩く彼など素でガン無視中というわけだ。
そしてその声だけを、の耳は拾っている。
声だけを拾っているから、言葉の意味までは知らないというわけだ。
そういうことが何故か彼は昔から得意で……って。そんなことは関係ない。
それにしても、尊大な気配を撒き散らしながら隣を歩かないで欲しい。
ただでさえデータ取りが遅れている実験で、途中からの計算式をやり直してるんだから。
頭の中で数式が少しずつ解かれていく。
式につけた番号と計算結果を代入したものが次々と……あぁぁウゼェ!
「横でゴチャゴチャうるせぇぞ。ジャマするんだったらとっとと帰れクソったれ」
心底嫌っていなければこんな言葉遣いはしない。
ッて、あんまり綺麗な日本語なんて使ったことないけど、それでも無碍に帰れなんて言えるのはきっと相手が跡部だからだろうという自覚はにはある。
だからと言って、直す気はないけれど。
「じゃ、答えは認めるってことでいいんだな?」
と、の帰れという言葉にも動じず、それどころか更に不敵な笑みを浮かべながら不思議な回答を寄越した跡部に足が止まった彼は、思いっきり不審の視線を跡部に向ける。
その時、ガサリという落ち葉が風に煽られる音が遠くで鳴り、すぐにそれがこちらに吹き抜けてくることを予測したは、ほん少しだけ背を丸める。
寒いのは苦手だ。冬生まれが寒さに強いとかっていうのは、ありゃぁ嘘だ。
と、常々彼はそう思っている。
「沈黙は肯定とみなす。俺はそう言ったからな」
「何の話だ」
話が見えない。というより最初から興味がない。
だからお前の話なんざ聞いてない。それよりも今失っている時間を返せ。というより、邪魔するな。
短い言葉の中にそんな、無言の反抗を感じ取ったのか
「お前、本気で人の話聞いてなかったんだな」
と、呆れたような跡部の言葉と表情には言い放つ。
「ったりめぇだ」
が、その顔は童顔な彼が言うとあまり迫力は無かったが、そのまま跡部から離れるように駅へ向かうその足を今度は止めずに歩くと、その後ろを跡部が慌てて追いかけてきた。
「人の話はちゃんと聞け。教わらなかったのか、アァン?」
「生憎お前んところ違って俺ん家は母子家庭だったんでね」
それが全てを物語る。
だからと言ってそんな常識外なことをコイツ以外にしたことはないけれど。第一母子家庭と人の話を聞かないということは絶対に結びつかないからな。
だが跡部になら言える。
そしてそれは覿面に効果を発揮する。
それが分かってて言う俺はやっぱり性格悪いのか?
悪いんだろうな。そしてそう言うところがきっとコイツと似てるところなんだろう。
実にイヤなところだが。
そして、完全にコイツを拒否できないってことも。
それが分かってるから、俺に隙があるからそこに付け入れられているし、お互いそれを楽しんでいる様子すら伺える……嫌な兄弟だよ、全く。
「それは。親父が何度も申し入れてたはずだ。それを断っていたのはお前の……」
「それは分かってるから。でも、支援を受け入れなかった母さんは正解だったと今では思ってるよ」
跡部が全てを話し終えるまでに意見を割り込ませる。これ以上コイツの口から母親について言われたくない。
一年前の出会いから今、現在。今だ。今に至るまで迷惑を被りこそすれ、いいことなんて百に一つあるかないかだ。
全くないっていうわけじゃない。交渉次第では、そして条件次第では跡部の譲歩を引き出せ、こちらの要求が通るから。
しかし今現在、ここで足止めを食らうのは少し、いやカナリ迷惑な部類に入る。
お前は俺の単位まで奪うつもりなのか?
それとも、俺のレポートと共同している奴等にまで迷惑をかけさせるつもりなのか?
と。そういうことだ。
大体一方的に関わってきて、お前は俺の家族だと。だからこうして向かえに来たのだと。
半ば軟禁状態にしておきながらこいつは俺にそう告げた。
当時、まだ生きていた母の面倒を見るからと。
そして、コイツは知らない。俺も言うつもりは無い。
病院での出来事を、俺が見ていたこと。
信じられなかった。
ったく。
そして、あんな光景を目にしてしまうと元々あったコイツに対する嫌悪感が更に拭えなくなっちまった。
だから跡部の家にも行きたくないし、向こうの親だって俺に会いたくないだろう。
自分の夫を落とした性悪女(イギリスのスピットファイアじゃねぇぞ)とその間にできたその女そっくりの子供なんざ、見たくも無いだろうよ。
別に母親を貶めたわけじゃない。
――俺にとっては尊敬できる母親でも、跡部の家族からすればそう見えるって言う視点の差からくる表現だ。
「俺さ跡部。今日徹夜なんだけど。だから用件を手短に一分以内でまとめてくれ」
文字じゃなく時間で相手に制限を加える。
これ以上遅れたら明日になっても今日のこの実験レポート、マジで終らないかも。
そんな崖っぷちに立たされてるんだ。そして追いやってるのは跡部、貴様だ貴様。
一瞬、が何を言っているのか理解しなかった跡部の表情が次第に変わり足を止めると、前を歩く彼に向かって、どこかしたり顔でこう言い放った。
「俺の用件はただ一つ。お前は20歳になったら、正式に俺んところの籍に入る。これは決定だ」
その瞬間、無視と決め込み前を歩いていたの足がピタリと止まり、しばらく沈黙が降りた。
それほどまでに跡部の言葉はにとって衝撃だった。
感覚だけで一分以上経過したかと思えるほどに、彼の思考は止まっていた。
実際彼が止まっていた時間は10秒あるかないかだったろうが。
それでも時間の流れが異様に長く感じられるほど、彼の頭と体は緊張していた。
「……誰が決定した」
振り返ることもなく、彼はそれだけを跡部に尋ねた。そして、その答えを聞いたは、今度こそ本気で跡部に対して何も言わず駅へと歩いていった。
 
 
「あークソ。やっぱり合わねぇ」
独り言を言うと、コタツの天板に頭を預けては目の前に広がったレポート用紙とノートや本、参考書を横目で眺める。
あの後、隣を歩く跡部を本気でガン無視して彼は家に帰ってきた。
信じられなかった。
あんな約束をつけていたなんて。
そのことが頭をぐるぐる回って帰ってきてしばらくは飯を食う気にもあれだけ気にかけていた実験レポートも何もかもを放り出してしまっていた。
だがやらなければ確実に周りに迷惑が掛ってしまう。
気を紛らわせるようとシャワーを浴びると、昼作ったお茶を冷蔵庫から取り出して飲んだ。
で、今は緑のコートを羽織ながらレポートの中の式と格闘中というわけだ。
だが集中できない。
それほどに、言われた言葉が衝撃だったんだ。
そして、中途半端に衝撃をくらったものだから集中力が続かない。
「クソ」
小さな声で悪態をつくと同時に体を床へと倒したとき、カサッという紙か何かが落ちる音がして天井を向いていた視線から床の方に顔を向けると床に一枚の写真が落ちていた。
腕を伸ばして拾い上げて見てみると、どこかで見たような写真って、当たり前だ。
だって、自分自身が撮った写真なのだから。
「あれ?この写……しん」
それは、あの時の航空祭で撮った心霊写真、のはずだったのに全然違った写真のようになっていた。
対空砲の前にあったモヤは、はっきりと分かるほど人の形を為していた。
そしてその人物は、対空砲に腕を向けている。
まるで、何かを持っているかのように握られた手の中にあるのは多分……
「うわぁぁ、進化してるぞオイ」
床から体を起こして、電灯にかざす感じで写真を見上げてみる。
写真に映っているのは明らかに対空砲に向けて銃を構えた男の姿。
そして、腰には青い光が最初見たときよりより鮮明に光っている。
それにしても俺、この写真仕舞ったんじゃなかったか?
と持っていることを不思議に思い、頭を捻ってみるが思い出せなかった。
どうせコートのポケットの中にでも無意識に突っ込んだのだろう。とはそう結論付けた。
それにしてもこの写真、見れば見るほど異様な物となっている。
最初は『もや』
その次ははっきりとした人の形。
しかも空自の対空砲に銃を向けた人間。
こんなゼロ距離まで来て、銃を向けてるなんて。
ちょっと異様を通り越してって、こんなこと誰もやらないよな。
と思いながら、床に再度転がって写真を見る。
それにしてもこいつ、背が高いんだな。
対空砲の一番下の発射口に銃口が完全に向いてるから、大体二メートル弱の人間。
そんな大男、この写真を取ったときにいたっけ?
……まさかな。
それにしても、対空砲に銃を向ける……か。んなこと
「やめとけって」
と、まるで幻でも見るかのようなその写真の中の人物を止めようと制止の言葉を呟くと、はコタツから出て冷蔵庫を開け、作り置きのコーヒーを取り出しコップに入れ一気に飲んだ。
アトガキ
趣味全開です。あしからず。
2023/08/01 CSS書式
re;2009/05/21
2006/11/19
管理人 芥屋 芥