カシャカシャカシャカシャと連続でシャッターを切る音が響く。
しかしそれ以上の轟音が目の前を通りそれをかき消していく。
「やっぱここは良いなぁ。位置最高じゃん」
そう言ってカメラの構えを解いた青年のもとに、隣のおっちゃんが
「そりゃなぁ。なんたってここは自慢の南側だからな」
と得意気に教えてくれる。
そんなおっちゃんに青年は
「すみません。この場所、取ってもらってていいですか?」
と問うと、おっちゃんは気安く「あぁいいよ」と答えてスッと青年が指した場所に荷物を移動して置いてくれた。
そして青年が車に戻りカメラレンズの交換してバッグを持つと
「さて、エプロン側に行ってきますかね」
と言って歩いていった。
Über dieLinse
Die Geistesfoto
「はい君。どうぞ」
今回銀塩とデジイチの二つの機材を持って行き、その銀塩の分の現像を出した店はもう随分と昔からの顔なじみで既に名前も顔も覚えられている。
おまけに
「今回、かなり一つ一つ気合い入ってる割りには枚数少ないけど、もしかしてあのデジタル買ったのかい」
と、いつもは一度の航空祭につき五本以上のフィルムを現像に出すに対してその少なさから店のおじさんが、前から話にあったデジタル一眼レフを彼がいつか買うという話を持ち出して聞いてきた。
「あ、はい。と言っても狙ってたフルサイズの奴じゃなくて、普及版というかの四分の三サイズのやつです。他は望遠に消えました」
笑って答えるの最後の言葉におじさんが乗って来る。
「望遠かぁ。そりゃ消えるわな」
と豪快に笑いながらおじさんは更に言葉を続ける。
「で、どの大砲構えてるんだ?」
と。
答えたが店を出た後、残されたおじさんが呆れたようにポツリと呟いてた。
「……まいったね」
と。
 
 
店で渡された写真を早速車の中で確認する。
その写真を見ながら
「あーここ、もうちょっと絞れば良かったかも」
とか何とか言いながらも、それでも顔は笑顔だ。
新田原航空祭での、最後の南側駐車場からの写真。
来年からはアメリカ軍が陣取るその場所は、南向き故逆光にならない上に滑走路にも近いこともあってスポッターには持って来いの場所として有名で、今年こそは!と望んだ最初で最後の南側。
気合は十分だった。
そして今とても満足してるんだけど、対空砲を撮った写真に何か異様な物が映り込んでいた。
ん?
と不思議に思い、よくよく写真を見てみるが如何せん冬の夕方。しかも車の中とあって光が足りないから暗くてよく見えない。
「なんか変だなこの写真」
詳しく見ようと車内灯をつけようとしてその手が止まった。
だめだめ。
バッテリーがやられる。
この車は、何もかもがオンボロ状態。
走るだけが目的の、車検もギリギリで通るこの車に無理をさせるわけにはいかない。
そのため車内灯もつけず冬の薄暗い中こうして写真を眺めているわけだが、それ以上明るいところといえば家しかない。
だから仕方なくは車を発進させ、家に帰ってその写真をよく見てみることにした。
 
 
家に帰って、作った飯をコタツの上に置いて食いながら写真を見る。
今日の晩飯はラーメンだから、汁が飛ばないように気をつけながらコタツの天板に広げた写真を取り上げる。
妙だな。
改めて見てもやっぱり変、だ。
空自の対空砲の前に隊員や周りに集まっている人たち以外の何かが映ってる。
それはもちろんぼやけていてはっきりとは映ってないが、もしかして、もしかしてこれ心霊写真ってヤツ?!
そう思ったらラーメンを食べる箸が止まってた。
「うわぁぁ、コレまさか本当に?」
写真に写った現実と、自分のそれに対する否定的な考えがの中でない交ぜになっているのだろうか。しきりに「まさか」と「嘘だ」を連発する。
しかし何をどう見ても、砲の前のぼやけた青いモヤは消えてくれなかった。
「俺、とうとう心霊写真撮っちゃった」
ラーメンを食べるのも忘れて、写真を食い入るように見る。
なんせ心霊写真なんぞ撮ったのは写真を始めた中学の時から一度もなく、今回が初めてなのだから。
しかも気合を入れた新田原航空祭での写真に心霊写真とは、なんとも悔しいやらなんやらで少し複雑だ。
だって貴重な記録写真が心霊写真になっちゃうんだからな。
しかし手は携帯電話を取り出して友人の竹中に電話を掛けていた。
「あ。竹中?今暇?……うん。じゃぁさ、見せるの明日って言ってたけど今日今から来いよ。今さぁ新田原の現像出来上がって見てるんだけど、俺心霊写真撮っちゃったかも!」
と、事前に現像が出来上がったら見せることを約束していたからだけれども、それにしたって心霊写真なんぞを最初に報告されることになるとは相手の竹中も予想外だったらしく
『うわぉ、マジかよ。んじゃ、一時間後にそっち行くから』
と驚いた様子で竹中が答えて「おぅ待ってるぜ」と答えて電話を切った。
 
 
竹中が来る前に部屋の中を簡単に片付けて、でも寒いからあまりコタツからは出なかったけれど。
それでもこのアパートにはエアコンがついてないからなぁと、手放せない厚手の綿のコートを羽織ながら写真を眺めては整理していく。
そんなことをしている間に一時間はあっという間に過ぎるわけで。
「おう、来たぞー」
という声と共にガチャという音を立てて玄関のドアが開くと勝手知ったるなんとやらで入ってくる竹中に
「おう。来たか」
と答え近くのコンビニで買ってきたのだろう袋を天板に置きながらコタツに入ってくる彼にはまず問題の写真を差し出した。
「これこれ、これなんだけどさぁ。もう貴重な銀塩フィルム一枚無駄にしたって感じ?っていうか、デジイチで同じようなアングルで撮ってる写真があんだけどこっちには写ってないんだよねー」
と、デジカメをバッグというよりも機材ケースと表現できるのだろうか、黒のナイロンで出来た頑丈なケースの中からデジカメをゴトリと取り出すとデータをそのままカメラごと見せた。
「どれどれ」
顔を覗かせてカメラを受け取るとそこに映し出されたデータを竹中が見る。
彼にならカメラを預けても扱い方が分かっているスポッター仲間だしな。
そんな親友だからこそこんなことを言えたりするわけだけどな。
は思う。
一通りデータを見た竹中が天板の上にカメラを置くと銀塩で出された写真と見比べて
「う〜ん。これ、マジヤバなんじゃねぇ?」
冗談を言うようにそう言って、もってきた酒を煽るように飲む。
高校から親友の竹中は言わば『視えてしまう』人間、らしい。
修学旅行の時にも「あー色々見えるわ」とニヤニヤとした表情で言って周囲をビビらせていたから本当かどうかは定かじゃないが。
「マジで?」
コタツに入り、嫌そうに言って竹中の買って来た酒を飲むのは
「あぁ。このモヤ、さ。対空砲に対して腕か何か伸ばしてるようにも見えるんだよなぁ、俺」
そう言って写真を両手に持って、真剣にそれを以って食い入るように見つめ出す。
「それに、なんか真中辺りがちょっと色ついてるっぽい気もするし、これ青?」
余りにも真剣に写真を見ているので、次第には不安になってきた。
流石に撮った本人としては、他人事ではない。
「勘弁してくれよー。ただでさえ俺そういうの信じないのにさぁ」
とゴトリと天板の上にある写真の上に投げ出すように頭を置く。
その上から、少し笑い声を含んだ竹中の声が降ってきた。
「青い人魂かぁ。冬の怪談だなぁ。ま、大丈夫なんじゃねぇのかな。それよりこれでも飲め飲め」
と、無責任に安心させるようにそう言って竹中が酒を勧めてくる。
そんなのん気な彼に対しは勧められたビール缶をかざして、わざと明るい調子で宣言した。
「あぁ、大丈夫だと思って。乾杯!」
 
 
 
朝……だ。
とは言っても世間ではその時間を朝とは言わない。
時計を見たら十時過ぎを指していたから、少なくとも朝ではないだろう。
そして昨日あの後一緒に酒を飲んだ竹中はどうやら朝一の講義があったらしく、部屋にはいなかった。
「うぅ……飲みすぎたかぁ」
と人の声ともなんとも言えない声を出しては、昨日の格好のまま少しふらつく頭やボサボサな髪の毛など気にもとめずにノロノロとそこから立ち上がるとおぼつかない足取りで洗面台の前に立って朝の準備に取り掛かった。
しかもコタツで眠ってしまったせいか、体のあちこちが少し痛い。
「う゛ぅ……頭いてぇ」
と、また人の声ともうめき声とも取れる声を出しながら今度は台所に立ちそのまま冷蔵庫から作りおきしてあったお茶を取り出して、ビンごとそのまま煽るように飲む。
そろそろ色がやばくなっているが、それでも構わない。
って言ったって、昼過ぎにはこれは処分だな。
と捨てる時間を決めておくけれど。
確かにペットボトルの方が腐り難いといえばそうなんだろうけれど、貧乏学生にそんなものを買う余裕などなくて。
結局お湯を沸かして飲んだほうが速いという結論に陥るわけで。
おまけにカメラと望遠につぎ込んだ所為で、今の残高……考えるのやめよう。虚しくなる。
寝起き一番のシャワーと冷たいお茶に暖房の無い部屋はすぐに体を冷えさせるから、すぐにトレーナーを着ると寒い寒いとばかりにコタツに再度入りなおすと、天板の上には例のあの写真に無意識に視線がいってしまう。
やはり気になる。何故なら初めて撮った『心霊写真』だから。
それもあるけれど竹中の言った
『対空砲に対して腕か何かを伸ばしているようにも見える』
という言葉が気になって仕方がない。
カサリという音を立てて天板から写真を手にとってそのまま上半身を倒して寝転びながら改めて写真を見てみると、微かにだったが、白いモヤが対空砲の方へ何かを伸ばしているようにも見えなくもない。
そして、モヤの真中辺りで微かだったけど青い光も僅かに見える。
「なんなんだよ、これ」
写真を持って呟いてみても、誰からも答えが返ってくるはずもなく。
気味が悪い写真としてなるべく忘れるようにと思ったところで玄関のドアが叩かれた。

 
 
 
「じゃ、そういうことなんで。俺今から講義なんですよ」
どこかから来たという勧誘の男の話を散々聞いた後、断りの言葉を相手に告げドアを閉めた。
こういうところが「君ってさ、性格悪いよね」と女の友達に言われる所以でもあるのだが。
相手はまだ諦めきれないようで、ドアの向こうから何やら言ってきているのだがしばらくして隣のドアをノックする音が聞こえたからきっと隣の部屋の人間にも30分以上もあるあの長い話をするつもりなのだろう。
出来ればの話だけどな。
と、隣の住人に対するの見解は、そんな感じで……
「うるせぇなぁ。これ以上ごちゃごちゃ言うと警察呼ぶぞ!」
ホラな。
と、案の定のいつも通りの怒鳴り声に圧倒された男が一目散に階段を下る音が聞こえた後、コンコンとドアがなった。
「はい」
と答えて顔を出すと、そこに立っていたのは灰色のトレーナーの上下を着た頭の毛が少しばかりヤバメの申し訳なさそうな表情をした50代の小男だった。
「すまねぇな君。さっきは大声だしちまってよ」
謝ってくるその声は、先ほど勧誘にやってきた男に対するそれとは全然違い、申し訳無さそうな色が出ている声だ。
「いえいえ。そんなことないです」
「そか。そんじゃな」
それだけを言いにきた男に、もまたそれ以上言うところは無くそのままパタンとドアを閉める。
あのオヤジさんとは、言わば模型系の話で盛り上がる。
実はあの人はその道では結構知れた人らしいと、模型を溺愛する竹中に聞かされたときは流石に驚いたが。
だから、いつも竹中はに言うのだ。
『お前の隣には、俺にとっての神が住む』
と。


それにしても、午後から講義が本当にあるのだからあの男に言った言葉は嘘ではないし、またそれが始まる前にもやることがたくさんある。
まずパソコンを起動させデジイチからコンパクトフラッシュメモリを抜き取るとそのまま外部読み込み機に差し込むと同時にパソコンのファンが回転し始めた。
その間には席を立つとそのまま台所に向かっていってヤカンに水を入れてさっき飲んだお茶の補充を開始した。
残っているお茶は流石に色がヤバイと判断していたからそのまま流し台へ、だと思ったら大間違いだ。
流し台にある水桶の中に入れて元から入っていた残り水に混ぜて食器を洗う。
そして最後に水を流して綺麗にするのだ。
貧乏ゆえのエコスタイル。
必要ゆえのエコスタイル。
それって昔からあった知恵だろうに、何を今更。
と変な方向に行きそうなった考えをパソコンの起動音で引き戻すとガタリという音とともに椅子に座り、作業を開始していった。
アトガキ
趣味全開です。あしからず。
2023/08/01 CSS書式
管理人 芥屋 芥