「俺と、貴方達の技術の結晶…ですね」
少年の姿をした『彼』が、それを見て感慨深げに呟く。
「えぇ。そうです」
それに答えたのは、初老の女性。
「あなたの膨大な経験がなければ、最後の仕上げまでこぎ付けることは難しかったでしょう。
我々は、あなたに最大の感謝をしていますよ」
そう言って、女性が深々と頭を下げようとするが、彼はそれを彼女の肩に手を伸ばして押し留めて、言った。
「俺も、このプロジェクトに参加できて良かったと思っていますから。
ですから、感謝されるようなことは、何もありませんよ」
そう言った彼の表情は見る者が見れば、彼が疲れきった表情をしていたのはハッキリと分かるのだが、女性はそれには、気付くことは無かった。
20xx
目の前の少年が、彼の出現と同時に後ろへと吹っ飛んだ。
そして
がその名を叫ぶ。
「クレア!!・・・あ・・・・・・いや。ごめん。フェリックス!」
70年も前に棄てたはずの名前が
の口から飛び出すが、そこは構いはしない。
だが、彼をこんな状況にしたことを、ガキ。
後悔させてやる。
「フェリックス・・・なんでここにいるの?」
と、縄を完全に解ききった彼が聞いてくるが、それは愚問だぞ
。
お前は、不死者のくせにもう忘れたのか?
「お前・・・
忘れたのか?70年前の約束を」
と、どう見ても70〜80・・・下手したら90代かもしれない老人が、明らかに10代の少年に向かって『70年前』と言う光景は明らかに異
様だ。
「あ・・・だからって、お前孫の世話とかあるだろう?
たしか・・・」
そう。
クレアの孫は二人共クレア似で、確か今映画の子役だかなんだかを・・・
そこまで考えて、
は気付いた。
そうか。
今、日本に居ないんだっけ。
と。
だから話を切り替えて、目の前に立つ彼に言った。
「あぁそうだ。
さっき君が吹っ飛ばした彼なんだけど、なんだか妙なモノを使ってくるから気をつけて。
特に目は見ちゃだめだよ。
なんか、『ゾワッ』ってするから」
さっき自分が感じた異様なモノを、真っ先に助けに入ったクレアに教える辺りは、やはり抗争慣れしているからなのか。
もし自分が不死者でなければ、きっと掛っていたであろう『何か』には、注意が必要だ。
「目を見るな・・・か。
忠告ありがたいけれど、しかし、お前がこういう状況になるのは本当に珍しいことだな」
と、長い日本の生活で覚えた日本語でクレア・・・違った、フェリックスが
に言うと彼は
「そう?
ごめん。最近、このぬるめの国でちょっと鈍ってるみたい」
と、肩をすくめてそう答えた。
1947 10.01
彼岸花が咲き乱れる季節に彼は、逝った。
もう最後の方の症状が出る頃には、病院の施設では面倒を見切れずに、米軍が管轄する病院の地下の、薄暗い独房に近い部屋に押し込められて、彼は、逝った。
何故あんなにも炎が身体から出ていたのか、それは、誰にも分からなかった。
そして、その日の朝、彼の身体は跡形もなく炭になっていたらしいと、後になって
は人伝えに聞かされた。
「防火服を纏っても、診察できる時間はたったの五分にも満たなくてね。
そんな状態で、どうやって我々に診察しろと言うのだ。
彼は、我々にも手に負えない症状だったのだ」
そう話す医者の顔は、やっと解放されたという偽らざる安堵の表情を浮かべていたが、それについては
は何も、言葉をかけなかった。
だが、代わに聞いた。
「彼を、実験材料に使いましたね?」
と。
20xx
「フフフ・・・」
不気味な笑い声が、そこから響いた。
「何を笑っている、クソガキ」
それに反応したのはクレアだけど、声はそれには答えずに、告げる。
「どうやら、思い出していただけないようですねぇ。
僕はずっと君のこと、待っていたんですけど」
と言うと、ゆっくりと身体を起こし、
を見た。
間合いは、一気に縮まった。
これにはクレアも息を呑んだくらいだから、相当だったろう。
気がつけば彼は
の顔を覗き込むような格好で彼の目の前に立っていたのだから。
そして今度は真正面で、
に視線を合わせてくる。
「覚えてますか?
僕のこと」
「だから・・・覚えてないって何度言ったら分かるんだお前!」
この70年。
いろんな事をやってきたから、一々細かいことまで・・・印象が強烈なものは覚えてるけど、そんな一人一人のことまで覚えてるはずないだろう
?
「やはり・・・そうですよねぇ。
まぁ、期待はしていなかったのですが・・・」
少年はそこで一度言葉を切り、
の前髪を掴んで、言った。
「なら、思い出していただけますか?」
と。
「
!!」
その言葉と共に、身体が浮いた。
襟首を掴んで引っ張っているのはクレアだけど、様子がおかしい。
「クレア?」
彼は、自分とは違って不死者じゃない。
怪我をすれば治るまで時間がかかれば、歳も・・・
70年という歳月は、こうも彼を・・・
って思ったのは一瞬で、次の瞬間には少年に蹴りを、入れていた。
・・・
・・・
・・・
俺の心配、なんだったの?
「老人だからって、俺に油断するなって、さっきので分からなかったか?」
と、クレアが蹲る少年に対して、さらにケリを入れながら、言う。
あーあー・・・
変わってないなぁ、クレア
「クレア、ちょっとソイツ貸して」
と言うとクレアの動きが止まり、
に譲るようにして動きを止めると一歩引き、代わりに少年が歩みより、しゃがみ込んで聞いた。
「なぁ、君さ。
なんで俺に『覚えてるか?』って聞いてくるの?
何かそこに意味でもあるの?」
さっきからこの少年が聞いてくる言葉が、少しだけ引っ掛かっている。
だから、問う。
だから聞く。
何故そこに拘るのか。
すると、少年が顔を上げて、腹に手を当てながら、ゆっくりと、言った。
「僕はね。
あなたをずっと探していたんですよ。
そう。
かれこれ、50年ほどまえから・・・ずっとね」
と。