「教授、今日はここまでにしましょう」
そう言って、『彼』は実験を取りやめ、ガラスケースの中をジッと見つめている女性に話し掛けた。
女性はその姿から、もう既に60を越えているであろう年齢だったが、しかしその目を輝かせながら『それ』を見つめることを止めなかった。
「もう少しですね。
後少しで、無から有を造る存在が生まれますね」
「そうですね」
と、答えた男の声は、とても若い少年のような、青年のような声だった。
しかし、相手の女性は敬語を使い続ける。
「ありがとう。感謝しています。
あなたの膨大な知識・知恵がなければ、『彼女』を創ることはできなかった。
あなたは、この地球を救ったのですよ」
「なんですかソレ。それを言うなら、あなた方こそが、そうですよ。
ですが『彼女』は、俺と貴方達研究者との『娘』ということですか」
「あら。
そういうことになるのかしらね。
それにしても、あなたも・・・本当に・・・」
だが、少年はその話を最後まで聞く事なくその場から去っていった、
「それでは、俺はこれで失礼します」
と。
195x
パンパンパン!!!
銃声が鳴り響く。
ダダダダダッ!!
と、こっちはマシンガンが鳴り響いている。
男も女も悲鳴を上げながら逃げ惑い、だが、鉛球は無情にも関係がなく次々と的に当たり、人が次々と倒れていく。
勿論、誰も生きてこの店から出すなという命令の下で今、正に銃を撃っているのだ。
だから、相手は容赦なかった。
誰彼構わずに銃口を向けていく。
「ちょ・・・ちょっとマテヨ!
俺の積んだ箱!どうしてくれるんだぁぁぁぁ!!」
そう叫んだのは誰だったのか。
ここはアメリカではない、メキシコのとある組織が一枚噛んでいるという噂のカジノの中。
その中で、他の客に混じって楽しく遊んでいる三人がいた。
「おお!スゲェ、また勝ったぜ」
カード台のディーラーとの真剣勝負でずっと勝ちつづけているのが
「フィーロ、相変わらず凄いですね」
と隣に座る長身の男が感心して感想を言う。
「いやぁ・・・それほど・・・で・・・って、
!お前!」
それに照れたのか、モスグリーンの帽子を被った青年が隣の男を見たとき、ついでにその奥をも見てしまい、ついつい大声で叫んでしまった。
その奥では、一人の少年がスロットの前に座り、その中から大金を出しつづけているのだ。
「うわぁ・・・
。君は一体何箱積んでるんですか・・・」
自分は何もしていないラックがそんな彼の後ろに来て、感心の言葉を素直に述べる。
フィーロと
がカジノに入れば、その店は、廃業まで追い込まれる。
特に
は、こういう『台物』には絶対的な強さを示し、そして、容赦がない。
「あぁラックさん。
おかしいでしょ?この台、さっきから出まくってるんですよ」
と言いつつ、リズム感良く『ポンッポンッポンッ』とボタンを押していくと、見事に並ぶ『7』の文字。
「ね?」
と言って、後ろに立つラックを見返った
の表情は、とても上機嫌な顔をしていた。
だが、それも次の一瞬で、終わりを・・・告げた。
「うわぁ・・・フィー兄ぃの服と帽子、穴だらけじゃん」
パンパンッと服についた埃を払い立ち上がりながら、少年が少し離れたところで仰向けで寝そべっている・・・ように見えるモスグリーンのスーツを着た青年にそんなことを言う。
「そういうお前だって、ボロボロじゃないか」
土ボコリに半分埋まった状態で、そう言われたフィーロが体を起こし少年に反論する。
「兎に角、ここの連中のやりかたが汚いということだけは、理解できましたね」
と、そんな二人の掛け合いなど気にしていない様子で言ったのはラック。
「あぁ・・・そうだな。
ところで、これで通算何回目だ?『死んだ』の」
「さぁ・・・少なくとも、50回位じゃないですか?」
「うわぁ。ラックさんって、もしかして一々数えてるの?」
回数を具体的に言ったラックに対し、茶化したのは
。
「
、私は数えてなんかいませんよ。
覚えているんです」
と、ラックが真面目に反論すると、
が
「・・・うわぁ・・・長生きできないなぁ」
と、感心するところが間違っているような気もするが、そう洩らした。
「じゃ、反撃といきますか!
アイツ等には、俺のドル箱の借りがタァップリ出来たからさぁ!」
と、
はとても嬉しそうに、拳をパンッと手の平に打ちつけた。
20xx年
「千種。
手始めと言ってはなんですが、連れて来てもらいたい人がいます」
ソファに座っている少年が、悠然と、まるで当たり前かのように黒縁眼鏡を掛けてニット帽を着ている同じ年くらいの少年に命令口調で言う。
「誰ですか?」
千種と呼ばれた少年もまた、それが当たり前かのように、その言葉を受ける。
端から見たら、一種異様な上下関係・・・だろうか。
「彼です」
そう言って少年が出した一枚の写真。
「変わっていません。
この姿、この雰囲気。
全くもって、あの時会った、彼、そのままです」
そう言うと少年はクスリと、笑う。
「連れてこればいいのですか?」
再度黒縁眼鏡にニット帽を被った少年が確認し、目の前の少年が頷いたことで、それは決定された。
1931
「すみません・・・」
「あの子は、ここにいきなり現れてきた。
ってぇ、表現したらいいのかなぁミリアァ」
坑道内に、さっきから妙にハイテンションな男の声が響き渡る。
「突然現れたから、幽霊さんだね!」
と、今度は元気一杯の女の声が響く。
それが反響して、ちょっとだけ耳が痛い。
「いや・・・違う・・・俺は・・・・・・
」
偽名を使おうとして、本名が出た。
この人たち・・・不死者?
ということは・・・手遅れなのか!!!
「どうしたぁ?
君!
そんなに深刻そうな顔をしちゃってぇ!」
ハイテンションを維持したまま聞いてきたのは、男の方。
「はぁ・・・」
それに押されて、それくらいしか言葉が少年から出てこない。
「アイザックゥ、
君の顔、とっても暗いよぉ?」
と言って、ミリアと呼ばれた女の人が少年の顔を覗き込む。
「あの・・・あまり・・・見ないで下さい・・・」
今の自分の顔は、とても・・・
1947 07.xx
彼がこの状態になって、約二年が経過。
そして、
がこの子と出会って約一年が経過。
いい加減、この『炎』にも慣れてきた自分の体がある。
とは言え、全身が針でチクチク刺されているような、そんな痛みなのだが、まだ無視できる範囲ではあった。
「ほら、ちゃんと眼帯つけなさい」
その少年の右目が、赤く変色しだしたのは約三ヶ月前。
そして、その中に、何か『文字』らしきものが浮かんできたのが約一ヶ月前。
『イタイイタイ』
と叫び、暴れるものだから、なんとか技術陣を集めて特殊な眼帯を作ってみたのだが、少年はことある事にそれに手を掛け、グイッと外してしまう。
そしてまた、『イタイ』と言い出すのだ。
「ほら、また外す!
ダメだろうちゃんとつけないと!」
いい加減怒ってきた
が外そうとする少年の手を無理矢理止める。
「やめてよお兄ちゃん!」
「なんで嫌がる!?ちゃんとつけないと、また痛むぞ?」
徐々に大きくなる掛け合いに、ついに
が怒った。
「ダメだ。お兄ちゃんの言う事を聞きなさい!」
そう言うと、少年の着物の襟を『ムンズ』とつかんで、首根っこを抑え、無理矢理押さえつけて、眼帯をつけさせる。
「
兄ちゃん・・・コレ・・・僕・・・いやだ」
「どうして?」
ベッドに横になりながら、少年が悔しそうに小さく呟く。
「だって・・・これ付けると・・・お兄ちゃんの顔、よく見えないから・・・」