1995年
やめとけやめとけ殺し屋さん。あんたがいくら撃ったところで、俺は殺せないよ」
薄暗い事務所に響く、不遜な声。
その主は年端もいかぬ14・5の、子供のような顔立ちをしていた。
いや、実際子供だったのだが……
「まさか、アメリカに渡ったマルティージョ・ファミリーが、イタリアに帰ってくるっていう噂が本当だったとはな。出向いてきて正解だった、っていう訳か」
と、銃を見せもせずに扉の方に立つ男が言う。
「別に、帰らなくてもいいんだぜ? 蜂蜜料理屋は今、物凄く繁盛してるし、ファミリーはほとんどカタギになってるし。でも、そこまで嫌うってんなら、お前等がこの世から居なくなるまで待ってても良いんだし」
そんな長い時間を余裕の表情で待つと言い切るこのガキは一体何ものなのか。
「そんなこと、出来るのか?」
緊張が宿る。
「出来るさ。なんせ、俺たちの組織は不死者だらけだから、さ」
少年が、アメリカ人らしく肩をすくませ冗談めかしてサラリと言う。
「冗談を言うのも大概にしろ小僧。・・・お前、名前は?」
唐突に聞かれた質問に、声の主は少し考えるようにして
「う〜ん、そうだなぁ。ここはやはりアメリカ人らしく、ウォッチ=タイムアウト、とでも名乗っとこうかな?」
「時計=時間外?」
「そう」
と笑顔で答えた時だ。
「ったく。
は無駄に長話をしすぎなんだよ」
と、後ろから別の人間の声が響く。
そして
パンッパンッ
銃声が二発。
撃ったのは、黒いスーツに身を包み、黒い帽子を被っている本国イタリアから来た殺し屋。
だが男がその部屋から足早に消えた直後、異変は起こった。
「フィーロ、無事かい?」
と、先ほど確かに銃弾を撃たれたハズの男が、平然と顔を上げて言葉を発したではないか。
そして
「あぁ。なんとかな。まったく、あの殺し屋。正確に額のど真ん中を打ち抜きやがって・・・」
そう言って右手で自分の額に触れるとそこからズルリと弾がはじき出され、床に落ちる。
その弾を拾い上げ、目の高さに持ち上げてから
「
は、どこを撃たれた?」
などと、平然とそんなことを聞いた。
「ん? 俺もフィーロと同じ額に一発さ。それにしても、薄暗くて俺の顔なんか見えてなかったはずなのに、それでも急所を正確になぁ。あの殺し屋、なかなかの腕前だな」
そう言って立ち上がり、
「まぁ、下手に服に穴を開けてくれない分、こっちとしては助かるけどね」
と言って、その部屋を出て行った。
1989年
「やったぞ!とうとう俺たちは解放されたんだ!!」
街中が歓喜に沸く。
血塗られた歴史は、もう終わった。
やっと、この貧困から解放される。
終わったんだ。
街中が歓喜の渦に包まれるなか、彼らは闇の中でうごめいていた。
――チームアルファとデルタは撤収を、ブラボーは別命あるまで情報収集の継続を
そんな無線が届く。
――了解
――了解
――それにしても、FBIまでがここに出張る必要がどこにあったのでしょうか。隊長
――さぁな。CIAと権威争いでもしてんだろ。なんにしても、革命は終わったんだ。撤収撤収
――イエス、サー!
20xx年
その光景は、あまりにもシュールすぎて、信じられないものだった。
例えば、物語をここから始めてもいいかも知れない。
時は二〇〇〇年代。
場所は日本の東京。
クラスメイトの山本の打ったボールが飛んでくる。
と同時に、彼の掛け声も同時に飛んできた。
「
!ボールそっち行ったぞ!」
そしてそれは派手な音を立てて、自分の見ている目の前でボールを追って手を伸ばしていた彼の顔面に激突した。
「アデッ!!」
野球の、それも硬球が、山本のバットスィングの速度と重力加速度を足して彼の顔面に直撃する。
その瞬間、自分は確かに見たんだ。
彼の、折れた歯が吹っ飛んだのを。
だけど、信じられない光景が目の前で広がったのは、次の瞬間からだった。
折れた歯が地面に落ちず、自ら戻っていったのだ。
まるで、意思があるかのように、戻って、まるで……
だが次の瞬間には
がサッと口元を右手のグローブで覆い隠してしまった。
だから、もしかしたら見間違いかもしれない。
だけど、確かに今目の前で彼の歯が!
などと考えている頭に届いた、元気な彼の声。
「さぁさぁ、俺なんかに構ってないで、野球再開再開」
そして少年は、今見た光景が信じられないという風に呟いた。
「嘘だろ? あんなの・・・」
1945年
例えば、物語をここから始めてもいいかも知れない。
時は1945年八月。
場所はアメリカ、不明の地。
「日本が負けた?!」
カシャンと鉄格子を揺らし、少年はワザと驚いてみせる。
「あぁ。だから、お前の捕虜生活も、終わりって訳だ。さっさと出ろこの化け物」
チャリ……
という金属が擦れる音を鳴らしながら、看守が鉄格子の扉を開け、中から少年が歩いて出てくる。
「チャックさん。三年間、ありがとうね」
出る際にそう言って、看守に向かってお礼を言う。
だが、チャックと呼ばれた看守は吐き捨てるように、こう答えた。
「ッチ。化け物にありがとうなんて、言われたくねぇよ」
と。 だが次の瞬間、ある事を思い出したような表情をすると彼はこう言ってきた。
「そうだ、これを言うのを忘れていた。お前の早期解放と引き換えに、お前にやってもらいたいことがあるらしいんだ」
と。
「へぇ、それは一体何でしょうね」
と、思い当たる節の無い捕虜の中から出てきた少年は、首をかしげながらチャックと呼ばれた男に聞くが、男はもうこれ以上話したくないとばかりに話を終らせた。
「さぁな。詳しいことは、上から聞いてくれ」
1989年
例えば、ここから話を始めてもいいのかもしれない。
時は1989年十月。
場所はルーマニア。
沢山の子供達が餓えと寒さで泣いている、不衛生な場所。
親に捨てられ、ここの建物の前に置き去りにされた子供達。
親の愛情を求めて、泣く。
お腹が空き過ぎて泣いているのか。
または見知らぬ大人の虐待によって、泣くのか。
その中にあって一際綺麗で、汚れのない顔をした少年が一人、石畳の階段のところに座り、ボーッと空を見ている。
そんな彼に、少年と少女だろうか、顔のそっくりな銀髪の双子の兄弟が、話し掛けている。
配給される本当に僅かな食料だけが、子供達の命綱。
足りない。
愛情も、食料も、治療薬も・・・
何もかもが足りない。
その中で、一人。
配給される食べ物も食べず、順番に孤児達に自分の分を分け与えているのが、この東洋的な顔立ちをした少年なのだ。
そして今日は、この二人の番。
パンに手を伸ばし受け取りながら少年と少女の双子の兄弟は、不思議そうに少年に聞いた。
「お兄さんは、どうして僕たちに食べ物をくれるの?」
「お兄さんは、お腹すかないの?」
と。
そしてその光景を、他の子供達が忌々しそうに見つめている。
もしこの瞬間にこの少年が立ち去ってしまえば、恐らく遠巻きにいる子供達は、この双子が持っている彼から余分に与えられたパンを奪うだろう。
それほどまでに困窮しているのだ。
この国は。
そして、ここには彼よりも年上の少年や少女も居るには居るのだが、彼らは彼に一度も勝てたためしがない。
五度襲って、五度とも返り討ちにあい散々な思いをしたから、自分達もまた、黙って遠巻きに見ているしかないのだ。
配給されているパンを、彼はここに来てから一度も食べていないはずなのに・・・
もしかしたらここ以外の場所のどこかで、贅沢をしているのではないか。
もしかしたら、彼は本当は金持ちなのではないか。
そんな噂が立っていたが、彼に直接的な行動を起こしたものはいない。
何故なら、そんな行動ができるほどの体力が、もう、彼らには残されていなかったから。
1941年
例えば、物語をここから始めてもいいかも知れない。
時は1941年代。
場所はアメリカ、NY。
「大変だ
。お前の祖国の日本がこのアメリカに攻撃をしてきた。」
表の事務所で三兄弟と共にカードをしながら戦争ニュースラジオを聞いていたラックが、隣に立つビルの中で貴重な緑茶を飲んでいた
に向けてそう言ったのは、ついさっきのこと。
「ウソォ?!」
その言葉に驚いて、持っていたカップを落としそうになったのをクレアがサッと手を差し出して止めたから、
は床に貴重な緑茶をぶちまけずに済んだ。
「ありがとうクレア」
お礼の言葉を言い、ラックの方に顔を向ける。
クレアは
「どういたしまして」
と、言うと部屋を出て行ってしまった。
恐らく、ラックの抜けた穴を埋めに隣で待つ二人の兄のカードの相手をしに出て行ったのだろう。
「それで、この国の政府は何て表明を?」
あの島国が、この国に戦争を仕掛けた。
それは尋常なことではない。
圧倒的な物量の差は明らかだというのに、一体何を考えて?
考えたところで始まらない。
だが、一度作られた流れは、止められない。
「日系の人間は、全員捕虜的な扱いとなるだろう。この国は、敵となった人間には容赦はありませんからね」
と目の前にいる
を憐れむように言って、肩をすくめる。
「捕虜かぁ。ドイツのナチスみたいに、強制労働とかさせられんのかねぇ」
視線だけ天井を見上げて、そして膝を床につけて
「あぁ主よ。この迷える子羊を憐れみたまえ」
両腕を天に向かって広げてから胸の前で手を組み、冗談か本気か分からない大仰でクサイ演技をやってみせる。
それを見ていたラックが、クスリと、笑った。