悪態をついてばかりのではないから、黙って跡部の家へと入る。
正直言って視線が痛いが、視線で人は殺せないからそのまま放置する。
だが、周囲を見回してみて妙に人が少ないことに気づいた。
「なぁ跡部。ここ、もしかして……」
裏口か? の言葉は、さっさと遮られた。
「俺様がどこから帰ろうと別にいいだろう?」
それ以降、は口を閉じ、跡部に付いて行った。
連れて来られた部屋は、家に見合わず広さもそこそこな、結構サッパリとした部屋だなとは思った。
「なぁ跡部。ここ……」
「お前のために用意した部屋だ」
「……勝手に話進めんな」
「冗談だ」
「冗談ねぇ」
跡部財閥の巨大さを知っているだけに、にとってそれは冗談に聞こえなかった。
積乱の雲と向日葵の話
「で、何だよ」
と問うと、
「を『呼べ』」
と命令してきた。
「は? を?」
そう言ってスマフォを取り出そうとするを、跡部が止める。
「それでじゃない。名前でだ」
「ンな事できるかよ」
「できるさ。名前が出てるならな」
「だからさ、俺どこも名前なんてねぇんだけど……」
にも言われ、風呂場でくまなく探したが出てはいなかった。
特に、の名前がある位置を、右腕のところをよく見たが、なにも無かった。
「そんなことはねぇ筈だ」
「なんでソレがお前にわかるんだよ」
「わかるさ。俺も似たようなもんだったからな」
「あんた……」
「俺様が『名前』の力なんて、信じられると思うか?」
「あぁ……」
堂々と告げてきた跡部に、心底が納得する。
即物的な跡部に、このファンタジーみたいな『力』を信用させるのは、そりゃ並大抵じゃないだろうな、とは思う。
「そういう事だ」
「でもあんたの相棒さん、俺見たこと無いけど……」
話を変えるようにが言うのを、
「俺のは話はどうでもいい。今はお前の話をしてるんだ」
と、即効で跡部が軌道修正する。
「っち」
「舌打ちすんじゃねぇよ」
「で、どうすりゃいいわけ?」
諦めて、は話に乗った。
「ひとまず『糸』は見えるか?」
「糸? んなもんどこにあるよ」
キョロキョロと探すに、跡部が告げる。
「だろうな。、ひとまず俺を見ろ」
「んだよ……」
嫌々ながらも、跡部を見る。
「俺からも糸が出てる。つながってるのは、俺の戦闘機だ」
「で?」
「俺からの糸が見えるまで、お前はここで訓練だ」
そう宣言する跡部に、心底イヤそうな表情でが答える。
「ゼッテェヤダ」
「テメェ……」
「大体飯とかどーすんだよ! 俺手持ちねぇぞ?」
食ってきた、とは言え、如何せん高校生。
腹が減るのは早い。
「それがイヤならすぐ見えるようになれ。さっさと集中しろ」
「わかったよ」
「うーん……見えねぇなぇ……」
目を凝らしてみても、見えないものは見えなかった。
「ひとまずテメェはその思い込みを捨てろ」
と跡部が言ったところで、無理なものは無理だった。
「んな事言ったってさ……」
うなるに、しびれを切らしたように跡部が言う。
「。俺様も暇じゃねぇんだ。さっさと見えろ」
「んなこと言われて、すぐソーデスカなんて見えるわけねぇだろ?」
「さっさと見えねぇと、今日は泊まることになるぞ?」
「冗談!」
泊まったりするのだけは勘弁だ。
そう思って、が真剣に跡部の周りにあるという『糸』を見始めたときだ。
――ん?
「なんか、チラッとあんたの周りで光が……」
キラキラとした、何かが見えたような気がした。
「それが『糸』だ。もっとハッキリ見えるようにしろ」
「あんたがキラキラって……似合わねぇなぁ」
の悪態を無視して、跡部が命令する。
「そのままお前の周りも見てみろ」
「あ、あぁ……」
言われるがままに自分の周りを見ると、同じようなモノが見えた。
「それがあの野郎に繋がってる。今度会ったとき、見てみたら良いさ」
「あ……あぁ。わかった」
――似合わねぇなぁ、コレ……
と思いながらも、素直に跡部に返事を返す。
「その『糸』を強くして、を呼べばいい。そうすりゃ、おのずと名前が出る」
「……分かったよ」
――なんで跡部は俺に名前を出させたがるんだ?
の言葉を出すが前に、跡部に話題を変えられた。
「おい、」
と名前で呼ばれて、目の前に差し出された鍵を見る。
「それは?」
「この部屋に繋がるこの家の鍵だ」
「いらね」
即答で拒否を示すと跡部が覿面に不機嫌な顔になり、
「受け取っとけ」
と念を押す。
「……分かったよ」
と言ったは、チャリという音を立てて鍵を受け取った。
「この部屋はお前専用に改装してある。自由に使っていい」
「二度と来ねぇよ」
「来るさ。俺様が予想してやる」
「言ってろ」
帰りの車は、やっぱり黒塗りの車だった。
「最寄駅、知ってますよね。そこでお願いします」
と、跡部が口を出す前に、が口を出して指示した。
とは言え、何故か跡部も乗ってきたから車内では
「だからさ。俺は就職組みで、大学受験じゃねぇんだけど?」
「いいや。てめぇは大学を受けろ」
なんて、将来のことを言い争ってたけど、車が最寄駅に着いたことで終わった。
「ありがとうございます。跡部、俺は大学なんて行かないからな」
前半は運転手さんに、後半は跡部に一方的に言ってドアを閉め、帰路についた。
「絶対とは言わない辺り、脈はあるか……」
と、車内で跡部が笑っていることも知らずに。
「ん? 誰だ」
アパートの玄関前に誰か立ってるのを見て、が警戒する。
それが友人だと気づいて、声を掛けた。
「? いつから居るんだ、お前」
「二時間くらい前かな」
「熱中症大丈夫か? 来てたんなら連絡くれたら良かったのに。今日、母さん当直だから暇なんだ。上がってけよ」
そう言って、鍵を取り出す。
「あ、うん。あの、ジュース買ってきてある」
「ジュース? 温くなってねぇか?」
「うん。だから冷やしておいたよ」
「へぇ。その能力、便利だな」
と、感心しながら鍵を開けて、はを促す。
「そう?」
「うん。だってこの気温だぜ? 長時間外いたら温くなるじゃんよ。それが冷えてるんだから、便利だよなぁって思ってさ」
冷えたままのジュースを受け取ってが感想を述べる。
「昼は、どこ行ってたの?」
「墓参りの後、跡部んとこ呼ばれてた」
「あぁ。お兄さんところ」
「あんなの兄貴なんかじゃ……ねぇよ」
「複雑?」
「う"……まぁ……な」
そう答えるに、は苦笑いした。
アトガキ
2023/07/17 初稿up
管理人 芥屋 芥