「おじさん。俺さ。友達できたんだ」
 そう言って、小父さんの墓に花を添える。
「自分のこと戦闘機なんて言ってた、俺からすりゃぁふざけんな、って奴なんだけど。悪い奴じゃないんだ」
 そう言って水をかける。
「先行くなって言っただろうが」
 後ろからかかった声に振り向くと、そこには跡部が立っていた。
積乱の雲と向日葵の話
「なんだよ。別に良いじゃねぇか。ところでさ、気になってたんだけど。あんたの『名前』って、何?」
「知りたいのか?」
「気になっただけだよ」
 いわゆる、本当の『名前』らしきものが体のどこかに出るはずって言われたけど、実は俺の体。
 どこ探してもないだよね。
 跡部は出てるのかなって気になって、聞いてみたらこの悪態だ。
 素直に教えりゃぁいいのにっていつも思う。
 俺らの喧嘩は、絶対跡部が原因だ。うん!
「『RECKLESS』だ」
「無謀な、とかの形容詞か」
「まぁな」
「あんたらしい」
 そう言って、少し笑う。
「お前だって……」
 その続きの言葉を、が奪う。
「知ってる。から聞いた」
『SELFLESS』
 無欲の、とか欲が無いとかの意味。なんつーか、俺にぴったりだと思った。
「で、名前は出たのか?」
「知らん」
 確認する言葉に、断言する。
「知らん、って。お前な」
 呆れたように跡部が言うが、そんなの知ったこっちゃない。
 知らんものは知らん。
「出てないからわからんつってんの。そもそも、出てたとしても戦うとかそんなの絶対やだからな」
「だろうな」
「そもそも、戦うとか必要なくね? どーせ命のやり取りとかしないんだろう?」
「まぁな」
「だったら、無駄に痛い思いしなくていいじゃん。つか、戦って何か勝ったほうにメリットあるのかよ?」
 と、この事に関しては先輩である跡部に大真面目に聞いてみた。
 ずっと疑問だったことだ。
 何の戦果があって戦う必要があるんだろう? って。
 そもそも、実弾の怖さを知っているあの人、先生と違って、ド素人のイメージだけじゃ大したダメージにもならんだろうに。
 無駄に痛い思いして、何かメリットがあるんだろうか。
 そもそも、その戦い自体、何を持って勝利となるのか。
 完全拘束したら勝ち、とかは教えられたけれどもだ。
 完全拘束した、もしくはされた後は?
 何か望みでも叶うのか?
 何か奪われるのか?
 もし何もねぇなら、意味なくねぇか?
 って思う。
「考えてみれば、ないな」
 考えもしなかった、という表情で跡部が答えた。
「だろ? 何か無意味なことやってんの、馬鹿らしくない?」
「だが役には立つ」
をたこ殴りにしたりとか?」
「まぁな」
「そんななら別に拳でやりゃぁいいじゃんね」
「証拠が残らないから、ある意味では役に立つな」
「うわぁ。陰険」
「何とでも言え」
 がたこ殴りにされた夜のことは、今でもハッキリ覚えている。
 あの日は、めずらしく先生が夜間格闘訓練ということで、連れて行ってもらったのだ。
「それにしても、証拠が残らないってさ。それって、人を襲い放題じゃないの?」
「名前の無い一般人には、心に進入して動けなくする程度しかならん」
「やっぱ、意味があるとは思えんわ。俺には」
 しみじみ言う俺の言葉に、跡部は反応しなかった。
 代わりに、手を合わせるよう促される。
「さっさと手を合わせろ、
「へいへい」
 と、名前で呼ばれたことを最近はスルーできるようになったのは、自分が成長した証拠だろうか、なんて客観的に自分を考えて、俺は小父さんに手を合わせた。







「この後は?」
 と聞かれ、
「ん? フリー」
 と答えた。
「フリーなら、少し付き合え」
 どうせそんな事だろうと思った。だから
「ヤダ」
 と答えてやる。
 途端不機嫌に顔をしかめた跡部が

 と、念を押すように言ってきたから
「……わかったよ」
 と答えた。
「やけに素直だな」
「うるせぇ」
 やっぱり悪態をつかなきゃ気がすまないあたり、まだまだ子供だなぁと改めて思った。





 黒塗りの車が回され、目立つのは嫌だなぁと思いながらそれに乗る。
 広々とした車内で、跡部の言葉を待つ前に聞いた。
「で、どこ連れて行く気なんだ」
「俺の家だ」
 その答えに、一瞬だけ頭が白くなる。
「帰る」
「事故るぞ」
「いーや、降りた瞬間帰る」
「無駄なことを」
「俺はさぁ、ほんとに一般ピーポーなんだぜ? 上流階級のお前とは価値観も所作も合わねぇんだぞ?」
「わかってるさ」
「だったらなんでさ。小母さんだって俺のこと良くは思ってねぇだろ」
「それでもだ」
「何焦ってんだよ」
 核心を突いてやる。
 何をそんなに焦る必要があるのか。
「訓練だ」
「は?」
 何を言った?
「来年からお前は跡部の家に入ることになるんだ。その訓練だ」
「そんな話は知らねぇよ」
「チッ」
 あ、今舌打ちしたな。
「なぁ跡部。何焦ってんだよ」
 確信を持って跡部に聞く。
「なんでもない。とにかく、お前はそろそろ跡部の家に慣れろ」
 なんて、話をそらしてきたから
「ゼッテェヤダ」
 と言ってやった。
アトガキ
新章、はじめました。
2023/07/11 初稿up
管理人 芥屋 芥