「とまぁそんなことはどうでも良くて、実際公平じゃないだろう?」
と、自分から強いとは言い切らないがホンモノを知っている等という胡散臭い言葉の次に発した言葉がこれだった。
「フェアじゃない?」
「うん」
「どういう意味だ」
眉がつりあがったのが自分でも分かった。しかしここまで振り回されて『いい顔』をし続けられるほど、自分はまだ大人じゃない。
「どういう意味って、そのままの意味だよ。は、がどんな世界に居るのかを知った。ならば、]もまた、がどんな感じで戦闘するかを知らないと公平じゃないだろ?」
「それがあんたの結論か」
「そ。まぁ、一足遅かったみたいだけどね」
ニコリと笑って言うその笑顔に『嘘つけ』と、吐き捨てるように思った。
何故コイツが嘘を言っていると思ったのか、それはコイツの言葉からも分かる。
――俺が君の動きを知っていようとも。
つまり、俺が今日に戦闘を吹っ掛けることも最初から分かってたって訳だ。が、それを表に出すような男じゃない。知っていたのかもしれないし、知らなかったのかもしれない。だから何処まで行っても真相はグレー。限りなく黒に近いが、それでもグレーだ。
一体何を考えてやがるのか、それともコイツが言ったように本当に興味だけで動いてるのか。
自分が動かせる以上の、自分が知らないところで事態を静かに『干渉していないように見せかけながら』動かせるという人間が、本当にただの興味本位で動くのか?
嘘は無い。だが、全部が真実じゃない。
――一体、どれが本質だ? いや、この場合本質は関係ない。一体何が真実かだ。
自問したが、やはり結論は出なかった。
やがて話は終わりとばかりに、場を離れたの後をついて歩いた。
そして今、が九州に行くと言った。それはあの場所に行くことを意味している。
昔、自分の父親に連れて行かれ、大泣きしたというあの『記念館』に。だから反対したんだが、人の忠告なんぞ聞くようなじゃない……か。特に俺の忠告には必ず、すかさず反論が入る。まぁ、意見が合致すれば最終的には従うとしても、だ。
それには無意識のうちにを数に入れてるはずだ。
ならば自分から条件を出せ。先手を打て。それが俺様だ。踊らされるのは真っ平だ。
「おい、」
「?」
急に呼ばれた意外な人物からの呼びかけに、が驚いた表情を見せて顔を上げた。
「九州行きの旅費は出してやる。だが、条件がある」
その条件に、すかさずが反応した。
「うぁお。跡部太っ腹」
そう言った後思いついたようにに顔を向けて、とても重要なことを彼に聞いた。
「で、行くのはいいけど、向こうでの足をどうするの?」
と。
世界は酷く狭くて、自分の知識の無さ。いや教わった以上のことを知ろうともしなかった罰なんじゃないだろうかと、思うときがある。
朝、から電話が掛ってきて何故この番号を知ってるのかを尋ねたら、南先生に聞いたとの答えに妙に納得した。
そして呼び出された店の前に立って思わず体が引いてしまったことも。
身近にこんな店があったなんて知らなかったのと、こんなところに昼からいるなんてと今までなかったから少しドキドキしながら席に座っている。
しかし自分以外の、後からこの店にやってきた彼等は全然慣れきった様子で入ってきたから驚いた。
学生服姿の跡部。それに対して私服なのが、にそしてと手塚の五人が店の奥まったテーブルで話す。
そのの椅子の傍らには何故かギターが置かれてあって、は不思議に思った。
そう言えば高校生の頃、バンド活動っていうのやってたっけ。アンマリ上手くなかったけど憧れたなぁと思っているとの声が聞こえてきた。
「行きの新幹線はちょっと奮発して福岡まで『のぞみ500系の初期型』で取ったぜ。俺これ乗ったことないんだよなぁ」
そう言って、チケットを]に渡しながらニンマリとした笑顔で言う。
が何を言ってるのかサッパリだ。
コイツ、飛行機オタクだけじゃなくて、鉄道オタクでもあったのか!?
そう思うほどに、鉄道のチケットを見ながら嬉しそうに言うに跡部が聞いた。
「その後はどうする気だ」
「うるせぇなぁ。これから説明すンだよ。で、その後の行動をどうしようか考えましたが、鹿児島の駅まで『つばめ』の深夜便で行って向こうに朝に着いて、そのまま向こうでの丸一日を使えるように行程を組んでみました。で、その鹿児島駅から知覧という町まで向かうという、そういうプランです」
と、跡部の言葉に嫌そうにしながらも答えるは、明らかに旅に慣れている風だった。
だが、何故そんなに慣れているのかを聞く勇気を持たないは置いといてとばかりにがカバンの中から地図を出して広げてみせて
「えっと、じゃぁ市内から知覧コースかなぁ」
と言いながら道路を指で追っていくのを、が覗き込んで指摘した。
「下道の、山コースを通ったほうが速いなぁと思います。ここはこう行った方が信号の数も少なそうではありますね。えっと、川辺(かわべ)とかいう街を通って行くコースですね」
流石。余所見させたら誰も敵わない。
こういうのが『他を見る』ということかと、にあのスーパーで肉を選べと言われたときになら鶏肉を選んでるだろうというの言葉がの中で呼び起こされる。
「まぁ。初めて行く地だし、順当に行ってみるよ。迷ったら大変だ」
「で、君等帰りはどうするの。切符取れなかったんだろ?」
と、今回の旅で一番大事なことをが聞いた。
そうなのだ。
帰りの電車の切符が取れなかったのだ。
今回の旅の同行者はを筆頭に、、そして運転手を買って出た]の三人。
跡部は登校日と重なって同行できず、しかしギリギリまで干渉したいらしくこうして店に顔を出している。
手塚がここにいるのは、単なる別の用事らしい。
――コイツ(跡部)が一番訳がわからない奴……だよな
というのが、の跡部に対する思いだが、一人ッ子の自分では分からない『兄弟』とはこんなものかとも思った。
それに何やら複雑な事情もあるみたいだし。
「えっと、帰りは飛行機で帰ろうかと思ってます。ほら、半額になるやつスカイメイトで。お盆前だし、逆だから取れるかなっていうカナリ行き当たりバッタリになりそうですけど。まぁ、大丈夫だろうっていうことで」
と言うと、アイス珈琲に手を伸ばし一口飲んだがさらに続ける。
「それに携帯で常に空席情報をチェックしていれば、大体の状況が分かりますからね」
と締め、その答えに納得したが答える。
「なるほど。まぁ俺は一足先に鹿屋に着いて、その後はフリーだから向こうで待ってるよ」
「鹿屋? あぁ海自の航空基地ですね。って、一体何しに?」
重要な機密じゃなければ教えてくれるハズと期待したは、すかさずその理由を聞いた。
って、カイジって何?
そう言えばあの時『俺のことは気にするな』って言って具体的なことはに丸投げしたっけ。
と疑問の表情を浮かべたと、また始まったと呆れた表情を浮かべた跡部は置いてけぼりを食らう。
「ん? ちょっとね。航空機のフェリーの任務。……A-10の……」
すかさずが反応した。
「ルーデルの神を?」
と。しかし、急に偉大な何かの言葉を口にしたに、が尋ねる。
「神?」
それに反応したのはだった。
「いや、ただの攻撃機(アタッカー)。その呼び名は、航空好きな人が付けた単なるあだ名だ」
と、苦笑いをしながらに答え、そこで初めて手塚が話しに割り込んだ。
「その話、俺は聞いてませんが」
「あれ、話さなかったっけ?」
顔を手塚に向けて惚けた様子でが答えるが、手塚は無表情に却下した。
「聞いてません」
「う〜ん、そうか。まぁ色々あってね。最近慌しいんだ」
と困った様子で答えるに、が聞く。
「何か、あるんですか?」
「いやどうなんだろう。詳しいことは知らない」
多分嘘だと、尋ねた本人は思ったがこれ以上聞いても答えてくれないだろうなとも思った。
何せこの人は白頭鷲が届ける命令書通りに動いてるんだ。おいそれと簡単に明かしてくれるとは思ってない。
それに手塚さんが知らないっていうのだから、多分今以上のことを話してる可能性はない。断言できる。
だから話を変えるように、別のことを聞いた。
「それにしても、先生帰りは?」
ルーデルで先回りして、時間が余ってるから向こうでの足になるよと申し出てくれたのは嬉しいけれど、でもそれには相当上と交渉したんじゃないだろうか。とも心配になったが、自分が心配したところで無意味な気がして、は考えることをやめた。
「一応C-130で帰る予定」
と、の問いに答えるの顔は何故かイヤそうだ。
そして、そのアルファベットと数字の乗り物を直ぐに名前に言い換えることのできるにはもう驚かない。
「ハーキュリーで、ですか」
と、どこか合点が行った様子でに同情の視線を向けながらが答えた。
「うん。まぁ俺も仕事で行くのはいいけどあの子乗り心地は最悪なんだよね。こればっかりは仕方ないにしても。でも向こうでの足は必要だろ? だから駅で待ってるよ」
そこで言葉をが切ったとき、跡部の携帯が鳴った。
鳴ったと言っても振動音が響くだけだったが。
「失礼」
と言って電話を取ると、そこから耳を外して
「先に帰る」
と言って席を立つとそのまま店の外へと出て行った。
跡部の居なくなった方をチラリと見て、は思った。
兄弟という感覚は(例えそれがの言う腹違いであったとしても)もしかしたらよりも跡部の方が強く感じてるような気がするけど、本人に言ったら怒られそうなのでは控えた。
そして、もしかしたらあの夜の戦闘で本当に負けたのは跡部の方なのかもしれないということも。
「あそこに行くのは良いが、絶対に動揺するなよ。全て冷静に受け入れろ。それが条件だ」
跡部がそう言った後のの、彼への態度が少しだけ軟化したような気がしたから。
すぐにが茶化して話を元に戻してそんな空気を吹っ飛ばしたからあの場では気付かなかったけれど、それでも……
後になって何となく気付くくらいだから相当自分は鈍感なのか。
あの状態を、試合に勝って勝負に負けたっていうのかな……よく分からないけど多分、そんな感じなんだろう。
と、自分の察しの悪さを改めて自覚した。
しかしながらこの店でもそうだけれど、すぐ険悪な雰囲気になる跡部との二人の間に入ることは、自分には無理だとも思った。
この二人、やっぱり似てる。
そう思ったけど、これも口に出すのは止めることにした。
「先生はこの後ここで演奏ですよね」
と、跡部のいなくなったテーブルでに聞くのはだった。
「まぁね。今日は榊先生じゃなくて火鳥先生とね」
答えて傍らに置いていたギターのネックにソッと指で触れると、小さな音色が店内に微かに響く。
「じゃ、また夜来ます。火鳥先生の講義、楽しみですから」
と、T大の講師をやっている火鳥竜介という40代を目前に控えた男との考察が楽しみらしくの目が輝いてくるのがわかる。
というより。
「って、もしかして火鳥先生のところ行ってるんじゃないだろうね」
が釘をさすと、途端ギクリとした表情を彼は見せた。かと思ったらそそくさと立ち上がり、
「じゃ、また夜来ます」
と言って、足早に店から出て行ってしまった。
「ったく。あの年で大学に出入りするってどんなんだよ」
と呆れた風に言うが、飛び級が認められている国では珍しくもなんともないと思い直して、が珈琲に手を伸ばして一口飲んだ。
「演奏?」
の言葉にがカップをテーブルに置いて答える。
「うん」
「この後?」
「ですよー。ちなみに手塚はそっちの用事でここにいます。時間あるから外で何か見てこればって言ったんだけどね」
と、手塚の言う別の用事の正体を告げて「さて」と言って立ち上がった。
「俺はこれからピック買いに行くけど、どうする? まぁ、演奏聞くかどうかは自由にすればいいよ」
と判断をに放り投げて、マスターを呼んだ。