が、言い争っている二人のところへと足を向ける。
 その後ろ姿を見ながらは、さっきから言われた言葉を心の中で反芻していた。
――暴力を振るうには責任が要る。その責任の所在を明らかにするってことさ。命令を受けて人を殺す以上、その責任は命令を下した者が持つ。戦場の鉄則だ
 その言葉の後、あの男はこうも言った。
――だからこそ、君たちに納得した。
 それは一体どういうことでなのか。何故あの男は納得したのか。
 納得した理由は?
 まさか同じだとでも言うのだろうか。
 戦場とかいう場所と俺たちが?
 まさか。そんなことありえないだろう。と、自分が思い至った考えに頭を振って否定して顔を上げると街灯の下で三人が話している光景が目に入ってきた。
 少し離れたところに居る自分のところにはその光は届かず、時折聞こえていたの声はfが向こうに行ったことで収まったから、三人で何を話しているのかを聞き取るのは困難になった。
 そして自分だけが、あの輪の中に入れない。
 は当然として、あの男も、そしてあの跡部とが呼んだ男も入れるのに自分だけが入れない。
 あの中に入れない。
 入るのが怖い。
 戦闘前に跡部に言われた言葉がの心に重く圧し掛かる。
「アイツはな、良くも悪くも真っ直ぐなんだ。貴様が現れなければ、アイツはあんな状態にならずに済んだ」
「あんな状態?」
 どんな状態だよ。と反発するが、跡部の次の言葉に動揺したんだっけ。
「あぁ。今はあの野郎が様子を見てるがな。それにしてもお前、アイツが家に帰っても電気もつけないでいたことを不思議に思わなかったのか」
「そりゃ確かに不思議には思ったけど」
 帰っても点かない電気を不思議には思っていた。
 中で何をやっているのかまでは分からなかったけれど、寝てるのかなって、思ってたから。
「ッチ。鈍感な野郎だなぁったく」
 吐き捨てるように言った彼の表情は、本当に自分に対して軽蔑の色が浮かんでた。
「鈍感って」
「アイツはな、ただでさえ戦闘機が好きだってんのに、人間が戦闘機なんて呼ばれてるなど知ったら普通の何も知らない奴よりも深い考察をするのは目に見えてるだろうが」
「ッお前!」
「何で知ってるかっていう顔だぜ。だが、お前は俺のことを知らないが俺はお前のことを知っている。これが何を意味するか分かるか。
「?!」
 なんで俺の名前まで?!
 そんな顔が出ていたのか、彼は俺を見下ろして
「情報収集力の差だ」
 と、そう言って始まった戦闘だったけど、最初から勝敗は見えていたんだな。と、改めてついさっき起こったことを確認する。
 そして最後に彼女が自分の手を踏みつけて去ってからも、跡部は最初と同じことを言ってきたんだっけ。
「アイツから手を引け。お前には無理だ」
「嫌だ」
 その答えが不服だったのか、彼は顔を歪めたんだ。
「テメェ」
「嫌だ。やっと見つけたんだ。お前なんかに取られてたまるか」
 だけど、次の言葉は正に王者の風格そのままで宣言された。
「お前がアイツの前に行くことは俺が許さない」
 しばらく唖然とした。
 唖然とした後に出てきたのは、弱々しい否定だった。
「あんたにそんなこと、出来ない」
「出来ないって思ってるのか?」
「あぁ、思ってる。それにいきなり現れて手を引けなんてそんな事、言われたくない、し」
「テメェが『言われたくない』なんていうのは俺には関係ない。今後、二度とアイツに近づくな。俺の方はアイツから手を引くことは無いが、お前がアイツの前に行くことは俺が許さない。それにテメェ今負けただろう。だったら従え」
 絶対的な命令が見下ろす男から届く。
 その言葉には強制力があって、心が折れそうになって思わず頷きそうになったときにが飛び出してきたんだっけ。
 驚いた。と同時に嬉しかった。そして次の瞬間、別に彼と繋がった訳じゃないことを知って愕然となった。
 何故なら、連れてきたのはだったから。
 戦闘までの流れに際して、に説明しなかったことが頭をよぎっていると、やがての「交代してくる」の言葉通り跡部という男のところへ行った奴の変わりに]に向かって来てその途中で彼が口を開いた。
先生が、あんたの手看ろってさ」
 そう言って目の前に立つとに何の感情もこもらない視線を向けて
「手ぇ出せよ。折れてんだろ」
 と言ってしゃがみ込むとは差し出されたの手を黙って取った。
巡空桜花
 なんで俺が?
 とか、普通に思った。
 思ったけど先生の態度通り、俺が居たんじゃ跡部は理由を説明しないんだろうなとも思った。
 それが悔しくて残念で、でもあのアホベ(ムカツクからそう言ってやる)なら俺が何を言っても自分を曲げるっていうことはしないだろうから、大人しくこうやってベンチに座る]の横に座って手を見てるんだけどな。
 と、生まれる不満を抑えながらの手を取って聞いた。
「痛むか」
「いや」
 ゆっくりと手を移動させながら、は彼の手の甲を軽く押しながら触れていく。
 ここじゃないのか。だったら
「ここは」
「大丈夫」
 ここでもねぇのか。ならば
「ここは」
「っ」
 ビンゴ。
「ここか。手の中で一番痛いところじゃねぇか」
 そう言ってその周辺を慎重に丁寧に触れていき、最後に疑問が残った。
――傷が妙に『深い』気がする。
 こんなところを踏みつけるなり何なりするような棒のような物を、跡部は持ってなかったはずだ。と。
 もしかして自分の想像してるのよりも小さなもの、ドライバーのようなもので押し付けたとか? それとも俺が走ってきたから捨てたのか?
 ならば近くにソレがあっても良さそうなのに、見当たらないなら捨てた線は薄そうだ。いや、まぁ来る前に捨てたとか遠くに捨てたとかなら、話は別だけどな。しかしその可能性は低い気がした。
 仮にもスポーツマンだし、それにそんなことをするような、自分のやったことをコソコソ隠したりするような奴じゃない、確かに何故といった理由は自分には告げなかったが、それはきっと奴の核心に近いからなんだろう。しかしこの手の傷は奴の核心からは遠いところのはずだ。という矛盾した信頼があったかもしれないがそこには気付かない。
 気付かないまま、彼の考えは進んでいく。
 ならアイツ今も持ってんのか? だけどそんな凶器を持ってるなら、どうしてココだけ傷が深いんだ? 後は引っかかれたような切り傷とか殴られたような跡しか見当たらないのに。
 これは、長いものを突き立てたか、もしくは上から思いっきり力を加えたかしないとこんなピンポイントな傷って出来ないんじゃないのか? だって破断ってそういうもんだろ?
 そんな疑問が浮かんでは消えたの口が自然と動く。
「折れてるっていう程じゃないかも知れないけど、もしかしたら凹んでるかもしれないから、この後病院に行った方がいいと思う」
 そう言うとは立ち上がって、さっきの手から取ったハンカチを握るとがやったのと同じように水道で濡らして彼以上の手際良さで処置をし始めた。
 そんなの様子には自分の手をマジマジと見つめるが、ぬるくなっていたハンカチが再び冷えた所為かさっきより随分と痛みが和らいだ気がしてホッとする。
 もしかしたら彼の言葉の所為かもしれないと期待するが、つながっていない状態で彼に依存するのは止めようと、心の中で自制も掛けた。
 なぜなら彼は自分を拒絶した。
 それは、つながろうとした自分が失敗した証。
 認められない自分が彼にこれ以上の期待を寄せるのは滑稽だというのは、いくら自分が馬鹿でもそれくらい分かる。
 自分の糸は途切れたまま。今その相手が目の前にいるのに、繋がることなく地面に落ちている。
 と同時に、が触れている手を意識して少し焦った。
 ど、どうしよう。、手を離してくれないかな。マトモに触ったのって初めてだからちょっと、ドキドキする。
 きっと[はこんなこと考えないで、普通に看てるんだろうけど……無意識に期待していいのなら、このまま……は、ちょっと都合良すぎるよな。
 と、否定と肯定がせめぎ合うの内心などに気付かないが、の手をジッと見つめたまま聞いた。
「なぁ。あんたと跡部が喧嘩したのは分かるけど、この手の傷さ。アイツは、跡部は一体どうやって付けたんだ?」
「けん……か?」
 の聞きかえした言葉に、が意外そうな顔を上げて
「喧嘩したんだろ? 跡部があんたを仕掛けてさ。違うのか?」
 と聞いた。
 違うとしたら、自分が問い詰めても跡部が話さなかった理由になる。けど、仕掛けたのは跡部だ。それは間違いない。
 何故なら跡部に傷はなかった。違う。少なくとも目立つ傷はなかった。
 そして、その言葉を聞いては少しガッカリしたと同時に何故か安堵の息を心の中で洩らした。
 そうか。喧嘩したと思ってんだ。
 そりゃそうだよな。
 と、自分の傷のつき具合から、何も知らないから見ればただの喧嘩に見えるのだろう事を思って問いに答えようとしたのそんな複雑な様子を知ってか知らずかの手を離し、未だ話し込んでいる街灯の下にいる二人を見て、言った。
「ったく。あの二人、一体何を話し込んでんだかな」
 と言うその声には、少し悔しさが滲んでいて木場は不思議に思う。
 なぜ?
 そうは思うが、は自分の答えを消してを優先した。どこかに、まだ彼を知りたいという思いが残っていたのかもしれない。
 近づくなって、言われたばかりなのに。
「どうして、そんな悔しそうなんだ」
「そりゃ悔しいさ。なんせ俺は跡部からの一次ソースを取れなかったんだからな」
 と、これまた訳の分からない答えが返ってきた。
「一次、ソース?」
 訳が分からない。ソースって何だ? 焼きソバとかお好み焼きとかに掛けるアレか?
 そんな疑問が沢山浮かんだ顔をしていたのだろう。がベンチの縁に手を掛けながら話し込む二人を見て答える。
「ちげぇよ。一次ソースっていうのは、当事者から直接聞く情報元のことだ。仕掛けてきたの、跡部なんだろ? だったらアイツがこの状況を説明しなきゃ無責任だろうが」
――暴力には責任がいる
 さっきのの言葉が、の声に重なっての耳に届いた。
 それにしても、あの跡部という男と彼はどうしてこうも反目しあってるのか。
 不思議に思っただったが、聞いていいのかどうなのか判断つかない。
――一度拒否された以上、踏み込んでいいのかも分からないし……
 と、後ろ向きな思いがよぎる。それ以上に、跡部が彼の紹介をしたときの、跡部の言葉の後を奪ったあの時の自分を下卑した言い方には引っかかりを覚えた。
 あんな言い方、しなくたって……
 そして、そんなの様子に気付かないは言葉を続ける。
「とは言え跡部が俺に事情なんか話すわけもなく。もし俺が跡部の立場でもアイツに事情なんて話したくないからお互い様なんだけど」
 と、熱くなっていたとは言えさっきは無駄なことをしてしまったと言葉を発しながらは心の中で後悔した。
――でも俺。なんで跡部が仕掛けたって状況を良く見ずにそう思ったんだろ。
 という心の底で浮かんだ疑問に頭を捻っていると隣に座るが口を開いた。
「あいつ、は、さっき俺にこう言ったんだ。『命令を下す側に責任がある』って。あれ、どういう意味だ」
 そしてそれがあるから彼は自分達のことを納得したとも言っていたが、それについては尋ねるのを止めた。
 はソレを、自分たちがどういう戦い方をするかを知らないから尋ねたところで訳がわからないだろうし、また自分が拒否されるようなことを自分からするのはもう御免だと思うから。
 隣に座るを見ることなく、彼と同じように街頭の下にいる二人に顔を向けたままが黙っての答えを待つ。
「あぁ。戦場の、違うなぁ。軍隊の指揮系統の話だな。まぁそりゃそうだろうな。なんせその最高司令官が負うことになってるからなぁ。間違っちゃいないぜ?」
 と、何故かニヤニヤしながら言うが怪訝は顔を向ける。
「最高……司令官?」
 誰だ。
「まぁあの人の場合、立場を米軍として見るならポトマック河畔のオーバルオフィスにいる御仁、かなぁ」
 と、視線を空に泳がせながら答えた。
 しかしそんな答え方でははピンと来なかった。だから、
「オーバル、オフィスの御仁……誰だ?」
 と、聞いたんだ。
 途端信じられないといった顔をに向けて、呆れた様子でが答える。
「あんたさぁ。『物』を知らないにもほどがあると思うんだけど。オーバルオフィスの御仁と言えば、アメリカ合衆国大統領のことだよ」
 絶句した。
 流石にその言葉は知っている。
「大統領は、まぁこれは大体の国がそうなんだけど、全軍の最高司令官を兼任するからな。当然この日本だって、総理大臣がその責を負ってんだけどな」
「え。日本にも、軍隊ってのがあるの?」
 途端、信じられない様子でが見るその顔は、さっきの米国大統領の別名を知らないといった時以上の信じられないとった顔をしていたが、すぐに頭を抱えて悩みだした。
「いや、まぁ。確かに正規のじゃないからな。軍か? って言われたらそれはノーだから間違っちゃいない。いないけど……う〜ん。どう説明すりゃいいのかなぁ。昔はあったよ。確かに。でも、敗戦で一度解体されて、でも紆余曲折あって中途半端に復活したっていうか。まぁ……説明が難しいけど、確かにF-15Jとかを一般が持てるかって問われたら、例え億単位で財産を持っていようと一ヶ月持たないからな。まぁ、うん。その答えには、歴史を知れ。としか言えないんだけど……」
 と、これまた不可解な言葉を呟きながら頭を抱えて軽く左右に振りながら取り留めなく喋りだしたかと思えば、顔を手で隠してしばらくそのまま動かなくなった。
 不安になったが声を掛けようか迷ったていたら、顔を上げたから体がビクっと震えたがそんなことに気付かないは前を見据えて
「やっぱトニーに会いに行くか。そっちの方が手っ取り早いよなぁ。特攻のことも教えてくれるし」
 と、何かを決めた表情でそう言いきった。
 特攻……その言葉を聞いたのは今で三度目。
 一度目は出合った日ににフェンスに押し付けられて怒られながら、二度目はその日の最後に車から降りるときに]から。そして今日のベンチで座って今、今度は冷静な[から。
 戦闘機という言葉をインターネットで探していた途中で頭の中が一杯になって混乱して、結局検索しそびれた言葉だ。
 それにしても、『トニー』って誰だ。
 夏の夜の時折吹く生暖かい風が辺りを包んで、声が聞こえた。
「会いにいくの?」
 その声の主はで、気がつけば話は終ったのかベンチに座るの前に跡部と並んで立っていた。
「でもあそこ遠いよ」
 彼等が飛んでいった飛行場の残る土地。
 彼等が最期に踏んだ、もう二度と戻ることの無い本土。(いや、まぁ帰ってきた人も居るけど、でも九割以上は帰ってこなかったからな)
 だからこそ、見えてくることもある。
「それでも、中身だけじゃやっぱ見えないこともありますし、なによりあそこは彼が休んだ最期の地ですから」
「俺は反対だ」
 直ぐにでも行こうという雰囲気のを牽制するように跡部が言うが、直ぐに彼は反論した。
「別に跡部に言ってないから」
「それでもだ」
「だから、跡部に言ってないって言ってんだろ」
 すぐ険悪な雰囲気になる。この兄弟ってもしかして物凄く仲が悪いのかなとは思う。でもそんな跡部が反対し、が会いたいって言ったそいつが居る場所は何処なんだろう。
――気になる。
「その、トニーさんの居るところって?」
「九州」
 答えたのは
「九州?!」
 遠いって言ったけど、物凄く遠い気がして恐る恐る聞きかえすと、は手で頭をポリポリ掻きながら言いにくそうに答えた。
「あぁ。まぁ、何つぅか。正直言うと、あんたに会った夜からずっと悩んでたんだ。人間を戦闘機なんて良く呼べるよなぁっていうのと、あんたが何も知らないことについての考察をな、ずっとやってたんだよ。でも結論出なくてさ。解(こたえ)の見えない数式の計算させられてるようで頭が一杯だった。だから頼ることにしたッて訳。それにヒントも貰ったし」
 と、最後の言葉でチラリとを見て、しかし直ぐに視線を元に戻した。
「今の広報じゃダメなんだ。昔のことは、昔のことを広報活動してるところじゃないと、やっぱダメなんだってね」
 そんなの真っ直ぐな顔を見て、そうだよなと跡部は思うと同時に再確認させられた。
 分かってたはずだ。コイツは、自分の手に余る人間だということが。
 昔から権力を把握し、王者のように振舞っていたがその中で唯一思い通りにならない存在。
 それがだ。
 そうだよなぁ。テメェは昔っからそうだ。
 俺の心配なんて丸っきり無視して、最初(ハナ)っから俺のことなど考えに入ってないかのように行動するのは。
 ったく。これじゃ格好つかねぇじゃねぇか。
 に対して『手を引け』だの『手におえない』だの何だの言ってはみたが、何の事は無い。
 コイツは誰の手にも負えないんだ。
 唯一コイツをコントロールできるって言えば今この場では、だけだが、奴にを止める理由はない。胸糞悪い事にそれが事実だ。





「とまぁそんなことはどうでも良くて、実際公平じゃないだろう?」
 と、自分から強いとは言い切らないがホンモノを知っている等という胡散臭い言葉の次に発した言葉がこれだった。
「フェアじゃない?」
「うん」
「どういう意味だ」
 眉がつりあがったのが自分でも分かった。しかしここまで振り回されて『いい顔』をし続けられるほど、自分はまだ大人じゃない。
「どういう意味って、そのままの意味だよ。は、がどんな世界に居るのかを知った。ならば、]もまた、がどんな感じで戦闘するかを知らないと公平じゃないだろ?」
「それがあんたの結論か」
「そ。まぁ、一足遅かったみたいだけどね」
 ニコリと笑って言うその笑顔に『嘘つけ』と、吐き捨てるように思った。
 何故コイツが嘘を言っていると思ったのか、それはコイツの言葉からも分かる。
――俺が君の動きを知っていようとも。
 つまり、俺が今日に戦闘を吹っ掛けることも最初から分かってたって訳だ。が、それを表に出すような男じゃない。知っていたのかもしれないし、知らなかったのかもしれない。だから何処まで行っても真相はグレー。限りなく黒に近いが、それでもグレーだ。
 一体何を考えてやがるのか、それともコイツが言ったように本当に興味だけで動いてるのか。
 自分が動かせる以上の、自分が知らないところで事態を静かに『干渉していないように見せかけながら』動かせるという人間が、本当にただの興味本位で動くのか?
 嘘は無い。だが、全部が真実じゃない。
――一体、どれが本質だ? いや、この場合本質は関係ない。一体何が真実かだ。
 自問したが、やはり結論は出なかった。
 やがて話は終わりとばかりに、場を離れたの後をついて歩いた。
 そして今、が九州に行くと言った。それはあの場所に行くことを意味している。
 昔、自分の父親に連れて行かれ、大泣きしたというあの『記念館』に。だから反対したんだが、人の忠告なんぞ聞くようなじゃない……か。特に俺の忠告には必ず、すかさず反論が入る。まぁ、意見が合致すれば最終的には従うとしても、だ。
 それには無意識のうちにを数に入れてるはずだ。
 ならば自分から条件を出せ。先手を打て。それが俺様だ。踊らされるのは真っ平だ。
「おい、
「?」
 急に呼ばれた意外な人物からの呼びかけに、が驚いた表情を見せて顔を上げた。
「九州行きの旅費は出してやる。だが、条件がある」
 その条件に、すかさずが反応した。
「うぁお。跡部太っ腹」
 そう言った後思いついたようにに顔を向けて、とても重要なことを彼に聞いた。
「で、行くのはいいけど、向こうでの足をどうするの?」
 と。





 世界は酷く狭くて、自分の知識の無さ。いや教わった以上のことを知ろうともしなかった罰なんじゃないだろうかと、思うときがある。
 朝、から電話が掛ってきて何故この番号を知ってるのかを尋ねたら、南先生に聞いたとの答えに妙に納得した。
 そして呼び出された店の前に立って思わず体が引いてしまったことも。
 身近にこんな店があったなんて知らなかったのと、こんなところに昼からいるなんてと今までなかったから少しドキドキしながら席に座っている。
 しかし自分以外の、後からこの店にやってきた彼等は全然慣れきった様子で入ってきたから驚いた。
 学生服姿の跡部。それに対して私服なのが、そしてと手塚の五人が店の奥まったテーブルで話す。
 そのの椅子の傍らには何故かギターが置かれてあって、は不思議に思った。
 そう言えば高校生の頃、バンド活動っていうのやってたっけ。アンマリ上手くなかったけど憧れたなぁと思っているとの声が聞こえてきた。
「行きの新幹線はちょっと奮発して福岡まで『のぞみ500系の初期型』で取ったぜ。俺これ乗ったことないんだよなぁ」
 そう言って、チケットを]に渡しながらニンマリとした笑顔で言う。
 が何を言ってるのかサッパリだ。
 コイツ、飛行機オタクだけじゃなくて、鉄道オタクでもあったのか!?
 そう思うほどに、鉄道のチケットを見ながら嬉しそうに言うに跡部が聞いた。
「その後はどうする気だ」
「うるせぇなぁ。これから説明すンだよ。で、その後の行動をどうしようか考えましたが、鹿児島の駅まで『つばめ』の深夜便で行って向こうに朝に着いて、そのまま向こうでの丸一日を使えるように行程を組んでみました。で、その鹿児島駅から知覧という町まで向かうという、そういうプランです」
 と、跡部の言葉に嫌そうにしながらも答えるは、明らかに旅に慣れている風だった。
 だが、何故そんなに慣れているのかを聞く勇気を持たないは置いといてとばかりにがカバンの中から地図を出して広げてみせて
「えっと、じゃぁ市内から知覧コースかなぁ」
 と言いながら道路を指で追っていくのを、が覗き込んで指摘した。
「下道の、山コースを通ったほうが速いなぁと思います。ここはこう行った方が信号の数も少なそうではありますね。えっと、川辺(かわべ)とかいう街を通って行くコースですね」
 流石。余所見させたら誰も敵わない。
 こういうのが『他を見る』ということかと、にあのスーパーで肉を選べと言われたときになら鶏肉を選んでるだろうというの言葉がの中で呼び起こされる。
「まぁ。初めて行く地だし、順当に行ってみるよ。迷ったら大変だ」
「で、君等帰りはどうするの。切符取れなかったんだろ?」
 と、今回の旅で一番大事なことをが聞いた。
 そうなのだ。
 帰りの電車の切符が取れなかったのだ。
 今回の旅の同行者はを筆頭に、、そして運転手を買って出た]の三人。
 跡部は登校日と重なって同行できず、しかしギリギリまで干渉したいらしくこうして店に顔を出している。
 手塚がここにいるのは、単なる別の用事らしい。
――コイツ(跡部)が一番訳がわからない奴……だよな
 というのが、の跡部に対する思いだが、一人ッ子の自分では分からない『兄弟』とはこんなものかとも思った。
 それに何やら複雑な事情もあるみたいだし。
「えっと、帰りは飛行機で帰ろうかと思ってます。ほら、半額になるやつスカイメイトで。お盆前だし、逆だから取れるかなっていうカナリ行き当たりバッタリになりそうですけど。まぁ、大丈夫だろうっていうことで」
 と言うと、アイス珈琲に手を伸ばし一口飲んだがさらに続ける。
「それに携帯で常に空席情報をチェックしていれば、大体の状況が分かりますからね」
 と締め、その答えに納得したが答える。
「なるほど。まぁ俺は一足先に鹿屋に着いて、その後はフリーだから向こうで待ってるよ」
「鹿屋? あぁ海自の航空基地ですね。って、一体何しに?」
 重要な機密じゃなければ教えてくれるハズと期待したは、すかさずその理由を聞いた。
 って、カイジって何?
 そう言えばあの時『俺のことは気にするな』って言って具体的なことはに丸投げしたっけ。
 と疑問の表情を浮かべたと、また始まったと呆れた表情を浮かべた跡部は置いてけぼりを食らう。
「ん? ちょっとね。航空機のフェリーの任務。……A-10の……」
 すかさずが反応した。
「ルーデルの神を?」
 と。しかし、急に偉大な何かの言葉を口にしたに、が尋ねる。
「神?」
 それに反応したのはだった。
「いや、ただの攻撃機(アタッカー)。その呼び名は、航空好きな人が付けた単なるあだ名だ」
 と、苦笑いをしながらに答え、そこで初めて手塚が話しに割り込んだ。
「その話、俺は聞いてませんが」
「あれ、話さなかったっけ?」
 顔を手塚に向けて惚けた様子でが答えるが、手塚は無表情に却下した。
「聞いてません」
「う〜ん、そうか。まぁ色々あってね。最近慌しいんだ」
 と困った様子で答えるに、が聞く。
「何か、あるんですか?」
「いやどうなんだろう。詳しいことは知らない」
 多分嘘だと、尋ねた本人は思ったがこれ以上聞いても答えてくれないだろうなとも思った。
 何せこの人は白頭鷲が届ける命令書通りに動いてるんだ。おいそれと簡単に明かしてくれるとは思ってない。
 それに手塚さんが知らないっていうのだから、多分今以上のことを話してる可能性はない。断言できる。
 だから話を変えるように、別のことを聞いた。
「それにしても、先生帰りは?」
 ルーデルで先回りして、時間が余ってるから向こうでの足になるよと申し出てくれたのは嬉しいけれど、でもそれには相当上と交渉したんじゃないだろうか。とも心配になったが、自分が心配したところで無意味な気がして、は考えることをやめた。
「一応C-130で帰る予定」
 と、の問いに答えるの顔は何故かイヤそうだ。
 そして、そのアルファベットと数字の乗り物を直ぐに名前に言い換えることのできるはもう驚かない。
「ハーキュリーで、ですか」
 と、どこか合点が行った様子でに同情の視線を向けながらが答えた。
「うん。まぁ俺も仕事で行くのはいいけどあの子乗り心地は最悪なんだよね。こればっかりは仕方ないにしても。でも向こうでの足は必要だろ? だから駅で待ってるよ」
 そこで言葉をが切ったとき、跡部の携帯が鳴った。
 鳴ったと言っても振動音が響くだけだったが。
「失礼」
 と言って電話を取ると、そこから耳を外して
「先に帰る」
 と言って席を立つとそのまま店の外へと出て行った。
 跡部の居なくなった方をチラリと見て、は思った。
 兄弟という感覚は(例えそれがの言う腹違いであったとしても)もしかしたらよりも跡部の方が強く感じてるような気がするけど、本人に言ったら怒られそうなのでは控えた。
 そして、もしかしたらあの夜の戦闘で本当に負けたのは跡部の方なのかもしれないということも。

「あそこに行くのは良いが、絶対に動揺するなよ。全て冷静に受け入れろ。それが条件だ」

 跡部がそう言った後のの、彼への態度が少しだけ軟化したような気がしたから。
 すぐにが茶化して話を元に戻してそんな空気を吹っ飛ばしたからあの場では気付かなかったけれど、それでも……
 後になって何となく気付くくらいだから相当自分は鈍感なのか。
 あの状態を、試合に勝って勝負に負けたっていうのかな……よく分からないけど多分、そんな感じなんだろう。
 と、自分の察しの悪さを改めて自覚した。
 しかしながらこの店でもそうだけれど、すぐ険悪な雰囲気になる跡部との二人の間に入ることは、自分には無理だとも思った。
 この二人、やっぱり似てる。
 そう思ったけど、これも口に出すのは止めることにした。



「先生はこの後ここで演奏ですよね」
 と、跡部のいなくなったテーブルでに聞くのはだった。
「まぁね。今日は榊先生じゃなくて火鳥先生とね」
 答えて傍らに置いていたギターのネックにソッと指で触れると、小さな音色が店内に微かに響く。
「じゃ、また夜来ます。火鳥先生の講義、楽しみですから」
 と、T大の講師をやっている火鳥竜介という40代を目前に控えた男との考察が楽しみらしくの目が輝いてくるのがわかる。
 というより。
って、もしかして火鳥先生のところ行ってるんじゃないだろうね」
 が釘をさすと、途端ギクリとした表情を彼は見せた。かと思ったらそそくさと立ち上がり、
「じゃ、また夜来ます」
 と言って、足早に店から出て行ってしまった。
「ったく。あの年で大学に出入りするってどんなんだよ」
 と呆れた風に言うが、飛び級が認められている国では珍しくもなんともないと思い直して、が珈琲に手を伸ばして一口飲んだ。
「演奏?」
 の言葉にがカップをテーブルに置いて答える。
「うん」
「この後?」
「ですよー。ちなみに手塚はそっちの用事でここにいます。時間あるから外で何か見てこればって言ったんだけどね」
 と、手塚の言う別の用事の正体を告げて「さて」と言って立ち上がった。
「俺はこれからピック買いに行くけど、どうする? まぁ、演奏聞くかどうかは自由にすればいいよ」
 と判断をに放り投げて、マスターを呼んだ。

アトガキ
巡空桜花
2023/07/07 書式修正
2009/11/18
管理人 芥屋 芥