「上がってくるって?」
 あんな爆音を響かせるものが、上がってくる? 上がってくるって一体何が?
「どういうこと。っていうか、アレ何?!」
 あんな轟音を鳴らしながら上がってくるあの、高速で移動している黒い鳥みたいなモノは一体何なのか。それが知りたいと思ったは、思わずに責めるような口調で質問した。
 が、それを直ぐに後悔した。
――サクリファイスを責めてしまった。
 だが、そんなことに頓着しないはただ淡々と質問に答えるだけだった。
「アレ? あぁ。戦闘機ですよ。今は16が上がっています。三沢から来てるなぁ。って、14と18もだって?」
 そう言うとまたその機械を操作して何かを聞いた。
「……おいおいおい。ちょっとこれ、異常だぞ」
 そう独り言を言うと、再び爆音を轟かせながら空へと消えていったソレにがカメラを向けて一枚撮った。
 その様子を見てに一つの考えが浮かぶ。
――彼は、自分をほとんど居ないものとして捉えている。話し掛ければ確かに答えるが、それ以上は踏み込んでこない。
 それ以前に、あの公園でのあの圧倒的な理論。そして
『俺、あなたに怒ってますから』
 の言葉の通り、彼はに対して相当怒っているということなのだろう。
 これじゃ会話にならない。
 そして、二度と自分が置いてきぼりを食らわないようにしなければならない。
 自分が置いていかれるのはダメだ。
 は、自分にわかるように説明しなければならない。
 そうしないと伝わらないじゃないか。
「戦闘機って、言った?」
 そう問い掛けると、フェンスに向けているレンズを構えたままが答える。
「言いましたね」
「今の煩いのが戦闘機?」
 隣に歩いていくと、ソッと僅かだが身体を離される。
 まるで、近づくなとでも言わんばかりのその様子に、が表情を暗くしてソッと離れた。
「えぇ。あれが戦闘機です」
「あんな、煩い音を響かせて空を飛んでいったものが、あんなのが戦闘機だって?」
 その苛立ちからか、の声が少しずつ大きくなっていくが、本人はそれに気付かない。
 それ以前に、あんな、ここから見たら小さな飛行機にしか見えないそれが『戦闘機』だと言われて、信じられないといった様子の方が大きかったが。
 だが、の答えは変わらなかった。
「はい。あれが、戦闘機です」
「嘘だ」
「嘘じゃありません。それに、あなたの世界で言う戦闘機はこれからは一切出てこないって、俺ちゃんと公園で言いましたけど」
 そう言っている間にも、空に轟く雷のような音が会話を途切れさせる。
「う……嘘だ。あんなものが戦闘機って、嘘だ!」
 否定しかしないに対し、は呆れた様子で言葉を続けた。
「ここまで来て嘘言ってどうするんですか。ちなみに、戦闘機はミサイルのプラットフォームですから。つまり殺しや破壊を専門とした機械であって、れっきとした兵器です」
「兵器……じゃ、じゃぁ……」
 その時だった。
 が、無線に耳を当ててその通信のようなものを聞いて、まるでがそこに居ないかのような振る舞いをしてフェンスの向こうにレンズを向けた。
巡空桜花
「許可下りた」
 と言うとはそのまま指先を少し舌先で舐めて空に向けて目を閉じそれはまるで何かを感じているようにも見え、何をしているのだろうとが疑問に思ったとき
「あ。風向き変わってる」
 と言うと、とても嬉しそうな表情になり
「こっちにケツ向ける気だ!」
 と弾んだ声でそう言った。
「?!」
 驚いていると、初めて見る形の飛行機が一機、こっちに向かってきていた。
 さっき空を高速で飛んでいた形からして、鳥みたいなものだとは思っていたけれど、それにしても飛行機って言うからもっと大きいものを想像していたのだけれど、あんなのが飛行機だって?
 そう思ったは、それをそのまま口にした。
「あんな……のが?」
「えぇ。あれが、戦闘機です」
「……」
 シレッとした表情で答えるがフェンスの向こうへとカメラを構えているその先にいたのは、キュイィィィという甲高い音と共にやってくるその飛行機だった。
「あの、さ」
 そして、の言いかけた言葉を遮るようにしてが嬉しそうな声を出す。
「ほら来た」
 一体ドコから鳴っているのか、上空から連続で響いてきた雷にも似た爆音に思わず耳を塞いでいると、いつの間にか遠くの場所にピタリと止まっていた地上から甲高い音を出している機体に向けて思い切り手を振っているの姿が見えた。
 それにしても、かなり遠いところに居るはずなのにその機体が物凄く煩い音を立てながら近づいて来る所為で自然と声も大きくなっていく。
 地上の飛行機との距離はそれほど近いというわけではないが、しかしその甲高い音はとても煩くて、あんな轟音を出すようなモノがこんな小さなものなんて!
 と、別の意味で驚いているが今の状況をに聞いた。
「と、止まってるの」
「えぇ。止まってますね」
 見りゃ分かるだろう。
 答える言葉の裏に、そんな声が重なってる気がした。
「なんで、止まってるの」
 どうして止まる必要があるのか。
 さっき許可が下りたって言っていたような気がするが、許可が下りたならどうして?
 そう思っての質問だったが、返ってきたのは自分を振り向きもしないの、やはりにとっては意味不明な専門の言葉だった。
「今待機中なのは、先にアプローチリクエストが入っているからです。タワーからの指示ですよ」
「ねぇ、その。タワーとかアプローチ何とかとかって、何」
 なんで分かるように説明してくれない。
 車での会話だってそうだ。
 二人だけで何か通じ合って、使ってる言葉も聞きなれないものばかりで。
 どうして、俺に分かるように説明してくれないんだ。
 どうして?
 しかし言葉にしない思いはやはり伝わるわけもなく。
 が更に説明してもやっぱりには分からない言葉をその機体に向けて腕を振りながら続ける。
「タワーは管制塔。んでもって、アプローチは着陸要請。つまり、今の状況は他の機体が入ってくるまで待てっていう指示が管制塔から入ってるから、あの人が待ってる状態」
 そう言って視線を向けると、逆光になっているその光の中からその機体の中の人影が遠目に見えて、そこから腕が伸びて振っているようにも見えた。
 まるでこっちに向けて、手を振り返しているようにも見える。
 そしてそれはどうやら正しかったらしく
「わわわ。見えてるし……」
 そう言うと振っていた腕を慌てた様子で引っ込めて、カメラを構えてその機体を一枚撮った。
 その様子を見てが言葉を詰らせながらに問い掛ける。
「……な……んで。どうしてあの機体に手なんて振るんだ」
 どうして手なんて振るんだよ。
 っていうか、なんでそんなモノに笑顔を向けるんだよ。どうしてだ!
 しかし、返ってきた答えは、とても信じられないものだった。
「だって、あの機体のパイロットはあの先生ですから」
 一瞬、が何を言っているのか分からなかった。
 頭がソレを理解するのに数秒掛って、その間とても大きな音と共にその機体に良く似た形の機体が一機、頭の上を通って地面に降り立っていたがそれでもは衝撃から元に戻らなかった。
「許可が降りた。さぁて、風が凄いから吹き飛ばされないようにしないとな」
 そう言ってフェンスの金網をその手で掴んで、掴んでいる間にも片手でカメラを構えてその機体を追っている。
 が、そんなことは関係ない。
 近づいて来るその機体の中にあの先生……が?
「はぁ?!」
 心臓が口から出たかと思うほど驚いた。
「いきなり大声出さないで下さいよ。ビックリするじゃないですか」
 と、逆に驚いた様子でを見るその目は、やはりあの公園で見せた冷たい目でそれがを萎縮させる。
 認めてもらえない。
 それにさっきから、自分に対しては敬語を使っててそれがずっと直ってない。
『怒ってますから』
 が怒ってる理由が、未だににはわからない。
 それは、自分がソレと名乗ったことに対してではなさそうで。ではドコに怒っているのか。
 それが、には、サッパリ分からなかった。
 そして、驚いている間にその機体がこちらに……の表現を借りるなら、ケツを向けたらしい。
 しかし、そこから更に数十秒経ってもその機体が動く気配はなかった。
 ただその機体から出てると思われる甲高い音と風が流れてくるばかりで動く様子がない。
「出ないのか」
 そう聞くと、とても不思議そうな顔でを見て
「滑走路の風が安定するまで待ってるんですよ。さっき着陸したでしょう」
 と、まるで『話し掛けるな』といった様子でに答えると再び機械に耳を当てて言った。
「耳、塞いでたほうがいいですよ。下手すれば鼓膜破れます」
 そう言ってフェンスを掴んでいる手に力を込め、そんなに見向きもせずにフェンスの向こうにカメラレンズを向けて片手で写真を撮っている。
 そして、その『ケツ』から届いた轟音が、の耳と身体、そして脳を直撃した。
 一瞬、その機体が伸ばしてる翼のところから何か円を描いたような煙が見えた気がして、それに気を取られて耳を塞ぐのが遅れてしまった。
 ゴゥ!!
「……!?」
 見慣れない形の飛行機が出す、さっきの甲高い音とは全く違う聞きなれない雷にも似た爆音。そして、その機体が起こす強烈な風とガソリンのような臭い。
――な、なんだコレ!?
 驚いたがその余りの煩さに慌てて耳を塞ぐが、そんな中にあってフェンスを片手で掴んで吹いてくる風に耐えながらシャッターを切り続けるの、嬉しそうな顔が!
――なんでそんなに嬉しそうなんだ。っていうか、この音が平気なのか!?
 雷にも似た爆音を轟かせながら、あっという間にソレは遠ざかると同時に浮き上がってそして空へと消えていった。
 呆然とはこのことを言うのだと、は思った。
 しばらく言葉が出てこなかった。
 あまりの衝撃で、思考が飛んでしまっている。
 あんな小さな機体から、あんな爆音が出てたなんて!
 そして、それから発生した爆風にも似た強烈な風と音の直撃で頭が一瞬真っ白になった。
 さっきも、かなり煩い轟音が空からしていたがその数倍の大きな音と何より受ける風の力に身体が吹っ飛ぶかと思った。
 だがはそんなの様子には一切構わず、一人余裕の表情でカメラを離さずに構えていた。
 と同時に、やはり何かどこかに考えを飛ばしているような感じがした。
 が、あまりの衝撃に今のにはそれに構っている余裕はなかった。
 それにしても、あんなあんな物が戦闘機だって?
 しかもそれに乗っているのがあの先生だって言うのか。
 だったら、あの先生は一体何者なのか。
 そんな疑問の前に、更にには分からない言葉を発した。
「で、次は14と18のFCLPか。なんかあるな。これは」
 と、やはり訳のわからない言葉を発すると、またもや向かってくるさっきのとは少し違う形をした飛行機にレンズを向けていた。
 ここで気になった言葉が一つある。
 確か、さっきもそんな言葉を言っていたような気がするが。
「エフシーエルピーって、何だ」
 そう問い掛けたら、速攻で返事が返ってきた。
「FCLP。『陸上空母離着陸訓練』って言いまして、空母艦載機の仮想甲板訓練と言ったところですかね」
 そう言って、こちらにケツを向けたさっきとは違う形の『戦闘機』に向けて一枚シャッターを切った。
 それにしても、さっきのと何かが違う?
「なぁ、さっきのと何か違う気がする」
「違って当たり前です。さっきのは5軍の16で、今からの機体は厚木から来た海軍の機体ですから」
 5軍という言葉の意味は分からなかったが、海軍というのは何となくイメージできた。
 って、海軍?!
 衝撃だった。ってことはまさか
「あの人、海軍の人?」
 恐る恐る尋ねたその問いかけは、間髪入れずに否定された。
「違います」
「えっと、じゃぁ……一体?」
 混乱した頭でそう言うと、盛大なため息がの口から出てきて呆れたような表情でを見ると
「だから、5軍って言ったでしょう。空軍ですよ。空軍。海じゃない」
「え……っと、どういうこと?」
 混乱は未だ収まらず。というより、ただの先生じゃなかったのか?
「あの人、5軍の35航空団の人なんです。つまり、アメリカ人」
「……はい?」
 衝撃的過ぎて、の言葉が頭に入ってこない。
 しばらく沈黙が二人の間で下りたが、周りがとても煩いのと機械が発する音と凄まじい風で静寂には程遠い空間ではあったが。
 確か青学で物理を教えているとか言っていたような気がするが、それがアメリカ人って一体どういうこと?
「アメリカ人って、どういうこと」
「アメリカ人はアメリカ人ですよ。アメリカ合衆国の人ってことです」
 その時、フェンスの向こうで止まっていた機体が動き出したのを確認して、が再びカメラをフェンスの向こうへと向ける。
 その機体は、さっきの奴以上の轟音と風を起こして空へと上がっていった。
 空に轟く爆音に鼓膜が破れるかと思った程にその音は凄く大きくて、しばらくしてまた一機、頭の上を通過して着陸していった。と思ったら、また上がりだした。
 しばらくの沈黙の後、はそのままカメラのレンズをフェンスの向こうへと向けて言葉を続けた。
「ちなみにさっきのはF−16と言われる機種で、愛称というか通称というか名前はファイティングファルコン。アメリカ空軍の機体です。いわゆる、在日米軍って奴ですね」
 と、この轟音の中にあって平気な顔をしてそう告げる。
「ざ……在日米軍?」
 さすがのも、名前だけは聞いたことがあった。けど、まさか?
「車の中でも話してたでしょう。米軍って。俺、確か言ったような気がしたんですが。違いましたかね」
 と、また上空を通って行き、地面に下りたかと思うとまた上がっていった機体に対して一枚シャッターを切る。
「で、でも……」
「でも、でも何でも構いませんがあの、もしかしてここが何処か分かってない、とか……」
 そう告げた表情は、『今更何言ってんだ』といった表情だった。
――ここまで来て分からないとは、一体どこまで鈍感なんだ。
 そう思ったのだが、さすがにそこまでは言葉にはしない。
 そして返ってきた答えは、の予想通りの言葉だった。
「分かるわけないだろう? あの先生に来るかって言われて、ただ付いて来ただけなんだから。あの先生が……無理矢理……」
「どう見てもアレ、無理矢理じゃねぇし」
 あの時このが拒否していたら、きっと先生は深追いしなかったはずだ。
――というか、この男。確かに年齢は自分よりも上かもしれないが、精神年齢は相当下だな。
 そう思ったのだが、これもやはり口には出さない。
 ただ、思うだけ。
 そしてのその『思うだけ』が相手への沈黙の評価だということに、はやはり気付かなかった。
 その態度一つ一つを見て、自身がへの評価を下げていることに、は気付かない。
 自分のことで手一杯なのが良く分かる。そう思った。
「無理矢理だろうが。……とあの手塚っていう奴に先に確認取らせて俺が拒否できないようにした」
 そして、その言葉にが何か言ったような気がしたが、は上空を通る機体が発する音に邪魔されて上手く聞き取れなかった。
「何」
 と聞きなおしたが、答えは無かった。
 そしてはそんなの態度に、水道で顔を洗っているときに彼が言った言葉が頭の中で回りだしていた。
――お前のせいだ。
 違う。先生の所為なんかじゃない。
 俺がこうなったのは!
「ふざけないでください。俺がこうなったのは先生のせいだって? 冗談じゃないです」
 吐き捨てるように言うと、機械を持って何かを操作しながらが言葉を続ける。
「ここは飛行場ですよ。と言っても、ただの飛行場ではなく、軍の飛行場ですがね」
 それだけを言って、この時は自分の言いたいことを優先させた。それ程に、このと名乗った男の鈍感さは許せても、無知さ加減には切れそうだった。
 ただの無知であるだけならば、は何も思わなかっただろう。
 自分の知ってることは相手も知っているとは当然思っていないし、おまけに軍オタというものは専門用語がそこら中に転がっていてそれを知っていなければ入り口の会話でさえ付いて行くことが困難であることは、小父さんとの会話で骨身に染みている。
 しかし、この男はどうだろう。
 公園での発言。そして先生への勝手な思い込み、そして責任転嫁。
 拒否することだってこの男には出来たはずなのに、怒られた途端に先生に対して萎縮した。
 付いてくるという選択を選んだのはこの男なのに、それを無理矢理連れて来させたなどと、どの口が言えるのだろう。
「先生が怒ったのも無理はなさそう。あの人、あぁ見えて結構短気なところあるし」
 それに、手塚さんが何故『惨めだな』と言ったのかも今なら分かる。
 コイツ、自分で責任取った事、絶対ない。言い切れる。
 そして下手すれば、自分が追い詰められたと言って喚くかもしれない。
 そう思った。
「何。何て言った?!」
 轟音に邪魔されて言葉が聞き取れなかったらしいが聞きなおしてきたが、はやはり答えなかった。
「あの人は、戦闘機のパイロットだと言いました。んでもって、俺はそれを撮るただのアマチュア戦闘機マニアっていうだけです」
 と、は今度は少し上にあるの目を見上げてハッキリと言い切った。
「……」
 その言葉が理解できたのか、が驚いた表情のまま固まっているのがわかった。
 しかし、それには構わずは言葉を続ける。
「戦闘機は、さっきも言った通り兵器ですよ。しかも殺戮のね。つまり、そのパイロットは必然的に殺人者ってことなんです。が罪に問われることはない。何故か分かりますか」
 始まった。
 はそう思った。
 が、止める術を彼は持たなかった。
「例えばね、戦闘機が運ぶ爆弾で、クラスター爆弾ってのがあるです。今、非人道兵器として世界中で規制の動きが出てる爆弾です。本体はとても大きなものですが、地上に落ちたときには缶珈琲程度の大きさになっている、そんな爆弾です。で、狙っているのは誰だか分かりますか」
 の、冷たい目がを見る。
 あの公園で、見せた冷たい目が再びを見て、その口からはやはり今飛んでいる戦闘機の話が飛び出ている。
 聞きたくない。
 そう思ったが、耳を塞げない。
「狙ってるのは子供達です。子供は空から降ってきたそれを面白がって遊ぶだろう。それを期待して狙うんです。子供がやられれば大人はその看病につきっきりになる。そしてロシアは、その兵器関係の条約に加盟すらしていない。アメリカもまた、その兵器の規制に反対の立場だ」
 爆弾……いきなりそんなところから話されても、何を言ってるのか分からないよ。
 分からないまま、の話は進んでいく。
 そしてその表情は、さっきの公園の時とは比べられないほどに無表情だった。
「戦闘機はミサイルのプラットフォーム、兵器です。それは変わらない。変えられない事実です。あなたは、そんなモノを追いかけている人間の前でヘラヘラと笑いながら『自分は戦闘機』だなんて言ったんですよ。それがどれほど信じられないことか分かりますか」
「兵器を、追いかけてるの?」
「えぇそうですよ。俺はね、そんな兵器を好きだと断言するような、そんな最低な人間なんですよ」
 そう言うと、カメラを空に向けて一枚シャッターを切った。
 どうやら、その機械から流れ出る声を完全に理解しているらしい。
 その機械から流れ出る言葉は、さっきからずっと英語だったが、それを理解しているとは。
 そして再び上がっていったそれは、どこかで見たことのある……飛行機だった。
 確か、テレビか何かで映っていた気がする。
 映画だったか。
「F―14トムキャット。順次退役しているとはいえ、まだ日本には残っています。2003年まで運用予定らしいですから、アレを見られるのも後二年、あるか無いか。湾岸戦争の主戦力だった戦闘機。でも、最高に格好イイと思える機体です」
 また、具体的なデータが提示された。
「湾岸……戦争?」
 名前だけは聞いたことがある気がする。
 しかし気がするだけで、普通の科目の勉強なんてあの学校じゃやらないから。
 しかも戦争というかそんな歴史絡みの勉強は、特にしない。
 特にしないというより、習わない。
 だから知らない。
 あの学校で勉強することといえば、戦闘機とサクリファイスがより強く繋がるという訓練が主で、勉強も基礎的なことはするけれどそんな歴史とかやった記憶が確かにない。
 そこに思い至って、は愕然とした。
――何も知らない。
 と。
 それでも、まだを求める気持ちは変わらない。だって、彼は自分のサクリファイスなのだから。
 しかしはそれに気付かず、更に言葉を続けていく。
「湾岸戦争だけじゃない。それに乗って人が死んだ。沢山の人が、民間人も軍人も関係なく。あんたは、そんな人たちの前で自分は戦闘機ですなんて本気で名乗れるんですか」
 戦争のことなんて知らない。そんなこと関係ない。だって、自分は……
 そうだよ。関係ないんだから。そうさ、言えるさ。
 はまだ知らないだけなんだ。
 スペルバトルって、攻撃をされると結構痛いんだよ?
 一度やってみれば分かるさ。
 そんなことを思っていたから、この時はまだにも余裕があった。
 知らなかったから。
「……名……乗れるよ」
 と、それでも強がりではあったが、答えてしまった。
 それが更なる深みに嵌るとも知らず、の言葉を肯定してしまった。
 その言葉を聞いた瞬間、本当にの顔から表情が消えた。
「そうですか。そこまで言うのでしたら、当然特攻のこと位知っていますよね」
「とっ、攻……?」
 この時、嘘でも『知っています』と答えていれば、あんなことにはならずにすんだかもしれない。
 しかしにとってその言葉は初めて聞く言葉だったから、自然と知らないと答えてしまった。
 そして、そんなの反応での心は一気に固くなっていった。
「……んなことも知らずに言ってんのかよ。あんた、今までの俺の話分かってないだろ。全然分かってない。そりゃあの先生が関わりたくないって思うはずだ。お前等みたいな連中に纏わり付かれてはさぞかし迷惑だろうよ。んだよ。ふざけんなよ。俺だって関わりたくなねぇよンなもん、言われ損じゃねぇか」
 また途中から一人の考えにが沈むのを、は今度こそただオロオロして見ているしか出来なかった。
「か、関わりたくないって……そんなこと、言うなよ」
 しどろもどろになって力ない声で言うの言葉に、がすかさず反論を入れる。
「関わりたくないものは関わりたくないね。何も知らないならば知ればいい。なのにあなた、さっきから責任転嫁しまくりですから」
 心を、掴まれた気がした。
 どうして、といいといい、こうも人の心にズカズカと入り込んでくる!?
 だから思わず反論した。
「せ、責任転嫁なんかしてない!」
「してない?! どの口が言いますか。公園で、俺が軍オタになったのは先生の所為だってあなた散々先生を責めたでしょう。もう忘れたんですか?!」
 再び敬語が戻ってくる。
 怒ると普段意識して使っている敬語とは別な感じの敬語になっていくのだというのは、いくらでも今までのの言葉で理解できた。
 そして、激昂しているように見えて実は意外に冷静なのだということも。
 は焦った。
 ここには、セメルべき敵が居ない。
 ここに居るのは自分とサクリファイスたるの二人だけで、その二人を止める人間は誰も居ない。
 そして、の『論理』が本当の意味で炸裂した。
 それは正に言葉の波状攻撃。
 いや、波状攻撃などというのは生ぬるい。正に飽和爆撃しかも一撃一撃のプレッシャーがとてつもなくデカイ攻撃だった。
 次から次へと提示されるデータ、年代、正確な呼称、あちこちに飛ぶ理論でありながら全体として纏まっている言葉の数々。
 ありえないほどの膨大な量の言葉が一気に頭の中に入ってきて、は公園で感じた以上の混乱をきたしていった。
――工業高校の生徒だと資料にあったが、これじゃまるで……ッ!
「分かりますか。あのアフガニスタンのあのソ連侵攻で、ベトナムで、二次大戦で、そして一次大戦で、戦闘機が発射し爆撃機が落とした爆弾でどれほどの人が死んだか。どれほどの人が傷ついたか。それと同じ名前を名乗り、自分は人を傷つける存在だと、そんなものを誇る馬鹿がどこにいる?!」
 その言葉と共にの腕が伸びてきたかと思うと、そのままフェンスに押し付けられる。
 が、その間もは言葉を止めなかった。
「パイロットが、自分自身が殺戮者だとそんなものを誇ってそんな名前を名乗って何になる。お前は誇らしげな顔で俺に言ったな。自分は戦闘機だと。ならば答えろ。アレはなんだ?!」
 ガシャンッ!
 というかなり大きな音がしたが、さっきから続いている轟音と風によってそれもかき消された。
 ただ、の怒りを含んだ声だけがその場に響く。
 肩で息をし、怒りの感情をに向けてがフェンスの向こうを指差し、の首がゆっくりとその先を追っていき目の前にあったソレをゆっくりと視界に捉えていく。
 そこにあったのは、が言った確かF-14とか言った二機の『戦闘機』だった。
 そして、の肩に掛っていたその機械から流れ出た声がの耳に届いた。
『……To point golf area…… onetwoniner……dipercher on……to fighters. 』



――戦闘機の頭文字は、ファイターの『F』



「あんたは、このフェンスの向こうの人たちに向かって言えるってさっき言いましたよね。戦闘機のパイロットに。ならば、昔の人にも言えますよね」
 ゆっくりと、に視線を合わせながら聞いてくるその目は、その視線は怒りを通り越して拒絶の色を宿していた。
「戦闘機は兵器です。そしてそれは国防を担い、相手を脅し相手から脅される交渉の兵器なんだ」
 はっきりとに向けては断言した。
「あなたに、それが出来ますか。人の盾として、それに乗れますか。そして何より、死ねますか」
 ……
 沈黙が、降りた。
 周りは轟音で煩いくらいなのに、何故か頭の体の周囲だけは音がなくて、無音だった。
 そんな無音の中、の言葉だけが脳に届く。不思議な感覚がを襲った。
の為なら』
 その言葉が、とうとう最後まで出なかった。
アトガキ
巡空桜花
2023/07/07 書式修正
2009/07/14
管理人 芥屋 芥