公園入り口までやってきたところで、が僅かに抵抗を試みる。
 が、やはり足は言う事をきいてくれずにただ、黙々と動いて男の後ろを付いて行くだけだった。
――っていうか、もしかして今夜は諦めないとダメなのかな。……クソ。今日この日のためにどれだけ母さんを説得したと思ってんだ。
 と、今日この日のために準備したことや努力したことがこの見知らぬ男の所為で全て泡に消えてしまう。
 それが悔しくて、でもそんなの社会出れば当たり前で。
――でもやっぱり、悔しい……よな
 そう思っていると、前を歩く男から声が届いた。
「ベンチに座って」
 え、と疑問に思う間もなくグイっと体が動いたというより、足が勝手に動いてそのままベンチの方へと移動してそのままそこに座らされた。
 そして、ベンチの前に立ったままの男との間に重い沈黙が流れたが、それでもはお構いなしにまるで男と話すことなんて無いとまたその存在を忘れているかのようにバッグの中からイヤフォンを取り出して何かを聞き始めた。



 、か。
 一体どんな子なのかな。
 資料にあったのは、名前と経歴と耳がついている時のカメラ目線ではない写真と簡単な周囲との関係くらいしか書かれていなかったけれど。
 そして趣味の欄にあったのは写真と、無線という見慣れない文字が並んでたけれど。
 意思の強そうな高校生だというのは、第一印象で分かった。
 そして、という親しげにしている先生の存在が、許せないと思う。
 どうして自分じゃないのだろう。
 そう思った時、公園の外に車が止まる音がした。
 来た。
 そう思ってを見ると、彼は顔を上げて音がした方をただジッと見つめている。
 それが更に『許せない』
 そう思った。
巡空桜花
「っと、ここでいいのかな」
 そう言いながら暗闇の向こうから歩いて来たのは、電話で話したときとは印象が違う男にしては少し高めの声をした男とその後ろを黙って歩く眼鏡を掛けた大学生かと思えるほど落ち着いた、どちらも長袖を着ていてどちらも耳がない男の 二人組だった。
 その二人組みの内、前を歩いているのがだと男は判断してそれが正解だとすぐに分かった。
。なんかお前の携帯で呼び出されたんだけど一体何の冗談」
 と、男をを見やってそう言ったから。
 そして、注意深くを見た男は、やはりそうだと確信した。
――やっぱり間違いない。コイツ戦闘機だ。……ッ?!
 だがはそれには気付かずにに答えている。
「俺だって知りませんよ。何でか知らないけど突然足が言う事効かなくなって、そんでこんなところまで歩かされて、こうして座ってるという訳なんですから」
 しかし、驚いている自分を無視してまるで安心したような表情で会話するに男の顔が悔しそうに歪む。
 そしてベンチに座るを背にして、まるで守るような姿勢を取りながら男が言った。
「お前、なんで二本も出てる」
 警戒感をあらわにしながらそして何よりその声に侮蔑の色を含めながら男が、意味が分からず驚いた顔をしているに問い掛けた。
「なんで二本も出てるんだ。お前!」
 と。
「?」
視界の前に来た男を疑問と警戒が混じった目つきで見ているの男を見る目がそれぞれ変化する。
 一人は完全に意味不明なことを言う男だという表情をし、もう一人の目が少しだけ細くなった。
 そしての後ろに立つ眼鏡を掛けた男の表情には変化が無い。
 だからパーカーにジーンズ姿の男は、だけに警戒の焦点を絞って注意を払うことにした。
「言葉の意味が分かるみたいだな、お前」
「ん?」
 一人状況が読めていないがベンチから立ち上がり、不思議そうにと男を交互に見てからに声を掛けた。
「あの。先生知り合い?」
 男の注意が後ろに立つに向かうのを感じ取って、が答える。
「ん。まぁ、知り合い……っていう程じゃないけど、でも出来れば関わりたくない人たち、っていうところかなぁ」
 と視線をに向けながら、珍しく困った表情で歯切れの悪い弱気な言葉を吐いた
「関わりたくないって。なんですかソレ」
 と返した。が、そう言った直後には気付いた。
 先生の本職って、あっちですよね。ってことは、今の発言はあっち関係でってことで関わりたくないと言うことですか。
 というか、この辺りは仮定だから立場を聞かないと分からないよな。
 ならば当事者に聞け。
「先生、一つ質問していい?」
「何」
「どっち側に立っての、その発言?」
 二人の間に交わされる、なんだか暗号めいた言葉のやり取りに明らかに不快感を示した顔で男が、とその後ろに黙って立つ眼鏡を掛けた妙に落ち着いた少年を交互に見やる。
「う〜ん。一応、アルファ側?」
「そっち?!」
 驚いたが思わず大きな声を出して問い質し、その声に驚いたのかビクリとした表情で男がを振り返った。
「うん」
 その肯定に、の背に嫌なものが流れ出る。
 じゃぁ何か。
 この人がそっち側の立場に立っても関わりたくない人に、俺は絡まれてしまったわけか。
 一体どんな奴ら……人たちってことは、複数か。
 って、この人がそっち側に立っても関わりたくない人たちって一体どんなんだよ!
「う〜ん。出来れば穏便に済ましたいところなんだよねぇ。後々面倒だから」
 と更に弱気というより避けている感ありまくりの先生の台詞に、が前に立つ男に警戒心を顕わにしながら聞いた。
「先生がそっち側に立っても関わりたくないとか、穏便に済ましたいって、一体どんな奴らなんですか」
 しかしそこで、半袖黒のパーカーにジーンズを着たこの四人の中で一人だけ耳が付いている男の限界が訪れた。
「お前等、何を訳分かんないこと言い合ってんだ!」
 そう言って、の視界からを見せないようにして移動すると、彼に指を指して責め始めた。
「なんだよアルファ側って。なんだよそっち側って。何二人で訳分からないこと言ってんだ。ふざけんなよ。この恥知らず!」
 だが、それ以上言葉を男は言う事はできなかった。
 何故なら後ろから、何か嫌な空気が流れ出たから。
「んだとコラ」
 静かな声が、そこに響く。
?」
 その声に男が再度彼を振り向き、自分に対して怒りを向けるの表情を見てその背中に冷や汗が流れた。
「なにが先生に向かって恥知らずだ。迷惑を掛けてるのはお前だろうが。散々俺や先生おまけに手塚さんまで振り回しておいてそれに何だ。先に意味不明なこと言って人を操ったのはテメェだろう。何『二人で訳分からないこと言ってんだ』って逆ギレしてんだよ。ふざけんな」
 声を震わせ怒りの表情を自分に向けるの怒った声に男が謝る。
、ごめん。俺……」
 謝りながらも、それでもビリビリ響いたの怒った声が、嬉しい……なんて。
 何も知らないの、何も分かっていない怒りの声をこのまま聞いていたい……そう思った矢先にがフォローに回って彼の怒りを鎮めてしまった。
、迷惑を受けたのは確かだけれど、その言葉の件について俺は怒らないから大丈夫。侮辱だなんて思ってないし」
 そして、男の言葉には反応しなかったが、に顔を向けて反論しかける。
 それが一々癪に触る。
 どうして自分には反応してくれない!?
「でもっ」
「でも、でも何でも。俺は怒ってないから」
 と、再度説得されて下を向いたその表情は、どこか納得していない様子で悔しそうだった。
 そして、に向かって視線を向けていたが、彼の前に立つ男に向けて声を掛けた。
「君は、俺と同類だね」
「同類? お前に同類なんて言われたくないな。それにお前、その糸二本とも生きてるんだろ。一本はどこまで延びてるか分からないけど、もう一本はそっちの男に繋がっている恥知らずなせッ?!」
「君は、自分の名前を名乗るべきじゃない。言っておくけど、これ警告だからね」
「先生?」
 男の言葉を無理矢理止めた感のある鋭い声音の物言いに、が疑問を投げかける。
 が、聞こえなかったのか男は真っ直ぐに視線を向けて答えを返した。
「警告? お前に警告なんて言われる筋合いはない」
「あっそう。じゃ名乗ってみたら。どんな結果になっても俺は知らないよ」
 どこか、投げやりな様子でが言うのを、は違和感と共に何かを感じ取った。
 先生は何かを知ってる。
 同類だと言った、そしてアルファ側の立場でさえもあまり関わりたくないと、出来れば穏便に済ましたいのは後々面倒になるからか。
 そして何より、アルファ側で関わりたくないとなれば、それは相手が彼の居場所を脅かす存在ということにならないだろうか。
 そんなモノが、この世界にあるのか?
 そして、『その件については』という意味深な言葉。
 知ってる。確実に先生は、男が何者なのかを知っている。
 でも、どうしてハッキリと言わない。そう疑問に思っていると、男の言葉が耳に入ってきた。
「そんなの知るか。俺はの戦闘機だ。システム展開!」
 周囲が見えなくなった男が、そう宣言すると同時にが肩をすくめて呆れたようにポツリと呟く。
「……あーあ。俺、警告したからね。手塚、聞いたよね」
 と言って後ろの手塚と呼ばれた青年を振り返ったその表情は、どこか投げやりで、そしてこの時初めて手塚と呼ばれた眼鏡の青年が口を開いた。
「あぁ。確かに警告はしたからな」
 静かな声だった。
 そして、初めて手塚と呼ばれた青年が男を射るようにして見たが、すぐに視線を外した後は冷静な視線をに向けていた。
 そんな二人の変化に気付かずに、男が自分の言葉で一人、ヒートアップしていく。
「ウルサイ。っていうか、なんでテメェから二本も出てるんだよ。なんで二人も居るんだよ。信じられない。お前、狂ってる!」
――そこまで言うか?!
 だが、それに関して怒らないと言った先生の手前、は何も言う事が出来ないでいる。
 それ以上に、男が言った言葉の中で衝撃的な単語を耳が拾い上げたから。
――戦闘機。聞き間違いでないのなら、この男は確かにそう言ったな。
「う〜ん、まぁその点に関しても否定しないけど、でも一人で何盛り上がってるの」
 困ったような表情に見合った呆れた声音の先生の言葉を挑発と受け取ったのか、益々ヒートアップしていく耳付きの男。
「お前自覚あるんだろうが。応じろよ」
「あのねぇ。俺これから用事があって忙しいんだけどな」
「うるさい。なんでお前なんかにが懐いてんだよ。名乗れよテメェ。信じられねぇ。戦闘機は二人の主人には仕えない!」
 二度目の、男による発言。
 確定した。
「……今、なんつった」
、どうしたの」
 すかさず男が、の静かな声を聞き取って聞きかえすその様子を、が珍しく真剣な表情で黙って見ていた。
「今、お前何て言った」
「何が」
 嬉しそうな男の顔が、許せない。
「だから、何て言ったって聞いたんだ。それに、俺はお前の名前も知らないんだけどな」
 機会とばかりに、男の名前をが尋ねる。
 ここからは、情報戦だ。
 何故この男が自分のことを『戦闘機』なんて言ったのか。
 それを確かめる必要がある。そして、何故笑顔でそう名乗れるのかも知る必要がある。
 先生は知ってるみたいだけれど、でも止めるくらいだ。教えてくれないだろうな。
 それに、足。もう自分の意志で動かせるみたいだな。
 そう判断したは、男から情報を聞き出すことにした。
「あぁ。紹介がまだだったね。俺はの戦闘機だよ。やっと会えたね嬉しいよ」
――三度目の発言。そして嬉しそうな笑顔、か。
 だがその言葉を聞いたの表情は、警戒感で一杯だった。
「お前、何言ってんの」
「え、何が」
――先生に向けるのは敵意で俺に向けるのは笑顔ね。
 と、は次々と心にメモをしていく。そして、ポイントポイントを抑えていく。
「だから、お前は一体何を言ってるんだってそう聞いたんだけど」
「え、っと。だから、俺はの戦闘機だよって」
 質問した割には、その答えを遮るようにしては再度質問した。
「お前、軍人?」
 突然意味の分からないことを聞いてきたに疑問を思いながら、と名乗った青年が答えた。
「何訳わかんないこと言ってるの。軍人なんて、そんな訳ないじゃん」
 だがに向けていた笑顔が声が、かすかに引きつっている。
 どうやらこの質問は、この男にとって予想外な質問だったようだ。
 ということは。
「じゃ、民間人なんだね」
「なに」
 と名乗った男がしゃがみ込んで下を向いたを覗き込んだが、彼の顔を見た瞬間息を呑んだ。
 そこに、表情がなかったから。
「民間人のあなたが、戦闘機を名乗るのかと、そう聞いた」
「う……うん。だって、俺はの……」
「……んだ、それ」
「え、っと……何。何か、俺悪いこと言った?」
 と名乗った耳付きの男が心底理解できないといった混乱した様子でに問い掛ける。
 突然のことだから受け入れてもらえないとは思っていた。だけど何か、様子が変だ。
「ふざけんな」
、お前一体……」
「なんで名乗れるんだ」
 まるで独り言のように、呟くの視線は自分より下のところにあるの顔を見ておらず地面を見ていた。
「え」
「なんで、自分が自分で戦闘機だって名乗れるのかな」
 に対して呟いた言葉ではなかった。しかしの顔を見上げてが言い含めるように優しく答える。
「な……んでって。『そう』だからだよ。俺はの……」
 だがそれはにとって不正解極まりない行為だったらしく、とても不愉快な表情を彼に示した。
「なんで人が……あんな物を名乗れるんだ」
 少しずつ視点が地面からも自分の顔からも合わなくなっていき、思考の淵に沈んでいくは止めることが出来ない。
「おい、どうしたんだよ」
 そしてその様子を見ていた手塚が、静かに動いた。
先生」
 しかし、動いたといってもただ先生の名前を呼んだだけなのだが、それだけでもには十分な『命令』だった。
「うん。だから警告したのにな」
 少し離れたところで対峙している二人のそんな会話が、の耳に届いた。
「お前等、一体何をした」
 余裕の表情を浮かべてやり取りすると手塚を、腰を上げて振り返ったが警戒した表情で思い切り睨みつける。
 だがそんな彼の睨みなど、は何とも思っていないのだろう。
 というより、彼は本当にそれ以上の厳しい世界で生きているから。
 学校にいるときは全く、微塵も出すことのないその空気が、今は少しだけその闇から漏れているのが、後ろにいても分かるから。


「何もしてない。ただ君が、勝手に君の禁句に触れただけ」
 と他人事のように答えると、彼は肩を竦めて『どうしようもないね』といった表情でに返した。



「うるさい」
 静かにが言葉を発したその口調に、以外の人間が僅かに警戒の色を見せた。
さんって言いましたっけ。俺の趣味って知ってますか」
――">が、敬語?
――あーあ。こりゃブチ切れモード一歩手前かな。
 思ったのは二人同時。
の趣味って、写真じゃないの」
 資料にはそう書いてあったから、は素直にそう答えた。
「そうですよ。で、その被写体が何か知ってますか?」
 顔は笑っているが、その目は笑っていなかった。
 完全にと名乗った人間に対して、明らかに冷酷な拒絶の色を含んだ視線を向けている。
 だがそこまでは気付かないは、やはり嬉しそうにに情報を吐き出した。
「さぁ。そこまでは、知らない」
 と。
 資料にはただ写真とだけあって、あと無線というのがあっただけで、詳しくは書いていなかったから。
 だから、てっきり人とか風景の写真を撮っているものとばかり思っていたのに。
「ふ〜ん。知らないんですね。じゃぁ言いますけど。俺ね、戦闘機写真を撮る軍オタで、ぶっちゃけ空を飛ぶ戦闘機が大好きなんですよ。だから、あなた自身が戦闘機だって言われても、俺にとっては『ハァ?』っていう話なんですよ」
 そう言ってにっこり笑って、から離れた。
 その後ろから、が負け惜しみとばかりにに言葉を投げる。
「そんなこと言うなら、そっちの先生も同じだ」
 と。
「なに」
 ピタリと止まってを振り返る。
「そっちの先生も俺と同じだって言ったんだ。そいつは、サクリファイスを二人持つ恥知らずな戦闘機みたいだけどな」
「どういうこと」
 と疑問を浮かべた表情をに向け、次に彼が顔を向けたのはだった。
「あ、それは違うよ。俺、自分から名乗ったことないし」
「どういう意味ですか」
 意味をに求め、求められたはこれで何度目かになる肩をすくめながら彼に答えを告げた。
「さぁね。そう呼ばれる人或いは集団が居るのは確か。で、そういう人をそういう風に呼んでる集団がいるって話。でも世界的に前者はSSとかSFなどと呼ばれてるわけで。で、日本では何故かその前者を『戦闘機』って言うらしい。俺も驚いたんだけどねー」
「で、先生はそう呼ばれる人?」
 訳がわからなくても、とりあえずは聞いた。
「みたいだね」
「先生それを受け入れるわけ?」
「一応ね」
「なんで……」
 不満そうに、が聞く。
「彼らが俺をどう呼ぼうが、俺には否定する権限がないから」
 それを聞いてが何を考えているのか分かった気がした。
 だから質問を変えた。恐らく、着地点がどこか、この先生なら見極めてくれる。そう信じて。
「人間を、人そのものを戦闘機って呼ぶの」
 この言葉で、は彼が何処を問題にしているのか大体理解できた。
「らしいよ」
「なんで」
「知らない。って言うか、おおよその見当は付くけど、何故そう呼ぶようになったかは誰も知らないんじゃないかな」
「えー、見当ついてるでしょ。スペルファイターって。Fって言えば、戦闘機の頭文字でしょうが。大体、NATOはソ連に対してひっどい名前付けまくってたし!」
「……先生。もしかして話がずれましたか」
 と、いきなり声を荒げ冗談めかして話を続けるの様子に情況を確認したかったのか、手塚が、に尋ねた。
「ずれたね。っていうか、彼ソ連製戦闘機が好きだから」
 と、こちらも答えとして十分ではない答えを返す。
――それ、答えになってない気がします。、もしかして楽しんでるのか?
 そうは思ったが、手塚は何も反論しなかった。恐らく、今は論の着地点を探しているのだろう。そう思って、が振った話題に手塚は乗った。
「ソ連……ロシア製ですか」
「そ」
「一体、何の話だ」
 一人理解が出来ていないがそんな二人の会話に割り込んできたが、はそんなに対して一瞥した後、の特性を簡単に説明した。
「彼ね、感覚が混じりやすいんだ。だからポンポン話が飛ぶの」
「なんだそれ」
「そういう子なの。で、今はまとめてるみたいだから、覚悟したほうが良いよ君」
「まとめてる? 覚悟?」
「そ。戻って来た時が凄いから。彼」
 そんな
二人のやりとりなどまるで聞いていないの視点が少しずつを見定め始める。
 それを見て手塚は、どうやらまとまったようだと、判断をつけた。
「いっつもそうですよ。西側は東側に酷い名前付けまくってさ。なんだよMiG-25のことをフォックスバット鞭打ち係りって呼んでさ、鞭打ち係りですよ鞭打ち係り。一体誰がそんなヒドイ名前つけるんだって話ですよ。大体第一次世界大戦まで、日本には戦闘機なんて言葉は無かったし」
 前後の話が全く繋がらない、なんの脈絡もなくいきなり戻ってきた話にが驚く。
 さぁ、反撃だ。
「昔は、戦闘機って書いて『せんとき』って読んだ。そんでもって、その呼び名は軍歌になって残っている」
 そこでが「旧日本軍の歌だね」と相槌を入れると「さすが、知ってますね」とニヤリと笑ってが話を続ける。
「それに2001年現在で、戦闘機が出来て100年経ってない訳です。それまでにも飛行機・航空機はあったけれど、飛行機同士の格闘を専門に行う『戦闘機』が実用化されたのが1914年で、これまでの人類史上で一番最初に航空機専門の独立空軍を作ったのは第一次世界大戦開戦前のドイツ軍。それに普通の人は人間を戦闘機なんて呼ぶのはまず有り得ないから」
 そこで言葉を切ったは、の前に立つとグイと彼に顔を近づけて
「ソレ、誰かの誤訳なんじゃないですか」
 と言った。
「誤訳?」
 話が早い。付いていけない。
 というより、なんだこのの詳しさは。
 そっちの方に驚いて、笑顔でが話す内容に対して完全に置いてきぼりを食らっていたは、呆然とした様子で再び自分から遠ざかり、そしてそのままふらふらと歩きながら言葉を続けるから目を離せないでいる。
「通常人は人を機械呼ばわりしないでしょ。だから、先生がさっき言った英語の本か何かに、そういう人たちのことをスペルファイターって書かれていたものを、誰かが誤訳した。最初の訳は『言語闘争者』だったのかもしれませんが、時代と共に言語が取れて闘争者になって、それで元々のファイターっていう言葉から誰かが戦闘機と呼んだか、勘違いしたか。それくらいだと思いますけどね、俺は」
 と、『俺は』のところで首をかしげ、そのまま視線を黒碧の空に向けて更に募る。
「もちろん仮定の上に仮定を重ねてしかも性善説に基づいた、ただの戯言なんですがね。ちなみに、戦闘機の頭文字はさっきも言ったとおりファイターの『F』ですが、昔は『F』ではなく『P』が多く使われていたんですよ。アメリカの戦闘機、ノースアメリカンが作ったマスタングのことを、P−51って呼ぶのがそのいい例でしょう。とは言え、1926年に飛んだF2Bがあるから何ともいえないんですがね」
 と、空中から戻ってきたの視線が再びを視界に捉えた。
そんな彼の様子に、は驚きの表情を隠せないでいる。
――が言った『スペルファイター』という言葉と自分の言った『戦闘機』という言葉からこうも短時間で仮説を立てられるものなのか?
「しかし当然のこと善があるならその反対の悪意も考えられるわけです。人を機械として扱うっていうことを目的とした集団が、わざとそういう風な呼称を使うことでそんな人たちに定着させていったとも考えられるわけです。ま、これは一種の洗脳と言えば洗脳なのかもしれないですが。それ以外無いと教え込むことによって、それ以外の呼称を認めなくなる集団が出来上がるという訳ですね。現にこうしてさんは俺の仮定の仮説を聞いて驚いてるでしょう。それは、別の名前の同じものがあることを知らないことを意味していませんか。第一、その名前の意味を知っていたらその名称をこうも簡単に軽く名乗れるとは到底思えないんですよね」
「どういう……こと」
 聞くなと、どこかで警告の声がした。
 が、木庭の口は動いていた。
「だって、戦闘機の歴史と共にあるのは戦争の歴史ですから。それに乗って沢山の人が亡くなっています。それと同時に、沢山の民間人もです。さんはそれ等について、何か知ってて名乗っているのですか?」
「ッ!!?」
 そしてその表情は、さっきの笑っていた表情とは全くの、真剣な表情だった。
「もしかして、何も知らないのですか?」
 は、答えられない自分を見るの視線が徐々に敵意に変わっていくのを、ハッキリと感じ取った。
 不信感を宿した視線を自分に向けるに、は何も答えることができなかった。
 そして、その無言こそが肯定を意味するのだということに、は最後まで気付けなかった。
「軍オタから見るとソレ、かなり滑稽ですよ。っていうか、ハッキリ言って『馬鹿じゃね』っていうレベルの話ですね」
「ば……馬鹿って……」
 顔を真っ赤にしてが言う。が、は反論を許さない。
「だってそうでしょ。自分が名乗ってるものが何を意味するのかすら知らないんじゃ、話にならないじゃ無いですか。そして、知れば知るほど名乗れなくなっていきせんか。今現在でも、戦闘機で死んでいく人が地球上のどこかにいるわけですから」
 決定的な言葉を、が吐いた。
「!?」
「それにしても、少なくとも俺の前で自分は『戦闘機です』なんて名乗るなら、自分が名乗ってる言葉の意味くらいちゃんと把握したらどうですっていう話です。で、俺はあなたの何ですか」
「……」
 の口から矢継ぎ早に放たれる言葉に、は答えることができない。
 驚いた表情のまま、言葉の爆撃を食らわしてくるをただ黙って見ているしかできないでいた。
「これくらいちゃんと付いてきてくださいよ。ねぇ、あなたは俺には笑顔を向けて、先生には敵意を剥き出しにしていましたね。そんな見ず知らずの人に笑顔を向けられるほど俺の世界は広くはありません。ですからあなたに尋ねるしか疑問は解決できません。俺は、あなたの何ですか?」
 相手が理解しているかを考えなくなった、ということは相当キレテルな。
 がそんなを見て、少しばかりその表情に警戒の色を強めた。
「今夜の予定、あなた一人のために全部潰れたんですから、それくらい答えられますよね。って言うより、答えてもらいますよ。ねぇ、一体俺はあなたの何なんですか」
 顔は笑ってるのに目が笑ってない。
 そして、その表情をに向けたまま口調がどんどん敬語になっていくから更に怖い。
「……は……俺の……」
「はい? 何ですか。どうぞ仰ってください」
「俺の……サ……サクリファイス……です」
「へぇ。で、先生にも居るの? なんだかこの方、先生に対して大変失礼なこと仰ってたけど」
 どうやら、自制はしているようだ。
 と、警戒を解いたが少し安心したようにの質問に答えた。
「あぁ、二人居るとかっていう話?」
「えぇ。そうです」
「ま、戦闘機とサクリファイスは対っていう話は聞くからね。なんでも彼ら曰く、魂の双子みたいな関係なんだって」
「へぇ。じゃぁ二人いるという先生は、魂の三つ子ですか」
「そんな綺麗なもんじゃないでしょ。大体俺、三人分のキャパ持ってるし」
「?!」
「へぇ。サクリファイスねぇ。で、ソレは一体どんな役目なんです?」
「言葉で闘ったときのダメージの引き受け役」
「ナンデスか、その甘っちょろい戦闘は。仮にも『戦闘機』って名乗ってるんでしょう? ふざけてるんですか?」
「だから、なんで俺に言うの」
「あぁ。さんに聞いた方が手っ取り早いか」
「……」



 はニコリと笑って、残酷なことを大真面目にに聞いた。
「で、人は殺すんですか?」
 と。
アトガキ
巡空桜花
2023/07/07 書式修正
2009/07/02
管理人 芥屋 芥