また眠ってしまった彼を誰がベッドまで運ぶかで三人の無言の格闘が始まった。
 が、その沈黙を破ったのはやはりというか、何と言うかのデンマークだった。
「やっぱこんなところで寝かせるのは駄目だっぺよ。風邪ひ……スー、そんな睨むなって」
 隣に座るスウェーデンが思いっきり手を伸ばしたデンマークを睨んでいて一触即発の空気が漂うその中で、シレっとした表情で動いたのはノルウェーだった。
 彼はまるで二人の睨み合いなど全く気にしていない様子でソッと音もなく立ち上がると、この家の家主の身体を横にしてからソファの端に寄せられていたスウェーデンのコートをその上にソッと掛けた。
 そんな彼の動きを察したスウェーデンがすぐにデンマークとのにらみ合いをやめてノルに協力する。
 一人置いていかれたデンマークが悲しそうな顔をするが、ノルウェーとスウェーデンの二人はそんなことに頓着しないで淡々と作業を進めていった。
Nordic balance?-03
「それにしてもはよく眠るなぁ」
 やはり一人で喋っているのはデンマークこと、デンだ。
 眠っている彼に配慮してか、その声は小さいもののよく喋る。
 全く。ちぃっとばか静かにせい。
 と思いながら睨むものの効果が無い。
 だからと言って今ここで暴れるわけにもいかない。
 自分は彼が深夜遅く帰ってきて、デンマークのあの煩い訪問までの間の二時間ほどしか眠っていないのを知っている。
 だからこれ以上の安眠を妨害するなら……
「?」
 デンがから別の場所に視線を移しているのを見たスウェーデンがその後を追ってそっちに視線を向けると、そこには何やら何かをやっているノルの姿が見えた。
「ノル、何しとっぺ?」
 不思議に思ったデンが聞くが、ノルは答えず何かの動作を続けている。
――ノル?
 思いは視線を通してデンの言葉よりもノルに届き、それに反応したノルが小さく頷いたのが見えた。
 そんな二人の無言のやりとりに、やはり気に食わないといった顔をしたデンだが、次の瞬間目を見開いた。
 ボワン!
 まるで手品か何かの効果音と煙がそこに立ち昇ったかと思うと、煙の中から現れたのはイースと……フィン、だった。
「え、えーっとぉぉ、スー……さん? デンマークさん?」
 私服姿で困った様子で辺りを見回すフィンランドことフィンと、ノルとどこか似通った雰囲気を持つ茶色のスーツを着たアイスランドことイースの落ち着いた感じを見せた対照的な二人が追加され、友人のやることにはあまり口を出さないデンに代わって
「ノル、おめ……」
 と、スーがノルに聞いた。
「ん」
 会話はそれだけだったが、通じるものがあったのだろう。
 スーが
「そが」
 と言ったきり無言になってしまったけれど。
 その影で
――そんな、急に呼び出されても困るんですけどぉぉぉ
 と困った様子でしかし言葉に出せないフィンの心の叫びは、皆に完全に無視されたが。




「ところで、この人は?」
 ソファの上で眠る、見慣れた青いコートを掛けられた東洋系のような、それでいて体つきや何やらは西洋系のような不思議な人物を覗き込んでフィンが聞いた。
 答えたのはデンで、何故か得意げだったのにはこの際目を瞑ろうが。
「あぁ、な。なんでもスーが最近ずっとお世話になってる人だっぺ」
 ただし、対抗心丸だしなのは許すつもりはねが。
 そう言えば最近ずっとスーさんを見なかったなぁとボンヤリと考えていたのだけれども、まさかこんなところに居たなんて。
 しかも人と一緒に暮らしていたなんて想像していなかったフィンはやはりというべきか、なんと言うべきか。
 いつもの態度でスーに聞きかえす。
「え、そうなんですか?!」
「ん"」
 それに肯定してずり落ちそうになっている彼のコートに手を伸ばすと同時に触れた……デンの手。
「おめ……」
「んだコラ」
 にらみ合う二人とオロオロするフィンの三人を見ながら、そこから一歩も二歩も離れたところに立つノルとイース二人の静かな声なき会話が展開されている。
――ねぇ
――ん?
――あの二人、あの人が眠ってること忘れてるよね。
――少なくとも、スーは忘れてね。
――止めないの?
――……が起きそうなら、止める。
――下の名前で呼んでるのは、デンやスヴィーに対抗してるの?
 最後のイースの問いかけにノルは何も答えなかった。
 答えたくなかったのかもしれない。
 あんこが気に入ってるのが気に食わない。
 あんこが気に入ってるなら、そして地味に苛めるためには彼から奪ってやれば流石のあんこでも気付くだろうか。



 そしてその間も、ソファを挟んで二人のにらみ合いが続いている。
 その間でやはりというか、フィンが損な役回りで二人を止めようとしているが生憎彼じゃ止められない。
 いい加減気配が煩くなりそうになったとき、そのソファで眠る人がゴソゴソと動いて体の向きを変えた。
 それだけでイサカイが止まるのだから『家主』というのは恐ろしい。
 いがみ合っているデンとスーは当然その気配を鎮め、フィンはオロオロとした様子からホッと安堵のため息を吐いた。
 ノルウェーさんもイース君も見てないで助けてよォォォ!
 といったフィンの心の叫びは、またもや無視される形になったけれど。
「……ん」
 この中で、彼がデンに起こされるまでに二時間弱しか眠っていないことを知っているのはスーだけだ。
 だからなのか、彼は伸ばした手をそのままテーブルに向けると、音をなるべく立てないようにして食器を片付け始めた。
 デンとソファを挟んでいがみ合いをしての安眠を妨害するよりは、彼が出した食器を片付ける方が建設的だと判断したようだった。
 ま、ここはデンに譲るべ。
 だから諦めて食器を持って台所に向かうそんなスーの様子を見たフィンが、すぐに手伝いを申し出る。
「あ、僕も手伝います」
 と。
 そして自分から引いたスーにポカンとしながらも、デンは譲ってくれたスーとその後を追いかけるフィンを見て、思う。
 あん二人、やっぱ『夫婦』だっぺねぇ。
 と。
 出て行ったときもそうだった。
 なんでフィンが出て行ったのか、あの時は分からなかったけれど、今ならなんとなく分かる。
 というか、振り返っても仕方の無いことだけれども。
 それでも、今でもこうやって仲がいいのを見せつけられると、少し『デンマーク』としては寂しいものがあるのは確かだ。
――あの時、フィンの位置は自分にとって一番の手薄だったんだべよ。
 イギリスやヨーロッパ南部にばかり目を向けて、本来の支配地を疎かにしまくっていたんだべな。
 だからスーには独立されるは、フィンには逃げられるは、その後国力が少し衰えを見せた瞬間、独立し強くなったスーにフルボッコにされるはノルには……
 あーあ。本当、11世紀辺りが一番……だが、振り返ってばかりもいられないっぺよ。
 色々ありながらも、そうだ。スーだって俺に喧嘩を吹っ掛けてきたことだって何度もある。
 ただ、スーにはまだあの時の傷は残ってるんだろうか。
 フと気になった。
 そんな何かと因縁のある、台所に立つスーとフィンの二人を見るともなしに意識しながら、デンはスウェーデンの青いコートをに掛けてやる。
 しっかし、もしかしての奴ロクに寝てなかったんじゃ……
 この時、やっと気付いた可能性を考えながらデンが彼を見下ろしたときだ。
 ッ?!
 思わず体が震えるかと思った。
 ! おめぇ、その目!?
 思わず絶句した。
 その目は、北欧でも滅多に見ないアイスグリーンの瞳。
 恐らくスーよりも薄いんじゃないか? そう思えるほどの色。
 それに驚いていると、しばらくソファでボーっとしていた彼が自分の現状をまだ眠気から冷めないのだろう頭でゆっくりと確認して、一度目蓋を閉じて何やらゴロゴロ眼球を動かし始める。
 コンタクト?
 恐らくズレたコンタクトを直しているんだろうとデンは思った。
 しっかし、驚いたっぺよ。
 いや、確かに俺っちの目も緑だけど、の目、全然薄さが違うっぺよ。
 こんなに間近で薄い緑色の目を見たのは久しぶりだったから思わず動揺してしまったせいか、後ろにノルウェーが立っていたことに彼は気付かなかった。
 やがてコンタクトが嵌ったのか、目を開けたの目は黒になっていてこれまた驚いた。
 カラーコンタクト?!
 なんでだっぺ?!
 何故隠す必要があるのかデンマークには判らないまま、はゆっくりと上半身だけを起こし、周囲を寝ぼけ眼でざっと見ると初対面であろう台所に立つフィンとノルの二歩ほど後ろに立っていて状況を冷静に見ているイースを交互に見やって誰ともなしに聞いた。
「あの、どなたですか」
 と。





 次起きると、どういう訳か二人増えていました。
「あ、起きた」
 先に小さく抑揚の無い声で呟いたのはイースだった。
 その声は隣に立つノルにしか聞こえなかったが、やはり自分と同じ不思議なものを感じ取れる何かが彼にはあるのだろうか。
 こういうことを事前に察することがあって、ノルウェーはなんだかくすぐったい気持ちになる。
 が、表情は変わらないのでそんな彼の内心を察することができるのは誰も居ないのだけれども。
 そしてソファでの顔を覗き込んでいるデンマークが何故か驚いた表情をしたまま固まったことに目を見張った。
 あんこが、驚いてる? 何かあるのか?
 不思議に思いつつも、やはり無表情は変わらない自分だが気になることは気になるもので。
 それを確認しようとソッと彼、に近づいた時あんこが驚いた理由がわかった。
 目、だ。
 北欧でも滅多に見ないアイスグリーンの色。
 周りの色が反射して、その度に色を変える不思議な緑薄の色。
 だが、次に彼が目を開けた時の目の色は黒で、ノルウェーは思った。
 なして隠す?
 と。
 しかしその表情は、例え内心でムッとしていても表面的には何も変わらない。
 それに、目の色でその色を持っているということはの髪の色……まさか。
 無表情ながらもそこまで考えて、ノルウェーは口を開いた。
「俺が呼んだ。こっちの小いこいのがアイスランド、向こうにスーと並んで立ってるのがフィンランド。二人共、俺達と同じ『国』だ」
 と。
「……はぁ」
 紹介されたはいいが、は困った様子になって周囲を見渡す。
 北欧の代表五ヶ国がここに勢ぞろいしたというわけだ。
 一体なんだってこうなった。
 しかも二人、いや二ヶ国は自分が寝ている間にノルウェーさんが呼んだときた。
 一体何のために? 何故? そもそも一体なんでこうなった。
 さまざまな疑問が一瞬で頭をよぎって困った様子のだったが、直ぐに立ち直ってすぐ近くにいるデンマークに聞いた。
「あの、俺何時間くらい眠ってました?」
 と。
アトガキ
北欧で地味に最強なのがノルだと思ってます
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2010/02/20 初稿
管理人 芥屋 芥