ある土曜日の朝のことだった。
ドンドンドンッと鳴る何か煩いくらいの音で目を覚ましたは、ボーっとした頭で時計を見ると針は五時を指していてそのままカーテンの方を見るとその隙間から覗く空が僅かに明るいのが見えた。
そんな朝早くからドアを叩く耳障りな音に、不機嫌な思いがそのままその叩いている相手に対して浮かぶ。
――騒がしい奴だなぁ。誰だこんな時間に
無理矢理起こされた体が僅かに軋むのを感じながらベッドから起き、ボサボサな頭を掻きながらそのままの格好のまま玄関に向かっているとそれは唐突にピタリと止まった。
――ん……なんで急に静かに?
と疑問を思っていると、後ろに誰かが居る気配を感じては少し苦笑いした。
はっきりとした気配を発してそこに居るのは、数日前からこの家に居候している彼自身が国だという可笑しな現象……未だに信じられないことだがのこれまでの常識を覆すような存在であるスウェーデンさんの気配があった。
恐らくこの音に起きてきたのだろう。
というか、あれだけの音だ。誰でも起きる。それにしても、随分煩い輩なようだが。
と、ドアの向こうの誰かを確認しようとしてドアノブに手をかけると、後ろから肩に延びてきた制止をこめた手にの体が自然と止まる。
「スーさん?」
「……ん」
どうやら自分が開けるという意思表示らしい。そしてその表情はとても不機嫌だった。
――あぁ。起こされて不機嫌なのはあなたも同じでしたか。
そう思ったのには訳がある。
スウェーデンさんは普段から喜怒哀楽の感情をほとんど表に出さない分、僅かな表情や周りの空気と雰囲気の変化で目一杯語ってくるから最初こそ掴みづらいところがあったけれど、慣れれば案外簡単に読み取れるようになったから。
そしてそれは、何となく当たっているんだろうなという自信がある。
一息小さく息を吐いて、は彼に場所を譲るとその手に握られたソレを見て驚いた。
――って、右手に何持ってんだアンタ。ま、こんな朝から煩い輩にはそれ相応の対応が必要ですからね
と、一瞬青ざめたものの直ぐにどこか納得したような言葉が未だボーっとしている脳で流れ、声に出すと頭に響くしなぁと何やら変な日本語でボンヤリ考えていると、スーさんがガチャリとドアノブを回し明らかに警戒している様子でソッとドアを開けた。
恐らく、この人の武器なんだろうなぁと思われる鋼鉄製の細長い棒をその小さく開いたドアの隙間から少し差し込んだその向こうから男のうめき声らしきものが聞こえてきて、驚いたが慌ててスウェーデンを押し退け思いっきりドアを押し開けた。
Nordic balance?
「ノ……ノル。く、苦しいっぺ」
「あんこ、今ごっちは何時だと思っどる」
ドアを開けた先に居たのは、この時期には暑いんだろうなぁと思われるコートを着た金髪の青年の体が、信じられないことに多分何かに首を掴まれて持ち上げられている状態なんだろうなと分かるほどに背が伸ばされ苦しそうで、そのまま足が地面を離れそうだ。
そしてそんな彼に相対しているのが、濃い紫多分紫紺のセーラーを着て腕組みをした格好で立っているこれまた金髪の青年だった。
そんな玄関の向こうで展開されていた光景に固まっているのはだけではなかった。
えっと、これ、一体どんな状況?
「???」
驚いて声が出せないの頭の上から数個ほど『?』マークが飛び出している。そんな彼の少し高い後ろから聞こえた言葉に一瞬視線がそっちに向き、は彼の視線が何か見えないモノで持ち上げられている青年を真っ直ぐ見ていることに気がついた。
「……デン」
珍しい。スーさんが話した。
それにしては、警戒しているのか何なのか少し表情が硬いよう……な?
そう思ったのもつかの間、玄関先にいる四人の中でさっきまでヒドイ扱いを受けていた人がそんな驚いている二人をお構いなしに現実に引き戻す。
「ここにスー居るって聞いたっぺ。お、居たな」
ひょうきん者なのか、それとも単なるお調子者かの判断はまだ付けられそうにないがかなり空気の読めないお方のようで、さっきの苦しそうな表情は何処へやら。
彼はそのままにの後ろに立っているスウェーデンに向かってスーさん曰く、『デン』さんが歩み寄る。
と同時に、が彼に名前を聞いた。
「あ、あの……あなたは」
スーさんのことを『スー』と呼ぶということは彼の知り合いなのだろうかと、未だボーっとしている頭で考えながら一つの結論にたどり着く。
だとしたら……まさか……!?
の予想を見事に裏切らないで、青年がニカリと笑ってに向けて挨拶してきた。
「あぁ俺か。俺ん名はデンマークだっぺ。よろしく」
ブンッと空気の音が鳴ったんじゃないかって言うほどの勢いで手がの目の前に差し出される。そのあまりの勢いに面食らったものの、握手を求めているのだろうと思ったは軽く手を差し出した。
「あ、よろしくですって。ぇぇぇえ!?」
握り返し自分の名前を名乗ろうとした瞬間、グイッと思い切り引っ張られてデンマークと名乗った青年の方へと体が傾き、引っ張られたと思ったらガシッと両脇を固められた。
「いやぁ、いい匂いだっぺ。なぁスー?」
え、え、えぇぇぇぇぇ!!!?
混乱しているの体を長い腕でしっかり抱いて、背中に回した手をそのまま髪に手をかけ少し引っ張って匂いをかいでいる。
まさか、こんなことをされるとは流石に予想外だったとしてはただ固まるしかない。
「……ッ?!」
「あんこ?」
スーさんの驚く表情と雰囲気で怒りを表現し、抑揚のない誰かが驚く声に確かあのセーラー姿の人ノルさんとか言ってたっけ。などと、どこかまとまらない考えがの頭をよぎり、その名前に何故か嫌な予感がしたが背中を擦ってくる腕に焦って離れようともがいている。
が、感覚が完全な状態ではない今の状況じゃなんともならない。
それにこの体格差。
相手のデンマークと名乗った人は、スウェーデンと同じく190はあるだろうか。
そんな相手にハグをされた状態がしばらく続き、今やカチコチに固まってしまったは後ろで誰かの怒りの気配を感じたと同時にデンマークと名乗った彼がパッと腕を離してくれたと同時に周囲の空気が一瞬で不穏なものへと変わる。
「あぁ゛? なんだスー。やるっぺ?」
「……ん」
「んだとゴラ」
さっきまでの笑った顔はどこへやら。スーさんに突っ掛かっているその表情は、いわゆるヴァイキング顔そのものだった。
一体何が何だか訳がわからないと、15センチ程上空で繰り広げられるにらみ合いに半ば呆然としていると左腕を誰かに引っ張られた。
「おめはごっち」
そう言って腕を服の上から掴んでいるのは、紫紺のセーラーを着た多分予想が合っているならば彼は。
そして、その予想を見抜いていたかのようにを玄関先からその前にあるエントランスを挟んでエレベーターの前に引っ張ってきた青年が静かに言葉を発した。
「おめの予想通りだ。俺はノルウェー」
やはりそうだったか。
ということは、北欧の代表格である五ヶ国のうち三ヶ国がここに集まったというわけですね。
と、彼の名前を聞いて納得すると同時に今この状況、どうしてデンマークさんとスーさんがいきなり睨みあってるのかが問題で。
の本音としては、まだ寝かせくれという思いがあったりする。
――まさかこんな朝早く文字通り叩き起こされるとは思わなかったから昨日はいつも通りに遅い時間に帰ってきてて凄く眠いんですけど。
と、未だ脳が睡眠を必要としていると訴えている所為か、の機嫌はかなり悪い。
「あの、ノルウェーさん。一体なんであの二人にらみ合ってんです?」
ドアを背にして睨むスウェーデンと対峙するデンマークの二人。
それにしても、向こうの欧州圏内の人にとってハグなんて珍しいものじゃないはずなのに。
にらみ合う理由がない。
そう思っているは、確かにデンマークの行為に驚きはしたももの不思議には思っていない。だからこそ、いきなり始まった喧嘩、いや、顔を合わせて始まった喧嘩に理由が見えない。
理由も無いまま喧嘩って始めるものか?
それともそれがヴァイキング風な何かなのか?
やばい。考えが纏まらない。
ノンレム睡眠真っ只中に叩き起こされて、脳が眠っている状態のフラフラな様子のに不安を感じつつもノルウェーが答えた。
「あぁ。あん二人はいつもあぁだべ。と言っても、いっつもあんこがスーに突っ掛かって……ん?」
抑揚の無い声で理由を説明している間に、今にも一触即発な二人に覚束ない足取りでフラフラと頭を揺らしながら近づいていくをノルウェーが気付き視線だけで追いかける。
そして、右手を宙に動かすと何かを呼んだ。
その何かに対してノルウェーがこれまでの感情のない表情から真剣な表情へと変わり、それに命令する。
「止めるべ」
だが、その必要はなかった。
にらみ合って対峙している二人の内一人が、いきなり後ろのエントランスの方へと吹っ飛んだから。
目の前で一体何が起こっているのか一瞬分からなかったスウェーデンのそれでも変わらない顔と滅多に見ることのできないノルウェーの驚いた表情、そして後ろから引っ張られエントランスに尻餅を付いたまま自分の身に何が起こったのか分からない呆然とした様子のまま座り込んでいるデンマークと言う三人の中にあって、一瞬早く冷静に戻ったノルウェーが後ろに立つ彼に指示を出した。
「あん人を」



なんか、よく……分からない、けど、止めないと。それに、眠いんだ!
そう思ったのを最後に、の記憶は途切れた。
その時何か言ったような気がしたが、記憶にはない。
「ひとのいえれあばれるらぁ〜……」
が呂律の回らない舌で叫びながらドサリとその場に倒れ込むのを、我に返ったスウェーデンが腕を伸ばして助けようとしたのを見て、玄関の方へと移動していたノルウェーが彼を呼び止めた。
「スー、大丈夫だべ」
ドサリッ!
の体はデンマークを吹っ飛ばした所為かそのまま倒れ込むには勢いがあって危なかったが、しかしその勢いのまま床に倒れ込むことはなく、何かに受け止めらえているような格好のまま宙に浮いている。
それを見たスウェーデンが納得した表情で
「ん」
と答え、安堵の雰囲気が彼の周りに流れ出ると同時にそれを察したノルウェーがそのまま玄関を開け、浮いている彼を見えない妖精に運ぶように頼むと先にスウェーデンを中に入れ、その後ろをついて部屋の中へと入っていった。
その時、扉が閉まる際にエントランスに尻餅をついたまま未だ呆然としているデンマークに対して表情を変えることなく
「あんこださい」
と言うのは忘れなかったけれど。



「……」
「……」
無言が室内を覆う。
勝手知ったるなんとやらで二人はリビングに入り、ノルウェーが部屋を一瞥して部屋の中心にあるソファを認めるとそこに下ろすに指示を出した。
ドサリ
ゆっくりと下ろされるを見やって、二人はそれぞれの場所に移動する。とは言ってもここは、今眠っている彼の家だ。
立っているノルウェーにスウェーデンが座るように視線で示すと、その雰囲気を察してノルがソッと音もなくソファに座った。
雰囲気や僅かな表情の差で自分の言いたいことが伝わる数少ない友人……か。
もっども、ノルの方は俺のごと友人と思っどるかどうか。
「スーは悪くね」
「ノル?」
まるで、スウェーデンの心を読んだかのような絶妙なタイミングでノルウェーがポツリと呟く。
「悪いのはあんこだ。まざかこんだけ迷惑かけるとは」
そうは言うが、分かっているのだろう。
その表情は、反省の色が見えていて少し硬い。
ノルがごげな顔するどぎは、後悔しどる証拠だど。
「連れでぐるおめぇもな」
その声に、責める色はなかった。ただ、事実を言っただけの言葉。
だからノルウェーもまた、淡々と理由を述べる。
「おめが居なくなって、あんこは更にうざくなった。だから連れて来た」
「……」
僅かだが、スウェーデンの表情と雰囲気が固くなる。
それを察してか、ノルウェーは視線をソファで横になって眠っている彼に向けて話を変えた。
「それにしても、そん人は面白い」
ノルウェーの真意が読めず、スウェーデンが疑問を示す。
「ん?」
「おめと睨みあっとるあんこにあそこまで出来るそん人は、面白い」
デンマークを地味に苛めている事といい、本気でうざがっているノルウェーにとってのあの行動はとても強烈だったようだった。
「そが」
「うん」
気に入ったが。
の言葉はスウェーデンの口からは出なかったが、ノルウェーはしっかりとその空気を感じ取って答えた。








「え……えっと……ノル、ノルく〜ん、ノルーノルー、ノル君開けて」
確かノルは鍵を閉めなかったはずだっぺ。
この扉、鍵開いてるはずだっぺ。
なのにどうしてこんなに硬いんだっぺ!?
ガチャガチャガチャと鍵を回し、ドンドンドンッとさっきみたいに叩いてみても一向に中からノルウェーはおろかスウェーデンすら出てくる気配がない。
「おーい、ノルく〜ん、ノルーノルーあーけーて!!!」
アトガキ
不憫兄貴……で,いいのか?
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2009/06/16 初稿
管理人 芥屋 芥