年の瀬も迫ったある日の晩、深夜まで開いているスーパーで買い物をしようとしてアパートのドアを開けると、そこに見覚えのある一人の男が立っていたから驚いた。
「……あれ、あなた確か」
一拍遅れて目の前に立つ男を見上げて日本語で言うと、目の前の男ははにかんで「あ、やっぱりココでしたね」と言って笑うその声に混じって聞こえてきたのは猫の声だった。
「ミャァ」
聞き覚えのある猫の声に驚いて、男のことはそっちのけで思わずその名を呼んでしまった。
「ミー?!」
自分以外には、拾ってきた当初から考えると随分懐いたと思うけど、それでもまだ初対面の人間には絶対に懐かないと思われる気高き子猫がその男が着るオリーブ色のジャケットのポケットから顔を出してきたからはとても驚いた。
「この子、ミーというのデスね。この子がツイテコイって言うものデスから付いてきちゃいました」
と笑顔で言いながら、その頭に手を乗せて撫でるとミーが気持ちよさそうにするその様子が信じられない。
しかもツイテコイって、言った……のはきっとこの人の思い込みだろうが、それにしても出会ってすぐの人間のポケットに簡単に入るなよ、お前。
そう思いつつ
「あ、預かっていいですか?」
と、自分の友人には未だに懐かない子猫に手を伸ばすと、ミーがポケットから体を出して手に乗ってきたから玄関のドアを開けて部屋に入れてやる。
トトトと、足音を立てずに部屋に入る子猫を見やって、は膝を曲げた状態のまま再度彼を見上げて
「ところでギリシャさん。俺、今から買出しであ、いや。初詣で居ないんですけど」
と言うと、彼の表情がキョトンとして「ハツモウデ?」と不思議そうに言ってきた。
どうやら意味が理解できなかったらしく、は少し説明する。
「はい。近くの神社にお参りに行こうと思ってて……」
そこまで言うと、理解したのだろうか。ギリシャが理解の色を示した。
「それ、一緒に行っていいですか?」
そしてその声はとても楽しそうだった。
cats&camera
本当は正月用品の買出しのために家を出ようとしたところだったけど、たまにはこういうのもアリかと思ったから。
それにいつもは騒がしいくらいに押し寄せる友人も、流石にこの時ばかりはホトンド実家に帰っていて居ないからちょっとゆっくり……まぁ、帰ったら帰ったでアレなんだろうけど。
と自分が抱える事情に少しだけゲンナリすると、は気持ちを切り換えるように別のことを考えた。
それに今は一日からコンビニも開いてるし、いつも通りの……例年通りの代わり映えしない正月っと。
そんな、少し残念に思う気持ちを抑えては、少し遠くで鳴っている除夜の鐘を聞きながら神社までの道のりをコートのポケットに忍ばせたデジカメを右手に、そしてカイロを左のポケットに入れて歩いていく。
新年の夜だけはなんだか特別の様な気がして仕方が無い。
そんな夜の中を男が二人。神社に向かってゆっくりと歩いていく。
「ねぇさん。あの家の前にある奴は見たところ竹っぽいのですが、一体何です?」
不意に問い掛けてきたギリシャに、は一瞬彼が指した『竹っぽいの』が何なのかわからなかった。
「竹っぽい……あぁ、門松ね。あれもまた、正月の縁起物です」
「へぇ。あんなのは初めて見ました」
街灯に照らされた家の前に置いてある門松を物珍しそうに興味津々で見るギリシャさんはなんだか面白くて、スッと静かに数歩離れたは一枚だけと、デジカメのシャッターを切る。
それに気付いたギリシャは、門松を見るのをやめてに近づき
「あ。ソレはだめです。さん」
と言った。
「?」
何がダメなのか。目的語をすっ飛ばした彼の言い方が、の頭の上に『?』マークをいくつか並ばせる。
「だから、それはダメなんです。カメラで人を撮ると魂が吸われ……るから」
自分で言ってて恥ずかしくなったのだろうか。ギリシャの声が段々と小さくなって、おまけに顔は少しだけ、寒さの所為じゃないだろう赤みが増している。
「……ギリシャさんって」
そう言ったきりの声は消え、代わりに聞こえてきたのは少しの笑い声。
「笑いましたねさん」
そんなの様子に、少し頬を膨らませて拗ねるギリシャに益々声を抑えたの笑いは深まっていく。
「だって……今時そんなの……って、除夜の鐘鳴り終えてって、あ。新年……」
さっきから響いていた除夜の鐘はすっかり鳴り終えていて、慌てて携帯を見ると時刻は既に0時を過ぎている。
は慌てて笑いを引っ込めると、
「あ、明けましておめでとうございます。ギリシャさん」
と、首をコクリと動かして挨拶すると彼は
「はい。ハッピーニューイヤーですさん。それと、今年はお互い笑って始まってしまいました」
と、言うとお互いにまた、静かにそして深く笑う。
一頻り笑い終えた後に
「じゃ、神社で年越しそばでも食べましょうか」
と、先に提案したのはだった。
「トシコシソバ……それも正月の縁起物ですか?」
「えぇ。店が出ているはずですから。行きましょう」
神社に行けば、参拝客に振舞われる出店が出ているはず。そう確信して、は神社への道を急いだ。
 
 
 
 
 
 
 
のほほんとした日本の家も好きだけど、でも今は少しだけ違う目的でここにいるかな。
それを言うと、日本が
「じゃぁ、何の目的でここに?」
と問い返してきたから
「う〜ん……猫。後は、カメラ?」
これにはちょっと自信ない。
「猫と……カメラ?」
コタツの中に入って、蜜柑の皮をむいている日本は少し困惑気味にギリシャの言葉を言い直す。
多分意図が読めなかったのだろうか。
不思議そうにしながらも追及してこないのは、多分日本の性格なのだろうけれど。
「う……ん。多分・……」
こちらも少し自信なさげに言うと、コタツのぬくもりでギリシャは眠気に勝てずそのまま眠ってしまう。
「猫とカメラ……もしかして年賀状のアレ……」
思い当たるとすれば、新年が明けて直ぐにやってくる年賀状の中に、今年は一枚変なのが紛れていましたね。
そう思って日本はコタツから立ち上がると、届いていた年賀状の中からその一枚を探し当てる。
「もしかして、これですかね。ギリシャさんの言っているのは」
そこにプトされていた写真を見て日本は笑みを少しだけ浮かべると、届いた年賀状をソッとコタツの天板に置いて蜜柑の皮むきを再開させた。
アトガキ
門松 お蕎麦 年賀状
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2009/01/06 初稿
管理人 芥屋 芥