しばらく、そいつと歩いていると、アパート近くの公園で一人空を見上げていた男に・・・
「ニホン・・・さん」
隣を歩くギリシャと名乗った男がそう呟くと、そのままその公園の方へと入ろうとするのを、は黙って見送った。
どうやら、彼の探していた人が今、見つかったらしいから。
そう思って
「それでは、俺はここ・・・で・・・」
もう、用は終わり。
そう思って、そんな言葉をギリシャと名乗った男・・・フザケタ話だが・・・に言ってそこから去ろうとした。
けれど・・・この手は何?
偲想のさくら
「あの・・・ギリシャ・・・さん?」
掴まれている手を見て、が疑問を投げかける。
だが、ギリシャはマイペースを崩さない。
「アソコ・・・イッポンダケ、サクラ、サイテイマス」
日本という名の、ギリシャの探し人が立っているその視線の先にある木が、夜の薄暗い街灯の灯でも分かるほど、ハッキリと花をつけている。
早咲きのサクラか、それとも寒桜の種類の一種か。
とにかく、一本の木が淡いピンク色の花を咲かせている。
が、としては
「はぁ・・・」
くらいしか、言葉が出ない。
一体このギリシャという男、何がしたい?
見当も付かないが、手も放してくれる気配はなさそうで。
彼に気付かれないように、は小さくため息をつく。
そして、引っ張られるままに、彼の後をついていった。
 
 
 
観光の案内をしていたハズなのに、いつの間にやら彼の姿が消えていて、途方にくれて歩いていたら、この時期に咲くには少々早いような気もするサクラが目に留まって、引き寄せられるようにそのサクラの前に立った。
サクラの寿命は4〜50年と聞く。
このサクラは、あの時には生まれていなかった木だと思うけれど、それでも、この時期に咲くなんて・・・
その時後ろで誰かの気配を感じ振り返ると、そこに立っていたのはさっきまでとは言え、数時間前までだが、自分が探していたオリーブ色のジャケットを着たその人と、そしてその人に手を引っ張られて一歩後ろに立つやはりオリーブの色に近い深緑のコートとジーンズ姿の初めて見る少年・・・青年だろうか、の二人が立っていた。
「あ・・・」
その初めて見る方の彼が発した声で、その視線の先に顔を向けなおすと、その木が、春の強い風に揺れて花びらがはらリはらりと散っていた。
だけど、自分たちが立っている場所では、空気は動いていないように感じるのに・・・
もしかして、風など吹いていないのではないか。
木、そのものが強く・・・動いているのでは?
「なるほどねぇ・・・呼ばれたみたいですね。俺たち」
と、ギリシャの手から手を離しながら、少年とも青年とも取れる子供が、言う。
「よ・・・ばれ・・・た?」
聞いたのは、元々この桜の前に立っていた青年。
「ま、この桜最期の花を、存分に楽しみましょうよ」
との言葉とは裏腹に、身体を方向転換させて、公園から出ようとする。
楽しもうと言ったのは、彼のはずなのに、一体何故?
そのことを問い掛けると、振り返って
「残せるものは、残しておきたいので」
と言って、そのまま公園を出ていき、どこかに去っていった。
 
 
「綺麗ですね」
と呟くこの人が、フラフラと一人でどこかに行くなんて、最初から分かっていたことだし。
今更何故と聞いても、確かな答えは聞けないだろうと考えて、日本はギリシャの言葉に
「えぇ」
と返すと、その桜の下辺りに置かれたベンチに腰を降ろし、再度その桜を見上げてみる。
桜の色は、淡い灰色掛っていて、それが桜色と程よい具合に混じりあっているのが、街灯の灯から、分かる。
だけどさっきの子供は、この桜に対して何ていった?
『最期の花を・・・』
どうして、最期だなんて分かったのだろう。
私ですら、木の花の寿命までは分からないというのに。
それに、その前に彼は『呼ばれた』とも言った。
何故、どうしてそんなことがわかる?
 
 
カーシャ・・・
長い露光の音が響く。
「あー・・・動いた。
 ダメですよ、動いたら。
 光源少ない上に、露光時間長くしてるんですから」
と言いつつ、薄暗い夜の帳の向こうから現れたのは、先ほどの彼。
「と言っても、ほとんど人は写さないので、さっきのは冗談ですけど」
肩をすくめて言いながら、その手には一眼レフを持っていて、早速桜に向けている。
「あの。
 撮っているところ悪いのですが、あなたはさっき妙なこと言いませんでした?」
「何がですか?」
下に向いて伸びていた枝の、先にある一輪の花に向かいレンズを向けていた彼が、その構えを解いて、日本を見る。
「あなたはさっき、呼ばれたって言いましたよね。
 後、この桜は最期だと。
 あれは、どういう意味ですか?」
永くこの国として生きてきて、不思議な体験は幾度もしてきた。
だけど、こうまでハッキリと言い切られたのは、もしかしたら、近年ではあまりない出来事かもしれない。
そして、不思議がる自分とギリシャさんに向けて彼は言った。
「あぁ。
 『なんとなく、引っ張られるようにしてその前に立ったら、そいつが呼んでるんだ』って。
 とある自衛官からの受け売りの言葉です。
 本当かどうかは知りませんけど。
 でも俺。その人の言葉、最近なんとなく分かるようになってるんですよ」
と言って、まるで枝垂れ桜のように下に伸びた先にある桜の花を、一枚、撮った。
カシャ
 
 
 
 
 
 
「ギリシャさん・・・あの、いつかの公園の桜なのですが」
と、会議の合い間の休憩の時に、日本がそう言って話を切り出した。
「はい」
どうやら覚えていたらしい彼は、その話を聞くと、悲しそうな表情になって、言った。
「仕方がないですよね。
 オリーブだって、枯れてしまえば切られてしまいますし・・・
 でもあの時、桜の最期の満開に立ち会えたことは、本当に嬉しかったですよ。
 俺はあの光景を、この先ずっと、忘れませんから」
アトガキ
桜,最期の刻。
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2008/05/15 初稿
管理人 芥屋 芥