「コンニチハ」
いつもの帰り道を歩いていると、後ろからカタコトの日本語で話し掛けられた。
最初は『自分とは違うだろう』と思い無視していたのだが・・・
「アノ・・・コンニチハ・・・!」
後ろを付いて歩いてきたソイツは、彼のコートの裾を掴んで無理矢理止めさせた。
「オイ?!」
不機嫌な表情を隠すことなく振り返ると、そこに立っていたのはどこかで見たような気がする、そんな『ほわわん』とした雰囲気を持った少し自分よりも背の高い外国の男だった。
「・・・?」
少し暖かくなってきた夜空の下、冷たい方の缶珈琲を持ちながらが足を止めて、誰何する。
「あなた・・・誰?」
そう聞くと、男が答えた。
「ワ・・・ワタシハ、ギリシャ・・・デス
 オボエテイマスカ?」
と。
ゆるゆるな何か
「えっと・・・う〜んっと・・・ごめん。覚えていない」
が答えると、明らかに目の前の男が落胆の色を濃くする。
「ア・・・ア・・・ソ・・・ソンナ・・・」
と、ショックが顔に出まくった顔で、泣きそうになりながら言う男には小さく息を吐くと
「まぁ・・・いいや。
 あんたが覚えてるってことは、どっかで会ったんだろう」
と言うと
「で、何の用?」
と男の用件を聞きに入った。
 
 
 
 
 
 
「ふーん。
 この国にも、『日本』って人が居て、んでもって、ハグレタって訳・・・か」
話を聞いたが、男に対してそう結論付けて言う。
「ハイ。
 ハグレマシタ」
ゆっくり歩きながら、男が答える。
結局家に向かうことにして、その道すがら、は男の話を聞いている。
「なんでまた、あんたはこんな国に来たんだ?」
疑問に思ったが、『ギリシャ』と名乗った男に聞いた。
「キタ・・・リユウハ、トクニハアリマセン。
 タダ・・・コノクニノサクラヲ、イチド、ミタカッタノデス」
カタコトの日本語で、ゆっくりと男が話す。
桜・・・か。
でも・・・
「桜なぁ・・・
 悪いけど、今の時期は少し早くて、咲いてるのは梅くらいだぞ?」
と言った。
こんな、冬と春の間に咲いている花は、地面に咲く花か、梅か。
運がよければ、咲き遅れた椿が見れる。
そのことを言うと、
「ハヤスギ・・・マシタか・・・」
と、少し困ったようにハニカミながら笑う男が、残念そうに言った。
「・・・写真なら、ありますよ。
 去年撮ったもので、本物には全然敵わないですけど・・・」
不思議と、そう提案していた。
いつもなら、そんなことを言うことはない。
だけど、なぜかこの時ばかりは自然と口がそう言ったのは、恐らくこの男の持つ雰囲気がそうさせるからか?
と、は一瞬だけ自問したが、それは直ぐに伏せた。
一度いった言葉は、取り消せない・・・と同時に、恐らく今は『こういう流れ』なのだろうから。
バイトで、少し騒がしかった心が、ゆっくりと落ち着いていく。
と同時に、どこかから『ミャオ』という子猫の小さな鳴き声が二人に届き、それに最初に反応したのは、『ギリシャ』と名乗った男の方。
「ネコ・・・」
と呟くと、辺りをキョロキョロ見回して
「・・・いた」
と言った。
 
男の視線の先に居たのは、オッドアイの白い子猫。
「ミー?」
がその名前を呼ぶとネコの耳がピクリと反応し、トトトと寄ってきての足元へ擦り寄ってくる。
「なんだよ。珍しいなぁお前が甘えるなんて」
と、腰をかがめてその体に触れようとしたの手を、『ミー』と名づけられた子猫は・・・引っ掻いた。
「ッテ・・・!なんだよお前!『ノミ』かよ!」
ネコに悪態をついているの様子を、ギリシャはジッと見ている。
そんな、『見られている』ことを一瞬でも失念したの顔は、真っ赤だ。
「・・・あ」
と言ったきり、気まずそうに雰囲気だけで慌てているのがよく分かる。
だから
「サクラ・・・ミサセテクレマスカ?」
と、何事もなかったようにギリシャは聞いた。
それに答えたの言葉は、ギリシャ語だった。
 
 
 
「Ναι」
アトガキ
ゆるゆる〜
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2008/03/07 初稿
管理人 芥屋 芥