いきなり送られてきた旅行券に思いっきり顔が引きつってる。
行き先はギリシャ。
飛行機のクラスはファーストクラス・・・正直、翼が見えないところには座りたくない。
エンジン音が小さなところには座りたくない。
むしろ、エンジン横に座りたいくらい。
そしてその翼の作動を見ていたい・・・
MD系なら尚、後ろがいい。
エンジンに何か不具合があり、仮にファンブレードが飛んできたら確実に死ねる場所。
それでも、構わない。

それが『マニア』というものだ。

だけど、二つ上の兄はそんなの理解してくれない。
まぁ・・・
理解して欲しいとも思ってないけど。

 今週は空けとけ』
って月曜に言ってきた理由はコレか・・・跡部。
A onA
有無を言わさず送られてきた旅行券。
二泊三日。
向こうでオリーブ畑を買い取るか買い取らないかの商談をするとかなんとかで、現地視察のための旅行券が一枚余ったので迷った跡部は俺に送ってきたらしい。
『いいのか流用して』 と高校の同期で跡部の会社に入った友人に聞いたら、どうやらこの一枚。
跡部の金から出てるらしい・・・
「お前、結構交渉の才能あるし。
 まぁ付いて行けって。損はないと思うぜ?
 あ、あと。お前、いつものアイテム、持っていけよ。
 じゃないと絶対後悔する」
なんて言った友人の言葉を信じて正解だった・・・というわけだ。
そして、跡部から無理矢理自由時間を承諾させて正解だった・・・というわけだ。
行きと帰りで26時間以上の苦痛を差し引いても、総じて、来て正解だな。
と少し気分が高揚させながら、目の間に広がる真っ青なエーゲ海を見渡しているの耳には、イヤホンがあった。
そこから流れてくる音を彼は的確に捉え、理解していた。
目的地以外は目に入らないようで、真っ直ぐに彼は地図を見ながら歩いていった。
それを不思議に思いながら、オリーブ色の上下の服を着たくせっ毛の男が後をゆっくりと付いて行く。
 
こんなところまでバックバッカーかもしれないけれどでも、少年一人で来れるはずがない・・・と思う。
ジーンズに、ベージュのシャツを着た、後姿しか見えないけれど、多分、日本人。
東洋人は15・6かと思って話し掛けたら、20歳を越えていたなんてこともあるって、フランスやポーランドが言っていた。
何より日本が、実際の年齢よりも幼く見えるから・・・
 
 
 
 
 
 
まるでバックバッカーのような、背負っている大きなバッグからは入りきらずに飛び出している細長い、棒のようなものが一本伸びている。
多分、あれ・・・無線のアンテナ。
そして、手にはカメラと、これまた少し長いレンズ。
明らかに望遠レンズだ。
それをゆっくりと構えて、空の一点にまるで獲物を捕るハンターのような顔で少年が構える。
でも、『捕る』はとるでも、彼の場合は『撮る』方だったけど。
そう言えばさっき、トルコの上空侵犯があったとかで、スクランブルが出されていたっけ・・・
などとゆっくり考えながら、目の前にいる彼と同じように空を見上げた。
その瞬間、空から轟音が響く。
それを待っていたかのように、少年が次々とシャッターを切っていく。
カシャ・カシャ・カシャ・・・
肉眼では見えなくても、彼のカメラは今通過していった機体を捉えているだろうと思う。
そして、何故こんなところまで来てカメラを撮るのか、少し興味が湧いた。
もしここが観光地なら、カメラを持った日本人は珍しくない。
だけどそれでも、空にレンズを向ける人はホトンド居ない。
しかし目の前にいる彼は、明らかに観光地とは無縁の場所に立っていて、しかも空にレンズを向けていることに、興味がわいたんだ。
やがて構えを解いた少年の服のポケットがモソモソと動いた。
それを見て、俺は更にこの少年に興味を持ったんだ。
見えたのは、猫の頭。
それも、毛並みの綺麗な白い子猫。
その猫が、まるで甘えるようにポケットの中で動いて、鳴いた。
「ミャァ・・・」
明日もし会えるなら、今度こそ話し掛けよう。
そう思って帰ろうとしたときだった。
振り返った彼が、まさか見られているとは思わなかったんだろう後ろに居た俺を一瞬少し驚いた様子で見て、そしてつたないギリシャ語で
「どうも、こんにちは」
って言ってその場所から去ろうとしたから俺は
「ドモ・・・コンニチハ」
と日本語で言ってみた。
すると、とても驚いた様子で一瞬目を見開いたから、
「アノ・・・ヨカッタラ・・・オハナシシマセンカ?」
そう聞くと、一瞬戸惑った様子だったけど、笑顔でこう答えてくれた。
 
 
 
「はい」
アトガキ
観光地が多いギリシャの中で、確かに観光地でもない遺跡もない場所で空にカメラ向けてたら、そりゃ不審がられますわな
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2007/10/22 初稿
管理人 芥屋 芥