『Dolphin Street』
そこは、日々JAZZを愛する人たちが集うひっそりとした場所にたたずむ喫茶店。
日ごろの疲れを好い音楽を聴きながら過ごす、そんな空間。
カウンターの席に座り、いつものようにコーヒーを頼む。
久しぶりに来たこの店は相変わらずの落ち着きぶりで、恐らくそれはいつきても変わらない落ち着きさ加減。
だから、つい振り返る。
初めてここに来た時のことを。
Dolphin Steet
fifth annivers log-part1
最初は、ホント驚きましたよ。
なんせ公立は全部ダメだったし、もう仕方なく母校をダメ元で受けたら『ハイ合格』だったですからね。
まぁ母校は母校でも卒業して随分経つし、知ってる人は誰もいないかなぁって思ってたら竜崎先生がまだ(失礼)居たんだから驚きましたよ。
おまけに、今色々働かされている……からね。どうなんだろう。
二面性?
あー……あるかもね。
ホラ、今色々混合で動いてるから。
元々海外出身だったんだで、小学校六年の冬に日本に帰って来たっていうのは表も裏も同じかなぁ。
表っていうのは、あの人たちが絡まない方の俺で、裏っていうのはあの人たちが絡む方の俺ってことなんだけど。設定が随分違う。
表の俺は、あんなこと……ちょっとは出来るけど、あそこまでは体が動かないよ。流石に。
あ、でも共通のことって言えば、戦闘機乗りってことくらい……かな?
でも一般予備だし、あんな特殊なことは……ちょっとね。
裏の俺?
あ”ぁ"……あぁ……うん……まぁ……ね。
というか、最初バラライカは出てこないはずだったんだけね、あの話。 あの話ってのは、俺と手塚と侑士と大哥、それにダッチやレヴィが出てるSkyLordっていう話のことなんだけれど、その物語の前の方の話、実は書き直しているらしいです。
その書き直し前のSkyLordにもバラライカが出てきてるから……何とも言えないかなぁ。
気がつけば、いつのまにかって……
「誰に話し掛けてるの?」
「ちょ……おまっ……なんで居るんだバラライカ!?」
「アラ。私が居たら何か不都合なことでもあるのかしら? 」
「お前ねぇ……」
「そんなジト目で睨んだってちっとも怖くないわよ? あら、察しがいいわね。ありがと」
そう言って、マスターがスッと出したウォッカ割りのカクテルに口をつける。
「どうしてここが分かった……」
カウンターに突っ伏しそうになるくらい脱力しながら、隣に座る女、バラライカに聞いた。
「それ冗談で聞いてるの? 私がこの街で把握していない道路なんてないの。新しい路地が出来ていたから直ぐに分かったわ。それにしても、随分落ち着いた店ね。ここ」
「気に入った?」
「えぇ。とっても」
そう言って、葉巻をコートの中ポケットから取り出し、マスターに火を求める。
「あら、マッチ?」
「えぇ、どうぞ」
「ありがとう、頂くわ。も一本どう?」
と聞いてきたが、それは丁重に断った。
「それで? 私が何故、あの時割り込んできたか知りたいの?」
「いや。どうせ俺が連絡をつけた書記官の差し金でしょう?」
「そうよ。まぁ、お陰でオモシロイものが見られたから、あれはあれで満足してるのよ。でもまぁ『これから』の方が面白くなりそうだから。楽しみだわ」
「そのセリフ。俺に言わないで、打ち込み屋に言ってよ……」
の言葉は、聞き入れてもらえなかった。
「でも、そろそろ街の人間はここの存在に気付くんじゃないかしら。そうなったら『イエローフラッグ』みたいになっちゃうわよ?」
と煙草の煙を吐きながら、バラライカは憐れむようにマスターに言う。
「大丈夫デス。今はあなたの部下が店の周りにいて、今は誰も近づけないこと、私知ってますから」
「ご明察ねマスター。気に入ったわ」
と、バラライカは怖気づかないこのマスターを高く評価した。
どうやら、店の雰囲気といい、マスターといい、彼女のお眼鏡に敵うものだったらしい。
「ところで、あんたがここに居るってことは……旦那も、もしかして居たり……とか?」
「というか、さっきから居るんだがなぁ。気付かないとはそろそろヤバイんじゃないか? 」
後ろから声がして振り向くと、カウンター席の真後ろの席に座っていた黒スーツに黒コートのオールバックの男。
「あら張。あなたいつから居たの?」
と、バラライカまでもが意外そうな顔をする。
「いつから居たとは愚問だな、バラライカ。俺は最初からここに居たぜ」
「嘘……」
それを言ったのはだった。
「ってことは……」
「あぁ。お前が誰かに向かって話し掛けてるのジッと聞いているのは案外『面白かった』、とだけ言っておこうか。」
と言いつつ席を立ち、サングラス越しでも分かるニヤリとした笑顔のまま、カウンターのの右隣の席についた。
……逃げるに逃げられん
「それで? 裏話でもしろってか? 沢山ありすぎて忘れたよ」
と言いつつ、その煙草に火をつける。
「旦那、それ言ってしまうとこの企画、終わるらしんですけど……」
遠慮がちにが言うと
「お前はどこから電波拾ってんだ」
と呆れられた。
「まぁ。ここに来る前のお前は確かに腑抜けていたようだなぁ。それが、お前が言う『表の顔』ってヤツか? ま、その腑抜け具合はあの国に合ってる気がしたがね」
と、言って煙草を灰皿に乗せて灰を落す。
「合っていようと合っていまいと、俺は貴方達と関わって忙しくなったのは事実ですよ」
「いいじゃない忙しくて。忙しいほうが楽しいときもあるわよ? それに、今まで腑抜けすぎていて動かなかったんだから丁度いいんじゃない? 打ち込み屋も楽しんでるみたいだし」
「楽しんでるのか? アレ」
「さぁ? でも楽しんでなかったら我々だってココで動けないんだから、お互い様ね」
「なんだよ。ソレ」
確かに、最初は動けなかった。
打ち込み屋がココを立ち上げた直後に俺が来て、最初は女の子もいたんだけどその人たちはいつの間にか居なくなってしまって、結局残ったのは俺だけだった。
その後しばらくして、打ち込み屋が一人連れて来た。
その人、いや、その子が
『金と銀で後、銅がそろえばオリンピックのメダルの色やね』
なんて侑士に言わしめた彼、君。
しかしそんな彼が
『でも、忍足さんは金を選ぶんでしょう?』
と切り返して、スルリと交わしてフワリと笑ったあの笑顔。
あの笑顔に侑士だけじゃなく、俺も演奏しながら呆気に取られたから、もしかしたら俺以上に彼の『裏』は黒いのかもしれない……と思ったし、今でもそう思っている。
打ち込み屋がどうするかは、俺には分からないけどね。
後は、さんやにも感謝してるかな。
初めてさんと会ったとき、彼の職業が何なのかは一発で判っちゃったけど。
それが『海』って聞いたときは、何となくそんな感じがしてた。
彼からは陸の匂いも空の匂いもせず、潮の匂いが漂っていたから。
まぁ一年の三分の二を海で過ごす護衛艦乗りじゃ、確かに潮の匂いが体から抜けきれないだろうけれど。
それにしても、さんとの会話ってマニアックだよなぁって。
俺、たまに付いて行けないもの。
だって、俺の陸関係の知識って随分前の代物だし……
そりゃぁ確かに空関係の話題には付いて行けるけど、でも、はそれ以上に詳しく深く語ってくるから、聞いててスゲェって逆に感心することもしばしば。
なんではあんなにマニアックなんだろう。
謎で不思議だよ。ホント。
俺の表の方でも色々と探ってきてて、結局バレテルから……
彼のそういう事に関する嗅覚って、鋭いなぁって正直思う。
最近は皆のことが少し見えてきたけれど、最初の方はもうカチコチで。
音楽で合わせて、なんだろ、面倒くさいことは余り好きじゃないけれど、たまに会って
――一曲どうですか?
っていう、そんな距離感が心地良いなって、思えるようになったら随分軽くなった。
昔は警戒感でガチガチだったなぁとか、振り返ってみたり。
表も裏も、結局俺なんだよなぁ、って。
え?
結論には未だ早いって?
う〜ん。
じゃぁ、ココが休止状態の時に俺の他に誰がいたのか。
たしか、俺以外誰もいなかった。
打ち込み屋はどこかに行ったまま帰ってこなかったから、誰もローカルホストからネットホストに上がってくる人はいなくて。
結局、そんな状態が半年以上続いて、急に打ち込み屋が君と共に帰ってきたってわけ。
そしたらさんがフラリと現れて、その後君が……
そう言えば俺、君とはあまり接点ないなぁ。
まぁ、彼には緑と黒の帽子被った、あの人……えっと……誰だっけ。
あ、う〜ん……っと、ほら、あの人。
よく君が『下駄帽子』って呼んでる人……あ、「ウラハラさん」?
そう。『浦原』さん。
あの人が後ろから、刺すようにこっち見るんだもん……
怖いよ、ホント。
でもそんな浦原さんの様子に君は気付いてないから、見てるこっちがハラハラする。ホント。
「な〜にがハラハラするだ。一体誰と話してんだ」
「レヴィ!? ちょ……お前、なんでここに!?」
と言った俺の言葉を全く以って無視して
「チョイとバラライカの姉御が、妙にご機嫌だったからな。なんだよビールなんか飲んで。そんなのは――」
「ビス(小便)と一緒って言いたいんだろ? 言っとくけどな、ここはそんなゲスな飲み方する店じゃねぇぞ?」
と、ジト目で彼女を睨んで牽制してみる。
「んなことは一歩店に入ればわかるよ。だけど『そんなん』じゃお前、酔えないんだろう?」
と言って二ヤリと笑う。
「酔うためにここに居るんじゃないんだがな。レヴィ、お前そんなに『潰されたい』のか?」
「なんだよ、やるんだろ?」
軽口の応酬がやがて本気になっていく。
というより、レヴィは最初からその気だったようだが、それでも彼女のその一言で抑えようとしていたの枷が取れた。
「おーおー、やったろうじゃねぇの。そんで負けたら金はお前が払えよ?」
「負けたらな」
「マスター」
「「有り酒全部持ってこい!」」
――しばらくお待ちください――
「あー……ロックか」
と電話するその声は、男にしては高いながらも紛れも無い男の声。
「スマンがレヴィをサータナム・ストリートの3ブロック先にある路地を左に曲がって……そう、向かえに来てくれ。潰れた」
そう言うと、電話の向こうのロックが驚いた声を出した。
そして、潰れたレヴィをマスターに断ってからイスを並べてその上に寝かせる。
「っくっそー……やっぱオモシロクねぇ」
頭が痛いらしいレヴィが、その手を頭に乗せながらぼやく。
「見境なく勝負吹っ掛けるから返り討ちにあうんだよ、レヴィ。いい加減酒で俺に勝てないって学んだらどうだ?」
水を渡しながらそう言って、彼女が横になっている向かい席についてロックの到着を待つ。
「……ぅるせぇ」
「吐くのは店を出てからにしてくれ」
「吐か……ねぇよ。ロック、来るって?」
「来るよ。それまで寝てろ」
「……ん」
椅子の上で寝返りを打ち、目を閉じる。
こんな毎日も楽しいと思うけれど、やっはり俺は日本の方がいいのかなぁとか思う。
だって、この街は忙し過ぎるから。
「レヴィ!」
血相変えて店に飛び込んできたのは、半そでシャツネクタイにスラックス姿の男……ロックだ。
「ロック、こっち」
と、名前を呼んで彼を呼ぶ。
「? っとレヴィ……」
呆れた声でロックが言うのを、
「言っておくけど、俺から吹っ掛けてないからね」
と牽制するように、テーブルに置かれたグラスをゆらゆら揺らしてロックに言う。
「分かってるよ。それにしても、こりゃ明日は不機嫌だろうなぁ。仕事入ってるのに……」
「あー。その辺りコイツは大丈夫さ。仕事に私情を挟むヤツじゃないから。マスター、お会計。支払いは、ラグーン商会で」
と言って席を立ち、レヴィを起こしているロックに
「手伝うよ」
と言って、車のキーをロックから借りる。
「ありがとう」
「いえいえ」
と、この街では珍しい日本語のやり取りをして彼らは店を出た。
やはり日本という国は、イロンナ意味で面白い。
だから第二のふるさと……なのかもしれないと、は素直に思う。
やはり日本にいるときと、そこから出た顔は違う。
それでも良いと、そう、思った。
アトガキ