朝から降っていた雨と季節外れの雷に外に出ようと思っていたの予定は最初から崩され、仕方なく家で溜まっていた仕事の片付けをしていたその時に、不意にドアが叩かれた。
 誰だろうと思いつつも、玄関のドアを開けるとそこに立っていた人に驚くと同時に、その人が……
「どうしたんですか菊池三佐。ずぶ濡れじゃないですか」
 傘も差さずにここまで来たのか?
 慌てたがバタバタとタオルを取りに部屋へと走り、急いで彼の身体を拭いているとその手が止められた。
「三佐?」
 不思議に思ったの動きも自然と止まり、顔を上げると同時に目の前に立っていた上官が倒れてきたから驚いた。
「ちょっ、三佐?!」
 触れた体が熱いのは、熱が出ているからか。
 そう判断して、彼を運ぼうと体に力を入れると
「すまない。しばらくこのまま……」
 そう言って更に体重をかけてきたからは驚いた。
「ダメですよ。雨で体冷えてるのに。このままじゃ風邪引きますよ?」
 そう言って動かそうとするが
「このままで……」
 再度の要請にもまるで駄々っ子のような言葉を述べる上官に対して
「菊池さん、いい加減にして下さい。あなたが風邪を引くと今度の航海で誰が砲雷長に就くんですか!」
 相手の言葉を遮り、声を荒げてが言う。
 この時の彼には、相手が三佐だとか上官だといったそんな事は頭の中にはなくなっている。
 だから言葉が少しくだけてしまったが、そんなことは関係なかった。
 それに、こんな聞き分けの無いこの人というのも珍しい。
 何かあったハズだと、本気で心配もしているから、つい声を荒げてしまう。
「なら、温めてくれるか?」
 その言葉の訳が分からないままそのままでいると、目の前に見えたのは真剣な菊池の表情だった。
 って
「ちょっと、三佐?!」
 相手の意思を感じて慌てて抵抗するも
は、俺に風邪を引かれると困るんだろう?」
 という菊池の言葉に一瞬納得しかけてしまう。しかし寸でのところで自分を取り戻すと、反論した。
「た、確かにその通りだし、そう言いましたけど、でも困るのはッ!」
 自分だけじゃないと、焦りながら抵抗するの耳元に彼の言葉を遮るように顔を寄せると
「温めてくれたら、風邪も吹っ飛ぶさ」
 元から綺麗な顔立ちの部類だろう菊池の体が雨に濡れて、髪の毛から滴る雨水が彼をさらに色っぽくみせていて、なんだか落ち着かない。
 それに彼の体が、雨に打たれただけではない熱を帯びてるようで、なんだか変だ。
「一体何があったんですか」
 話を逸らそうと彼が傘も差さずにここに来た理由を聞くと、一瞬だけ菊池の動きが止まる。
 が
「それを知ってどうする」
 少し声を低くして言う三佐に、の言葉が詰った。
「……三佐が、傘も差さずにここに来るなんて初めてのような気がし……っん」
 言葉を言い終る前に、ふさがれる。
「ちょっ、あの、三佐!?」
 逃げようと後ずさるが、すぐに台所の棚のところにぶつかって、それ以上後ろに下がれない。
 そんなの様子を気にもしないで、菊池は自分の冷たい手をスッと直接肌に触れさせる。
「ッ!」
 動きが止まった一瞬の隙をついて菊池がの肩に手を当ててグイッと体を引っ張ると、そのまま肩口に熱い息をソッと吹きかける。
「三佐?!」
 焦ったが自分に触れる菊池のその手を掴むと、反対に握り返された。
「ッ放して…ッ」
 肩に触れいた手はそのまま腰に周り、身動きが取れない。
 大体何故いきなり雨に打たれたままここに来たのか。
 それも分からない上に、イキナリこんなことをされる謂れはない!
 そうは思えど、今視界の真ん中にいるのは自分の上官で。
 その彼が、今は一人の男、一人のただの人間に見えては仕事の立場を忘れて口を開く。
「俺は、確かにあなたとはこういうことは初めてじゃないけれど、三佐。だからって、このまま意味も訳も話してくれないなら、俺は抵抗します」
 これは、最後の彼の警告を兼ねた抵抗だった。
 恐らくこのまま話さずに事を進めれば、確実に彼は何らかのことをするだろうと。
「分かった」
 菊池はそう言うと、足を、引っ掛けてきた。
「ヤリながら、話してやろう」
 まさかこう来るとは思わなかった。
 完全な不意打ちだ。
 クソッ!
 確かに訳を話してくれとは言ったけど、これじゃぁ俺が理解できないじゃないか!
 それにここは台所……
 しかしそんなことに頓着していないのだろう男は、行為を進めてきた。
 ここは腹を括るべきか?
 そんな場違いなことを考えていると、前髪をソッと掴まれて、聞かれた。
「何を、考えている?」
 と。
「何も……ただ、台所で?って思って」
「俺はここでもいい」
 の都合などお構いなしにそう言って、前髪を掴んでいた手がゆっくりと移動し彼の顎を掴んで上向かせると、そのまま唇を寄せてきた。
 三佐がここに来た理由を言っているが、それをどうこう思う余裕もなければ、頭にも入ってこなかった。
 自分を保つだけで精一杯で、熱に浮かされてどうしようもない。
「……ッん」
 息を上げながら喘ぐと同時に、意識が白くなっていく。
 熱い息が聞こえ、熱い手が、体に触れる。
 それでも話を……っ!
 ギュッと、彼の肩を掴んで、意識を失わないように耐える。
「……三佐ッ!」
 名前を呼ぼうとして発した言葉は、しかし出てきたのは彼の階級だった。
 そしてそれが最後の自分なりの防衛なのだろうと頭の片隅でぼんやりと考えていると、ゆっくりと唇に熱いものが、ソッと触れ、だが
「ニガイ……」
「お前のだ」
 そう言った菊池の表情に、少しだけは安堵する。
 さっきまでの曇った表情は、少しだけ晴れていたから、酷いことだとは思うけれど、それでも許せてしまうのは、自分の性格だからか? と、少し自問するがそんなことは今、どうでもいい。
 この人が、こうすることで少しでも楽になるなら、それでいい。
 そんな意味を込めて、は話を先に進める。
 体も限界に疲れてるし……
「……ったく。後でしっかり、聞かせてくださいね」
 そう言ったのを最後に、の意識は、途切れた。
「ん……」
 熱い。
 身体が熱いのか、それとも部屋が暑いのか。それも分からないほどに、頭に霞がかかったように白くて、ふわふわしてて、気持ちがいいのか悪いのかも分からない。
「痛むか」
 真正面から、心配そうな彼の声が聞こえる。
 と同時に、ザッと周りを見るとどうやら台所から奥の居間に場所が移っているらしい。
 それにしても、雨、いつまで降っているんだろうか。
 雷の音は止んだみたいだけど……
 と、周囲の状況を少しだけ見て、視線を再び菊池にもってくると、目が合った。
 だけど、そんな目で聞かないでくださいよ。痛いって言えないじゃないですか。
 そんな自分の心の声は多分届かないんだろうなぁと、頭の片隅でぼんやりと思っていると
「痛くないわけないか。すまない、
 と、済まなさそうに言ってきたから慌てたのはの方だった。
「あ、いや……大丈夫だと思いま……三佐?」
 言葉が全て言い終わる前に後ろにいる彼が腕を伸ばし、何かを取り出すと、それを渡してきた。
「いや……これを置いた方が少しは楽になるかなと思って」
 と、手を伸ばして持ってきたのはどうやら近くに放り出されていた枕で、それを引き寄せて彼はの身体の下に入れようとしているのが分かって、彼の手からそれを受け取るとそのままスッと腰を浮かしたがその枕を自分で身体の下へと入れる。
「大丈夫か」
 この期に及んで自分の心配をする彼に、が言う。
「大丈夫ですよ。枕のおかげで随分楽ですし。俺から見れば、菊池三佐の方こそ心配なんですがね」
 その言葉に、目の前で同じように横になっている人間の身体が少し震えるのが分かる。
「さて。こうなった理由、今度はちゃんと言ってもらいますよ」
 と、それはソレ、これはコレと気持ちを切り替えて、が再度理由を尋ね、それに菊池がゆっくりと理由を話し始めた。
rec -016c...
濡れ鼠に落ちかけて
アトガキ
木喰様へ
リクエスト、ありがとうございます。

ジパング 菊池三佐です。
2012/03/18 書式修正
2008/12/04
管理人 芥屋 芥