「絵が戻ってくる」
 電話を切るなり彼は、嬉しそうにそう呟いた。

 ここは、スペインのマドリードのとある場所に建つ屋敷の一室だ。
 それにしても、時刻はもう既に夕方だというのに、この国の熱気溢れる太陽の光はまだまだ元気で暑い位の光をその窓から差し込ませている。
 その部屋には、三人の人間が居た。
 部屋の主である老人と護衛兼執事の男。そしてその老人の孫かひ孫だろうかと思われる年頃の少年が。
 孫……という割には、少年の老人に対する雰囲気はとても『身内』に対して持つようなソレではなくまるで、そう『友人』に対するソレの雰囲気に近かった。


「へぇ。50年もの間浸水もせず無事だったんだ。なんだ。ツマンナイの」
 と、まるで絵が水浸しになっているのを望んでいたかのような声で少年が誰に答えるでもなしに呟く。
「口を慎め、黄色小僧が」
 老人の厳しい声が飛ぶが、少年は意に返すこともしないどころか、老人を少しだけ睨み
「そっちこそ口を慎め、白人のご老人。これでも俺は1910年代生まれで、あんたと同年かちょっと上なんだからさ」
 とそこで言葉を切り、ドアの方へ歩きながら
「ヘッ、いつの時代もあぁいう貧乏白人(ホワイトトラッシュ)には愉快な奴が多い。だから言ったろ。あんたの私兵は負けるって」
 彼等を一度パーティで見かけたとき、既に見切りをつけていた。
 マーチ好きでセレモニー好きときては、賭けにすらならなかった。
 それがさっきの電話でよく分かり、そしてそれは自分が勝ったことになる。
 つまり、余興。
 この老人と少年を楽しませるための、命を代償とした『余興』だった。


「賭けは俺の勝ち。っていうわけで、金は口座に振り込んでてくれ? 俺が黄色だからってケチるなよ。じゃぁな、爺さん」
 そう言うと、まるで何事もなかったかのように彼は部屋を、そして屋敷を出て行った。
 そして老人もまた、どこに行くかも問い掛けることは、なかった。
req -014...
long submarine
「暑い」
 降り立った少年はそう呟いて、待たせてあった車に乗り込んだ。
 ついさっきまで居たヨーロッパの暑さとは違い、南国特有の蒸し暑い暑さ。
 まるで、ここ最近は足を踏み入れていない日本の夏ような、そんな暑さだ。
「ったく、なんて蒸し暑いんだここは!」
 そう言ったところで地球の環境が変わるわけでもなく、とは言え、最近では温暖化だの何だので気温が上がってきているらしいが、これ以上上がられたらタマラナイといういった表情を浮かべつつ手にしたタオルで汗を拭く……振りをはした。
 何故なら噴出した汗はすぐに戻るから。
 この体は常に、不死者になったあの時に戻ろうとするから、汗も直ぐに引っ込んでいく。
 それは例え体がバラバラになろうとも、銃弾で体中に穴が開こうとも、何ら変わることはない。
 それが不死者というものだから。
 そして、自分を殺せるのは同じ不死者だけだけれど、その不死者達は今アメリカの方でなにやらゴタゴタがあるらしくホトンドの不死者はそこから出てきてない。
 皆、恐らくあの男の謀……違うな、あの男の言葉を借りるなら『実験』だかに付き合ってるのだろうなと、は思う。
 自分は常に旅をしていて、今は帰ってくるなと同じ不死者の義兄から連絡があって最近はアメリカの地を踏んでいない。
 ったく、だからこそ帰るって言ってんのに……フィーロの奴……
 と、義兄の名前を思い浮かべながらも、これから会うことになっている、とはいえアポなんて取ってないぶっつけ本番で一方的に会いに行こうとしている、彼の私兵を壊滅させた組織、『ラグーン商会』に思いを馳せる。
 さて、どんな連中なんだか。
 楽しみだ。
 と、は今から心が躍って仕方が無い。
 彼の言葉から、彼等の中に黒人の男がいるということだけが頼りだ。
 これだけのために会いに行くだが、伊達に70年以上生きてはいない。
 要はこれくらいしか楽しみがない。
 穏やかな日常、まれに起こる戦争。
 外見の年齢からよく利用されてきただが、時には自分からも厄介ごとを起こす。
 その理由は、いたって単純。
『ツマランし』
 そして、偶然というものを実には上手くひきつける。
 例えばこんな風に。
 騒ぎは、屋台の真ん中で始まった。
 始めは男女の喧嘩かと黙ってみていただったが、その空気の変化に気付きそのまま少し離れようとして……
「じゃぁな、ロック」
 どこかで荒れた女の声が耳に届いたかと思うといきなり銃声が周囲一面に響き渡った。
 バンッ!!
 女の撃った弾は男の頭を外れ、軌道を逸らしてそのまま進んだようで、それはそのままトアル男の体の中へと吸い込まれた……かに見えた。
「あぁぁぁぁ!」
 誰かが叫んだ。
 しかし、そこで変なことが起きた。
 血は飛び散らず、男は平然とガタリという転がった椅子を立て直して、飯を再開したんだ!
 話を聞いた男や女たちは、口々に
「おいおい、お前頭大丈夫か?」
 だの
「クスリのやり過ぎで頭火星に吹っ飛んだか?」
 だの言い合って相手にしない。
 確かに見たのに、あの後警察が帰った後自分なりに現場を見てみたが、それらしき跡は全くなかった。
 それを不思議に思いながら、それでも顔は新参だったな。と男は考え、少しだけ行動を起こした。
 
 
 
 
「ラグーン商会ってあんたらの会社?」
 と、警察に来たのはこの少年だった。
 なんでこんなところに、しかも多分自分と同じ……日本人?!
 そう思いながらもロックは
「君も日本人か。何、もしかして海賊の見習いにでもしにきたの?」
 と、子供に言うようにゆっくりと言う。
 だが
「だからぁ。ラグーン商会ってあんたらの会社なの? って聞いてるんだけど?」
 と、少年はロックの更に上を行き、彼の言う事など最初から聞いてない。
 それに根負けしたのか、男が「そうだよ」と答えると、女が
「テメェ、勝手に教えるんじゃねぇよ。ところでお前、見ない顔だなぁ。紹介はあんのかよ」
 最初の言葉は男に、後半の言葉は少年に言う……じゃない、半ば脅しに近い低い声だ。
「ない。それに、仕事を依頼しに来たわけじゃないんだ。ただ顔を見にきただけ。つまり、暇つぶしさ」
 と、大真面目にが言うと、女が車のボンネットをバンバン叩きながら大爆笑した。
「それにしても、やったぁ! ビンゴ! やっぱそうだったんだ! あの出来レースは良かったよ! やっぱ顔見て無くても、あんたらが優秀だって分かった俺スゲェ!」
 と、既に済んだこと、この前の仕事の出来レースのことを言ったをロックは聞き逃さなかった。
「き……み、今なんて?」
「だからぁ、ただの暇つぶし」
「違う、その後!」
「後? あぁ、見なくてもあんたらが〜ってところ?」
「そうだよ。なんで君がそんなことを知ってる。君はどこから来た?」
 既にレヴィは笑いを納めて手に力が入っている。
「ロック! そこを退け!!」
 こりゃ、今すぐ言わないとあれだ。
 この女撃ちそうだし……
 そう思った俺は、一瞬そこで思考が途切れた。
 あーあ、やっぱ銃の腕は高い方か。
 ったく、眉間を寸分の狂いもなく撃ってくれちゃってさ。
 それにしても警告も何もなかったかなあの女……
 と、肉が戻る感触を味わいながらは体が元に戻るまでそこに留まって……っ?!
「うわぁ……お前……」
 車が止まる音がしてそっちの方に首を向けると、そこにはサングラスをかけた黒人の男が自分を見ていて、その隣には金髪白人で眼鏡をかけたさっきの『ロック』とは違う優男が車から顔を出して同じように驚いていた。
「あ……」
 そう言ったきり、とその二人の間の空気が一瞬固まる。
「うわぁ……君……人間?」
 と、窓から顔を出していた金髪眼鏡の男が聞いた。
「うん……ちょっと特殊だけどね」
 そう答えながら、立ち上がり服についた土ぼこりを手で払いながら車の方へと足を進めて
「それよりもさ、『ラグーン商会』って知ってる?」
 と、何とも無いようにが聞くと、黒人の男が
「あ……あぁ、俺んとこの会社だが、何だ」
 と答える。
「わぉ! すげぇ! ありがとうな! 勝たせてくれて! ちょっと心配だったんだ。だって……!」
「ちょ……ちょっと待て待て待て。おい、えっと……」
 そういや、名前を聞いてない。
「あぁ、俺はチャールズ=ウォンってんだ。嘘だよ、本当はでいいよ」
 そう言って右手を差し出した。
「へぇ。君はあの老人の知り合いか」
「そう。出来レースだったけど、賭けは俺の勝ちってことさ」
 ラグーン商会に帰ると言ったら、コイツは後ろに乗ってきた。
 それにしてもコイツ……見た目通りの年齢なのか?
 正直ダッチはそう思った。
 何故なら趣味が、『悪趣味』過ぎる。
 まるであの老人と同じくらいに、だ。
 到底……まぁ、いいか。俺には関係ない。
「いい趣味だな、お前等は」
 と、先ほど見た信じられない光景を押し留めて後ろに座る少年に向かってダッチが答える。
「そうか? お互い目的を果たしたってだけだろ。俺がやったのはただの便乗だし」
 コイツは、先日のマドリードの依頼主と賭けをしていたらしいことを語ってくた。
 それにしたって、アレだ。
 コイツの目的は一体なんだ?
 それを問うとキョトンとした表情で
「目的なんて無いさ。ただ、あの私兵を潰した会社の社員に興味が湧いて、見にきたってだけだよ」
 と答える。
「たださ、あの潜水艦にもちょっとだけ興味があったんだけど。でも、50年……か。あんたらは、生まれてないよな」
 と、まるで自分が生きてきたかのような言葉を吐いた。
「そういう君だって生まれてない……だろ? 50年前の遺産……帝国の遺産……想いを飛ばすのは結構だけど、僕等にとっては危ない仕事を請け負わされた。っていう事実が残るだけ。さて、あの老人の私兵を潰した僕等を見て、満足したかい?」
 ベニーが話を切り返して、終らせようとすると
「あぁ、そうだなぁ。事務所で降りたら、上がらずにそのまま帰るよ」
 と、今から帰るようなことを言う。
「今からかい?」
 まさか今から帰ると言われるとは思わなかったベニーも驚いた様子で思わず聞きかえす。
「そう、今から」
「だったら事務所に泊まっていけ。ガキでも何でも、いずれ客になるかもしれんからな」
 と、通常の会社ならば客の前では言わないだろう台詞がダッチの口から出る。
 金になると思ったのかどうかは分からない。
 だが、ある種のカンがこのガキには働くのだ。
 出会いからして信じられない光景を自分たちに見せ付け、そしてあの老人と同じような趣味を持つ薄気味悪い15・6のガキに、ダッチは嫌な予感がして……
 そして、それは大当たりとなった。
アトガキ
前半
2012/03/18 書式修正
2008/08/27
管理人 芥屋 芥