警視庁を出てしばらく、二人の間には気まずい空気が漂っていた。
そして、建物の姿が視界から消えた頃、の方から先に口を開く。
「ロニーさん」
「なんです?」
沈黙は、破られた。
後は、質問をぶつけるだけ。
「身元引受人になってくれて、ありがとうございます。ですが、どうしてここに居るんです?」
何故ここにいるのか。
誰も知らないはずの世界で、彼がここに居ること自体が不可能に近いものなのに、何故?
そう思って、質問をぶつけてみる。
が、
「居たら、ダメでしたか?」
質問に質問で返されて、の表情が少し不機嫌になる。
「ダメって訳じゃないけど、でもここは……」
元の世界とは、少しだけ違う。
ここの法則は、契約者っていう人間が闊歩している街で、この空は偽物に摩り替わっているらしい。
星の瞬きは契約者に由来しており、それが流れるとその契約者の死を意味し、また契約者が能力を使うときには強く瞬くらしいということ。
そして契約者達は、その能力を使うと対価を払わされるということ。
どこをどう取っても、元の世界の法則とは程遠い。
だけれどもここに彼、ロニー・スキアートがいるのは何ら不思議ではないような気もしていた。
何故なら
「ここは、あっちとの世界と似てて壁が薄いから、ロニーさんは、いや、悪魔さんはここに居るんですか?」
これには、何故か確信があった。
「何故、私が悪魔だと?」
意外だと言わんばかりの驚いた声で、しかし十二分にわざとらしい声でロニーが問い返してくる。
「う〜ん、何となくかな」
なんて、はぐらかしてみるが通じてないだろうなぁと自身は考えている。
が、それには深く追求せずに、ロニーが話しを進めてきた。
「ところで、君は戻るのですか?」
「いや、しばらく遊んでみようかなぁって思ってます」
予想通りの彼の言葉に、ロニーが微かにその冷たい表情を和らげる。
それを見て、は確信を持った。
「ロニーさんも、この世界の契約者って人たちに、会ってみたいんじゃないんですか」
と。
しかし、
「いいえ、とんでもない。私は帰りますよ」
「えぇぇぇ、ズルイ!」
予想外の言葉に、が不満げに声を上げる。
「あれだけ『楽しそう』っていう顔してたのに、ズルイですよロニーさん」
頬を膨らませ、少し不貞腐れたようなの声と表情にロニーは淡々と自分のやるべきことを告げた。
「何言ってるんですか。私にはまだまだ向こうでの仕事もありますし、それに胡椒の買い置きもしなければならないですから」
と言って、スーツの胸ポケットから取り出したのはファミリーの出納帳……ってことは、彼は買い物のついでいに自分に会いに来たっていうことになる。
「ったく、そんなことに能力使ってどうするんですか、ロニーさん」
つまり、無理に連れて帰るつもりはなく、一緒に帰らないのであればここに置いてきぼりを平気で食らわせるつもりなのだ。このロニーという男は。
が、
「とは言え、君は大事なファミリーの一人ですから。一つだけ、いい事を教えましょう」
心配してくれているのだろうか、ロニーが少しだけ声を潜めて、に言う。
「この世界に、不死者はいまん。安心してください。後、早く帰ってきて皆に顔を見せなさい。心配していますよ」
そう言うと、颯爽と一人歩き出しビルの角を曲がって、慌てて後を追いかけたが同じように角を曲がると既に彼の姿はどこにもなかった。
きっと帰ったんだろうなぁと結論付けると、一人、偽りだと教えられた空を見上げて独り言を、言う。
「ありがとう、ロニーさん」
礼を言うその声に不安や不満は全くない。
その証拠に、彼の表情はとても楽しそうだった。
そしてその手には、さっきまでなかった財布が、握られていた。
……、後で覚えて置いてくださいね。
そんな声が聞こえたような気がしたけれど、この際無視だ、無視。
rec -013...
be No-answEr-02
経歴その他をでっち上げるのは、簡単だ。
伊達に旅を繰り返しているわけじゃない。
が、ここまであっちの世界と似ているとなると、ちょっとだけ厄介だなとは思う。
もう少し混沌とした世界か、文明が発達していない、例えば、既に通ってきた19世紀辺りなら紛れ込むことも可能だったのになぁと、は的外れな心配をしていた。
が、それもすぐに吹っ切れる。
いつものことだ。
そう思って、大通りから少し外れた路地裏をは歩いていた。
さっき星が三つ光って、二つが流れてた。
ってことは、三人の契約者が能力を使って、内二人が消えた。そう考えていいのかな。
と、自分を捕まえた刑事、霧原美咲に教えられた法則を考えつつ彼は足を進めている。
この辺りだったと思うんだけど……と、考えながら歩いていると、不意に目の前が暗くなった。
「ん?!」
あまりの急な出来事に驚いて対処できなかったのだが、すぐにその衝撃は来た。
ドンッバチバチバチッ!!
体中に電気が走って死ぬかと思った。(いや、実際死なないけど)
で、意識を失う寸前、考えられないところから声がしてビックリした。
「ヘイ、ソイツは関係ない、一般人だ」
ク……黒猫が、喋ってる!?
う……
「嘘だぁぁぁぁぁぁ!!」
体の再生が間に合ってなくて、そこら中痛かったけれどそれでも叫ばずにはいられなかった。
なんで、どうして?!
あの星の黒猫ですら喋らなかったのに!
一通り驚いて叫んでしまった後、気がついた。
自分を、自分で窮地に追い込んだことに。
が、
「お前、契約者か?」
と、聞いてきたのはの腕を後ろ手に掴んだまま放さない、襲ってきた方の仮面を被った黒い男の方だった。
「契約者じゃない、俺は不死者。って、あんたもしかして契約者なの?」
本当に会えた嬉しさからか、逆にが嬉々とした様子で痛む体を抑えながら聞き返すが、しばらく返答はない。
どうやら、答えるに値しない質問だと判断されたらしいなと、相手のことを勝手に判断しては言った。
「確かに契約者ってのに会いたかったのは事実だし、そのためにウロウロしてたのも本当なんだけどさ」
と、一度そこで言葉を切ると、常ではない声音では言った。
「悪いけど、手を放してくれないかなぁ。俺さ、さっきあの地獄門ってところからこの世界に来たばっかりだから、あまり手荒い歓迎はされたくないんだよねぇ」
あのクレアの、いや、フェリックス直伝の体術を、訳も分からないままここで使いたくなかった。
できればもう少し楽しみたいし。
そんなの様子に黒衣の仮面男は何かを感じたのか、スッと掴んでいた手を放し
「マオ、後は任せる」
と言った。
言われたマオ……もとい黒猫は、そんな黒衣の仮面男の様子に驚きの声で反論した。
「お、おい黒。いいのか、今回の指令はコイツを……」
そこまで言って、マオと呼ばれた黒猫は言いよどんだ。
「何が俺をなのかなぁ、猫君?」
後ろから、が黒猫に手を伸ばし掴もうとするが、寸でのところで逃げられた。
「あら、残念」
「へぇ、あんたのところの組織がねぇ」
は、警察で言ったことと一語一句同じ内容のことを彼らに告げると、彼らは自分たちの役回りを話しだした。
それを総合すると、保護とまではいかないけれど、自分を監視するように言われたらしい。
って、監視対象をいきなり襲って何してんの、お前等……と呆れながらも率直な意見をが言うと、猫のマオが釈明してきた。
「写真がなかったんだよ」
と。
「それもそうか。でも、出会って良かったな」
二コリと笑って再度マオの頭をなでようとすると、嫌がるように逃げられた。
それにしても、
「その子、さっきから黙ってるけど、大丈夫?」
この公園に先に来ていた、をジッと見つめている銀髪の少女に視線をやって彼が言うと、ヘイと呼ばれた黒衣の男が、口を開いた。
「インはドールだ。会話には入ってこない」
また知らない単語が出てきたな。
「ドールって何?」
あの美咲さんに教えられたこと以外にも、何かあるのか。
「お前、本当に何も知らないんだな」
と、黒猫のマオが呆れたように言ってきたから、
「知らないよ。だって、昨日まで太陽が二つある地球以外の星に居たわけだし。あんたらだって、俺が昨日まで居た星のこと言ったって、同じだろう?」
と、素直に知らないものは知らないと言ってのける。
ここで意地張ったところで事態をどうにも出来ないことは、これまでで経験済みだ。
そんな、妙なところで素直なの言葉に、マオが答える。
「ドール。彼らは観測霊というものを飛ばして契約者に教えたり使われたりする、文字通り、人形だ」
「へぇ。で、その観測霊っていうのは、アレのこと?」
と、が指さしたところに光る、青白い何か。幽霊のような、それでいて実体があるような、不気味な青白い光が、公園の鉄棒のところにへばり付くようにして光っていた。
と同時に少女の凛とした、それでいて静かな声が、そこに響く。
「今日出来た星が、来た」
「まさか!?」
だが遅かった。
相手の力は、既に入り込んでいて……
少年の声にならない声が、周囲に轟いた。
「クソ!」
マオがすぐに避難し、ヘイが相手に向かってワイヤーを飛ばす。
戦闘が開始されて直ぐにヘイと相手は姿を見せぬままどこかに消え、後に残されたのはバラバラになったの体と、何の感情も浮かべていないインと少し困った様子を浮かべる黒猫の姿。
が、そこで異様な光景をドールと一匹は見る。
――ジュル
というイヤな音が辺りに響いたかと思ったら、それは直ぐに始まった。
「ま、マジかよ……」
信じられないといった様子でマオが言うが、それに返事をしたのは、バラバラにされた本人だった。
「マ……ジも、マジ。バラバラにされるのは『慣れてる』から、回復も随分早くなったけどね」
などと笑いながら言うから、今度はマオが声にならない声を上げる番だった。
「お前……」
戻ってきたヘイが、驚いた様子でその光景を見ている。
まず、さっき確かに体をバラバラにされたはずの彼が生きていることを不思議に思った。
現にそれを示すかのように服がボロボロに切られているのに……そこまで考えて、やはり彼は契約者なのではないかという疑問と疑念で固まったヘイに、が声をかけた。
「お。お帰り、ヘイ君」
相手をどうしてきたかなんて、そんな野暮なことは彼は聞かない。
襲ってきた相手に対して行うことは、いつだって変わらない。
それは、世界が違っても、恐らく何ら変わらない行為なハズだ。と、妙なところで確信しているから。
「ヘイ。コイツ、本当に契約者じゃない。コイツは……」
マオが、怯えた様子で戻ってきたヘイに向けて放った言葉の最後を、が取った。
「不死者だよ。だから、最初からそう言ってる」
「で、お前いつになったら帰るんだ?」
アパートの窓枠に座って、猫のマオが聞いてくる。
あの後インを店に帰し、はボロボロになった服では歩けないとヘイのコートを借りて彼の住むアパートに強制的に連れてこられてしまった。
だがこの部屋の主たるヘイは、同じ指令を受けたチームの、最後の一人を呼びに出かけている。
その間はマオが、この契約者から見ても不気味な不死者の相手兼監視をさせられているのだが、完全に安心しているわけではないことは、尻尾に少しだけ逆毛が立っていることからしてもハッキリと分かる。
だが彼は今、そんな不気味なに飛び掛りたくてウズウズしていた。
「う〜ん、そうだなぁ。この世界に飽きたら、かな」
などと言いながらが動かす毛糸の猫じゃらしに、猫としての本能が疼く。
「飽きたら……か。だがまぁ、当分は飽きないだろうな。面白いぞ、契約者と居るってんのも」
「色んなタイプの奴がいるんだろ。お前みたいな、動物に精神飛ばしたりとか、ヘイみたいに電撃流したりとかさ」
ピョンッと毛糸の猫じゃらしをが跳ねさせると、マオの精神力は限界だった。
「ニャァァ」
猫の本能が先に出てしまいそれに飛びつくが、とは違う別の視線を感じて我に返る。
「あ……」
玄関を開けて、勝手知ったるなんとやらで入ってきていたのはこの家の主である李舜生な彼と後一人。
「何してるんですかさん」
というの少し呆れたような舜生の言葉に、
「ん、マオの精神の限界を試してたところ」
などと笑顔で答えるに、マオが怒る。
「お前なぁ!」
だが、クスリと笑ってもう一人の男が言った。
「君って面白いね」
「!!」
だがマオの怒りは関係なしとばかりに、話は直ぐに本題へと戻る。
「ま、そんなことはさて置き。これから君の経歴を、本物にしていきますか」
と、男が言うとその目が赤く、光った。
「旅する理由?」
「そう。さんが世界を越えて旅をする理由は?」
と、目の前に広がるご飯を前にして、舜生が聞く。
「う〜ん、特に理由はないよ。いや、うん。本当に」
「理由もなく、旅をしているんですか」
「どうなんだろうね。答えは、まだ、見つかってない、そういうことに、しておいて」
「はい」
「それにしても、よく食べるねぇ。感心する」
「そうですか?」
「うん」
ま、こうして新しい人と出会うためって言ったら、あっちの世界の人たちは、やっぱ、怒るのかなぁ。
でも、ロニーさんの説教は怖いから、やっぱ当分は帰らないと思うけどね。
忘れるとも思えないけど……
アトガキ