雪の上に朱色の花は映える。
 椿がそうのように、また冬に咲くよう調整された牡丹がそうのように。
 だがしかし、戦場に花など咲かない。
 戦場で赤といえば、人の獣の流す血くらいしかないが、それが今膨大な数の人の身体が折り重なるように倒れているそれらと共に点々とした花を作っていた。
 そんな中、空を見上げる獣につられるようにして、上にある光帯を見上げる一対の人と獣の姿。
「大尉。一体どう……され……」
 猪口がそんな男に声をかけ、そしてそれは途中で遮られる。
 ドサァ!
 という盛大な音を立てて、何かが落ちてきたから。
「て……敵……」
「痛ったぁぁ!」
 疑問が解消される前に、男が痛みの声を上げると同時に、新城が動いた。
 ガチャ……という音を立てて、男に銃剣を向けている。
「おおぉっとこれはまた、随分と手荒い歓迎じゃないか。あの天龍、どこが手厚く歓迎してくれる。だ。ったく」
「天龍?」
「あれ?もしかして時間の軸がちょっと変なのかな。まぁいいや。あなたが新城大尉?」
 男は、そのまま騎銃の先についている短剣を指でソッと摘んで逸らすと、そのまま体を起こして目の前に立つ人間の名前を確認してきた。
「えっと、あの天龍をこっちの世界に戻したお礼に、こっちに連れて来てもらったんだ」
「助けた?」
「あぁ。この後、あの天龍は光帯に空いた穴に吸い込まれて……まぁ、俺の帰還はいつのことやら分からないけど、とりあえず今が戦争中ってことはわかるから。とは言え、寒いねぇ」
 冬だとは聞いていたけど、ここまで寒いとは。まるで北海道並か、この寒さ。
と、周囲にある雪の量を見ては粗方見当をつけた。
 ロシアっていう程じゃない。が、寒いものは寒い。
 はぁと吐く息は白くて、一応冬仕様で着てきたコートも、いつまでもつか。
「天龍を助けたといったな。どういうことだ?」
 新城が、周囲を興味深げに見つめている男に対して、言葉を発した。
「どうもこうも。俺の世界に紛れ込んだ龍をここに帰して、そのお礼として連れて来てもらったってだけ。光帯を見にきただけだから、戦争の邪魔はしないよ」
 ニヘラと笑って、騎銃をどかせるとその場で立ち上がり、右手を差し出した。
だ。よろしく」
rec -011...
LightBelt Tightrope
「コイツァ……龍か?」
 目の前にいるとてつもなく異形の生物……架空の存在だと思われていた生き物がトグロを巻いて目の間にいる状況に、流石の三合会のボスも言葉を失った。
「一体全体何の冗談だ。これは」
 出た言葉はそんな他愛のないことで、首を軽く左右に振って状況を否定しようとするが、どうもにも目の前のソイツは消えてくれないので、どうやら現実らしい。
『名はなんと申される、人よ』
 目の前のソイツは、鱗がびっしり生えていて、まさに竜そのものの姿。
 太古の伝説上の生き物そのままの姿に、誰も彼もが口を開けてジッと見つめている。
 そんな状況の中、龍の声に答えたのは一人の男だった。
という。よろしく竜神さん。ところで、この声はあんたのか?」
 目の前の生き物の口が動いていないのに声だけは聞こえる不思議に、がそのまま疑問を問い掛ける。
 とは言え、いきなり現れた迷い竜に物怖じせずに語りかけているという日本人、中々度胸が据わっているというべきか。
『左様。導術を用いてあなた方のみ聞こえるようにして話している。幸い、ここには導術を使える人はいないようだが、念のためです』
「導術ねぇ。まぁいいや。ところであなたはどうやってここに来たのですか。ここじゃあなたは……」
 ここから先を言うのを、は躊躇った。
 架空の生き物が目の前にいる事実それ自体非現実的で、だけどそれがなんだか逆に可笑しくて。
 こういう状況を楽しめるって、俺もちょっと当てられているのかなとは考えるが、深くは追求しないことにした。
「あぁ、失礼。わたくしの姓は板東。名は一之丞。出身は、皇国伏龍河水源の大鱗峰のあたりです。あなた方が天龍……こちらでは竜神と呼ばれているらしいですね。まぁ、見た目どおりの龍族ですよ」
 どうやら自分が名乗っていなかったことに気付いた彼が、さっきが彼に対して呼びかけた名前を使って自分の名を名乗り、そこで一つ言葉を切った板東という名の龍は窓の方へと視線をやって、
「ここには光帯はないようですし、ということは大協約も存在しないようですね」
 と言った。
「グランコード?」
 さっきから一体何の話をしているんだろう。『皇国』といい、『大協約(グランード)』といい……光帯とはなんだ?
 どうも、竜神様のいた世界にはなんだか色々とややこしいものがあるんだなとは思ったが、それは口に出さないことにした。
 それ以上に驚いたのは、竜神様に名前があったこと。
 竜神に姓と名があったとは驚きだ。UMAに個人名があったとは!
「どうやらわたくしは、間違って違った世界に入り込んできた模様ですね」
 光帯の向こうに何があるのか、興味がなかったといえば嘘になる。が、しかしこんなところにたどり着くとは。


「板東とか言ったな。いくつか質問をしても?」
 感慨深げに空を見上げる龍に向かって、張が話し掛けその頭が上下に動くのを確認してから張は口を開いた。
「あなたは怪我をしているようだが、大丈夫なのかね」
「えぇ。私も早く薬師にこの傷を見せたいのですが、何分帰る手段を失いました」
 申し訳なさそうに答える龍に、更に張が言う。
「こちらとしても、あなたには早々にお帰り願いたい。何分、この世界では龍という存在は架空のものとして扱われる、いわゆる未確認の動物だからな。まぁ、竜神という神の存在に近しいものとして扱われているわけだがね」
 率直に言う張の表情は何も変わらない。至って冷静に、神に近しいとされるその龍と相対している。
「なるほど」
「竜神でも天龍でも何でいいが、その姿はここでは目立ちすぎる。何とかできませんか」
 提案した張に、竜がまるで頷くようにゆっくりと頭を上下に動かした。
「あぁ、これは失礼をした。では、わたくしの姿はあなた方以外に見えないようにいたしましょう」
 そう言うと、スッと目の前から、竜がゆっくりと消えていくが、そこにいるということだけは何となく気配で分かる。
――なぜ俺まで見えているんだ?
 は思った。さっき龍は「あなた方」と言った。何故俺まで巻き込まれなければならない?
 そうは思えど、口を挟める空気ではなかったので、それは今端っこに寄せては流す。
「それにしても、私達天龍の存在を竜神などと呼び、また架空にして扱われるとは……」
 と、少々心外だと言わんばかりの声音でそう言って少し考え込んでしまった龍……自分のことを天龍と呼んだ竜神様は、ここに来た経緯をゆっくりと話し始めた。
「光帯のところに穴が空いていたので、気になってみたら吸い込まれてしまい、気がつけばここに行き着いていました。ここは一体どこですか。見たところ、皇国ではないような?」
「皇国?」
 皇国・光帯。複数回出てきたな。
 どうやらそれらが原因かつ彼の本拠か。
「板東さん、こちらとしてもあなたが早く帰ることはやぶさかではない。だが俺はこれからやることがあるのでね。よってこいつをお貸ししましょう」
 張が、予想外のことを言った。それはつまり彼に全面協力するということで、それが分かったのか板東がゆっくりと笑ったかのように目を細め
「それはありがたい。わたくしも、帰るためなら何でも協力いたしましょう」
 と言った。
 グランコードには、龍と人は相互すべし、とある。それに、この人間達はつい先ほど出会ったあの人間、新城直衛という男に随分と似ているところがあり、少し好感が持てる。
 とは言え態度は少し不遜だが、協約がないこの世界では致し方ない。と板東は思った。
 張が指名したのはで、ということは今日の行動は全てキャンセルということか。と思ったが、ここは「はい」と答えるほかなかった。
 ったく、余計な仕事ばかりが増える。
 だが、そうは思えど口には出さない。出したら最後、今度は自分が死体になる番がやってくるだけだ。


「あの人は、あなたの上司かな?」
 斜め上から声が届く声にはそちらの方に視線を向ける。
 自分にしか見えないと言ったとおり、確かに自分にしか見えていないようで、しかし建物などは素通りできないらしい。
 見かねたは仕方なく屋台で持ち帰り用にしてもらった鳥飯(カオマン・カイ)片手にビルの屋上に上がり、上空に広がる青空にむけて会話を始める。
 だがこんなところダッチや姉御その他の連中に見られたら、それこそ頭が火星に吹っ飛んだかと思われかねないな、とは思った。
「上司というか、なんとうか。まぁ契約で動く間柄です。とはいえ、仕事をこなして金をもらうという、単純な関係ではありますが」
 と、空に向かって、実際には自分にしか見えない龍に向かってが答える。
「ほぉ。おもしろい間柄ですね」
 目を細めて笑う竜神様、いや、天龍はどことなく愛嬌たっぷりでどこかしら人っぽさを醸しだしてさえ居る。
 だからはいくつか質問することにした。早く開放されたいという願いもあったがそれ以上に彼は、誰かに手当てされているとは言え、手負いなのだ。
 一刻もはやく帰してやらないと、最悪この世界で龍の完全な死骸が……ということになってしまう。
 生憎この街には人間以外を診る医者はいない。
 まぁ、パームストリートに登れば金持ちが雇った私設の獣医はいるらしいのだが、あの世界はまた違いすぎるから、やはり人以外を見る医者はいないと言ってよい。
 しかもその獣医たちも、恐らく龍は見たことはないだろうから、やはり元の世界とやらで診てもらうしかない。
 最悪ここで死んでもらっては、この街は闇に埋もれた街ではなくなり、世界中から注目を浴びるハメになる。
 そうなったら最後、俺はマリアナ海溝よりも深い海の底に沈められてしまうかもしれん。
 ということだ。
「で、さっきの話の続きですが、いくつか質問と忠告をしても?」
 と前置きして、天龍が了解の意を込めて頷くのを確認すると、は聞いた。
「まず、光帯というものが原因らしいということはわかりましたが、大協約と皇国というものは一体何ですか。後、怪我をなさっている様子ですので早々にあなたの世界に帰られることをお薦めします。そのための協力はいたしますよ」
 の言葉にニカッと笑う竜というのもなんだか妙な愛嬌があって、初めて人類が邂逅するUMAにしては、ものすごく友好的だなとは思う。
 UMAって、もっと……こう、話の分からない動物に近いものだと思っていたから……
 それに竜神はその名前の通り、東洋では神の一人だし……な。
「光帯とは、わたくしの世界を覆う光の帯のことです。その姿は雄大で、とても綺麗ですよ。それと皇国とはわたくしが住む国の名です。後、大協約(グラン・コード)のことですが……」
 そこで天龍の板東は言葉を切り、彼にとっては今更なことを思い出すかのように天を一度仰いで見せてから、言葉を再開した。
「大協約は、龍と人との相互助力を定めた協約のことです。例えば、天龍が怪我を負っていたときは人は助けること。これを破れば死罪になり、また、人の多い街例えば人口二千のところの自治権及び戦争の……さん、聞かれていますかな?」
「あー……まぁ、最初の部分でなんとなく分かったからもう結構です。なんだか聞いてると長くなりそうですし」
 というと、そのまま体を預けていた屋上へと続く階段の外壁にもたれていたは、視線を龍から街にやり手に持った鳥飯を一口食べる。
「つまり、その協定によって怪我を負っていたあなたは人に助けられた。と。でも、さっき旦那が言ったように、この世界にはあなたを診る医者は居ません。だから早く、こちらとしてもあなたの世界にお帰りいただいきたい。そういうことですよ」
 ここは正直には話した。
 得体の知れない相手だし、導術などという人には感知できない術を使う以上、下手に隠し事をしても仕方が無いとは踏んだからだが、果たしてこれで良かったのかどうか。
「なるほど。理は適っている。実を取り、合をすり合わせん。というわけですか」
 板東は、そう言うと再度口を上げて納得したような表情で了解した。
 どうやら提案は飲んでくれたらしい。
「否定はしません」
「しかしながら、ここには光帯は見かけられない様子。これではさて、どうやって帰ったものか……」

「驚いたな。まさか本物の龍に出会うとは。で、お前は一体どんな条件を出したんだ」
 煙草を吹かしながら張が聞く。
「条件もなにも、簡単なことですよ。帰る手立てを探すこと。そして早急に帰ってもらうこと。以上です」
「妥当だな」
 そう言った声音は、随分面白くなさそうな雰囲気を含んでいて、は彼に気付かれないように小さくため息を吐いた。
 これ以上、どうせいっちゅうねん。
「ま、妥当な線以外に他やることがないですから。それにあなたはこの街を光が当たるところに押し上げたくはないでしょうし。その辺りも考慮に入れると早々に帰ってもらう他手立てはありませんよ」
 と、至って冷静にが答える。とは言え、体は熱いのだが頭は別と言わんばかりの冷静さだ。
「話は通じるか?」
「えぇ。それほど苦にならない程度には。実を取るための理に適った合のすり合わせだと、そう言われました」
「龍は人の理が分かるのか。面白い。ま、龍に関してはこっちに分がある。香港に掛け合って、そういった資料がないか今調査を依頼している」
「旦那?」
 意外だった。あの三合会がこんなことで動くとは。
 それが分かったのか、旦那が二本目の煙草に火をつけながら言う。
「龍とは天の神。荒ぶる神そのものだ。そんなのが現れたとあっては協力するなという方がおかしい」
「なるほどね。って、旦那。その仕事俺に日本に持って帰らせて解決させようとしてませんか」
 そう問うと、旦那は煙草の煙を天井に向けて吐くと、顔をに向けてこう言った。
「龍伝説は東洋全般に広がるものだ。日本もそうだろ?」
 そんな旦那の表情は、正に悪人面をしている。
 どうやらそれが正解なようだ。
 ったく、だからって、どうして俺が日本に持って帰ってコレを解決せねばならんのですかい。
「確かにそうですケド。なんだかオカルトちっくな話になってきましたね」
「まぁ……な」
アトガキ
前半
2012/03/15 書式修正
2008/10/26
管理人 芥屋 芥