「もし、その日本というところで皇国への帰り道が分かれば、よろしければ光帯を見に来ませんか?」
 龍からそんな提案を受けたのは、今日の朝のこと。
「へ?」
 だから、返事もかなり間抜けなものになってしまったしそれは仕方がなかったのだが、次の彼の言葉に、に表情から笑顔が消える。
「それとさんとあの上司さんとは、あぁいうことをする……」
 龍が思わず言葉を最後いや、笑顔はそのままだったのだけれど、目が笑っていなかった。
「板東さん。それはあまり言われないほうがいいですよ」
 その言葉で、二人の間に微妙な空気が流れたがそれを感じさせずにが言葉を続けた。
「ところで、その日本への行き方ですが、本当は民間機を使って帰る予定でしたが、あなたのこともありますし、一人で帰れるように要請してます。急なものでしたがなんとか捻じ込めましたので今日は黙って俺の後ろを付いてきてください。いいですね」
 そう言うと、板東のことなどまるで本当に見えていないかのようにさっさとは行動を起こした。
 長距離バスのチケットをもち、バスの中へと入っていく。その窓の外では、板東が所在なげにこちらを見ているが、それを無視して彼はバックの中から本を取り出してそれを読み始めた。
外にいた板東は、そんな車内のの様子に一息つき、一度南方の熱い太陽を見上げてその光に目を細めると、発車したバスをゆっくりと追いかけていった。
「ほぉ。これは」
「まぁ、今から日本にお連れしますよ。そこからは、そっちで継続して調査……」
 いたしますので。
 という続きの言葉は、の口から出ることなかった。何故なら興味深げに板東が飛行機をジッと見つめていたから。
 ま、確かに自分と同じ空を飛ぶものだからな。ヤハリ気になるのかな。
 とは思い、そのままの疑問を口にする。
「気になりますか、飛行機が」
 小さく呟いた自分の言葉はきっと彼に届いている。そう確信して、すぐ上にいる今では自分にしか見えていない龍の板東にが聞いた。
「えぇ。しかし、バスという車を追いかけていて気付いたのですが、この世界は随分と科学が進んでいるようだ。大協約世界では人が空を飛ぶためには翼龍を使うので、こんな立派な空を飛ぶ機械は、いまだ発明されていませんからね」
 と、本当に興味深げに空港の屋上に上がってその目の前に広がる光景を目にしなが板東は言う。
「翼龍?」
 天龍というのとは違うのか?
 とは疑問に思い、問い掛ける。どうやら、ドラゴンには二種類いるようだ。
「えぇ。翼龍です。わたくしたち天龍とは違う、そう、人の視点で考えるとするならば、犬のような存在です。ですが犬とは違い、幼いころより人の中で育てないと懐かないという性質がありますが。まぁ、わたくしから見れば、かわいいものですよ」
「つまり、天龍にはその翼龍は懐くというわけですか」
「まぁ、そういうことです」
 知らないことだらけだな、とは思う。
 とは言え、知らない存在なのだから、知らなくて当たり前なのだが、こう、なんだろう。
 人に対してあまり警戒心がないというか、なんと言うか。
 不思議な存在だ。板東一之丞。

「なるほど。とは言え、人そのものが飛ぶわけではないので、この通り、騒音もひどいものですが、さっきと同じようについてきてください。あれです」
 指差したのは、日本に向かう戦闘機だ。
「分かりました。あれに付いていけばいいのですね?」
 本当は一般の民間機で帰る予定のところを、どうなるか分からないからということで半ば無理矢理に捻じ込んだ予定だったけど、大丈夫だったかなぁと、は思う。
 しかし無理に捻じ込んだことで、仕事が増えたとタワーの連中の言葉に
「わかったわかった。今度来た時は一杯おごるから。んじゃ誘導頼むわ」
 と指示をタワーとグランドに申請すると、目の前にいるマーシャラーがいきなり踊りだした。
 それに手信号で答えると、戦闘機が一機、そこから飛び立っていった。

「しかし、これ聞こえてるのか?」
 上空に上がれば、誘導と指示に動く以外はっきり言ってやることがない。
 キャリーと同じで、あとは南の基地で給油を受けたあと、厚木に持っていけばそれだけで仕事は終わりだったから。
「あなたの声は聞こえてますよ。近くにいれば、導術であなたに話し掛けることも可能です」
「結構万能なんだな。その導術って」
 と、バック・トゥ・バック状態で、自分の上にいる天龍にがキャノピー越しに視線を向ける。
 こういうことは、民間機では流石に不可能だっただろう。確かに普通に乗る分には快適だが、彼との会話はできなくなってしまう。
 それはなんとか避けたい。貴重な空での捜索時間を、民間機に乗ることで削られるのだけは勘弁願いたいし、彼を元の世界に帰すにはその『光帯』というのも探す必要がある。
 決められた航路を行く民間機では、流石にそれは無理というもので。
 大体、機内でまるで誰かに語りかけるように独り言をずっと言いつづけるのは、正に怪しい人そのままじゃないか。


「で、そのあなたの国の皇国というところですが、一体どんな国なのですか?」
 光帯と共に出てくる皇国というものについて、は聞いた。
 高度は、四万フィート前後辺りを飛んでみることにした。流石にこの高度になるとほとんど民間機はいない。だから、ここでは姿を見せているらしい。まぁ、常に見えていた自分にはあまり変化はなかったが、それでも導術を使う負担が減って助かると、彼は言った。
 それにしても、広い空だ。
 いつ見ても綺麗な青い空だな。
 と、この高度に上がって初めては思おう。
「皇国は現在戦争状態で、撤退作戦が続いています。わたくしを撃ったのは人だが、人の責ではなく、そんな地上に降りたわたくし自身に腹を立てているのです。が、そんなわたくしを助けてくれたのが、、その撤退作戦を指揮しているある指揮官でした」
 空をゆく龍の声が澱みなく頭に響く。
 流石に天の名を持つだけはある。昔の人が想像し、描いた姿そのままの『竜神』が今本当に自分の目の前にいる。
 なんだか変な感覚だなと思いつつも、はそんな龍に対してマスクを外して率直な感想を述べる。
「へぇ。しかしその男も不運なものだ。あなたを助けたことで、撤退は随分遅れたのではありませんかね。まぁ、助けなかったことで、後々待っているのが死罪となれば助けずにはいられないでしょうが」
 そんな協約がなければ、きっとその男はこの天龍を助けなかっただろう。
 が、助けなかったことにより、死が待っているのであれば……
 とは言え、随分と理不尽な協約なのだな。と素直には思う。
 撤退作戦中では、一刻も時間の無駄は許されない。
 一瞬の遅れが進軍してきている敵の先っぽにぶち当たる。なんてこともありえるから。
 しかしだからこそ、そんな違反に対する厳しさが人自身の抑制にも繋がっているのか。と、は思う。
 知性ある異なる種が共存しあっているのなら尚のこと……か。まぁ、この世界では考えられないことだがね。
「そうですね。ですが、協約が全体を覆っているそんな世界ですから……」
 この世界にはそれがないから、この世界ではワガママは言えない身だが、あの張という男はこのという男を自分に貸してくれて、尚且つ帰るのに協力までしてくれるという。
 今はそれに頼るしかない自分の現状では、この男の言うことは我慢するほかなかったし、、ある意味人から見た場合の上辺だけではない本音の部分を言ってくれる。
 龍から見れば、なんとも理不尽なことを言ってくれるものよ、といった不満もあったが、確かにあの新城大尉は撤退中だと言った。
 まぁ、世界が違えば約束も違う。
 今は、あの張という男に感謝して、協力してくれると言ったこの男についていく他はないのだから。
 自分のことを神に近しい存在として考えていると、あの張という男は言った。
 だからこその協力なのだろうが、それ以外にも理由がありそうで、一筋縄ではいかないような、そんな深慮深さを兼ねたあの張と言う男の言葉を、今は信じるしかない。
「あと今は冬の季節なので、とても寒いですよ。十三月を終えて、今は一月ですから」
「十三月……」
 この時点で、やはり彼の世界はこことは別の、全く違う世界だということは確定したな、とは思った。
 十三月周期は、今は使われていない。というか、基本は偶数のこの世界だ。日本の二四の節句に始まり、二四時、60分・60秒……あ、昔にマヤ文明が十三を使っていたか?
 と、連想で出てきたアヤフヤな知識はどこかに寄せて、は一つ、昨日から気になっていることを聞いた。
「ところで、その皇国というところで使っている年号は、もしかして皇紀とかそんな年号を使ってませんか?」
 と。

 皇国とは昔、一部の人間が日本を指す時に使っていた名前でもある……そして、昭和の何年か確か戦前だったか戦中だったかで、皇紀何年という祭りが実際に行われていたとも。
 旦那がその辺りの事情を知っていたのかはどうかは、今は確認もしようもないが、恐らくその辺りも見越して、彼を日本に連れて行こうとしたのだろうか。
 それにしては、あまりにも絶妙なタイミングで現れたなと、は思う。
 まるで計ったかのように、自分があの街の仕事のために滞在したその日に現れるとは。
 あと一日でも遅く彼が現れてくれれば、俺に話が回ってくることもなかったのに!
さん。この空は、とても綺麗ですね。光帯がなくとも実に綺麗だ」
 感慨深げに空を見渡して、板東が言う。
 確かに、とそう同意しかけて、はその言葉を止めた。
 視界に何か入った?
 まさか……
「板東さん、ちょっと動きますよ」
 そう言うと、彼は握っている操縦桿を動かして龍から離れると、そのまま右旋回をしてソレを追っていく。
さん?」
 急に離れた彼に導術を飛ばすも、その勢いはとても速くてあっという間に遠くなって語りかけられる導術の範囲から離れてしまい、板東は彼を追った。
「これは……」
 それは、上空を浮きながら進んでいた。
 龍と人もまた、それを追いかけながら進んでいる。衛星から見たら、きっと航路を外れてるんだろうが、今はそんなことは関係ない。
「光帯の光です」
 やっと追いついた板東が、それを見てに語りかけてくる。と同時に、何かが……
 あれは、もしかして俺か?
 直径は30メートルくらいだろうか、そんな光の円盤とも未確認な飛行物体とも、プラズマのような光の球体とも見えるその光の向こうに小さく自分の姿が見える。
と同時に、何かが流れ込んでって、これ、もしかして記憶か?
「それにしても、まるで空のマンホールだな……」
 思わず出た呟きを無理に引っ込め、別のことを呟いた。
「……こんなところに出入り口があったとは……」
 それを追いながら呟くの頭に、板東の声が響く。
「どうやら、ここに出入り口があったようですね。さん、どうされますか?」
 それは、このままあなたも来ますか?ということだが、ニヤリと笑っては答える。
「突っ込みましょうか、行けばもろとも。あなたが来て、俺が帰ることができない道理はないでしょう。それに、最初に誘ったのはあなただ」
 と答えて、龍のあとを、追った。
rec -011...
LightBelt Tightrope-02
アトガキ
後半

BLACK LAGOONと皇国の守護者のトリップ夢
トリップというより、トリップループ夢かも……

リクエストくださった方へ。
ありがとうございます。

2012/03/15 書式修正
2008/10/29
管理人 芥屋 芥