「何か歌うか」
 持ちかけたのはマスター。
 時間が空いたからと、ご飯を食べた後に一曲……だけで終るハズないじゃん。
 だって最近忙しいの理由で全然歌ってないし。
 この言葉を待ってたんだから。
「ねぇ! これ歌いたい!!」
 ほら。早速リンがリクエストを出してる。
「えぇぇ? これがいい! ねぇマスタァこれ歌おうよ!」
「だめよ。あんた達ワガママ言わないの! マスターは私のリクエスト聞いてくれるって昨日約束してくれたんだから。ね、マスター」
 そんなメイコ姉ちゃんの、ちょっと怖い笑顔と言葉にマスターが思いっきり体を逸らしながら、顔を少し引きつらせて
「う……うん。そうだね」
 と答えている。
 ったく、俺とカイ兄ぃのリクエスト関係は眼中にないっぽい……ったく。
 まぁ、カイ兄ぃだからいいけどね。(え?……レン、ちょっとそれ酷くない?
 うるさいなぁ。
「だったら、みんなで歌える童謡とか……」
 その言葉に、レンが反論する。
 な!?
 なんで童謡?!
 ダメだダメ。
「だめ! それじゃカイトの独壇になるじゃん! だからダメ!」
 俺やリンやミク姉ぇが得意なのは、ポップスとかロックとかなんだから!
 そう言うと、マスターが耳を少し塞いで
「分かったから。分かったから。じゃぁ、何かアドリブで入れるか?」
 そう言うと、立てかけてあったギターに手を伸ばした。

rec -008...
song field
 いいなぁ。
 画面の向こうから、楽しげな声が聞こえる。
 声か。
 私には無いものだ。
 それなら、一緒に行こうでござるよ。
 え?
 どこからか声がした。
 それは、正規のボーカロイド。
 私は違うから……
 でも、本当にいいのかなぁ。
 迷っていると、目の前に現れたのは緑色の彼女だった。
「大丈夫よ。行きましょう」
 と、手を差し伸べてきた。
 一通り皆歌った後、ソファに座ってダラリと体を伸ばしていたミクが、台所に立つに声をかける。
「マスター」
 その声に反応して、晩御飯の残りのカレーを温めていた彼がその手を止めて
「何?」
 と答えた。
 その様子に、それぞれ自由に……とは言っても年長組みは冷却に入ってゆっくりしている中、下の二人はじゃれ合ってばかりで騒がしいことこの上ないリビングだったけれど。
 とはいえ、それを止めないの意思を察してか、カイトもメイコも口を挟むことはなかったけれど。
 そんな二人のやり取りに気付いたリンとレンがじゃれ合いを止め、メイコとカイトもじっとその会話を聞いている。
「なんかね、さっきからドアの向こうに誰かが居る気がするの」
 その言葉に、カシャン……という音を立てての手からお玉が落ちる。
「な……に?」
 そういうマスターの顔、引きつってるよ?
 あ、もしかして幽霊が怖いとか?
 まさかねー
 なんて思いながら酒を飲むのはメイコだ。
 そんなメイコに、カイトが言う。
 メイちゃん、マスター茶化してどうするの……
 と。
 そんな二人のやり取りを聞いてか聞かずか、ミクが更に言葉を続ける。
「なんだかね、ドアの向こうから誰かが見てるような気がして。ねぇマスターの部屋に入っていい?」
「あ……あぁ、いいけど……」
 そんな心許ない答えを受けると、ミクがソファから立ち上がってそのままの部屋へと向かい、その後ろを鍋を温めていた火をとめてがキッチンから出てきて付いて行く。
 更にその後ろから顔を輝かせたリンとレン、そして更にメイコとカイトが続く。
 なんだかんだで、の行くところが気になる様子で。
 視線で会話をしが頷いたのを合図に、恐る恐るといった様子でドアを開けたのは先頭を歩いているミク。
 そして、
「うわぁ……」
 と、今まで聞いたこともないような脱力しきった声を発したのはだ。
 そしてそのまましばらく固まった。
 何せ、部屋にいたのは紫とピンク……おまけに紫の方は刀まで下げている。
 ピンクの髪をしているのは女の子で、ツインロールというのか縦巻きロールというのか、兎角中世のヨーロッパ辺りから出てきたような髪形をしている。

――また濃いのがきたなぁぁぁ……

 皆そう思ったのかは知らないが、少なくともはそう思った。
 部屋にいたのは二人。
 一人は
「拙者の名前は神威がくぽでござる」
 と、聞かれても居ないのにそう名乗り、一人は……
『私の名前は、重音テト。今はまだ声がなくて、あなたとお話できません』
 と『云った』。
「あのぉ、俺は君……」
 それに反応したのは紫の彼。
「なんでござるか?」
「いや。てか、そっちのピンクの子に聞いてるの。君、声が」
 出ないの?
 という言葉は、がくぽによって遮られた。
「えぇぇぇぇ?! それはヒドイでござるよますたー殿!」
「ガクッポうるさい。てか誰だ! 彼ら入れたの!!」
 こんなに慌てたの姿は初めて見るから、ついつい見とれてしまう。
 というよりも、この慌て振りは見てて本当に『楽しい』と思う。
 だって彼の表情は今まで見たことないくらいオタオタしてて、赤くなったり青くなったり忙しい。
 あーあ、マスター困ってる。
 なぁ。アレ止めないの? リン。
 私は止めないよ。ね? メイコ姉ちゃん。
 うん。見てて楽しいから良いんじゃない?
 メイちゃん、君ねぇ。
 振り向いた彼に、後ろに立つ四人が揃って首を横に振る。
 その様子を見て何かを悟ったが、頭をガクリと垂れた。
 コ、コイツ等ぁぁぁぁ!
「楽しそうだったからテト殿について来たんでござるよ! ね? テト殿」
 そんな通信を聞いていたのかは知らないが、がくぽがフォローなのか何なのかよく分からないことを言い、その言葉にピンク頭の名前をテトと言うらしい彼女が頷いて、そして画面を動かしていってきた。
『私は、まだ声をインストールされてないので、出ないのです』
 いきなり現れてた彼らには深く深くため息を吐いた。
 インストールされてないって、もしかしてフリーソフトか?
 そう思ったが、彼女の名前確認して次の行動に移った。
「テトって言ったっけ。とりあえず、声を入れるからチョット待ってて。後、お前等も内部電源に切り換えてて。パソコン再起動させるから」
「はい」
『あ……ハイ!』
 皆が一斉に返事をする。
 ただ一人紫の彼、がくぽだけはキョロキョロしていたけれど。
「あぁそれと、がくぽって言ったっけ。お前は充電!」
 それぞれに指示を出して、未だ声を出せないテトがパソコン内に文字を打ち出す。
『あの、私が入っていいんですか?』
 と。
「何、もうこうなったら入れるしかないでしょう? ったく、なんかどんどん増えるんだけど、俺何かしたか?」
 少し困った様子のの声に、テトの表情が曇って
『ごめんなさい』
 と答えて、バツが悪そうにがフォローする。
「あーいいのいいの。君は気にすんな。カイトも似たような状況で家に来たわけだし、こういうのはもう慣れたよ」
 こんな慌しいのは、カイトを拾って以来だけど。
 と思いながら、ガタンという音と共にキーボードを打ち、何かを検索していく。
『私の声……』
 ネットに落ちている自分の声が、すぐそこにある。
 後は、この人が実行のボタンを押すだけ。
 そしてパソコンが再起動したら、私は声が出せる。
「それにしたって、お前等……後で覚悟しとけ? 声擦り切れるまで歌わせるからな」
 乗せられたと分かっていても、言わずに居れなかった。
 メッチャクチャ悔しいけどな。
 自分の中の負けず嫌いが出てきたが、それでも確かに最近歌い込んでないから仕方ないか。
 と、半ばヤケクソに近い気持ちでエンターキーを、押した。
 良かったね。テトちゃん。
 うん、ありがとう。
 作戦成功か?
 でもがくぽさんはなんで居るの?
 ……カイト?
 俺じゃない! 俺じゃないよ!!
 後ろに流れる微妙な空気を察したが、首をまるでギギギギっと音が鳴るんじゃないかっていうくらいゆっくりと振り返り、怒りで声を震わせながら彼の名前を呼んだ。
「カーイートォ?」
「俺じゃありませんよ! マスター信じて!」
 
 
 
「ぎゃぁぁぁぁ!!」
 ギターのネックを握りしめ、それを振り回して暴れるを止める者は誰もいない。
 それでも、なんだか笑いが絶えないのは、その光景がとても面白いからか。
「それにしても、拙者がここに来て良かったでござるかな?」
 と、紫のボーカロイドが走り回って逃げているカイトと追いかけるを見つめながら、誰ともなしに聞く。
「何言ってんのよ。勝手についてきたくせに」
 そう答えたのは、全てを知っている最強の赤いボーカロイド。
「それにしても、マスター殿とカイト殿は面白い御仁たちでござるなぁ」
 と、カラカラ笑う。
 自分たちがそこに居るだけで、歌の広場がそこに出来上がる。
 ほら。
 このリビングでも、歌が……
 
 
 
「メーチャーン!タースケテェェェーーー!!」
 
 
 
 
 
 …………歌か?
アトガキ
まさかのVOCALOID&UTAUのテト+がくぽ
まぁ、なんというか。
カイトは不憫な子!
2012/03/15 書式修正
2008/09/19
管理人 芥屋 芥