「雪風! 操縦コントロールを俺に回せ! 奴等を振り切る!」
警告音がビービー煩くて、自分が怒鳴っているかどうかもよく分からない。
ただ、状況は一刻一刻と悪化していることだけは間違いないようで、現に後ろのジャムがケツに喰らいついて、今すぐにでも落とされそうな状況であることだけは確かだった。
「雪風!!」
前に座るパイロットは既に意識がない。
なんでかって?
爆発の残りを頂戴しちまったからだ。
これは雪風の計算ミスだな、とは思う。
どうしてかって?
決まってんだろ。
コイツ(雪風)は俺に喰らわせるつもりだったんだからな。
お陰でコイツは意地になってやがる、クソッタレ!
ヘッ、こんな時でも随分冷静なもんだな。
我ながら関心するぜ。
そう思いながら、は雪風が見ているディスプレイに向かって何かを叫んだ。
req -005...
theWind Planet
ジジ……ジジジッ……
ゆっくりと視界がクリアになっていくと同時に、周りで鳴っている音も耳に入ってくる。
視力・聴力ともに良し、後は声の確認だけ。
しかし、何かの所為で声は出ない。
あぁ、マスクか。
そう認識した彼は、腕をゆっくりと持ち上げてマスクを外そうとしたとき、シャ……という音を立てて誰かがこの空間に入ってきたことを男は知る。
「あら、目が覚めた?」
という女の声と同時に届いたと同時に
「ようやくお目覚めか」
という男の声に反応してしちらに視線向けると、そこには金髪の見慣れた上官ブッカー少佐が入ってきた看護師の隣に立っていた。
「危ないところだったが、なんとか無事に帰ってこれたな。深井少尉」
自分の名前を呼ばれたとき、あの時の光景が頭をよぎった。
確か、自分が気を失った後に雪風の操縦をやったのは後ろに乗っていた彼のハズ。
そして、自分がここで寝かされているということは彼も雪風も帰ってきたということなのに、どうして姿が見当たらない?
「は、無事なんですか?」
「……あぁ」
一拍遅れて肯定した少佐を少し不審に思いながらも、看護師に言われるままに再びベッドに少尉が背中を預ける。
「それじゃ、診察いたしますね」
妙な空気が流れる前に看護師がそう言って仕事を開始した。
『消防隊! 急げ!!』
『緊急着陸 緊急着陸 滑走路を開けてください。繰り返します、戦闘機が緊急着陸します。消防隊以外は避難してください』
けたたましいサイレンの音が基地を覆って、今から着陸する戦闘機、そのパーソナルネーム雪風を待つ。
その時ブッカーは司令室から飛び出し、滑走路にいた。
「見えた」
双眼鏡を構え、飛んでくる機体をその視界に捉えたときには、既に周りは行動を開始していた。
「来るぞー!」
いつもの雪風の着陸音よりも若干大きい音を立ててそれは止まり、コックピットの中で動く人影をブッカーは見る。
やがて周囲の空気に燃料の臭いが混じり、それが気化していることが分かった。
いや、確かに燃料は気化しやすいのだが、恐らくいつも以上に漏れ出しているのだろうか、その独特の臭いが少々キツイ。
「火がつけばここら一帯爆発するぞ! 消化剤用意!!」
それを察した消防隊が雪風に消化液をかけ燃料に火がつくのを防いでる中、ゆっくりとキャノピーが上がり、中で動く人影がはっきりと見えた。
後ろは動いているが、前は……!
やがてコックピットに梯子が取り付けられ、そこから救出しようとする人間たちに引きずり出されるようにして運ばれる二人の近くに駆け寄って
「零!」
運ばれる彼が、僅かだが反応を返したことに内心ホッとする。
生きている。
気を失っている方の男の名前を思わず叫ぶと同時に、もう一人の男が呆れたように自分から口を開いた。
「ったく、真っ先に深井少尉ですか、あんたは……」
と、恐らく雪風をここまで運んできたのも彼だろう男の名前が口から出る。
「よく生きて帰ってきたな。」
と。
それからの仕事は慌しかった。
なんせ一機が使えなくなったのだから、スケジュールの組替えを余儀なくされた。
飛行計画の組換えを真っ先に行い、部下に連絡する。
休暇が変更になり、出勤日が休暇になる。
まぁ、こんなことは日常茶飯事なんだがな……と、彼は苦笑いしつつ、そう思いながら机へと向かっていった。
やがて、作戦会議へと続く廊下の向こうに見慣れた人影を認めてブッカーが何かを言うと、言われた男は平然と
「それがあんたの仕事だ。ブッカー」
と答えた。
キュイ……
覗き込む誰かを、センサーが捉える。
「なんだよ、俺で悪かったな」
と、機械に対して悪態をついたその男は、機体のコックピットに静かに座る。
「お前、なんであの時俺に渡さなかった」
ギシっという音をさせて、男が誰に語りかけるでもなしに独り言を言う。
雪風は、コックピットの中や胴体部分はほぼ無事だ。
ただ垂直と水平の尾翼に損傷を受けているが、それでも大事な部分には変わりないのだが、中枢よりは重要度が劣る部分だけの損傷、いわゆる軽傷程度ですんでいる。
胴体後方にも少々焼けた跡が残っているのだが、エンジン分解するまで整備する必要性は無いと整備員が判断し、それを上が認証して、結局損傷を負った垂直・水平尾翼とエルロン、その他割れたキャノピーなどの取り替え待ちだ。
その間のタイムスケジュールの変更が大変だな、などとブッカーが嘆いていたがそれをするのがお前の仕事だろう?
と、が悪びれもせずに答えたのはつい先日の話。
それにしても、そんなの言葉を聞いているのは誰でもない、機械。
機械とは言っても、ただの機械じゃない。コイツは。
だから、『何を』とは男は言わなかった。
言わなくても、話の流れや表情で自分が何を言いたいのかくらい、コイツ(雪風)は分かっているだろうと判断したからだけれど、それにしたって人の言う事を理解し判断するって、生意気だよなぁ。
そう思った時、視界が黒一色に染まる。
「あんた、雪風を信用してなかったのか?」
と、を睨むように上から見ているのは黒髪の日本人でこの機体のパイロット、深井零少尉。
「してるさ。だけどあの時、ギリギリまでコイツは俺に機体操縦を任さなかった。けど今こうして、俺たちが生きてるのは誰の機転だったと思う?」
飛行記録を見たら、その真相が分かるはず。
情報収集の相手は何も敵だけじゃない。
どんなコンタクトがあって、どんな交戦をしたのかも、全部記録される。
それを見た上での発言ならば、相当この少尉は雪風に心酔してるってこと……だよな。
と、冷静な部分では思ったが、それについては言及しない。
信用してないだって?
それは逆だよ少尉。
コイツは最後の最後で、俺に背中を預けてきた。
最高のタイミングを計った雪風と、それに応えた俺と。
それ以上、どんな信用を持てっていうんだ?
「ま、この機体のメインパイロットはあんただ。そして俺はサブ。俺が移動するが早いか、それとも俺がコックピットで死ぬが早いかは分からんが、新たな命令が下るまで俺はここに乗り続けなきゃならねぇんだ。これからもよろしくな、相棒」
差し出したその右手に、少尉が握り返すことはなかった。
しかし、このコンビが長く続いたことだけは、記録の中に残されている。
ずっと、ずっと。
それは、未知の星の中の話。
それは、地球自体にはあまり馴染みの無い話。
それは、確かにあった現実。
惑星 フェアリィ
風の妖精が、舞った星
アトガキ