あの酒を飲んでから約70年。
ファミリーの中で食われた不死者はいなくて、ただ静かにアメリカにある今や老舗の店となった『蜂の巣』を隠れ蓑としている。
とは言ったって、今じゃ店の方が繁盛しててカモッラとしての仕事の方が副業っぽくなっちまってるんだけど、だからと言ってそっちの仕事がない訳じゃない。
「なぁフィーロ。俺らさ、人に戻れるのかな」
ポーンの頭に指を置きながら、唐突に彼がそう言った。
「どうだろうな」
と、相手が答えると
「なぁエニスはどう思う? 戻れると思う?」
と、このテーブルに丁度自分たちと九十度隣に座るスーツをきた女の人に聞いた。
「難しい問題ですね。それは」
テーブルの上に置かれた二人が勝負をしているチェス盤を見つつ、しかしの質問に表情一つ変えずに答える彼女に、もやはり視線を盤上から逸らさずに
「やっぱ難しいか」
と少し感慨深そうに、そして自分が話題を振ったくせに彼女の言葉に同意すると、そのポーンの頭に置いていた手をスッと外して別の駒、ナイトを動かしてフィーロの黒のポーンを取ると、
「チェックメイトで俺の勝ち、フィーロ」
と言った。
「え? ちょ、ちょっと待てよ。! これのどこがお前の勝ちだってんだよ! まだキングの前までお前の駒はきてないハズだ!」
の駒が自分のキングのところまで来ていないと、そんな一方的な彼の勝利宣言に納得がいかないのか、モスグリーンのスーツを着たフィーロが立ち上がり、抗議する。
そんな彼の様子を冷静な目で見ていたが
「諦めが悪いよフィーロ。なんならエニス、確認してくれる?」
と、最初からこの勝負を見ていたフィーロの彼女エニスに頼むと、彼女が盤の上にならんだ駒をジッと見つめて、
「……確かに、フィーロの負けですね」
と少し言いにくそうに、しかし冷静な声でそう言った。
ちょっと最近問題になっている組織への交渉をどちらがするか。
それを賭けて、そういう台が並んでいる公園のところに三人で腰掛けてそれを勝負している。
何せ久しぶりのカモッラとしての交渉だから……な。
負けたほうが、仕事をする。
最初にそう決めて挑んだはいいが、とは言え久しぶりの本職の方の仕事だし、それは是非やりたい。しかしいくらチェスとは言え勝負事には負けたくないというそんな微妙な心理と相まって、駒の動きは鈍くなる。
そして、目の前の勝負に容赦がないが勝った……ということだが、それにてもコレのどこが勝ったっていうんだ?
「エニスまで!」
に同意する言葉を発した彼女に、フィーロがまたも抗議する。
「ですが……」
元となっているフィーロに逆らうのは、エニスにとってはかなりの抵抗があると思う。
それを察したが腕を伸ばして駒を持ち、それを動かしながらフォローに回る。
「そうそう。だって、これをこうしてこして、ほら。ね? フィーロがどう動いても、俺のポーンがキングの前に立つって訳。だからフィーロの負ーけ」
ダメだしされたフィーロがその言葉に
「うぅ……。くそぉ」
などと言いながら、それでも諦めきれないのか駒を色々動かしてが言った以外の方法を試している。
そんなフィーロにがまた出かけることを、まるで何かのついで事を言うような口調で義兄に告げた。
「それにフィーロ。俺、仕事の時にいるかどうか分からないから」
と、最初から勝負に勝つつもりでいたということを、この時初めて言ったようなものだが、そんな細かなことには追及せずにフィーロが答える。
「そうか。でも、気をつけろよ?」
この言葉も、あの時から何ら変わらない。
フラリと突然居なくなること以外で、事前に旅に出ることを告げるときにいつも言われる言葉だ。
そして自分はこう返すんだ。
「大丈夫だって」
と。
このやり取りは、フィーロやが不死者になる前から続いているやり取りだから、もう最低でも70年以上ほどになるんだろうか。
確かな年数は分からないけど、やはりいつまで経っても変わらないのは自分たち『らしい』と、は心のどこかで思っていると、にもエニスにも『負け』だと言われた盤上をジッと見ていたフィーロが諦めたように言った。
「そろそろ戻ろうか。皆が心配する」
どんなに時代が進もうとも、兄と弟という関係は変わらなかった。
それだけは何十年経っても変わらない。
そして、兄の彼女であるエニスとの関係も、もう300歳は越える年上の、だけれど見た目は年下の少年との関係も。
何も変わらない。
変わるとしたら、きっとそれは……
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