火星に本拠を構える、華僑系マフィア レッドドラゴン。
太陽系でその名を知らない奴はいないだろうと思うくらい、巨大な組織だ。
そして、そこから同じ時期に抜けた二人の人間。
一人はスパイク=スピーゲル。
彼が抜けた理由は不明だったが、その前後の事件が関わっているらしいということは分かる。
その事件には、ビシャスが関わっているらしいということも。
だが、もう一人の人間については、本当に詳しいことは分かっていない。
=。
組織の中でも謎の多い人物で、それでいて何故か知らないが上層部に顔が効いていたという謎な人物。
だが、実際の姿を見た者は数少なく、スパイクはその姿を知っている数少ない人物だったらしいということ。
そして、これが最大の謎になっているのだが、実のところ彼が抜ける理由というか、そのキッカケというのは誰も何も知らなかった。
誰ともコンビを組まず、一匹狼だが優秀……というのが、組織の間でも有名だった男だ。
で、
スパイクは今何をやってるのかというと、どういう経緯(いきさつ)でそうなったのかは知らないが、賞金稼ぎである。
一方のもう一人はというと
現在……
消息不明。
ThreeLoosezis
休養のために火星に降り立つ……というのはただの口実で、要は暇ってこと。
そして、その理由というのは、ツイテナイから。
その兆候は2ヶ月位前から始まった。
それが徐々に酷くなっていき……極めつけは昨日のこと。
ガニメデで追い詰めた賞金首が道路をスリップして突っ込んだ先にあったのは、事もあろうに警察署だったのだ。
お陰で自主扱いになり、賞金はパァ。
役所はこんなときの『幸運』は逃すまいと、俺たちに払う金はねぇとばかりに追い返してきやがった。
その結果、追い詰めるまでに掛った必要経費も出ない有様で完全な赤字。
『こんな時は少し休むに限る』
そう提案したジェットの意見に逆らう者は船内にはいなかった。
ガチャガチャという音をさせながら、スパイクはソードフィッシュIIのメンテナンスにあたっている。
元々この機体は地球にいる頑固親父ドゥーハンからの譲り物で、本来はレース用なのだがそれをスパイクは賞金稼ぎの職で使っているというわけだ。
で、他の船員たちのことなのだが、フェイは好きな散財に出かけ、今は居ない。
そしてエドは相変わらずのネットダイブ。
アインはそんなエドのそばで昼寝でもしてるんだろう、静かだ。
ジェットは好きな盆栽を弄ってるし……
まぁ言ってしまえば、自由なんだ。
そしてそこには、干渉しない・しようとしないという、無意識に生まれる感覚が存在する。
ま、良く言えば個人主義。悪く言えば無関心といったところか。
「ふう。後は、明日やるか」
ようやく一段落ついたところで、スパイクはソードフィッシュの底から顔を出し、一息ついたということだ。
汗と油でべとべとになった体を洗い、その後彼は黄昏の火星の街へと足を向けた。
『太陽系最大の組織レッドドラゴンの……』
さっきからうるさいくらいに入ってくる、レッドドラゴンとその敵対組織との抗争。
よくあることさ。
でも、その中でマオの名前が挙がっていたのをスパイクは聞き逃さないし見逃さない。
さりとて直ぐに行動は起こせない。
どうするか……
カラン……
「バーボン。ロックで」
フラッと入ったバーで一杯やる。
とは言っても、路地裏の酒場。
集まる客はロクな奴等ではなく……
ま、言ってしまえば賞金首探しと言ったところだ。
休んでるからといって、仕事をしない訳にはいかない。
それにマオの件もある。
情報収集も兼ねていたが、それ以上に生きていくにはお金は必要、それにも増して労働も必要……といったところか。
ゴソゴソと胸ポケットからサングラスを取り出すと、おもむろに掛ける。
これがただのサングラスじゃない。
情報端末が入った、いわゆる小道具だ。
(おーおー。居るねぇ。カウンターに二人。テーブルに三人……か)
カウンターにいるのが、五千ウーロンの男と三千ウーロンの女。
テーブルにいるのが、グループで十四万……小物ばかりだが当分の生活費になりそうな連中だった。
だが、カウンターの奥の人物にそのセンサーが引っ掛かったとき、サングラスの中の賞金額が動いた。
額は上がり、最後にはじき出したのは九千万ウーロン。
こいつはぁ……大物が引っ掛かった……
そう思ったスパイクだったが、その男の顔を見て表情を一変させた。
?
その名前が浮かぶのと同時に男が動いた。
カラン……
と音をさせてドアが閉じられる。
男が抜けたのは路地裏に面したドア。
そこから出た男をスパイクが追う。
「よぉ」
目の前にいきなり現れた男の声に、聞き覚えがあった。
「お前……」
「元気だったか? なんて、聞く間柄でもねぇか」
「だな……で、何の用だ?」
と言いつつ、声が硬化する。
目の前の男スパイクは、組織からはもう抜けているはずだ。
「お前、何をやった?」
唐突に聞いてきたスパイクの問に、マズイ予感がする。
こいつは昔から独特の嗅覚を持ってて、関わった人間を見分けやがるからな。
「さぁ。何やったんだろうな」
言葉を濁すが、体は自然と態勢をつくった。
「お前は何やってるんだ?」
「俺か? 今の俺は……」
嫌な予感がする。
そして、それは外れなかった。
「賞金稼ぎさ」
ヒュ……
言葉と共に飛んできた腕を難なくかわし、パシッという音をさせてそれを止める。
クルリとその手首をひねり、スパイクの足を引っ掛けて彼の体を倒す。
が、それは為らなかった。
反対に俺の視界に空を映しただけだ。
がそれも一瞬のこと。
腹筋に力を入れ、体をひねってそのまま起き上がると、今度は足が飛んできた。
「相変わらずだなぁ、そういうところ」
その足を左腕で止めて何とか口をついて出たのはそんな悪態だった。
「そうか?」
などと会話しながらでは、口の中を切りそうだ。
「何をやった」
「さぁねぇ」
「レッド・ドラゴン。マオ=イェンライ……何をやった」
再度聞いてきた。
コイツ……
「言っておくが俺は何もしてない。高額賞金についてはいつものことだ」
「ならっ」
ドガッ
っという音をさせて、スパイクの拳が腹に入る。
マズッ! 今のは……効いた……
やべぇ、目の前がチカチカしてきやがった。
前々から体術はすごいと思っていたが……
そう思ったのを最後に、視界は黒くなっていった。
目が覚めると、そこは警察ではなかった。
どっかの安ホテルか。
埃っぽく薄暗い部屋に僅かに光る電球にボロッちい壁、そしてスプリングの効かないベッド。
あのまま警察に俺を持っていけば、賞金がもらえたのにな……
などと考えていると、ギシッという軋んだ音を立ててベッドが鳴った。
沈んだところに視線をやると、こっちを見ていたスパイクと目が合った。
さて、何言われるんだかな・・・
と、自分の状況が不利だと分かっていながらも、どこかで楽しんでいるらしいは少し笑って
「何。久しぶりだってのに、随分な挨拶だったじゃないか」
と言って体を起こした。
まるで自分の体じゃないみたいだったが、それでもなんとか体は起きた。
「何をやった」
「何がだ」
「とぼけるな」
「とぼけてなんかない」
「じゃ、何があった」
「スパイク。言っておくが、俺だって巷に溢れてる情報くらいしか知らない。それと、俺の高額賞金の理由はなスパイク。組織の方が勝手に掛けているだけ。行方不明の俺を探し出すのに、手っ取り早い探索法だと考えたんだろう。いずれにしても、今回のことで跳ね上がった訳じゃねぇ。いつものことさ」
「それにしては高すぎる」
「そうか? ま、あいつ等にとっちゃ俺の価値はこれくらいなんだろ、きっと」
と、まるで他人事のようにが言うと、右手を差し出してきた。
その手にスパイクは黙って煙草を渡す。
「で、ビシャスとは会ったのか?」
と煙を吐きながらは聞いた。
がそう聞いてきたとき、何か知ってるかもな……
そう思った。
「マオ=イェンライ。何があった」
「アニー……憶えてるか?」
「はぐらかすな」
そういうスパイクの声に、珍しく余裕はなかった。
「はぐらかしてなどいない。詳しいことは彼女に聞け。俺から聞いたら、マオも悲しむ」
アトガキ