県立里見高校の生徒で、俺が一年から目をつけていた生徒がいる。
 彼の名前は雄根 小太郎
 超の付く気分屋の剛速球投手だ。
Scout Men
 超高校生級……なんて叫ばれて久しい昨今だが、そんなこと俺たちスカウトにはあまり関係がない。
 地道な作業。
 日本全国を歩き回り、頭を下げる。
 その繰り返し。
 だが俺はその中でいくつか候補を上げていた。
 まず……
 と思い、手帳を広げたところで後ろから声が掛った。
「よぉ。いいの見つかったか?」
 と、顔をニヤニヤさせながら近づいて来る小太りの男は南部ペガサス一のスカウト。
 名を高橋靖という。
 立場上ライバルにあたるが、俺はあまり気にしていない。
「いや、今年はやっぱ清本だろう。あいつを絶対南部に入れる。邪魔するなよ? ?」
 と息巻いてる高橋に、
「あぁ……まぁ……な」
 とだけ言って、俺はバッターボックスに立つその男には目もくれずに、マウンドに視線をやった。
 雄根 小太郎
 さぁ、見せろ。
 お前のその肩を!
 あの清本天馬を切れ!


 奴の投げる球の弾道を追う。
 球の伸びが尋常じゃない。
 どうやら彼は今『ノッテル』ようだ。
 それに甲子園のマウンドから誰かを探すように時折内野スタンドを見ている。
 だが、見られていない清本からするとこれは屈辱かもしれないと、少し彼に同情する。
 しかし将来、ヤツ等は必ず『モノ』になる。
 清本は……南部に渡してもいいかもしれない。
 だが、雄根はもらう。
 三年間見てきた俺の目に狂いはない。
「おいおいおい、あのピッチャー……」
 と高橋が目を付ける。
 これだけは回避せねば……
「偶然なんじゃねぇの? だとしたら清本君、今日体調悪いかもしれねぇぜ?」
 とはぐらかしてみる。
 実際彼らのことなど分からないから、口からでまかせだ。
「だといいがな」
 とそれで納得する高橋も、ある意味単純だったかもしれない。





「藤村監督、一度雄根を見てください」
 とに言われて甲子園まで足を運んだが……
 一目見て
 使える。
 と思った。
 あの雄根という若造は、の眼鏡に適うほどの物を持っていた……というわけか。
 確かに上半身から肩にかけて、そしてその腕からボールへ伝わる力の入れ具合にほぼ無駄がない。
 何よりあの注目されている清本天馬が三振しているのがその証拠じゃ。
 あの三振は、演技ではない。
 清本も確かにモノにはなるが……有名故に狙っているところも多い。
 うちはそんな賭けに出られるほど金もないチームじゃから、県立の無名高校生に目をつけたところは流石じゃぞ
 確かにウチは今ピッチャーローテーションが苦しい。
 万年最下位だと言われ、確かに這い上がれる力がない訳ではないが、それでも先発・抑えと決定的な投手不足なのは否めない。
 だから、できれば二人、目を付けてくれとワシから頼んでいたのだが……
 あの雄根という若造、使えるか。
 と、早速彼が入団したあとのことが頭を巡る。
 イケルところまで、いけるかもしれん。
 と考えて、大和トムキャットの監督藤村はニヤリと笑った。






 雄根が崩れたのはその次の試合だった。
 球に力がこもっていない。
 何より……ヤツが『乗ってなかった』
 あーあ。
 こりゃ一回戦から今日までに、何かあったか?
 と思いをめぐらす。
 だが事情を知らないは、一回戦が終わった夜に彼が告白した女生徒は、実は戦った清本天馬のファンだということでショックの余りテンションを落とした……ということまでは気付かなかった。(当たり前である)
 兎にも角にも、雄根が崩れた今里見高に勝ち目はなく……
 呆気なく二回戦を敗退した。
「さて、ここからが俺の仕事か」
 と、振り向けばまだ熱闘が続く甲子園を背に、阪神高速道路の下を生暖かい風が吹ける中、は球場を後にした。




「俺が……プロに?」
 とグラウンドを少し離れて二人で話す。
 里見高校のグランドは、甲子園が終わった後のあの、まったりとした中に新たな息吹きを含ませた、そんな空気の中にあった。
「あぁ。君は通用すると俺は踏んでる。手の内を明かすようで申し訳ないが、実は君のことは一年のころから調べさせてもらっていたんだ」
 と、懐の中へと一気に切り込んだ。
「へぇ……つまり、俺のこと一年から目をつけてた……っていうことですか」
「そうだ。君の成長、そしてこれからの可能性に賭けてみないか? 君はまだ伸びる。俺はそう思ってる。確かにウチは今投手力が落ちている。だが君が入ることで、何か変わるかもしれない。それはやってみないと分からない」
 静かに、だが中に熱を込めて話す。
 ただでさえ暑い真夏の空気が、二人の間で更に熱を帯びたように感じる。
 沈黙が下りる。
 だが、その沈黙を破ったのは雄根の方だった。
さん、あんた俺のこと一年から見てたって言ってたよな」
 静かに彼が言った。
「あぁ」
 答える
「そんじゃ、入るしかないっしょ」
 あっけなく、彼は了承した。
「え……」
 そのあまりにも呆気の無さに今度はの方が鼻白んだ位だ。
「なぁさん。あんた、元トムキャットの五番だったさんだろ?」
 と、水原と組んでいた頃の打順を言われた。
 水原が四番・俺が五番を打っていた頃の……
 そして、無田が正捕手だった頃の……
 だが、何故彼がそれを知っているのか。
 現役を辞めて、もう随分経つのに。


「そのさんを打ち取ったら、俺はプロで通用する。何せあの水原さんに『本当の四番はだから』と言わせたあんたをアウトに出来ればね」


 どうやら、彼の中に闘志という名前の火をつけてしまったようだ。





「じゃ、行くぜ?」
 マウンドに立つ彼が言う。
 バッドを握りただ、球に集中する。
 軌跡が見え、バッドを振る瞬間に球はホイップし浮かび上がった。
 瞬間的に手首をひねり合わせたが……お……重い!
 こんな重い球を受けたのは……
 と、そんなことが頭をよぎった次の瞬間には、バシィッ! という小気味良い音を響かせてボールがミットの中へと納まっていた。



 ふう


 と大きく息を吐く。
 現役を退いた今の自分では、一打席が限界だ。
「なぁさん、あんた今の球、『当ててた』な。現役に戻れると思うぜ?」
 なんてことをマウンドから雄根が言う。
「冗談言うな。もう何年も昔の話さ」
 たった一打席だというのに、この息の上がりよう。
 それを考えると、ほんとに現役時代、よくあんなことが出来ていたものだと、思わず振り返った。







 その後の姿は、大和トムキャットの球場の中にあった。
 彼はとある一室を目指して歩いていく。
 監督の部屋に呼ばれ、その後の雄根の進展を話すためだ。
「ヤツはプロ入りを了解しました。あとは、フロントを説得できるかどうかですが……」
 と、藤村監督にが話す。
 そう。
 現場レベルがゴーサインを出しても、運営側がノーと言えばそれで話は終わるのだ。
 事実一度雄根のことを話したことは話したのだが、話は清本天馬をどう取るかに、いつの間にか変わっていった経緯もある。
 このフロントとの兼ね合いが、は余り好きではない仕事だった。
 特に二回戦敗退の県立高校生をドラフトに掛けるとなった場合、渋い顔をされるのは必至だろうことは目に見えて明らかだからだ。
 有名どころではない、無名の県立高校生……
 話題性もなければ、マスコミが食いつくような要素もない。
 それでも、今この球団にとって雄根は必要なのだ。


「ワシが推そう。そうれば、フロントも考えが変わるじゃろ」


 そう言って、藤村監督はソファを立つとベンチへと足を向けた。
 すかさずは立ち上がり、監督がいなくなった後もずっと礼の姿勢を崩さなかった。





「よ、。いよいよ最終戦だなぁ」
 と、南部の高橋が声を掛けてきた。
 あの雄根の電波ジャック事件から必至にペガサスに食らいついてきたトムキャット。
 今日勝てば、リーグ優勝が決定する。



 とうとうここまで来たか。
 雄根や神童が活躍するのは嬉しいと思う。
 だが、今日は一人の観戦者として、この試合を楽しもう。
アトガキ
こや様より、キャットルーキーにリクエストしていただきました。
ありがとうございました!

尚、私はキャットルーキーを『マイナー』などとは断じて思っていません。
プロ野球をちゃんと描いた、素晴らしい作品だと思っています。
私の中で、野球漫画といえば、もうキャットルーキーだろう! とまで思っている我が聖書です。
その中でも、今回主人公の相手に選んだのは、やはり雄根 小太郎でした。
えぇ。それはなんでかって、やはり原作者の方が言われるとおり、彼なくしては神童が立たない!
これでしょう!

今回神童は出てきませんでしたが、やはり雄根なくしてキャットルーキーは語れないと思うので。
その最初に思いを馳せたら、高校時代の話が出てきたので、今回(捏造とは知りながら)書かせていただきました。
この度リクエスト頂いた、**様、本当にありがとうございました。

あまりのバイブル故、同人で書くのを躊躇っていた作品でもありますが、サイトの記念なのだし、もし、リクエストして頂ける方が居られれば精一杯書こう!
そう思って、リストに入れた次第です。その際、余談ですがキーボード打つ手が震えていました。
本当にありがとうございました。
2012/03/05 書式修正
2007/01/11
管理人 芥屋 芥