「ホァン。ヘイを見つけたが、今アイツがいるのは物が置かれてあった駅じゃない。ヘイのヤツ、誘い出されてる」
『何?!』
ホァンが驚いたのは一瞬。
次の瞬間には対策を考えて
に答えた。
『……分かった。こっちも直ぐヘイのバックアップに向かう。
、お前も来てくれ』
と。
今回の任務の大半が終わっていることはホァンもマオも知っている。
後は昨日から連絡が取れないヘイを見つけて終わりなはずだが、今回のことに契約者が動いていることは既にこちらも掴んでいる。
だからこそ、ホァンは
にバックアップの援護を要請したのだ。
それを理解して
「分かった」
と
が答えると、携帯の向こうでホァンが笑ったような気がした。
少し珍しいと思い、
が何気なく
「何か可笑しなことでも?」
と問うと
『いや。ヘイもお前も、なんだか『契約者』らしくない、って思ってよ』
といった言葉が返ってきた。
ホァンは、チームの他の誰とも違う、ただの人間だ。
おまけに、過去に身内を契約者に殺されているらしく憎んでいる。
だからだろうか。同じチーム内にあっても時折軽蔑とも侮蔑とも取れる発言を取ることもある彼が、そんなことを言うのはとても珍しいことだった。
が、
は
「ホァン。そういうことは今回の件にケリをつけてから言ってくれ」
と言うと携帯を切り、眠と共に駐車場へと向かう。
車で移動中も、
は二人の行方を眠にトレースさせていた。
疲れているだろうなとも思ったが、今は任務が優先だった。
それに、ドールに『疲れた』などという概念はない。
「今アイツ等を追ってる者は?」
車で移動しながら助手席に座る眠に問うと
「三人。二人を追いかけてる。内二人は契約者で、『見る』ことが出来ない」
と淡々した口調で答えが返ってきた。
「インに連絡取れるか?」
との言葉には、コクリと頷くだけの返事が。
「それを伝えて、後は出たとこ勝負だな」
と独り言のように言うと、
はアクセルを踏んだ。
「眠、お前はここにいろ」
と言うが早いか、バンッ! と乱暴に車のドアを閉めて
は走った。
そして駆けつけた時に
が見たのは、壁に手を当てて能力を使おうとしている金髪の男と、その力の向かう先で対峙しているヘイの胸の辺りが青白く光っている光景だった。
「……ッ!」
――心臓?! 間に合わんッ!
珍しく
がそう思った時だ。
茶色の影が、そこに割り込んできたのは。
「ドール?!」
滅多にない驚きを見せ、
が思わず口走った。
そして、驚いていたのは金髪の男も同じだった。
いや、その場にいた全員が驚いていただろう。
ドールが、自らの意思で行動した挙句、戦闘におまけに庇うように割り込んでくるなど……
本来ならば有り得ない事態だが、そのお陰でヘイは助かったとも言うべだったが。
金髪の男が水と引き換えに消え、今現場に残っているのは三体の死体とチームの人間のみ。
ホァンが煙草を持って
「どうして殺しておかなかった」
と吐き捨てるような口調でヘイに問う。
そんな彼に対し、ヘイがある一点を見て静かに呟いた。
「人形じゃない。生きていたんだ」
そして
もまた、ヘイの視線の先を追うようにして振り返ると、そこには車に残してきたはずのドールが所在なげに立っていた。
「眠?」
いつの間に来ていたのか、車から降りて歩いてきたドールの名前を
が呟く。
確かに、命令通りしか動かないハズのドールが、たまにこうして自分で動くときがある。
だがそれは……
そして、ホァンは相変わらず軽蔑した様子で契約者を語っている。
それを話半分に聞いて、
が黒髪のドールに問いかけた。
「ヤツはどこに行った?」
と。
だが彼は静かに首を横に振って
「人は……いない」
と言った。
それを聞いたマオがホァンの言葉を止め、金髪の男が残した水たまりに触れていたインに聞く。
「イン、ヤツの行方は?」
どうやら彼女の方の糸は切れていなかったらしく
「糸はついてる」
との答えが静かに返ってくる。
そしてそんな彼女に、ヘイが問いかけた。
今度は冷徹な意志を込めて。
「どこに行った?」
と。
「じゃ。後の始末はそちらに任せるよ」
とだけ言うと、
はその場から帰っていった。
恐らく、ホァンの言った『別ルート』は
のルートだろうとヘイは見当をつける。
でなければ、あの場に彼が来るはずがないから。
そしてホァンが昨日は『女』と言い、今日になって『人形』と言ったのは恐らくあのレストランで会った後の昨日の時点で、ヘイにについている『篠田千晶』はドールだと分かっていたのだろうとも。
――それでも……あの『篠田千晶』は……
パシャン
ヤツがいる川に足をつける。
水は電流をよく通す。
だがこんなことをしても、目の前で散った彼女には届かない。
「ま、今回は君の方のルートが本命だったからね
君。上手くいって何よりだよ」
目の前の男は、渡された『物』を確認しながらそう言った。
和やかな対談とは程遠い空気がそこには流れている。
「俺が本命なら、なぜホァン達を動かした」
そう問うのは、
君と呼ばれた男。
「何故って。たどり着くための路は一つより二つの方が安全だ。バックアップというべき路は、常にあった方が安全だからね」
と、男が答え
「それに、君が簡単にフランス当局のドールの情報ソースに入り込めたのは我々のお陰だということも忘れないでくれるかな?
君」
と、縁のない眼鏡をクイッと持ち上げて目の前でソファに座る男が恩着せがましく言う。
それを察知した
の目が赤く光って
「恩を売ったつもりか? 契約者に」
と言った。
声も常のそれではなく、一段低い警告を込めた脅しの声だった。
緊迫した空気により一層の緊張が流れる。
だが相手の男はそれを意に介さなかった。
それどころか
「まさか。俺は『
』という友人に恩を売ったつもりだが?」
と、余裕の表情を隠さないままで話を続ける。
原因は恐らく、先ほどから微かにこの部屋に流し込まれている能力者の能力を抑える薬のせいだろう。
でなければ、人間がまともに契約者と対峙することなどほぼありえないことだからだ。
それを踏まえて
は
「まぁいい。ここで能力を使うこと自体、ナンセンスなようだからな」
と、それ以上の戦闘はないことを宣言する。
が引いたことを確認して、その力の系統と性質を知っている男は自分の仕事へと戻っていく。
それを見て
が、まるで本当の親友に言うかのような口調で
「まぁ、次の指令があるまでゆっくりしてるわ」
と言うと、その部屋から出て行こうとしたそのとき、その後ろから声が掛った。
夕焼けが終わりを告げる頃、アパートの階段を登る一人の男の姿があった。
目的の部屋のドアをノックすると、中から見慣れた青年が顔を出した。
男は彼の目の前に買って来た袋を見せると、演技なのか本当なのか分からない、そんな少しぎこちない笑顔でこう言った。
「飲もうか」