いつも逃げようと思っているのに逃げられない。
 あの光が追ってくるから。
 あの残酷な光を灯して、アイツ等が来る。
 動いて。
 お願い、動いて。

 あぁ。
 私は魅入られている……
Body Down
「ハイ、ご苦労さん」
 その男は、そんな軽い言葉と共に男の現れた。
 女の部屋から、物が入っていると思われるロッカーの鍵を持ち出し、そこから物が隠してある場所へと向かう途中で、スーツ姿の男がそんな声と 共に現れた。
 そして
「女はどうした?」
 と聞いた。
 いきなり用件から入った軽い男に対して、ある場所へ向かっていた男の心に警戒心が沸く。
「女? テメェ、なんでそんなことを聞く」
――コイツ、一体?
 そう問いかけながら、男は自分の立ち位置と状況判断は怠らない。
 必要とあらば、力を使ってこの軽い男を殺すことも考えなければならない。
 いや、確実に戦うことになりそうだと、男は確信していた。
 何故なら、自分が所属している組織から別の組織が動いているという情報があった。
 ということは、目の前に居るスーツの男が『そう』なのだろうことは容易に想像がついた。
「なんでって。ブツは女が持ち出したものだろう? そして、それに至る鍵はお前が持っている。違うかい?」
 そう言って、まるで親友に語りかけるかのような軽い感じでスーツ姿の男は告げる。
 が、次の瞬間、ガラリと雰囲気は変わって
「だったら、君から鍵を奪ったほうが手っ取り早いだろう? で、最初の質問なんだけど、女は今どこだ?」
 と聞いた。
 女と聞いて、男はこのスーツ姿の男の情報は遅れていると確信した。
 この男は女がまだ生きていると考えている。
 だがそんなのはとっくの昔の情報だ。
 何故なら
「女、ねぇ。ルイを慕ってたあの女は……死んだよ」
 教えると同時に、男は能力を発動させた。
 代償は『死』
 それを教えるために。
 だがしかし、発動のタイミングはほんの少し遅かったらしい。
 スーツ姿の男の目は、既に赤く光っていた。
「遅いよ」

 ドンッ! ドンッ!
 周囲の物を壊しながら移動する。
 だが、そいつは射線を外すように走った。
「ッチ」
 この能力の『仕留められなさ』に男は思わず舌打ちが出るが、そればかりはどうにもならない。
「クソッ」
 また能力を使い、物を吹っ飛ばす。
 だが当たらない。
 それに苛立って、悪態をついて背を向けた瞬間だった。
「君ねぇ、使いすぎ」
 男の呆れた風な口調が後ろから響いた。
――いつの間に!?
 そして、ソイツの目が再び赤く光った。
「動くな」
 その瞬間、男の体が凍ったように動かなくなった。
――な!?
 焦っているとスーツの男が
「ほら。そのポケットから鍵、出して」
 と優しい声音でそう言って、当然のように手を差し出した。
 まるで、男が『そう』するのが分かっているかのように。
「グッ」
――コイツの能力は……一体……
 契約者であることに間違いはなかった。人の目は、あんな風に赤く光らない。赤く光る瞳は、契約者の証。
 だから男は抵抗した。
 恐らく言霊系の能力だと踏んで、動かない腕を必死に動かして耳を塞ごうとする。
「ふ〜ん。抵抗するんだ」
 男の抵抗を見た優男の目が再び光る。
 その瞬間、目の前に立つ男の力が、単なる言霊系のソレではないことを、男は知ることになる。
「オ……マエ……」
 腕を後ろに回させられる。
 そしてグギリと、肩の関節が外れる音がした。
「ぐぁぁぁぁッ!」
「うるさいよ。少しは黙れ」
「グッ……」
 声が封じられた。だがそれ以上に……腕が!
 ゴキィ!
 ギャァァァァ!
 声にならない悲鳴が、夜の空に木霊する。
 脂汗が全身から噴出してくる。
 それに、そろそろ『対価を払わなければならない』という呪縛も襲ってくるはずだ。
――クソッ!

 が、人としての動き以上の方向に男の体の関節を曲げていく。
 耐え切れず、膝をついた男には『人が後ろに腕を回せる限界以上』の腕の動きを要求した。
「肩、外れたね。でも君が膝を折るから俺の手に鍵が届かなくなっただろう? さて。君の腕は、どこまで反対方向に曲がるのかな?」
 と言うと、その男の腕が通常とは反対の方向に向かい、やがて限界のきた男の腕が折れた。
 ゴキィという嫌な音を立てて腕が折れる。
 しかも、折れたその腕が地面につくことはなかった。
「次は鍵をそのポケットから取り出してね」
 と告げると、男の腕は力なく動き、やがてチャリンという音を響かせて、男の手から鍵が離れての手の中へと落ちた。
 その間にも、その男の体はもはや『人』とは呼べない形になっていた。
 関節がどこがどう曲がったのか分からない、あさっての方へと曲げられていて、見るに耐えない『形』をしていたがそれでもまだ男には辛うじて息だけはあった。
――何なんだコイツは。何なのだ、コイツの能力は!
 単なる言霊系の力ではない。
 もっと、もっとどす黒い何かだ。
 だが男がそれを探る前に
「じゃ。君はもう用無しだね」
 とがその目を赤く光らせて、男に向かってただ一言
「死ね」
 と小さく呟いた。
 その瞬間、星が流れる。
「任務は完了。さて行こうか。眠」
 ドサッ
 という音にも全く関心を示さずは眠を呼び、そこから消えた。

 
 
 

「ホァン。『篠田千晶』はもう既に死んでいることが新たに判明した。ヘイについている女はドールだ。ブツは回収した。そうヘイに伝えろ」
 と無線で連絡をまわすと、その向こうのホァンは困った声で言った。
『実はな。昨日レストランで会った直後辺りから、あいつと連絡取れねぇんだ』
「どういうことだ?」
『わからねぇ。ただヘイの野郎、裏切るつもりじゃぁねぇだろうなって思ってよ』
「ホァン。それはないよ」
『だといいがな。あぁ、そうそう。そっちのドールにもヘイを探すよう言ってくれ。インじゃ、今二人は探知不能の場所にいるらしい』
「……わかった」
 その返事を最後に、無線は切れた。
――ドール……か
 しばらく考えて、翔平は後ろに立つ少年に言う。
「眠。追えるか?」
 すると少年は静かに目を閉じ、やがて首を横に振り静かに言った。
「人のいないところにいる」
 と。
アトガキ
DARKER THAN BLACK-黒の契約者-
ド……エス
2012/03/27 加筆書式修正
2007/09/06
管理人 芥屋 芥