ねぇ、知ってる?
 私、色んな言葉を伝えるのが楽しいの。
 ありがとう。
 うれしい。
 悲しい。
 好き。
 嫌い。
 こんにちは。
 さようなら。
In a Heart
「大丈夫か?」
 なんで。
 そんな……どうして?
「ホァンに撃たれたな」
 と、いつの間に現れたのかその人は膝を折り、ホァンに撃たれた傷に手を当てた。
「ウッ……」
 触れられているところから痛みが走る。
「ここから家まで歩いて帰るのは傷に響くね」
 と言って手を差し出してきた

 
 

「動くな!」
 前を歩いていた一人の女。
――あの女……殺すか?
 の瞳が赤く光りだす。
 緊迫した一瞬。
 その一瞬の隙を突いて、彼女の金色の目が赤く光った。
 その瞬間、は能力を発動する方向を切り替えた。
「通常どおりの流れを維持する」

 その瞬間、彼女には分かった。
 今この時を動いている者がいることを。
っ! むぅ!」
 『プゥ』と頬をふくらませた彼女が少しイジケルような上目遣いの表情で目の前に立っていて、周りを見渡すとそこには『時』が止まった世界が広がっていた。
 もちろんヘイも、後ろの女も、目の前の片目の男も止まっている。
――恐らくを言うまでもなく『今』動いているのは俺と彼女のみ……だろうな。
 そう冷静に思ったの思考は、彼女によって遮られた。
「もう。はいっつも私の能力に割り込んでくるんだからぁ」
 と、やはりイジケテイルのだろう声音で目の前の彼女が話す。
「アンバー……」
 少し呆れた様子でが彼女の名前を呼ぶ。
「対価が有限だって分かってるだろう? だったら少しは控えなさい」
 少し軽率に能力を発動させた彼女、アンバーに対して呆れた様子でが言う。
 いつもの調子で。
 まるで人間のような心配するような声音で。
 だから、アンバーはズルイと思った。
「分かってるけど、でもヘイに銃が向いてるんだもん」
 と、少し悲しそうにアンバーが答えた。
 沈黙が降りる。
 やがて
「……は、さ。私のこと『裏切り者』って言わないね。どうして?」
 不思議そうにアンバーが聞く。
 はその問いに小さく息を吐くと、少し思案して答えた。
「知ってたからな」
 と。
 まるで『何てこと無い』ように、平然とした表情で。
「知ってた?」
「あぁ」
 何を、とはアンバーは聞かなかった。
 もまた、何をとは言わなかった。
 それでもアンバーには、が何を知っていたのかを理解した。
 理解したうえで、
「そう。知ってたんだ」
 と少し悲しそうな表情で言って、今度は時が止まっているヘイに向き直った。

「ねぇヘイ。私、色んな時代を旅してきたよ。ねぇ。またあの笑顔、見せてね」
 時が止まっているヘイにアンバーは唇を重ねる。
 反応のないキス。
 でも、それでも……
 悲しい気持ちを隠して、アンバーが再びに向き直り
「ねぇ。知ってる? 私ね、に嫉妬してる」
 と、そんなことを言った。
 彼女の意外な言葉にの顔に驚きが宿る。
「嫉妬? 俺に?」
「うん。だってヘイは、私を見てないから……」
 少し寂しそうに、ヘイを振り返ってアンバーが言う。
 その表情に、悲しみが宿る。
 契約者にはない感情が、そこにはあった。
 彼女もまた、契約者と人間との間を行き来している者の一人だから。
 だから
「そうかな。見てなかったら、お前の置手紙に誘われることもなかったんじゃないか?」
 と言った。
 見ているからこそ、ヘイは誘いに乗ったのだ。
 と言うの答えはアンバーにとっては不本意だったようで
「違うよ。そういう意味じゃなくて、ヘイの心の中には言葉を失った。
 驚きで。
 そんなの驚きを察したのか、アンバーが言葉を続ける。
「私は、こういう形でしかヘイの心の中に居ることができないの。だから私は『こう』したの。こうすれば、ヘイは私を見てくれる」
 と悲しそうな顔で言う彼女に対して、が答える。
「そんな形でしか居られないことはなかっただろう。南米でお前達はチームを組んでいた」
 純粋な付き合いだけならば、よりもアンバーの方が長いはずだった。
 それを知っているが言葉を続けようとするのを彼女は遮り、言った。
「うん。その時にヘイの本当に笑った顔を見たの。でも、その前に。あなたがその笑顔を見ていたこと、ヘイの言葉から分かったの。ショックだった。羨ましいと思った。と同時に嫉妬を感じたわ。あなたが意識をしていなくても、あなたはヘイの心の中に入っていっている。それにヘイは、私と居るときよりもあなたと居るときの方が良い顔してるもの」
 まさかそんな理由でアンバーが組織から離れたとは思いもしなかったはとても驚いた。
 と同時に彼女の観察眼に目を見張った。
 意外な理由というか、まさか彼女が組織から離れた理由に自分が絡んでいたとは思いもしなかったは、「アンバー……」と、彼女の名前を呼ぶ事くらいしかできなかった。
「だから私は、あなたが羨ましい。同時に嫉妬を感じてるの。でもショウ……」
 アンバーはゆっくりと歩いてきて、ショウの唇に自分の唇を近づけて、そして触れた。
 ただ、それだけだった。
 一瞬二人は目を閉じて、次の瞬間には離れていた。
 そして、状況を切るようにアンバーが動いた。
「じゃ、戻すね」
 と宣言すると、片腕を突き出した格好のまま止まっている片目の男の前に歩いて行き、ソイツの額にポンと触れた。
「ア……アンバー……ッ! あの野郎!?」
 と、時が動き出した男が目の前にいるアンバーに視線をやり、その次にへと視線を向けて敵意を見せるがアンバーはそれを制した。
「だめ。には勝てない。それには私達を攻撃する気はないから大丈夫。行きましょう?」
 と男を促すと、男はそれに従って二人して歩き出す。
 それを、は黙って見送った。
 見送ることしかできなかった。

「ヘイ。行こう」
 やがてもまた、何事もなかったようにヘイに手をかし肩に腕を回して車に乗せ、そこから去っていった。
アトガキ
DARKER THAN BLACK-黒の契約者-
アンバーです。
2012/04/14 加筆書式修正
2007/07/26
管理人 芥屋 芥