「なぁ舜生。なんで能力が発動すると星が光るのかな」
ソファで寝そべり、新聞を顔に被せながら
がポツリと呟く。
それは、あの『ヘルズ・ゲート』が現れてからの最大の謎。
解析不能な空間。
理解不能な次元。
そして力。
あの壁の向こうが『地獄の門』と言われる所以。
そして『契約者』の源。
ドール発祥の地。
全天の支配を、あの門が行っている。
能力を使えば光る星。
その光は、まるで人の心の揺らぎを写し取ったかのように。
そして、その対価として精神的呪縛を契約者に課す。
一人の契約者に付き、一つの星。
流れれば死。
強く光れば契約者の誕生を意味する。
今見える全天の星一つ一つがそうだ。
だが『何故』だなんて、今ごろ問われても分からない。
だから
「さぁ、分かりません」
と、帰ってきたときに
が作っていたインスタントのラーメンを、舜生は風呂から上がってから勝手知ったるなんとやらで段ボールから取り出し自分で作った分、十杯を平らげて、今十二杯目の箸を下ろしたところで舜生は答えた。
「ま、どうでもいいと言えば、どうでもいいんだけどさ」
と、ほぼ諦めた様子で、そのまま顔に乗せていた新聞をカサリと退かせて「さて、俺寝るから」と言った。
だが
はそのソファの上から動こうとはしない。
疑問に思った舜生が
「あの、
サン? ベッド、使わないんですか?」
と遠慮がちに問うと
「お前が使え。俺はここで寝る」
と簡単な答えが返ってくるだけだった。
「でも、あの、いいんですか?」
「構わんさ。どこで寝ようと俺には一緒だ。じゃ、お休み」
それだけ言うと、
はソファの背もたれの方に体を向けて本当に眠ってしまったように見えた。が、実際は眠ってはいないだろうと、舜生はなんとなく見当をつける。
『ヘイ……お前……』
恐らく、誰よりも俺が契約者になることを望んでいなかった男。
『
……サ……』
『ヘイッ!』
倒れたそうになった自分を支えてくれたのは、それでもこの人だった。
『妹が……』
『分かってる。今は休め』
『
。敵が来るぞ』
『ハイハイ。だと言ってアンバーとヘイがこんな状態で戦えんの?』
と、追い詰められても尚、余裕を含んだ甘い声で、呼んだマオに答えている。
『何を言う。お前がやるんだ!』
あの頃は、まだマオには自分の体があった。
『えぇ!! ……ヤダ』
『ふざけるなッ! 来たぞ!』
『はいはい。じゃ、ヘイをよろしく』
そう答えると、一人、一歩一歩足を前に進めていく。
そして自分はというと、体をマオに支えられながら、遠ざかる彼の背中を見守ることしかできなかった。
――行か……な……くだ……
サ……ン……
――行くな、行くな……行かないで下さい……クナ……イカナ……
「大丈夫?」
その声で目を覚ますと、そこは南米のあの場所ではなかった。
「あ……」
「随分うなされてたけど、もしかして夢でも見た?」
余りにも『人』らしい会話。
だから少しだけ
「少し、昔のことを……」
と答えた。
だが
は気にした様子もなく「そ。水、飲むかい?」と聞いてくる。
その言葉に甘えながら、舜生は差し出された水を受け取る瞬間。
触れる指が、失ったハズの心の琴線に触れたような気がした。
「ありがとうございます」
だけどそんなのは直ぐに消えて、今は冷静な、いつもの『李 舜生』だ。
『なんで能力が発動すると星が光るのかな』
そう問われたのは、実はさっきが初めてではなかった。
だけど、その時も舜生は確かな答えを出せなかった。
『俺は、星が流れるのもそうだと思うけど、光るのも『人』を殺したときの目安だと思ってるんだ。発動すれば星が光る。死ねば流れる。まるで、日本の行事『精霊流し』みたいだってね』
『まるで、人間みたいなことを言うんですね』
そう言うと
『契約者もたまには『揺らぐ』さ。星の光が揺らぐのと同じにな』
そう答えて、静かに笑った。
全てが演技。
しかもどこまでが本気なのか、それさえ分からない。
そのことをマオに聞くと
『アイツは全てが『デタラメ』だ』
との答えが返ってきた。
分からない。
でも彼には、この全天の星は単なる契約の星とは映っていないかもしれない。
と、最近の舜生はそう考えている。
――それでも構わない。この人の星が消えない限り、俺は迷わずに済む。
明日になれば、本格的な任務の開始だ。