この空は、偽者の夜空。
 仮初の星空。
 見える星一つ一つが、契約者の星。
 今日もまた一つ、星が流れる。
 それは、契約者が死んだ証。
Rise'n Night
「ねぇ。お兄さんさ、堅気の仕事してないでしょ」
 夜の街を歩いていると不意に掛けられた不躾な言葉に、歩いていた足を止めてが振り返る。
「なに。いきなり」
 心はかなり不機嫌な感じになっていることを自覚しながら、それでもその表情を変えることはなかった。
「あのね。こういう商売してるとねーわかるんだぁ」
 と、着慣れているのだろう派手なスーツ姿の女はのらりくらりとの視線をかわし
「何が?」
 と、あくまで優男の口調でが近づきながら言う。
「ん? 何って……お兄さん分かってるくせに。ねぇ、今夜空いてる?」
 と、明らかな逆ナンをしかけてくる。
 だが
「ゴメンね。今日は先約があってオネーサンに構ってられないんだ。ねぇ、オネーサンの名前教えてよ。今後の為に」
 と突き放しに掛りながら、それでも甘く言ってみる。
「じゃぁ、アキコ」
 女はそれだけを名乗って、の腕をグイッと引っ張った。
「んもー。答えたんだから、今度はお兄さんの名前、教えてよ。今後の約束の為に。ね?」
 と、甘く囁くように女が言う。
 だが、の耳と目は違うところを捉えていた。
 街路樹の木の陰に見えているのは
 自動霊媒?!

 そして、ヒュン……ヒュン……という周囲の空気を切裂く独特の音。

 どうやら、罠に嵌ったのは俺の方らしい。
 だが、甘い!

 
 

 いきなり来た衝撃波と共に、女の悲鳴が木霊する。
「キャッ! な……なんなの一体!?」
 そして

 ドンッ!

 とが女をあさっての方向へ突き飛ばした。
 運がよければ、この場から逃げられるかもしれない。
 そう思ったかもしれないし、思わなかったかもしれない。
 しかし、が突き飛ばした方向は、女にとっては不幸な方向だったようだ。
 相手の攻撃が女を襲う。
 カマイタチ?
 風か!
 そして、その風が女の体を真っ二つにした。

 事切れる間際に、女は見てしまった。
 自分を突き飛ばした男の目が、赤く光るのを。
 そして悟ってしまった。
 自分が相手にしていたのが、相手にしようとしていたのが、噂に聞く『契約者』であるということを。
 そして、己の体の半分が、もう既に無いことを。
 それらを死の間際に全て自覚して、その顔が恐怖に彩られる間もなく、女は静かに息を引き取った。

「全く。これだから物質系のヤツ等は派手だって言われるんだ。そう思わないか? 眠」
 と、自分の置かれた状況をまるで楽しんでいるかのような声音でが言う。
「いい加減姿を現せよ。居るのは分かってるんだから」
 まるで、相手をワザと怒らせているような、そんなフザケタ声。
 目の前で殺された女のことなど、微塵も気にしていない声。
 整った涼しい顔に涼しい声。
 どこか耳触りが良くて、でも、その裏に隠された鋭利な冷たさも兼ね備えた、そんな声。
 女は勿論、男でさえも、その声に絡め取られるかもしれない、そんな危険を孕んだ声。
 そして、男は自覚していた。
 自分の声の特殊さに。

「パルサー名『CL Triple6』だな」
 姿を現すなり、男が聞いた。
「だったら何?」
 と、おどけた口調でが返す。
 それにしても、攻撃しておいて確認してくるということは……
「おいおいおい。それじゃぁ彼女は詳しく聞かされずに俺を引きとめたのか?」
 と、オドケて言う。
 男の神経を多少なりとも逆なですると、知っているからだ。
 それにしても、風ねぇ。
 どうするかな。

 こう言うときの戦闘はっと……
 と、記憶をたどり始めたときだった。
 相手の目が光ったのは。
 それは、戦闘の合図。
 だが、男がカマイタチを構える前にがゆっくりと、だがハッキリ言った。
「そう。いい子だ」
 と。

 目の前のターゲットの男が言葉を発した途端、体が動かなくなったことに男は驚愕を隠せない。
「なっ?!」
「あんたがどこの組織に与していようと、俺には関係の無い話なんだけど。紛いなりにも『敵』の情報を知らないまま突っ込んじゃ駄目でしょ。それにしても、殺そうと思ってた矢先に先に殺されたものだから、一瞬どうしようかと思ったけど。ま、間に合ってよかったよ。一応、君には礼を言っておくよ。ありがとう、カマイタチクン?」
 言葉とは裏腹な、全くもって残酷な、しかも一度聞いただけでは意味不明な言葉を笑顔で言ってのける。
 そして
「殺せ」
 と一言、命令した。

「CL Triple6が観測されました! と、同時にWU 405の星が流れました。戦闘があったものと思われます」
 と飛び込んできたのは部下の河野。
 途端に慌しくなる警察署内。
 誰かが
「SATにも出動要請だ。そうだ! CL Triple6が観測された! その後WU 405の星が流れた模様。契約者同士の戦闘があったと推定されます。現状の確保を急げ! 後……必要なもの準備!」
 ポルトガルのエージェントだったWU 405の星が流れた。
 星が流れることは、すなわち契約者の死を意味する。
 と同時にCL Triple6が観測されたということは、WU 405とCL Triple6が戦闘を行い、そしてCL Triple6が勝った。
 そう言うことなのだろう。

 もう、あの門……地獄門(ヘルズ・ゲート)が現れてから、幾度となく繰り返されてきた戦闘。
 その存在、そして、その戦闘は、私たち警察には日常になってしまって、違和感がないモノへと変化していった。
 一般には知られてなくとも、確実に星は生まれ、流れていく。
 そして、どこかで契約者が生まれ、死んでいくのだ。

 契約者同士の戦闘。
 そして今回の戦闘は、国際的にも名高いあのCL Triple6の仕業だ。
 いや、CL Triple6だけではなく未確認のBK 201もこの国に居る。
 それを考えただけでも霧原は頭が痛くなってきた。
 だが、やらなければならない。

 夜が昇る。
 長い夜になりそうだ。
アトガキ
DARKER THAN BLACKって、攻め主か?
まだ性格未定……
2012/03/22 加筆書式修正
2007/06/09
管理人 芥屋 芥