『Dolphin Street』
そこは、日々JAZZを愛する人たちが集う場所であり、また日ごろの疲れを話すことによって、好い音楽を聴きながら癒す、そんな空間。
Dolphin Street
   be a delicious?

ごめんなさい。ごめんなさいマスター。
演奏のジャマをしてしまってごめんなさい。
あぁ、どうして僕はいつも謝ってばかりなんだろう。
でも今僕ができるのは、謝ることくらいだから。
だけれども、僕が謝ることをこの人はきっと望んでない。
そしてマスター。
僕はさっき、とてもとてもシアワセでした。
通りに出ると、流石に流れた涙の跡は消せなかったけれど、それでも泣き顔を見せずまた甘えてくるといった態度も取らないで、カイトはただ黙っての後ろを歩いている。
そしてそんなカイトの様子を、もまた、気付かない振りをして店まで戻っていく。
店の扉の前まで来て初めてがカイトを振り返って、小さな声で言った。
「じゃ、入るよ」
と。
カランコロン……
店の中に取り付けられてある金属の鈴が響いてそちらに顔を向けると、今度こそ彼らが入ってきたことを知ったルカが嬉しそうな顔をするのが分かった。
「?」
店に入るなり、何かさっきとは違う空気をはすぐに感じ取る。
何かがさっきとは違う。
それは分かるのだけれども、具体的に何があったのかまでは分からない。
しかし、入り口でずっと突っ立っているわけにもいかないので、は空いているカウンターの、とは言えさっき自分が座っていた席に座るとルカがカウンターの向こうから安堵した表情で
「お帰りなさいマスター」
と言って迎えてくれた。
「ただいま。それにしても、何かあったのですか?」
と、店の奥の方を振り返りながらが、同じくカウンターの席に座るに聞いた。
そしてその彼の前には珈琲があったが、これはきっとマスターが煎れたものだろう。
お酒が飲めない彼が頼むのは、いつもアイス珈琲だから。
「ちょっと……ね」
と、言葉を濁したが疑問の表情をしていると、の方から提案してきた。
「あのさん。君が、一緒にやりたいって言ってるんですが、どうでしょう」
と。
あの都会の影とも言える小道で彼らに会ったときから何となくそんな予感がしていたは彼の提案に笑顔で快諾する。
「えぇ。俺はいいと思いますよ」
カウンターから近いテーブルに座っている君と京楽さんが二人の方に向いて、やがて京楽さんが笑顔で小さく頭を下げたのが見えた。
おそらく、お願いします。といった意味なのかもしれない。
そう判断したのだろうか、君が椅子から立ち上がると、カウンターの席の方までやってきて、これまた小さく頭を下げて言った。
「えっと、よろしくお願いします」
「こちらこそよろしく」
答えたのは
どうしてが彼に相談したかといえば、実は今日の演奏を取り付けてに声を掛けたのがだからだ。
その実、今日のセッティングを組んだとき、どうやら時間が余りそうだから第三部に入ってくれないかと店のマスターから提案を受けたからなのだが。
最初は断ったなのだが、第二部のバンドからもどうやら提案があったらしいという話を聞いてそれならば、というのが本当のところだったりする。
ちなみにカイトにはドラムセッションと言っただが、実のところはフリーセッションだったりする。
そんなこんなだから、実はルカと演奏する曲以外の曲は全く決まっていない、決めていないというのが公然の秘密だったりするのだが。
「じゃ、ルート66でルカと俺たちの演奏の後、フリーセッションってことで、A列車と、あとはブルースでいいかな?」
第二部で演奏したバンドの人たちと一緒に直前になって決められた曲。
演奏する時間は約一時間あるかないか。
しかし、第二部の人たちもセッションに加わるから、一曲自体がとてつもなく長くなる。
だから数はなるべく少ない方がいい。
君、俺たち休めないけど大丈夫かい?」
と、が冗談めかしてに聞くと彼は笑顔で
「はい。大丈夫です」
と答えた。
 
 
「今日ハ、最後までお聞きくださり、アリガトウゴザイマシタ」
店のマスターが、全てが終ってマイクを持って挨拶をしている。
彼らが演奏をしたのは、合計で四曲。
一曲大体20分程度。フロントが次々入れ替わり、サックス、トランペット、ピアノ、そしてギターが二人で掛け合いをしたり、ドラムのソロがあったり。
その順番も、直前で演奏者同士の視線の会話指差しなどで、他のフロントの人が演奏している間に次々と決められていった。
そんな演奏の順番なんて、さっきまで全然決めていなかったのに、いざ始まった途端にフロントの人たちはその音楽を途切れさせることなく演奏は続いていった。
不思議だった。
どうして?
と。
そして、唐突に気がついた。
これが、ヒトか。と。
さまざまな人たちが、この店で会話している。
その中で、やはり無意識に彼の声を追いかけている自分がいる。
、お前いつから?」
「こんばんはセンセ。ちょっと実家からの帰り。忍足さんと、アイツ付きです」
と、『アイツ』と言ったときのの表情は心底嫌そうで、そんな彼の視線の先を見るとそこに居たのは跡部だった。
その隣には、こっちを、いや自分を通り越してカウンターの方を見ている忍足の姿がある。
「あら、こんばんは跡部。そして、忍足」
「アイツ、来てるん」
と、先に声を出したのは侑だった。
「来てるよ、っていうか、連れて来てる」
そう言うと、納得していないといった表情で「ふーん」と言ったきり忍足は黙ってしまった。
その隙をついて
「ちょっと、ボーカロイドに触っていいですか?」
に聞き、了承を得た彼はカイトの座るカウンターの、さっきまでが座っていた席へと移動していったから、仕方なくは彼らのいるテーブルへと腰を落ち着かせる。
いずれ戻ってくるだろう。
そう踏んで。
「今日の演奏、良かったぜ」
先に声を出したのは跡部だった。
「ありがとう跡部。あ、そうだ。お前等、飯食べた?」
と、思いついたように提案してそれに答えたのは忍足だった。
「いや、まだや」
と。
――テメェ、俺の家で散々……!
――えぇやんえぇやん。それにここのピザ、美味しいし?
と、小声でのやり取りなどまるで聞いていなかったように、が注文を掛けた。
「マスター、ベーコンとほうれん草とコーンのレアチーズピザ一つと、珈琲三つ」
と。
 
 
――マスター、助けてください。僕この人、苦手です。
そうは思えど言えないから、彼にも誰にも思いは通じない。
ただ固まって、目の前の人が去るのを待つのみ。
「ねぇ、なんでカイトは歌わなかったの?」
隣のさんに挨拶して席に座ったがカイトにそう聞いている。
「え……っと、その……」
マスター、助けてください。
答えに窮していると、さんが助け舟を出してくれた。
「カイト君は、何も知らなかったんだよね」
と。
「へぇ。ま、あの人らしいっちゃラシイのかな。そうださん。今度、横須賀の……」
話は、カイトが理解できない方へと進んでいった。
「いい喫茶店だな」
紅茶カップに手を伸ばしながら、茶色のスーツに身を固めた金髪の青年が店の中を一通り見て感想を述べた。
「だろ?」
と、こちらも金髪の男だが、長髪の男がそれに応じる。
その声は、どこか自慢気で、しかし静かな声だった。
「それにしても、お前相変わらずだな」
「なんだよ、掘り返すなよ。大体あの男にファンボローを参加させなかったお前が悪いんだぞ」
と、少しイジケタような声音で長髪の男がワインを片手に持ちながら答える。
「テメェなら絶対手を出すだろうって思ってな。それにアメリカもスウェーデンも、お前の旧友のスペインだってあの案には賛成してくれたからな」
と、あの時居た各国の総意だと言った男に、長い髪の男の方が反論した。
「発案したのはテメェだろ、イギリス」
「そうだが、悪いか?」
と、シレッっとした表情で紅茶を飲む男に思わず切れそうになる。
このヤロウ!
「こんなところで暴れるなよフランス。ただでさえお前、暴れるのに向いてないんだから」
そこまで言われてフランスは持っていたワインをイギリスに飲ませてやりたくなったが、こんなところで酒を飲ませるわけにはいかない。
ただでさえ良い店だというのに、こんな下らない理由で酒癖が悪いと分かっているイギリスに雰囲気を壊されたくない。
「後で覚えてろ」
「覚えていたらな」
などと軽口を飛ばしあっているのは、相手のことを一応なりとも認めている証か。
「それにしてもあの男の演奏、本当、連れて帰りたいくらいだぜ」
と、中学生か高校生(東洋人の年齢は全く分からない)とおぼしき子供のテーブルに座って何やら雑談しているその男に視線をやると、気付いた彼が表情だけで笑いかけてきた。
だがそれも一瞬で、すぐに少年たちの会話に戻ってしまったが、それでも……
……か」
と、何か思うところがあったのかイギリスがその名前を呟くのをフランスと呼ばれた男は聞き逃さない。
「何かあるのか?」
「いや、何でも無い。ただ、あの腕。惜しいなって思ってよ」
と、この前のRIATで見せたその技術や腕を、惜しいと思った。
だからスカウトに来たのだが、まさか音楽方面でもこれほどまで腕があるとは、意外だった。
「なんだよ、お前。まさか引き抜きに来たのか?」
と、事態を察したのかフランスが疑いの目でイギリスを見ながら聞いた。
「……」
答えないイギリスに、フランスは益々疑いの眼差しを向ける。
「ハハーン、さてはお前、自分んところの外人部隊に入れるつもりなんだろう。残念でした。アイツの父親は既に俺んところの外人部隊で……」
まるで勝ち誇ったかのように言うフランスだったが、不意に途中で言葉が止まる。
それを不審に思ったイギリスが何となく気になるほうに顔を向けると、彼と目が合った。
軽く会釈して挨拶してきた彼の表情は笑みを浮かべていたが、その目は……
「お前、アイツの逆鱗に触れたな?」
と、まるで彼の事情を知っているかのようにイギリスは告げる。
「……なんだよ、逆鱗って」
それはスペインから聞いた話だが、イギリスははぐらかした。
「お前に教える口はねぇよ。それよりも、紅茶頼んでくる」
そう言って、席から立ち上がるとカウンターの方へと歩いていった。
その際、に声を掛けることもイギリスは忘れない。
「ちぇ。つまらねぇの」
そう呟いたフランスの言葉は、誰に聞かれることもなく、空(カラ)の中へと消えていった。
アトガキ
微妙に繋がっていたり、いなかったり。
2023/08/07 script変更
2009/04/23
管理人 芥屋 芥