『Dolphin Street』
そこは、日々JAZZを愛する人たちが集う場所であり、また日ごろの疲れを話すことによって、好い音楽を聴きながら癒す、そんな空間。
Dolphin Street
   don't see?

その日僕は、隊長の使いで人間界で仕事を終えていたら、何故か京楽さんに掴まって。
そして、彼と一緒にたまたまフラリと立ち寄っただけ……だったのですけれど。
まさかあんな場面に遭遇するとは、本当に。
偶然というものは、怖いものでもあり、また、とても楽しいものですね。
男の年は30代前半と言ったところか。
もしかしたらもう少し若いのかもしれないが、それでも、その余り手入れしていないであろう無造作に後ろで一つに束ねた長い髪と、その髪に挿している不釣合いな簪に黒のスーツといった、少し……いや、かなり不思議な格好の男と、日本人では珍しすぎる銀髪の、もしかしたら本当に日本人ではないのかもしれないが、しかしその口から出てくる言葉は日本語という少年の、不思議な二人組みが街を歩いている。
「しかし、ここも随分と発展したもんだよねぇ」
と、まるで昔の街を知っているかのような、そんな言葉が周囲を見渡している男から漏れていた。
「京楽さん、僕この仕事の後、一件寄りたい店があるのですが、よろしいですか?」
と、振り返って男に伺う少年に、男は快く
「構わないが、その店ってもしかして、あそこかい?」
と見当をつけたのか、その店の名前を出さずに京楽と呼ばれた男は少年に聞き返し、
「はい」
と少年が笑顔で答えると
「なら大歓迎だ。僕もあそこは気に入っているからね」
と、賛成した。
 
 
「ありがとうございました」
ルカが第二部で一緒に演奏したバンドのメンバーと共に店に来ているお客に向けて挨拶をしている間、はそんな彼女をカウンターの席から見るともなしに眺めながら、に聞いた。
さん、ルカさんは本当にその、機械なのですか?」
その表情は本当に彼女がそうなのかどうか自信がないといった表情で、恐らく半信半疑なのだろうことが伺える。
そして、彼のその問いに答えることは同時にの後ろにいる青い髪の青年にも当てはまることで、ここで彼がソレを肯定することはすなわち後ろの青い髪の青年を……
そんなことを知ってか知らずか、に素直に答えた。
「はい。彼女は、そしてKAITOもそうなのですが、ボーカロイドというソフトが実体化したものみたいです。原理は俺も知りませんけどね」
と、ルカが置いた珈琲カップに手を伸ばしてはそれを一口飲んだ。
その時、注文を一通りこなし終えた店のマスターがそんな彼の前にソッと立ち、告げる。
サン、ルカのコーヒーの感想は?」
と。
「はい。最初の頃より随分と良くなったと思います。マスター、そろそろ彼女に珈琲を任せても良いのでは?」
と、彼女ルカの頑張りを思っては提案してみるが、カウンターの向こうに立つこの店の主は首を振る。
「マダマダですよ」
と。
「そうですかね。まぁ、最初のあの珈琲よりは随分成長してると思うんですけれどね」
厳しいマスターの駄目出しの言葉に納得し、しかしそれでも彼女にふわりと助け舟を出した上で、言葉をそこで切ったを不思議に思ったのか、が聞く。
「最初の珈琲?」
「えぇ。ルカの最初の珈琲は、ちょっと強烈だったものですから……」
と、言葉を濁したに、が少し詳しく聞いてきた。
「へぇ。それは一体どんな珈琲だったんですか」
自分も艦で煎れるし、今後の参考にでも。
そんな軽い気持ちで聞いたのだが。
「えぇっと、それはですね」
と珍しく言葉を濁すが視線を感じてそちらに顔を向けると、いつの間に立っていたのかカイトの後ろに頬を小さく膨らせて立つルカの姿があった。
「分かってるよルカ。そう膨れないの」
そんな不機嫌な彼女を見てがゆっくりと珈琲カップに手を伸ばして
「御代わり」
と頼む。
その言葉を聞いたルカは一気に破顔してとても嬉しそうにそのカップとソーサーを持ち上げて
「はいマスター」
と答えて奥の厨房へと消えていく。
恐らく豆を取りに行ったのだろう彼女の後姿を見るともなしに見ていたが、
「彼女、最初は本当に何も出来なくて。でも、煎れ方を覚えようと必死でしてね」
と言って、肝心のその『最初の珈琲』については答えない。
察したが「なるほど」と答えている間にルカが豆の入った缶を片手に戻ってき、その後緊張した面持ちで珈琲豆のセットに掛かる。
やがてバーナーに火を灯した彼女が、サイフォンを緊張の面持ちで見つめている。
その様子を、無関心を装いながらもマスターがカウンターの向こう側にある洗い場から食器を洗いながらソッと見守っている。
本当、最初の頃より成長したなぁとは黙ってその光景をジッと見つめている。
彼女、ルカの最初の珈琲はさんと店のマスターとルカだけの秘密。
それが少し悔しくもあり、また、仕方が無いところでもある。
自分だって余りここに連れて来てもらえない上に、さっきのことだってそうだ。事の成り行きをただ、黙ってみているしかできない。
でもそこは、諦め……
「カイトくん?」
異常を察したが、少し驚いた声で彼を呼んだ。
その声に反応してが視線をそちらの方に向けると、そこにあったのは、涙。
まずそのことに驚いたが、思わず口をついて出た言葉が
「カイト、お前。どうしたの?」
だった。
涙が流れてることに、言われて初めて気がついた。
しかもこんな、大勢の人たちの前で……
「ちょっとカイト、大丈夫か?」
心配そうにが完全に体をカイトの方へと向けて、まだ涙が止まらないカイトを心配そうな表情で覗き込み、やがて直ぐに行動に移した。
「少し、出よう。な?」
促され、ルカや店のマスターそしてが心配そうに見守るなか、てがてとマスターに向けて頭を下げる。
「すみません、直ぐ戻りますから」
「ハイ」
それに返事をしたのはカウンターの向こう側で洗い物を済ませ心配そうにカイトの方を見ているマスターだった。
状況を理解したが黙って頷き、状況がわからずオロオロしているルカに
「大丈夫だよルカさん」
と声を掛けている。
そんな三人を背に、はカイトを連れて店の外に出た。
 
 
カランコロン……
備え付けられた音鳴りの金属の鈴の音が扉が閉まると共に小さくなっていく。そんな金属の音を耳で追いかけながら、カイトはの後を付いて歩いた。
人気のないところまで来た時、その人気のないところから何かの気配がしてそちらに視線をやるとビルとビルの影から出てきたのは……
……君?」
忘れるはずがない。
銀髪の少年、そしてあの店で即席で作ったバンドのメンバーでもあり、たまに一緒に練習をしたりする少年。
名前は確か
と思い出していると、その後ろから現れた30代だと思われる男にも見覚えがあった。
たしか……
そう、京楽春水という名前の男だ。
初対面じゃない。
会うのはこれで二度か三度目。
一度見聞きした顔や名前は滅多なことでは忘れない。
表と、そして裏の職業柄……ね。
それにしても、何だってこんなところにこの二人が?
と、疑問に思っていると京楽さんが先に口を開いた。
「あら、先生じゃないの。こんなところでどうしたの?」
と。
一度聞けば忘れないその声。
それにしても、お二人こそどうしたのですか?
そう聞こうとして、先に聞かれてしまった。
「カイトさん、どうしたんですか?」
そう言いながら心配そうに近くに寄ってくるに、カイトが少し足を動かしての方へと僅かに逃げる。
それを感じ取れないではないから、そこでカイトを追うことはやめてそのままの方へと顔を向けた。
さん。カイトさん一体……?」
不思議に思ったのだろう、が聞く。
しかし聞かれても分からないというのがの本音だった。
何故ならイキナリ泣き出したから。
いや、思い当たる節はあるにはあるが、だからと言って確証はないし。
などという思いが頭の中で駆け巡り彼への返答に困っていると、一歩離れたところから状況を見ていた京楽がを呼んだ。
君、行こう」
「え」
驚くの肩を掴んで引き寄せて、顔はに向けて京楽が言う。
「いいから。いいから。あのさ、さん達はあの店から来たんでしょ。僕たちもあの店で一杯やろうと思ってね。んじゃ、ま、先行ってるから。じゃね」
「あ……あのっ京楽さん?」
まだ状況が見えていないを京楽が半ば強制的に連れ去っていった。
後は、ポカンとした二人がそこに取り残されるのみ。
ビルとビルの合間の人目の付き難い場所に立つ青年が二人。
その一人の頭は、染めたのだろうかと思われるほどの見事な青い色をしている。
そんな青い髪に白いコート姿の青年が、もう一人の青年の肩にソッと頭を乗せた。
「……ごめんなさい、ごめんなさいマスター」
しばらくして、小さく、本当に小さくカイトの声がそこに響く。
「分かったから。それにしたって、いきなり泣くなよ。驚くだろう」
厳しくも静かな言葉、それでいて優しい声でが答える。
「ま、泣いた原因は何となく分かったから。だからカイト、戻ろう。ね?」
くしゅ
肩に乗っている彼の頭に手を伸ばしてその髪に触れると、その頭が小さく頷くように動いて肯定を示してきた。
彼が納得したらしいと判断したは、わざと明るい声を出して
「よし。じゃ、今日の俺の演奏、しっかり聞いててね」
というと、足を動かしカイトの手を引いて店に、戻った。
アトガキ
尸魂界主、分かってるくせに。
2023/08/07 script変更
2009/04/20
管理人 芥屋 芥