『Dolphin Street』
そこは、日々JAZZを愛する人たちが集う場所であり、また日ごろの疲れを話すことによって、好い音楽を聴きながら癒す、そんな空間。
Dolphin Street
   you different?

店の中でルカが歌っている。
パソコンから流れる音楽と彼女の声はとても相性が良く、店の中に静かに響いている。
そんな中、男たちが二人。カウンターの席で小さな声で何かを言い合っていた。
そしてその黒髪の青年の隣に座るのは青い髪の青年だが、その青年は二人の様子にただただオロオロしているだけだった 。
「ひどいなぁ。君は」
「ひどいのはそちらです。大体初対面でいきなりあんな事を言われれば誰だって引きます」
と、間接照明の所為だろうか。
少しその髪を微かにオレンジに染めた黒髪の青年と金髪の青年が英語でなにやら言い合っている。
それの様子を、ステージから歌いながら眺めていたルカは、マスターが嫌そうにしていることを感じ取っていた。
だけどれも兄がついているし、大丈夫……だと思っていると、兄はただただオロオロしているだけで……
見かねたルカが兄に通信を開いた。
『カイトお兄さん、マスター困ってるでしょ。何とかしてよ』
『……そんなこと言うなよ。大体俺に英語が分かるわけないだろう?』
しかし返ってきた返事は、いかにもヘタレた返信だったためルカは営業用の笑顔を貼り付けたままこう通信し返す。
『じゃぁいいわ。この第一部が終ったら、私が止めますから』
『ルカ……』
『止めても無駄です。あーあ、これがメイコ姉さんなら直ぐに止めてくれるのになぁ……』
と、最後に強烈な嘆きの一言を残してルカは一方的に通信を切った。
「マスター、はい」
一部が終わり、客への挨拶も終ったルカはカウンターの向こうに入るとそのままこの店のマスターの許可を貰って珈琲を造り始め、それを彼に差し出した。
その際、いつも彼が座る場所に座っている兄には冷たい視線を向けることも忘れない。
それにしても、よく兄さんを連れてくることが多くなった気がするのだけれど、何か意味があるのかな……
そう考えている間にも、マスターの隣に座る金髪の男はその隙に彼の手を……手……
営業用の笑顔が消えそうになるほどルカは驚いた。
『コイツ……何なの?』
手が震えているルカをカイトが止める。
『ルカ、抑えて』
『でもお兄さん!』
『ダメだよ』
そんな二人の電子の会話など全く聞こえていない
「ありがとうルカ」
とカウンターの向こうに立つルカにお礼を言いつつ差し出された珈琲カップを持つと、ソッと手を男から離しながらが一口飲んだ。
「随分と美味しくなったね」
と、素直に感想を述べるに本当に嬉しそうな笑顔で
「ありがとうございます」
と答えた。
嬉しかったから。
この人に、美味しいと言ってくれたことがとても嬉しかったから。
それにしても、隣に座るこのキザな挑発ヤロ……違った。このキザで長髪で金髪男の使う英語は、どこか……
「………。………、……?」
男が、理解できない言葉で何かを言うのが分かった。
『ルカ、分かる?』
カイトが聞く。
が、こればかりはルカも分からないと答えるしかなかった。
『いいえ。分からない』
男が話したのは英語じゃなかった。
少し前の話になるけれど、ルカがイタリア語の題名がついた歌が分かったのは、マスターが直前に英題を言ってくれていたから。
その英語が無ければ、きっと彼女はその言葉の意味すら分からなかっただろう。
英語以外の言葉を英語を、前置きしないで言われれば途端に理解不能に陥る。
それほどにルカはまだ不安定だった。
そんな中、男に答えたのはだった。
「…… ……。……」
これまた理解できない言葉。
「残念だな。名乗ってもらえないとは」
すごく残念そうに言う男に対して、そんなの知らないとばかりにが珍しく冷たい視線を男に向けた。
「あなた、フランス人だったのですね」
そんな視線を向けたまま、これは英語で男に話す。
『ルカ、翻訳してくれる?』
『分かった』
電子的なやり取りが、二人の会話の間に挟まれる。
表に出ることは無い裏の会話が、二人の間で展開していた。
男が驚いた様子でを見、英語でこう言った。
「まぁね。それにしても、ますます気に入ったよ。名乗ってもらえないのなら、せめて君の連絡先を教えてくれ。毎晩おやすみの電話を掛けてあげよう」
と。
その言葉をルカを通して聞いたとき、プチン……何かが切れそうな音がした。
だけれど、ここは耐えないと。
英語の部分は、ルカを通じて理解できている。
それにしてもこの男……初対面でマスターを困らせて……
カイトは、自分が怒っていることを自覚する。
だけれども、この人に今この場で干渉できない。
それが……悔しい。
そんなカイトの思いを他所に、が冷静に男に向けて言葉を放つ。
「生憎ですが、俺の寝る時間は不定期ですし、それに既に毎朝起こしてくれる奴が居ますから」
と言ってキッパリ断った。
その時ルカがカイトを見たのだが、カイトは気付かなかった。
そして、そんな二人のことは目に入っていないのだろう、男は続ける。
「そうか。そいつは残念だ。うん。実に残念だ」
と、随分芝居掛った様子で男は残念がる。
それにしても、フランス人……フランスの、フランシス・ボヌフォワには気をつけろ。
先ほど名乗ったこの男の名前、確か……
そう思っては目の前に座るフランス男を引っ掛けてみることにした。
「そう言えば」
そこで言葉を切ったは、店の天井を一瞬見上げて何かを思い出しながら言葉を紡ぐ。
「この前、RIATに関係者として行った時(ヘタリアのTyphoonという短編参照)、後日のファンボローでは飛ばなくて良いと、イギリスの関係者の方から言われましてね……」
彼の言葉が最後まで言われることはなかった。
「……あんの太眉ヤロウ」
怒りで震える金髪の男に、はとどめの言葉を掛けた。
「おや、俺がファンボローに行かなかったことで、何かあるのですか?」
と。
そして確信した。
「ってことは、最初から俺が『フランス』だと知ってたわけか」
と、男が観念した様子でに言う。
「いえいえトンデモナイ。最初から俺のことを知っていたのは貴方の方でしょう。俺はあなたの名前を聞くまでは何も分からなかったのですから」
と、男の言葉に反論しつつルカが煎れた珈琲を一口飲んだ。
「だってよぉ、スペインもアメリカもスウェーデンもそれにあのイギリス野郎でさえお前に会ってるからな。興味が湧いたんだ。それに俺だけ仲間外れって何か悔しいじゃん?」
「なんですかソレ」
と、感情を隠さないフランスの言葉に呆れたように返事を返すが、彼は聞いていなかった。
「だから強行に会いに来たってワケさ。会えてよかったよ。じゃ、改めて名乗らせてくれ。俺はフランスだ。よろしくな、
と、改めて挨拶してきた。
「話せて嬉しいですよ、フランスさん」
は営業用の笑顔で返す。
その時、ルカがカウンターの向こうからやってきてに向けて日本語で
「マスター。さんが……」
と話を逸らした。




「あ、来た来た」
嬉しそうにマスターがその人を呼ぶ。
入ってきたその人は、僕の知っている人だった。
名前はさん。
演奏の時はいつもドラムを担当している人だ。
「マスター、もしかして今から演奏ですか?」
演奏があるなんて聞いていない。
そしてこの質問のほかに、実はもう一つ聞いてみたかった。
その中に僕は……入ってますか?
と。
でも怖くて聞けない。
だから、黙った。
「うん。さんとルカと俺のドラムセッション」
聞く以前に、答えをマスターが一方的に告げてくる。
そ……そんなぁ。
「こんばんは、さん。それにカイト君。えっとルカさん、マスターは居る?」
と、さんが僕とマスターの席の後ろに立ったまま、ルカにマスターの所在を確かめる。
この場合のマスターは、店のマスターのことを指す。
それを理解しているルカが「少し待っててくださいね」と答えると、スッと店の厨房の方へと消えていった。
厨房からルカと入れ替わるようにして出てきた店のマスターとが何やら話している間、金髪の男は何が始まるのだろうと少し楽しそうに

状況を見ている様子だった。
その時一瞬だったけれど視線が絡み、ニコリと余裕の笑みを返されて僕は視線を逸らすしかなかった。
「フランスさん、カイトにチョッカイ掛けないでください」
と、そんな僕の様子を見ていたのかマスターが金髪の男に何かを言った。
「へぇ、彼はカイトというんだね」
「……ですが、何か?」
「いいや、何でも無い」
と、小さく首を振って否定するとマスターの手をおもむろに持ち上げて……
ッ!?
「……あなたねぇ」
呆れた表情と呆れた声を出してマスターが男を見る。
「今から演奏をするあなたに、祝福を」
「ありがとうございます、とは言っておきます」
「いえいえ、どうぞよしなに」
英語でも日本語でもない、別の言葉での会話。
一体何を話しているんだろう。
気になる。
でも、聞けない。
「では、私はこれで」
そう言うと、彼は席を立ちテーブルの方へと移動した。
それと交代するように話し掛けてきたのは、店のマスターとの話から戻ってきたさんだった。
彼は、ここに居た人の移動したことを不思議に思ったようで一瞬店の中を見渡していたが、やがて席に座った。
どうやらあの金髪男と無言のやり取りをしたのだろう。
こんな気持ちの、視線で語るといった事は、僕たちには出来ない。
電子的なやり取りなら出来るけれど、本当の無言の会話という行為は出来ないように出来ている。
こういう事を見せ付けられる度に思う。
僕は、ヒトじゃない。と。
さん、メールでもお話した通り、俺本当に練習してませんよ?」
と、申し訳なさそうに言ってくる。
「大丈夫ですって。俺も練習してませんから」
さんに合わせて答えたのかなと一瞬思ったけれど、確かにマスターはここのところギターを触ってないことに気がついた。
そして、そんなマスターの答えに納得できないのか、さんが僕に小さな声で聞いてくる。
「本当にさん練習してないの?」
と。
「はい。ここ二週間は……」
そう答えるとさんの表情は……暗くなった。
「そうか……ありがとう」


ルカが厨房から顔を出したときには既に金髪の男の人はカウンターから直ぐ近くの空いてるテーブルにいつの間にか移動していてカウンターから居なくなっていた。
そしてさっきまでその人が座っていた席にさんが座っていた。
さっきとは違いカイト兄さんの表情に余裕があるのは、さんのことを知っている?
疑問に思ってルカはカイトに無線を飛ばした。
『ねぇ、カイト兄さんはさんのこと知ってるの?』
と。
返事は直ぐに返ってきた。
『うん。少しね』
その答えに、なんとなく悔しくて誤魔化した。
『そっか。なーんだ』
やけに明るく返したことを不思議に思ったのか、兄さんが名前を言ってきた。
『ルカ?』
と。
通信上でのやりとりでも、その心の機微を感じ取ろうとしてカイトが少しだけ追いかけた。
『ん?』
が、何でも無いことのようにルカに返されて何も言えなくなる。
『いや、ごめん。なんでもない』
――何かあったの?
いつもとは違う兄の反応の意味を聞こうとして、店のマスターに呼びかけられてそれは止められた。
「ルカ、第二部の準備よろしくだって」
「あ、ハイ!」
営業用の笑顔で彼に答えると、第一部とは違う環境、人の演奏する音で歌う第二部のための準備にルカは取り掛かった。
第三部は、カウンターに座るもう一人のマスターとさんの三人で演奏するから……
ちなみに第二部は、わたしを機械として扱うバンド。
でもそれに特別疑問をもったことは無い。
だって私は正真正銘の機械だもの。
ねぇKAITO兄さんは……違うの?
答えは、出なかった。
アトガキ
フランス兄さん,煽りすぎ。
2023/08/07 script変更
2009/04/16
管理人 芥屋 芥