『壊したろうか』
その思いは本音や。
しかも『ただの』本音やない。
嫉妬を含んだ本音や。
ソレが『気に入らんから、壊す』
その権限は確かに『人間側』にあるハズで。
しかしながらその言葉の衝撃を、最も彼等に効果的に与えられる人間は今後もそれを言う事はないであろう彼、……先生。
気付かない真実

「……壊そう……思った」
この時初めて、本音が出た。
そしてその本音を、は黙って聞いている。
いつもなら、ため息吐くとか何とかリアクション取るくせに、こういう時には一切せんっていうのも重々承知や。
真面目になるときは、昔から茶々を入れたことあれへんもんな。
と、自分が出会った大学生の頃からの彼の慣習を思い出す。
そして何より、一連の出来事を最初から見ていた彼にとって、この状況の本当のところをきっと自分よりも『分かってる』のだろうってことも……
そこまで考えて侑士は、の問いに答えた自分を見ている彼の顔をチラリと見、その変化を探ろうとするけれどその表情には自分が分かるような変化はほとんど見受けられなかったから、ソッとバレないように(バレバレやろうけど)視線をそのまま外したその時に、大きく身体が揺れ、その表情を強張らせたボーカロイドの姿が視界に入る。
恐らく……いや、確実にたった今自分が放った言葉が怖いのだろう。
しかしながらそれを言った人間は『マスター』であるではないため、まだ何とか耐えられるといったところか。
もしこの言葉を言った人間がマスターであるがだった場合、そしてそんなことは万に一つの可能性もないことだけれど、そこに立っている青いボーカロイドは果たしてどんな表情を見せるのだろう。
と、心のどこかでそれが気になったが、しかしながら状況は変わらない。
自分が壊そうとして首に手を掛けたのを、は見ていた。
最初は信じられなかっただろうか。
しかし自分が本気だとわかったから、だから、止めた。
ギリギリまで見極めるのは、のクセ……みたいなものか。
良い意味でも悪い意味でも、クセらしい。
と、これもこれまでの付き合いから掴んだ彼のクセだが、今回はどうやら俺にとってはちょっと悔しい結果になったようや。
そう頭の中の冷静な部分で忍足は考える。
そして、怯えた表情のボーカロイドの視線から振り払うようにして侑士が言葉を続けようとして、遮られた。
「侑」
「何?」
条件反射的にその名前に反応する自分が、今はちょっとだけ恨めしいと思う。
そして反応してしまったからには、が更に問い掛けてくるだろうことも。
そして案の状、その返事を聞いてから言葉一つ一つをゆっくりと聞かせるようにが問うてきた。
「彼がもし壊れていたら、お前はどうする気だった?」
と。
そしてその言葉に含まれる内容は、『お前、後先考えてないだろ』……やろか。
……多分な。多分。
 
 
この青いボーカロイドを壊そうとしたのは確かに自分だが、壊したあとは何をしたか……なんて。
そんなん……
―――――謝ることと……あとは、弁償?
この二つくらいしか思いつかん。
と、侑士は移動した一人掛け用ソファに座りながら考える。
だってボーカロイドって、そこらの家電と同じように取り替えできる『機械』やろう?
それは例えばこの家にある冷蔵庫が壊れたとか、電子レンジが壊れたという状況と結果的には何ら変わりがない……ということではないだろうか。
せやから、次のバイト代入ったらパソコン売ってる店に行って……
って……あれ?パソコン売ってるところ?
そこまで考えて、侑士は彼等が普通の『家電』とは違うことに気がついた。
……家電やない。違う。
家電は修理が必要やけど、このボーカロイドは違う。全く違う。
彼らは『ソフトウェア』や。
パソコンを大元に動く、プログラムや。
せやけど、なんでその『ソフトウェア』がこうやって実体化してるんや?
そうは思えど、『そういうことになっているから』が答えらしいから、これについては侑士は考えるのを止めて、彼等が『ソフトウェア』だということについて考えてみる。
ソフトウェアっていうことは、パソコンの中に戻して初期化して修復してやればまた元通りに動くのと違うの。
侑士はカイトに手をかけていた壁際のところから真ん中のソファのとこに移動しつつ考えている。
その時、部屋の明かりがついたけれど、侑士の視線は床を向いて考えていたからさほど気にならなかった様子で、考えを続けている。
しかしそれならばは果たしてここまで怒るだろうか?と、侑士はそう自分に疑問を投げかける。
顔にほとんど出てないけれど、その中では相当怒っているだろうことはこれまでの経験とあとは彼の目で分かるから。
そんなことを考えていた彼に、先にソファに座ったが再び声をかけてくる。
「侑士」
その言葉に含まれていたのは『さっさと座れ』という催促だと、侑士は思う。
せやけど、なんで隣に座るねん……
と、が座る三人掛け用ソファに人一人分開けて座るカイトに視線をやるが、カイトは気付かずただ黙っての方を遠慮がちに見ているだけだ。
そんな彼の様子に、
――その間に割って座ったろか?
と一瞬考えたが、これ以上大人気ないのも……な。と思い直し、それは止めておく。
そして、最初に出てきた二つの答えを向かいにある一人掛け用ソファに座りつつ、侑士が彼に告げる。
「何する気やったって。
 そんなん、に謝るのとあとは弁償するのと……この二つは、する気やった」
座りながら彼にそう答えて、今度は顔を自分から上げて真っ直ぐの顔を見るが、変化はな……いや、ある。
あるけど、ほんの僅かや。
小さな変化やけど、さっきより目が柔らかくなったか?それとも、答えがアリキタリすぎて呆れてるだけか?
と、怒りが少しでも引いてくれていることの期待を込めて彼を見る。
十二分に『色眼鏡』が入ってることは自覚してるけど、せやけどもしここでこの家を叩きだされたら俺今晩どこで泊まれって?
いやまぁ、近くに一人暮らししてる友人の家があるから、その辺は多分何とかなると思うけど。
でもこんな夜も遅い時間に行くのも、まぁ、迷惑なだけやから……う〜ん……
と、侑士は悩んで更に考える。
確かに無理矢理ついてきたことは事実やし?今ここで追い出されても文句は言えんこともさっきやってもうた訳やし……
せやけどそんな、こんな時間から『未成年』を追い出すなんてこと、がするはずないけどな。
と、やはり彼に甘えていることを侑士はほんの少しだけ計算に入れていることに気付かなかったのだが。
そしてが、さき程の感情の爆発から侑士の反応で少しそれが冷めたのか、小さく息を吐いて反応した。
「確かに謝るのは一番最初だけど……でも、謝る相手が違わなくないか?」
と、明らかに謝る相手は自分ではないと言ってくるってことは、その相手はやのうて……
まさか……
、まさかボーカロイドに謝れ……って言うんやないやろね」
否定されることを望んで発した言葉は、簡単にその期待を打ち砕かれてしまう。
「そのまさかだよ、侑士。
 大体相手がカイトだったから無事だったものの、これがメイコだったりミクだったら、お前今ごろ床で伸びてるよ」
と、とんでもないことを言ってのける。
「ちょ……チョイ待ってぇな。
 ソレ、どういう意味や」
そう聞きながら、告げられた名前について思考をめぐらすと、答えはすぐに記憶の中から出てきた。
さっき見たばっかりやん。
メイコっていうのは、赤い服が似合うあの姉ちゃんのことやろうし、ミクは……あの緑の髪の子か!
彼等にそれぞれ自己紹介されたとき、そして上の防音の効いた部屋で話していたときに彼女達が着ていた服や、髪の色を侑士が思い出していると
「だから。
 メイコは案外気が強いし、ミクだって普段はボーッとしてるけど、やるときはやる子なんだよ?
 リンとレンに至っては……」
話を聞いていて、段々彼の意図するところが読めてきた。
だから少し大きな声を出しいつもより大きな手振りで、ソファの中で身体を動かしつつ彼の言葉を遮ってしまう。
「……わぁったて!」
そう彼が言ったとき、ギシッとソファが軋むほどに身体を動かして。
まるで、聞きたくない言葉だとでも言うように、の言葉を侑士が遮る。
分かった分かった。
もう分かった。
ハイ。
参りました。
「何がわかった」
そんな侑士に問い掛けるの声は少し不満が含まれていた声だったが、侑士は気付かずにその言葉に答える。
「だから……アレや。
 は、このボーカロイドが唯……い……つ」
そこから先の言葉を言うのは、いくら何でも流石に、自重した。
 
 
そう。
結局、へタレなんはこの青い兄ちゃんだけってことやったんやな。
他のボーカロイドやったらは止めに入ることは無かったってことなんやな?!
せやから……せやから、止めた。それだか!それだけなんか!?
そういうことか?そういうことなんか!?
それだけか?!たったそれだけか!!?
このボーカロイドが『ヘタレ』やった、だから止めに入った。それだけか!?
……
 ……
  ……
ああぁぁぁぁぁ!
なんか馬鹿らしくなってきたわ。
と、気持ちが一気に萎えてくる。
同時に、なんか……嫉妬してた自分がなんか……やっぱ虚しい。メッチャ悲しい、泣きそうや。
「なにパ二クッテルの?お前」
と、ここで少し心配そうに声をかけてくるの言葉が入るが、『止めに入った真意』に気付いた彼なりの真実のあまりにも衝撃の大きさに、今はそんなのを聞いている余裕は侑士にはなかった。
たったそれだけ……か。
それだけか……悲し。
そう思うと同時に、すぐに立ち直る。
あんたと付き合いはじめてから、ホンマ立ち直り早なったって、つくづく思うわ。俺。
それにしても、弁償云々っていう言葉を言わん辺り、ソレには触れるなってことなんやろうな。
と、これまでの付き合いから彼の振る舞いに慣れてしまった自分を少しだけ振り返ると同時に、弁償の件について侑士は自分で勝手にそう判断をして

しまう。
その件に触れないってことは、その必要はないってこと……これも、長年の付き合いで経験済みや。
まぁ『裏』はあるやろうけどな。
「いや……もう、えぇわ。
 なんか……もう……」
と、言葉にならない言葉を発する侑士にが少し遠慮がちに言ってきた。
「侑士。
 お前、大丈夫か?」
それは、一息つかせるための言葉であると同時に、促すための言葉でもある。
こういう日本語の使い方、最初に出会った頃より数段進歩してるなぁ。
と、侑士は別の意味で関心しつつ、その言葉には頭を上下に動かして『大丈夫』と答える。
せやけど機械に謝るって……なんか、変な気分やで。
そう思いながら侑士は小さく息を吐き、目の前に座るカイトに対して改めて顔をむけて
「さっきは……その……ごめんな」
と謝ると、今度はカイトが驚いた様子での方を向いた。
その視線は不安そうに揺れていたから、どうやら、どう反応すれば良いか分からないらしいことが手に取るように分かる。
そんなカイトの視線を受けてが、
「どうする?
 許すかどうかは、お前次第だよ」
と、まるで『人』にいうような言葉をサラリと言って、さらにカイトは困った様子を見せた。
その様子を見て、侑士は軽い既視感(デジャブ)を覚える。
自分がまだ小学校に通っていたときの……いつかの光景に、とてもよく似た言葉をいわれたことがあると思うから。
あぁ、やっぱこの青いボーカロイド……名前はカイトって言うらしいけど、やっぱに一番気に入られてるのは確実やと思う。
自分()は気付いてへんとは思うけど。
でも、機械を人扱いするんって、ホンマ、くらいや思うわ。
まぁ……えぇか。
今は譲ったるわ。
……今は……な。
と、自分が何とか我慢できるところまで折った折り合いを、侑士は自分なりにつけた。
だって、ここで子供の頃のようにダダこねたって、状況が変わるとは思えんし。
何より、カイトを含めたボーカロイドがを頼ることを、自身が許してるし……な。
しかもムカツクことに、見てるこっちが腹立つくらいに甘々や。
せやけど、そこをどうこう『外野』である自分がナンボ言ったかって、は聞くようなお人やあらへんの、よぅわかってる自分にも腹立つんやけど
な。
まぁえぇわ。
と、そこで侑士は考えを切った。
何故ならそれ以上考えると、何かが切れそうな予感がして。
試合前に怪我をすることは避けたかったのもあるけれど、何より今ここで暴れたらに完全に押さえこまれるのは目に見えてるし。
伊達に、元……そして現役のアレやないわなぁ……身体細いけど。
と、そこまで考えて侑士は今度こそ本当に考えを切った。
それにしても
さっきはよぅ逃げてくれたな。
と、どうしても気になっている彼が発した言葉を侑士は振り返ってみる。
『例えば、崖の上で落ちそうになってる侑士とカイトが居たとして。
 そして、救助の人がたくさん居る場合に限るんだけど……
 多分、そんな状況は、来ないと思うんだけど……
 でも、もし、そんな状況になった場合。
 俺は真っ先にカイトを助けると思う』
の言葉の真意は?
さっきは軽く流されたけど、今度はそうはさせへんで?
「なぁ、最初の言葉の本当の意味、聞かせてぇな」
と、決意を持って彼に聞いてみる。
さっきのパニックになっていた表情とは打って変わって、今度は真剣な顔でに聞く。
そして今度こそ、が本当のところを、答えてくれた。
アトガキ
天回高楼シリーズの三作目……の予定だったのですが、どうも合わないっぽかったので、いるか通りに移動させました。
題名も変更しております。
2023/08/07 script変更
2008/07/09 移動
2008/07/06
管理人 芥屋 芥