『Dolphin Street』
そこは、日々JAZZを愛する人たちが集う場所であり、また日ごろの疲れを話すことによって、好い音楽を聴きながら癒す、そんな空間。
Dolphin Street
   hot&ice

「断るのか?」
榊がわずかに声を低くして聞いてくる。
「断るもなにも、俺は『他校の先生』ですよ?無理ですよ無理。
 第一、この時期とてつもなく忙しいの、榊先生だって分かってるでしょう?」
と言いながら首を振って、今度ははっきりとが断った。
「そういうことだ跡部」
「だろうと思った」
と、榊との声が重なる。
それに反論するように跡部がの方を向いて、しかし、なんとか不機嫌さを抑えて
「お前が言うな」
と言った。
「でも、忍足先輩も結構強情だよなぁ・・・」
頼んだピザに手を伸ばして、が言う。
「裏拍の取り方を、、お前が素直に教えないがのそもそもの原因だろうが」
「俺は企画に反対票を入れましたから、教えなければならない義務はありません」
そうキッパリ言い切って、取り分けたピザの一ピースをペロリと食べる。
「大体裏拍なんて、メトロノームと睨めっこして手を叩いていたらできますって。
 60でセットして、鳴ってないときに手拍子入れると、それが120の裏になるわけだし・・・」
「それは、最初に話したときに聞いた話だ。
 問題は・・・」
「なるほど。
 メトロノームに釣られてしまって、それが『ふた』拍目じゃなくて、一拍目に聞こえるんだ」
と、跡部が言いたいことを先に言ったのは、料理を食べていただった。
「そう言うことです」
答えたのは跡部。
一瞬、微妙な沈黙がテーブルに降りる。
なんだろう・・・コレ・・・
やがて、それを破ったのはマスターだった。
、お前が素直に教えたら?」
「・・・イヤですよ。
 なんで・・・俺が・・・」
、意地張ってないで、ここは割り切って・・・な?」
何?
今・・・一瞬・・・何かが・・・?
「・・・じゃぁ・・・
 これからは、がんばります。
 んじゃ、早速手を出してください。
 ドレミの音階からしましょうか?
 ううん・・・流石にそれから入ることはないでしょ?
 たとえば、この指が右に来たら1・真中が2・左が3として
 せめて、10回は連続でやってください。
 ロール、開始」
だが、それが分かったのはこの中ではだけだった。
・・・お前・・・」
そう言ったきり呆れ顔になって黙ってしまったは、やがてスパゲッティに手を伸ばして取って、食べた。

――何が『今度撃たせろ』だ!このバカ!!

「へぇ・・・リズム感いいね、跡部君」
と、普通の感心を寄せるのはさんだ。
結局、言われたとおりの十回を軽くこなして、
「じゃぁ、次となると・・・もう演奏するしかないと思うんでですけど・・・
 聞いて聞いて聞きまくって、手を叩いて覚え込むしかないでしょ」
と言うと、周囲を見渡して、楽器が置いてあるかどうか確かめる。
「それに今日はバレンタインだし、ちょっと甘い曲でも選びましょうよ」
「あぁ。
 それ、いいかもね。
 でも、俺たちも『ヒマジン』だよなぁ・・・イロイロと」
バックの中からスティックバックを取り出して『しみじみ』と言う。
「盛りたて役に回るのも、また、人生。
 誰かさんと違って、スポットライトの当たらない人生も、アリっすよ」
と、に答えるようで、跡部を見ながらが言う。
「テメェ、それは俺への当て付けか?」
察したらしい跡部が反論するが、は相手にしない。
「別に。あなたなんて一言も俺は言ってませんから。
 ところで、何します?やっぱり、スローテンポな曲がいいですかねぇ」
大人顔負けの話の終結のさせかた・・・だ。
全く、そんなかわし方、一体どこで覚えてくるのやら・・・
「折角榊先生も居ますし・・・もし、この後、誰も使わないようでしたら、使わせてもらましょうか」
と言うと、が席を立ち
「この後空きがあるか、確認してきますね」
と言って、カウンターへと足を向けた。
そんな後姿をついつい目で追っていたカイトにが興味深げに聞いてくる。
「ねぇ、あの人に何か教えてもらった?」
と。
「え・・・」
「あの人、結構ギターとか上手いでしょ?
 だから、何教えてもらったのかな?って」
「・・・何って・・・えっと・・・」
戸惑いながら、それでも何とか答えようとしたカイトの言葉に重なるようにして
「こらこら。カイトが困ってるだろ?
 あと、この後は空いてるそうですよ。次お願いしますって、逆にマスターに頼まれちゃいました」
戻ってきたを注意しつつ、全員に向かって報告する。
「まぁ・・・ね」
苦笑がから漏れ、やがて何か思いついたのか
「それで、何しましょう。
 ここは、やはり、榊先生のソロから入りません?」
と言った。
「私のソロから?」
「はい」
「それ、いいですねぇ。
 学校じゃ、滅多にジャズ弾いてくれないし・・・」
と言って、が賛成にまわる。
「学校は、『教える場』で、遊ぶところでは・・・」
「じゃ、ピアノとドラムで何かした後、俺が入って最後にが入って・・・っていうのは?」
そうやって、曲を決めていく。
そして、決まった楽譜をそれぞれ持ち、席を立った。
カウンターの空いていたところに、身体を少しだけ小さく丸めて座らせてもらう。
何でも、そこだけはマスターがとある常連さん以外座らせない席らしかったのだが、今回は・・・ということだった。
「構いまんよ。
 あなたは、サンのお連れさんですから」
そう言って座らせてくれた店のマスターにお礼を言うが・・・
でもココ、さっきマスターが座っていた席じゃないっけ?
そんな考えがよぎった時、甘い旋律のピアノが、鳴った。
さっきとは全く雰囲気が違う。
とても、甘い、甘い音。
スローテンポの中に、甘い旋律が、そこに・・・
「ステキね」
隣に座る女性が、そんなことを洩らす。
「そうだな」
更に隣に座る男の人が答える。
店全体が、少しずつ静まり返っていく。
四人の生演奏。
その一人一人が、中心。
相手を煽り、相手から煽られ・・・やがて、それは一つのうねりになって、静かに広がっていく。
さっきとは全く違う、その『音』
静かに、ゆっくりと進むテンポ。
凄い・・・
こんなことも、できるんだ・・・
 
 
 
 
「ありがとうございました」
店のマスターさんに見送られて店を出て、行き着いたのは・・・
「あの・・・マスターここ・・・」
目の前には、いい香り漂うアイスが並んで、美味しそう。
「どれでも、好きなの選んで良いよ。
 店の中、お前ずっとコート着てたから、流石に熱くなってるだろうし・・・」
そう言って、ケースの中を順に見ていく。
「どれがいい?」
と聞いてくるマスター。
「だって・・・さっきの・・・」
続きの言葉を、マスターは遮ってしまった。
「だってさっきからお前、顔が真っ赤だし。
 暑いなら、暑いって言わないと・・・ホラ、ダブルでもトリプルでもいいから、選んで」
背中を押されてそう言われて、結局、トリプルを選ぶ。
店の奥で響いた
『KAITOだぁ・・・カワイイ』
という声を何とか無視して、店を出るマスターについていった。
さっきの暖かい演奏と、今の冷たいアイスが、ないハズの心に沁みていく。
マスター
僕は、本当にあなたがマスターでよかったと、『心』から思います。
ねぇマスター・・・ありがとう。
後ろから、その人の着ているコートを少しだけ引っ張って、背中に少しだけ触れる程度に頭を預けてみる。
すると、少し不機嫌な声が響いた。
「カイト・・・くっ付くのはいいが、店の人に見られてるぞ?」
「あ・・・」
慌てて離れた僕を、
「ま・・・いいか」
そう言って、グイッと手を引っ張って歩いてくれた。
その時だった。
前につまずいて・・・
「「あ!」」
叫んだのは、二人同時。
そして、
「アイスがぁぁぁぁ・・・」
しくしくしく・・・折角マスターが買ってくれたアイスが・・・アイスがぁぁぁぁ!!!
アトガキ
KAITO夢です
2023/08/07 script変更
2008/02/17
管理人 芥屋 芥