『Dolphin Street』
そこは、日々JAZZを愛する人たちが集う場所であり、また日ごろの疲れを話すことによって、好い音楽を聴きながら癒す、そんな空間。

Dolphin Street
   try to Evade

す・・・すごい。
この人・・・達・・・すごい。
衝撃がカイトをおそう。
今までの、『音を合わせること』に目的を置いたマスターのギターの音が、今は全然違って聞こえる。
今は、主旋律がマスターのギターなんだ。
そして体の中のCPUが、この目の前で演奏されている曲の平均的なテンポを勝手に割り出す。

四分音符、Ave.288

これをそのまま歌うには、ちょっと、一小節に全音符か二分音符くらいにしないと少し、無理っぽい。
でも、それを平然とした顔でギターで四分音符とか八分音符で鳴らしてるマスターって、本当に凄いんだ・・・
と、カイトは改めて思う。
それにマスター、手元をたまにしか見てないし、目を・・・瞑って弾いてるし、ドラムの人と目で会話してる。
これが・・・機械じゃない、『生』の演奏。
この息遣い、躍動感、熱い音・・・すごい。
一曲が終わってがギターをスタンドに置いて、
「次、行きますか」
と言って、直ぐに次決めていた曲に入った。
今度は一体どんな曲だろうって思っていたら、カランと鐘が後ろで鳴って誰か来たようだった。
「いらっしゃい」
と、後ろでマスターさんの声がして、僕の前に座る二人のその手が止まった。
その視線は、カイトを超えて、後ろの二人に注がれていたので、カイトも振り返って後ろを見たそこに立っていたのは、スーツをビシッと決めた大人の男の人だった。
この人は誰だろう?
そう思った時に、の口から答えが出た。
「榊先生・・・」
「やっぱりお前か、
間髪入れずに、返された呆れを含んだ声に
「なんですか、『やっぱり』って」
と、少し拗ねたように更に返した。
「いや、なんでもない。
 ところで、そんな超絶技巧、お前一体どこで習った」
言い合いをやめて、榊が聞く。
「どこでもいいでしょ。ところで、今から何かしませんか?
 生徒さん達もって・・・跡部?」
驚いた様子で、が思わず叫んだ。
珍しい・・・ですよね。マスターが叫ぶなんて・・・って、もしかして知り合いの人なんだろう・・・か?
そう思ってさらに後ろを覗き込むように体を傾けると、一人の少年がその後ろから見え、視線が合った。
その視線の強さに、カイトの表情が少しだけ暗くなる。
一体・・・何?
睨まれるようなこと、しただろうか?
いや、してない。
・・・多分
 
 
「カイトごめん、そこの楽譜取って」
直ぐにの声が飛ぶ。
なるほど。
どうやらあの青年、の連れか。
そう察した榊が
「すまんが君。
 今の時間から、少しこいつ等に付き合ってくると助かる」
榊がドラムの椅子に座るのみに対して聞いた。
だから、コレ幸いとばかりに
「じゃ、榊先生。
 俺たちはここで・・・」
と、が逃げの一手を打つが・・・
「お前は既に決定済みだ、この昼行灯」
そう言って一蹴する。
なんだかマスターの意外な一面が見えて、僕は本当に・・・驚いてます。
 
 
 
「裏拍の取り方?」
話を聞いてが言う。
他のお客が入ってきたから、奥の大きなテーブルへと更に移動して、そのテーブルにピザやそれを取り分ける小皿、コーヒーといった飲み物の間に楽譜の紙とファイルが置かれた状態で、半分会議状態な雰囲気をつくっている一団がいた。
席順は、スーツを着た榊が一番奥の壁との角席、その隣に私服姿の跡部、反対側にはが一番奥、真中に。そして、一番雑用がしやすいように、カウンターに近い通路側の席にカイトにが座っている。
誰が決めたわけでもないが、自然とこうなったから、『人』とは不思議だと、カイトは思う・・・間もなく、次々と注文がくるのを運んでいる。
「裏拍って、表裏の裏・・・って、『ンタ・ンダ・ンダンダ』のことですよね」
と、『ダ』のところにアクセントを入れて声を出したのは
「つまり、ジャズじゃハイハットが鳴ってる・・・ふた拍目・・・ということですか?」
「そうだ」
榊は肯定したが、その真意がまだ読めない。
一体何故急にテニス部が『裏拍』など必要なのか?
ということだが・・・聞くのが早いか。
「どうしてまたテニス部が、裏拍を?」
と、直入に聞いた。
「いや、これはテニス部じゃなくて、学校全体のイベント企画なんだ」
「「イベント?」」
「はい。
 卒業生への在校生からの贈り物をしようとする企画の一環で、演奏をしてみようということになりまして。
 それで、テニス部からは榊先生の影響で、ジャズに決定してしまったのです」
と、跡部が借りてきた猫のように大人しく、しかも敬語まで使って発言した。
「そういえば跡部って、生徒会長だったな」
確認したのは
「でも、『裏拍』に関してなら俺たちより、君の弟くんの方が詳しいと思うけど」
と言った途端、跡部の表情が嫌そうに歪む。
「アイツは・・・逃げるのが上手くて、捕まえることができないんです」
「あぁ・・・彼はねぇ・・・」
感慨深げにが感想を洩らす。
確かに、無理かも・・・
それ以上に、ちょっとだけ彼になら『手伝って』もらいたいことも・・・多々あったりなんかしたりして。
色々としては、複雑だ。
「へぇ。弟さん、ジャズに詳しいんだ。すごい・・・よなぁ。十代かぁ」
と、別の感想をがもらす。
「あぁ。彼に関しては、さんもよくご存知だと思いますよ。
 よく、ここに歌いに来る男の子がいるでしょう。彼です」
「・・・彼って・・・まさか・・・あの・・・」
「えぇ。さん。あなたのことは、よくから伺っています。
 自衛官の方と知り合いになったと」
君・・・え?でも君と名・・・」
そこで、察したのかの言葉が止まる。
「少々複雑でして、苗字は違いますが、『アレ』は自分の弟・・・」
その言葉に重なるように
「『アレ』扱いは酷いよなぁ・・・ったく、ここに来てるって分かってたら、絶対来なかったのに・・・
 なんで跡部がいるかなぁ」
「テメェ・・・」
現れたのは、直前まで名前が挙がっていた本人。
彼はカメラと録音機材が入ったバッグを肩から下げ、緑のコートとジーンズ姿で立っていた。
「ハイハイ跡部、睨まない睨まない。
 へぇ、ボカロが居るし。ねぇ、君の『マスター』は誰?」
と、椅子をどこかから勝って知ったるなんとやらで引きずってきて座った彼は、すぐに話を『KAITO』へと向けた。
今まで雑用をしていたカイトが、一気に話の中心になる。
「「「「ボカロ?」」」」
初めて聞いた単語なのだろうか、四人が一斉に同じ言葉を発する。
「あれ?もしかして知らない?
 『VOCALOID』シリーズで、一番最初に出た男性型の『KAITO』
 で、『彼』がここに居るってことは、この中の誰かがマスター」
と言って、
「で、『マスター』は誰?」
と再度聞いた。
「俺だよ、
カイトが答えを言う前に、答えを言ったのはだった。
「うっわ・・・意外・・・」
と、素直な反応を見せた。
 
 
 
 
 
――で、いいんですよね。『大尉』
――ありがとう。今度、何かで返すよ
――じゃ、撃たせてくださいよ。弾はガスでいいんで
――それはダーメ
――ケチ
という、やりとりがあったかどうかは定かじゃないが、どうやらがこの『KAITO』をただの機械とは扱っていないことを察したらしい。
じゃなかったら、『機械は機械であり、人はそれを使う側』という考えを持っている彼が、機械である『KAITO』のことを『彼』なんて言うはずがない。
それに今日は・・・彼の発売日だったかな?
あぁ・・・だからか。
先生なりの、彼へのプレゼントなんですね?
と、はそんな考えにいたる。
学校に持っていけない(連れて行けない)、裏のことも見せられない。
となると、ここで生演奏を聞かせるのがプレゼントになると考えたのだろうか。
でも、機械に生演奏って・・・う〜んどうなんだろう?
と、少し悩んだがテーブルの角を挟んで隣に座るカイトの少し喜んでいるような表情に、考えるのを放棄した。
何故なら、彼の扱いは先生が決めることであって、俺が決めることじゃないから。
「ハイ、ベーコンチーズ・ピザ生地包み焼き」
店のマスターが、誰かが頼んだ食べ物を持って、テーブルに置こうとする。
それを受け取ろうと手を伸ばしたカイトをが止める。
「いいよ。俺がやるから」
咄嗟の判断は、どうやらできないようで
「え・・・でも・・・」
と言ったきり、言葉が止まる。
「後はにまかせていいから、カイトは座って」
とスッとがフォローにまわる。
相変わらずこの二人、息が合ってやがる

跡部は常々そう思っていたのだが、どうやらそれは『当たり』だったらしい。
目の前で見せ付けられて、少しだけ悲しかったのか、どうなのかは分からないが、少しだけ不機嫌になる。
 
「つまり、跡部が先生に言いたいのは、しばらくの間、音楽の指導をお願いします、ってこと・・・でしょ?」
と、話を結論付けたのは君だった。
「それは・・・本気ですか榊先生・・・」
「提案したのは私ではない。忍足が言い出した」
「あ”ぁ・・・彼・・・ね」
その名前を聞いた瞬間、の表情が明らかに、変わった。
『何が』という訳ではないけれど、変わったんだ。
なんだろう。
すごくイヤな予感がする。
でも
「でも、やっぱり、その指導は榊先生がやったほうがいいですって。
 大体先生が顧問なんだし、それにギターの俺より幅は広いんだよ?
 だから、指導はできないけど・・・今なら・・・奏者もいるし・・・ねぇ・・・」
は断りの意味を込めて言うと、順番に顔を見渡していった。
アトガキ
KAITO兄さんです
2023/08/07 script変更
2008/02/15
管理人 芥屋 芥