『Dolphin Street』
そこは、日々JAZZを愛する人たちが集う場所であり、また日ごろの疲れを話すことによって、好い音楽を聴きながら癒す、そんな空間。
Dolphin Steet
   St.HBD

「へぇ
 珍しいこともあるんですね。
 さんが、生徒さんを連れてくるなんて」
カウンター越しにこの店のマスターが言う。
「そうですか?」
「そうですよ。
 あなたは、彼の元生徒さんですか?」
と、マスターがカイトに聞くと、まさか話しを振られるとは思わなかったのだろうカイトは驚いて
「あ・・・あの・・・」
と言ったきり俯いて黙ってしまったのを、スッとがフォローに周る。
「口下手なんだ、彼。
 マスター、あのリキュールピザっていうの・・・何?オリジナル?」
と、マスターが立つ後ろの棚に掛けられたピザのメニューの一番下を見てが問う。
「あぁ・・・これ?
 これは・・・まだ試作で。
 リキュールにつけたトマトソースベースのもので、まだ焼いたときにアルコールが抜けないのが難点なんです」
と、彼が指したメニューを見ながらマスターが答える。
「へぇ。
 じゃ、まだ頂くのは無理かなぁ」
車で来ているから、流石にアルコールが残っているようでは食べることはできない。
それに、もちろん『彼』にも無理だろう。
と、何故かはこの場には居ない友人の名前を思い出している。
「スミマセン。
 ですが、もうすぐ完成しそうなので、その時にお出ししますね」
そう言って、彼はの前にコーヒーを出した。
「ありがとうマスター」
二つのことに対して同時に礼を言って、がコーヒーを口に運んで、一口、飲む。
カラン
という入り口の鐘が鳴り、誰かが入ってきたのを察知してマスターが
「いらっしゃい」
と言って出迎えが振り向くと、そこに立っていたのは、滅多に会う機会がない人だっだが、彼の名前はスッとの口から出た。
何故なら、先ほどフト頭に浮かんだ人物でもあったから。
「こんばんわ、さん」
静かな店内で、彼の声はよく透る。
というよりも、この時間からここを訪れる人はほとんど居ないから、二人の開店貸切状態だったのだが。
「こんばんわ。さん。っと・・・お連れさん?」
と、が彼の横に座るカイトを見て、少し遠慮しようとするのをが止める。
「あぁ。彼は、『カイト』。俺の元教え子ですよ」
と言って、マスターにカップを持つことで移動の意を示し彼が頷いたことで了解を得ると、スッと席を移動するためにギターケースを持って立ち上がった彼の後を、カイトが慌ててついてくる。
「あ・・・マ・・・」
『マスター』と言いかけて、寸でで言葉をカイトは変えた。
「待ってください」
と。
ここでは、彼のことを『マスター』と呼んではダメらしい。
だから、とっさに、同じ『ま』から始まる言葉がカイトの口から出る。
「カイト、慌てなくていいよ」
慌てる彼を落ち着かせ、が座るテーブルにゆっくりと座ると
「あれ?
 今日、もしかしてスネア持ってきてます?」
と、の足元にある丸っこい専用のカバンに気付いて、そう聞いた。
「あ・・・やっぱりバレマシタ?」
こういうところは彼はまだ少年の心を失っていないと、は思う。
この人、本当に俺より三つも年上なんだろうか?
と、少しだけ疑問に思うが、だが、それもまた、この男の『味』なのだろうとも、思う。
第一この男が生活する場は、ここ陸上ではなく、海上なのだから・・・
「えぇ。ということは、もしかして?」
演奏するつもりで、ここに来たのだろうか。
「えぇ。一昨日航海から帰ってきたんですけど。
 生憎皆さん、家族サービスに忙しくて」
そう言ってはにかむようにして笑う。
「なるほど。でも、同僚さんにもいらっしゃるでしょう?」
『独身』の言葉をワザト抜かしては聞いた。
「えぇ。ですが、これまた部下ばっかりなんでねぇ・・・ちょっと肩身が狭いんですよ」
そう言って、マスターにコーヒーを頼んだ。
「なるほど」
だから、ここに来て、黙って演奏して帰るつもりだった、とは言った。
「それに、航海中全然練習してなかったし、来たはいいが、さっきまで入ろうかどうしようか迷ってくらいで。
 丁度さんが居てくれて良かったですよ」
と言って、スネアの入ったバッグを持ち上げると、そのまま開けて中身を取り出していく。
「それって、俺を当てにしたってことですか?」
冗談めかしてが言い
「さぁ・・・どうでしょう?」
なんて軽くかわす、そんな二人の様子をカイトは驚いた様子で、ジッと見つめている。
――僕の知らない、マスターの顔・・・だ
そして、取り出された『ソレ』を見て、更に驚いた。
・・・ドラムの一部分?
覚えがある。
リズムを支える、要の楽器だ。
 
 
「軽く、何かやりますか?」
提案したのは
カウンターにいるマスターも、その提案に少しだけ頷いて了承を見せる。
どうやら彼はがギターを持って入ってきたときから、いつかは演奏するだろうなぁという予想を立てていたらしい。
「何にします?」
と、がカバンを取り出して、ファイルを取り出す。
そこに書かれた文字を見て、カイトの顔色は少し青くなった。
・・・コード・・・表?
自分の得意とする音符がどこにも無い代わりに、『Gm』やら『C』といったアルファベットだけが書かれたコードだけの楽譜。
それらが何十枚と出てきたものだから、ちょっと・・・引く。
「じゃ、ブラシ持ってきてるので、ワルツフォー・・・いきますか?」
が、が出した楽譜の中から、一枚取り出して彼に意見を求める。
だが聞かれたの表情は、少し暗い。
というより、少し嫌そうな表情をしている。
さん、それエバンスのナンバー・・・」
と抗議するが、
「あの恐ろしく速い『Wild Goose Chase』をギターで弾ける人が、何言ってるんですか」
と、恐らく最後に何か、ハートマークめいた物が付いているような、そんな言い方での抗議をペシャリと一蹴する。
「あれは・・・その・・・偶然で・・・それに、あれ、曲自体そんなに早いっていう訳では・・・」
「何言ってるんですか。手数がテンポ300くらいのピアノソロ曲を平然とやってのけて、それを偶然といいますか。
 じゃぁ、ジャイアントステップスか、モーメントノーティスか、どっちかでいきません?
 ちょっと速い曲、やってみたいんです」
「うわ、コルトレーンだらけ。なら、ブルートレインしません?ブルースですが」
と提案したが、はそれを聞いてないふりをした。





今・・・なんて?
テンポ・・・300?
聞き間違いでなければ、このという人は確かに『300』と言った。
えっと、どんなテンポ300なんだろう。
二分音符で300って言ったら、四分音符600じゃないか!
多分・・・四分音符でテンポ300なんだ。
ちょ・・・っと、マスターそれ、速すぎ・・・です。
「モーメントノーティスは、どれくらいでいきましょう」
余りの衝撃から冷めると、既に曲は決まっていて、どうやら『モーメントノーティス』『マス・ケ・ナダ』という曲を演奏するようだった。
一体どんな曲なんだろう?
と、興味がわいたカイトは、が広げている楽譜を覗き込んだそこには
『テンポ 280〜320くらい 後はノリで』
と書かれてあって、更に五線譜の上にただ、
『Em7 A7 | Fm7 Bフラット7 | Eフラット ・・・』
とあった。
頭がイタイです、マスター・・・
というより、何なんですかその『くらい』とか『後はノリで』って!
マスター・・・アバウトすぎです。


『え? お兄ちゃんだけなんですか?マスター』
外に出たい年頃の女の子であるミクが珍しく少し不機嫌そうに、に言っている。
『カイト兄ちゃんだけ?私も連れてってよぉ』
が拗ねる。
『カイ兄ぃだけかぁ・・・ツマンナイの』
と同じようにレンも拗ねている。
しかし、メイコは今回フォローにまわってくれた。
『マスターに文句言わないの』
その一言で、三人が黙る。
そして
『また今度、連れて行ってあげるから』
とマスターが言ったのを最後に、家から出てきて、そしてこの店へとやってきた。
多分、きっと今から、演奏が始まるんだ。
僕は、ずっとマスターの『音』しか知らなかったから、一体どんな音に変わるのか、少しドキドキしています。
アトガキ
KAITOハッピーバースディ
2023/08/07 script変更
2008/02/14
管理人 芥屋 芥