『Dolphin Street』
そこは、日々JAZZを愛する人たちが集う場所であり、また日ごろの疲れを話すことによって、好い音楽を聴きながら癒す、そんな空間。
だけど、今日は少し場所が違うようですよ?
空の彼方
 

やりかけた仕事で日曜出勤した学校帰りに、フラリと立ち寄ったとある店で珈琲を飲んでいると
カラン・・・
という音をさせて入ってきた彼に、少しびっくりした。
・・・」
名前は呼んだものの、そこで声が止まってしまう。
何より、その肩にかけているバッグで、は彼がさっきまで何をしていたのか、完全に理解した。
「基地に行ってたのか?」
と聞くと
「当然です。それにしても今日航空祭だったのに、『大尉』は行かなかったんですか?」
と言いながら、床にカメラ機材の入ったケースを置いて隣に座って先制とばかりに聞いてきた。
コイツ・・・
と思いながらも仕方なくは答える。
「あのね、俺だって色々忙しいの。それに俺は海じゃない。
 大体18に乗ったのだって、緊急っていうか、・・・司令の命令じゃなかったら乗ってないし・・・」
「でも通常は機種転換訓練も受けず、シュミレーションもなしにいきなり操縦なんてできないと思うんですけど。ねぇ。マスター?」
マスターに出来上がった写真を渡しながら、が聞く。
「ま、君はアル意味特別だからなぁ。
 どれ、見てみよう。」
と言いながら、が渡した写真を一枚一枚マスターが見ていく。
「特別って。マスターあのね・・・
 で、今日はどうだったの?楽しかった?」
と、話を変えるようにが聞く。
「えぇ。16が三沢から来てて、4・15・18・ブルーはいつも通り。
 でも、雲量は1だったけど、上空シーケンスが低かったので演技区分は2でした。残念。
 地上展示は、陸・海・空の通常通り。でも、ウォートホッグが来てたのには驚いたなぁ。」
と、今日の基地の中のことを思い出しながらが語るその顔は、本当に楽しそうだ。
そして、は最後の彼の言葉に反応した。
「テン?」
「そう。テンです。でも来るってことなんか、どこにも書いてなかったんですけど。
 俺の情報収集が甘かったかも。
 先生は、知らないですよね?」
「いや・・・ごめん。俺も初耳。
 っていうよりも、テン自体降りるの珍しいことだけどね。」
というと、マスターが
「ウォートホッグ イボイノシシ A-10A サンダーボルトII ・・・これだな」
と言って、先程が渡した写真の中からマスターが二人の前にその『テン』の写真を二人の前のカウンターに広げて置いた。
まるで、ハゼのような顔。
エンジンが機体の上に二基ついた、まさに独特の形をした、見間違うことはないであろう、その形。
攻撃機 A-10A サンダーボルトII その見かけから、イボイノシシとあだ名される。
だが、この機体。
見かけによらず性能は良くて、クルリと旋回が出来たりするのだから、飛行機というのは不思議なものだ。
「ま、あまり見られない攻撃機が見れて良かったじゃない」
と、写真を見ながらが言う。
「えぇ。なんせ今退役が進んでる機体ですからね。
 あ、あの兄貴からだ・・・」
と、言ってさっきから鳴っている携帯を取り出して見て、覿面に嫌な顔をした。
「相当嫌ってるんだな、跡部君を」
が言うと
「当然に。
 第一アイツ人の都合なんか全然考えないですもん。
 あんなヤツが兄貴だって思うと、ホントむかつきますよ。自分にね」
そう言うと携帯を片手に、店を出て行った。
 
 
「若いねぇ・・・」
と、が呟くように言う。
それにすかさず
「何言ってんだ。俺に比べたら、君もまだまだ若い。」
とマスターが付け加えた。
「ははは。それもそうですね」
「それより、彼の写真。
 今回は結構ベストが多くてな。君、一緒に選んでくれ。」
とマスターが珍しく写真を選ぶのを困っているのかに頼んできた。
いつもマスターの独断なのに・・・
「渡しに来るのはいいが、その度に君は腕が上がってる。
 それが成長っていうものなのかなぁ・・・」
とシミジミとマスターが言った。
「戦闘機は、諸刃の剣。
 こうやって飛んでる姿は格好良くとも、いざ戦場に出れば地上の者には恐怖の対象にしかならん。」
「そうですね。
 こうやって飛んでる方がよっぽど平和利用なんでしょうけどね。」
君の写真には、そういった迷いがない。
 そういうのも、俺は彼の写真を気に入っている理由の一つだよ。君。」




「それにしても、青空に向かって機首を上げるときは、ホント爽快ですよね。
 どこまで行けるんだろうって、上昇する時なんかは、本当にこのまま彼方まで行ければいいなと思いますよ。
 あ、これなんかどうです?この15なんかは、迫力あっていいなぁって思いますけど・・・」
「う〜ん。俺はこっちのF-4の離陸の方がなぁ・・・」
と、あの兄貴の電話を終えて店に戻ると、二人がカウンター越しに俺の写真を何か言い合いながら選んでいる。
そのことが、どこか嬉しかった。
「あの・・・決まりました?」
と、少し遠慮がちに聞くと
「いや・・・今回ベストショットが多くて、かなり迷い中だ」
とマスター。
「これさ、すごく近いけど、エプロン側のショットだよね?」
先生。
そして
「決まり。」
とマスターが言った。
「え?どれですか?」
先生が聞く。



 
「T-1 地上展示の写真に決定だな」
と言って、その写真を見せた。
「T-1・・・」
と呟く先生と、俺。
飛んでない、T-1の地上展示の写真。
「どうしてですか?」
と俺が聞く。
「なんでかって。そりゃぁ君・・・皆最初はこれに乗るんだ。
 なんだか、初心忘れるべからず・・・っていうのを思い出してな。」


一度、戦闘機に乗ってみたいと思っている。
一度でもいい。
人生に一回だけでいいから、この二人が見たその彼方に、少しでも触れてみたいと切に願う。
俺は、彼等を地上から追いかけるだけで、この人たちと同じ位置には立てないから。
カメラを使って、その彼等が見る彼方を捉えるのだ。
もちろん、それだけじゃないけどね。
 
なんて考えながら、は二人の話をいつもの様に、聞き入っていた。
店に出たところで、速攻あの兄貴に掴まったけど。
 
それはまた、別のお話。
アトガキ
空は一つに繋がらない?
2023/08/07 script変更
2007/05/28
管理人 芥屋 芥